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Mind Of Darkness  作者: 渡 巡
第二章 鳳凰
21/36

屋上

 屋上の扉を開け、目の前に広がったのは、みんなが血まみれの状態で倒れている姿だった。

 「嘘だろ……。何でこんなことに……」

 最初に遺体を認識したのは、昼休みに話した卓だった。

 彼の首は胴体と切断されて、横になって倒れていた。

 仲間の中で一番仲が良かったせいか、心が締め付けられるほど悲しい気持ちになってしまった。

 視線を変えたり歩いたりして、遺体を次々と見つけるがそれを見て感情が変化する事はなかった。

 卓の存在はいつの間にか俺にとって大切なものだったと失ってから気付いてしまった。

 失う前に気付けば、彼はこのように無残に殺されずに済んだのだろうか?

 そんな事を思っているとき、不意に手足がバラバラに切られて放置されている遺体を視界に捉えた。

 恐る恐る近付くと、この遺体は俺らのボスである幸重(ゆきしげ)(つとむ)だと判明した。

 この場にある遺体で最も残酷な姿になっていた。

 それなのに、これを見て何の感情の変動がない。

 卓が特別な存在なのではなく、卓の遺体がトラウマになって感情が麻痺しているだけなのではないかと思ってしまう。

 彼等の死因は全て異なっている。それは、犯行者が誰かに向けたメッセージなのか。それとも、理由は何もないただ殺しなのか。

 それよりも、彼等を()った人物が知りたい。そいつを探して殺してやりたいからだ。

 神代が殺ったのか……。いや、あいつらはそんな(むご)い殺し方はしない。だったら誰だ?

 「本当に残党がやってきた。ハン。でも、弱そうだな」

 背後から、学ランを着た坊主頭で面長の男が現れた。

 スリッパの色は茶色。つまり、この男は一年の男子生徒ということになる。

 「お前の仕業か?」

 「いや、それらを殺ったのは俺ではない。俺はただの残党狩りさ」

 男はつまらなそうな表情で答える。

 「じゃあ、お前は殺った奴の仲間なんだな?」

 「ああ」

 「そう。だっt――――――」

 「辞めておけ。今のお前では勝てるわけがない」

 割って入ってきたのは、十一年間学校が俺と一緒である情冶(せいや)だった。

 情冶は幼い頃からメガネをかけ、頭が良さそうな顔立ちをしている。

 「いきなり現れて何言いやがる」

 情冶は溜息を付く。

 「お前気付いていないのか? 鏡を見れば分かるが、顔が物凄く青ざめている。そんな状態で戦って勝てるのでも言うのか?」

 顔が青ざめているだと……。

 卓の遺体を見たときに生じた悲しい気持ちは、俺が思っている以上の精神的ダメージだったらしい。

 「……分かった。情冶にまかせる」

 俺は屋上を出ようと歩こうとした。

 「(よう)。ここから離れるな」

 情冶はそれに気付いて、声を上げる。

 「どうして?」

 「こいつよりも強い仲間と遭遇したらどうする? メグにメールを送ったから、彼女が来るか、俺がこいつを倒すまでジッとしてろ」

 情冶の言うことはもっともなので、ここで待機することにした。

 そういえば、情冶とこうして会話したのは、あの事件以来始めてのような気がするし、その時はお互いに《オーラ》を使えていなかった。

 情が《オーラ》を開花したのは多分、俺がグレたせいか、あの事件のせいだろう。

 「分かったよ。(せい)

 「任せな」

 情は灰色の《オーラ》を纏い、何もないところから本を出現させた。

 その本が情の能力の源だろうか?

 「御託(ごたく)は終わったみたいだな」

 一年の男は黒っぽい《オーラ》を纏う。

 「ああ。それにしても、君みたいな人が律儀(りちぎ)に待っているのは意外だな」

 「不意打ちで終わったらつまんねぇからな」

 男は情に飛びかかった。

 「それが、君の敗因にならなければいいがな」

 そう言いながら、男のパンチをかわす。

 「…………お前、何かしたか……………?」

 男は何らかの違和感を覚えたのか、情に質問をする。

 「戦闘が終わったら教えてあげるよ。まあ、自分で考えながら俺の能力を見破った方が早いかもね」

 男は素早いジャブを二発情に放つが、軽やかにかわされる。更に、先程のジャブよりも素早い蹴りや拳を情に向けるが、それも全てかわされてしまうのであった。

 「……テメェ。ムカツク」

 すると、男の《オーラ》は倍増するが、なぜか一瞬にして、少量の《オーラ》が減少した。

 「また勝手に《オーラ》が減った。お前のせいだろう?」

 「ああ。少しは能力が分かっただろ?」

 「俺が把握している《オーラ》の消費量よりも、不定期に少しだけ勝手に消費されていることはな」

  男は目を凝らさないとよく見えない程の速さで拳を振るうが、情は軽々しくかわす。

 「チィ……」

 男は舌打ちをして先程の同程度のスピードで、両手足を使った殴打を行うが全てかわされる。

 「テメェ。かわしてばっかで、やる気あんのか? ええ?」

 男は攻撃が当たらないイラつきからか怒号する。

 「それが、俺の戦い方さ。君こそ能力を使わないのかい?」

 「俺に能力はねえ。だから、スピードを磨いている。だが、そのスピードがテメェみたいなインテリ野郎に通用しないのがイライラしてんだよ」

 男は情の顔を目がけて殴るが、情は身体を横に移動してかわす。

 「さっきよりも(のろ)いな。疲れたか? それとも《オーラ》に限度が来たか?」

 「うるせぇ。また、勝手に《オーラ》が減った。いい加減にしやがれ」

 また、男は足で蹴るが、情は体を後ろに引いて回避する。

 「もう攻撃はしない方が良い。素直に負けを認めな」

 「あ? 指図するんじゃねえ」

 男の《オーラ》はほとんど残っていない。さっきの蹴りが二回できるかどうかの(わず)かな量だ。

 情の言う通り、彼に勝ち目はない。

 それでも、男は右拳に全ての《オーラ》が一点に集中させる。

 「ますます辞めた方がいい。君はこの攻撃がかわされた時、きっと失望する」

 「俺はテメェみたいな。男が大嫌いなんだよ」

 男は自棄になって情に突っ込み、拳を振るう。

 情は横に移動したかわした途端、男の《オーラ》は消滅していた。

 「何がどうなってやがる。俺の……俺の《オーラ》がなくなっただと……」

 「君は俺の《(タックス)(シス)(テム)》によって、君がある条件を満たす事で、君の《オーラ》は俺に吸収された。そして、君の《オーラ》が使えなくなったのは“税”の過不足から生じる“罰”によるものだ。人は《オーラ》がなくても生きていける。大人しく過ごすといい」

 《税制度(タックスシステム)》が、情の能力らしい。

 情の将来の夢は税理士か、公認会計士になること。

 昨年の十一月に簿記検定一級と二級を受け、二級は満点合格、一級は工業簿記部門が必要点数に至らずに落ちたらしい。次の六月の試験は合格していてもおかしくはないだろう。

 「テメェの名前は?」

 男はものすごい形相で情を睨みつける。

 「風紀委員副委員長、山形情冶だ。君は平松(ひらまつ)皓靖(こうせい)だろ? 確か英語の平松先生の息子さん」

 「何で、知っている?」

 「この“本”は対象者を決めたら、その名前が自動的に記される。それによって、君の名前を知った。父親が先生だっていうのは、本人の息子が入学した事をクラスで話していたから。まあ、話の内容に君のことは語られていないから。安心しなよ」

 「そう……。まあ、《オーラ》が再び使えるようになった日には、テメェを真っ先に殺してやるよ」

 情はクスリと笑う。

 「《税制度(タックスシステム)》以外の能力で、君を負かしてあげよう」

 平松は驚いた表情で、情を見る。

 「他にも能力があるだと……」

 「ああ。だから、この“本”の正式名称を言わなかった」

 それを聞いた平松は舌打ちをした。

 「本当、テメェみたいな野郎は嫌いだ」

 すると、勢いよくドアを開ける音が響いた。

 そこに目をやると、メグがやって来たのであった。

 彼女も情冶と同じく十一年間、俺と一緒の学校に通っている。

 「どうやら、私の出番は無かったみたいだね」

 メグは、遺体がたくさん放置されているこの場所に眉一つ動かさないでいる。

 「メグは女なのに、死体の山を見てなんとも思わないのか?」

 「私は仕事上もっとグロテスクなものを見ているから、この程度はどうってことないよ」

 「へ~。朝の奴を見て知ったけど、陰陽師継ぐことにしたのか?」

 そう。彼女は陰陽一家の神崎家の長女。

 幼い頃の彼女は稽古が嫌でよく俺達と遊んでいて、陰陽道も簡単な占い程度しか出来なかった。

 そんな彼女が今朝、立派な陰陽の技を披露していた。

 俺が彼女と話さなくなった間に、賢明に修行をしていたのだと思うと、遊んでばかりの俺が(みじ)めに思えてくる。

 「あの一件からね。もし、あの時、私が陰陽道をきちんと取得していたら、羊の家族を守れていたと思うし、これ以上、羊みたいな人を一人でも減らしたいと思ったから――」

 そっか……。

 メグもあの事件に影響を受けたのか……。

 少なくともここにいる三人は三年前に起きた事件があったからこそ、今の自分が出来上がっている。

 俺の両親を殺し、妹の(まい)をさらった奴は今頃どうしているだろうか?

 そいつはどこのどいつかは知らないが、見つけ次第、舞を取り戻してそいつを殺してやる。

 「――この現状を見て、それを防げなかった自分が悔しいけどね。自分がいかに未熟か分かるよ」

 すると、また、扉が開閉する音がした。

 そこに現れたのは、さっき俺と戦った喜多村誠だった。


 屋上に着くと、そこにはたくさんの死体が置かれていた。

 首が無かったり、腕と脚がおかしな方向に曲がっていたりと多種多様だ。

 それらは全て、窪田新一が殺ったらしい。

 確かに彼は、荒っぽくて不真面目で、どちらかといえばいじめっ子な奴だが、そこまで大それた事をするような人ではなく、俺を虐めていた奴とは似ても似つかない人だと思っている。この現状だって、きっと何か理由があるに違いない。

 視線を感じたので、そこを振り向くと、さっき会った梧桐羊瓶先輩と、同じクラスの平松皓靖君と名前も顔を知らない男女一名ずつがそこにいた。

 「盗み聞きして、興味本位でここに来ただろ?」

 気分が悪そうな顔をしている梧桐先輩が声をかけてきた。

 「違います。武橙からこの惨状を作った人のことを聞いて、それを確かめに来ただけです」

 「じゃあ、皆を殺したそいつと、君は仲間なんだな?」

 「はい。クラスメイトという名の仲間です」

 それを聞いていた平松君は失笑する。

 その時、平松君の《オーラ》が無くなっていることに気が付いた。

 先輩の“綿”による能力なのか、それともそこにいる二人のどちらかの能力の仕業だろう。

 「本当。お前は、馬鹿で面白いな。喜多村」

 俺の台詞のどこかどう面白いのかが分からないが、馬鹿なのは自覚している。

 そして、その台詞を聞いて少し安心した。彼はいつもの彼のままなのだと。

 「よかったら、そのクラスメイトの名前を教えてくれないかな?」

 メガネの男が質問してきた。

 「嫌です」

 「ったく。今の一年生は先輩に歯向かうのが流行っているらしい」

 男は当然、本を出現させて、《オーラ》を纏う。

 「山形。戦わなくてもいい。犯人は知っている」

 俺の背後から国語の教師である神代先生が現れた。

 「神代先生。本当ですか?」

 「ああ。主犯は窪田新一。そしてその仲間である、そこにいる平松皓靖と、外にいる越智(おち)孝明(たかあき)の計三名」

 三人とも俺と同じクラスメイトでありムードメーカーで、よく一緒にいるのを目撃する。

 「そういえば、喜多村誠。君も彼等と同じクラスだな。ここにいるということは彼等に頼まれてここに来たのか?」

 先生の眼は明らかに俺に敵意を剥き出していた。

 「ち……違います。俺はただ、彼等が本当に屋上で人を殺害したかどうかをこの目で確認s――――」

 突然、俺の鼻先に、銀色の刃先が突き出されていた。

 「それを教えたのは誰だ? 答えろ」

 「オレだよ」

 俺の近くに上空から着地したのは武橙勇だ。

 この屋上より高い建物は近辺には無い。それに、隣の校舎から移り飛んだとしても、屋上の真ん中付近であるこの場所に落下するとは考えにくい。ということは、彼は空を飛んで、ここに着地したのだろうか?

 「ほう。君が彼に情報を提供するとはね。上の企みか?」

 「いや。最近ダチになった人がコイツを守ってやってほしいと言われたからな。もっとも、コイツはオレのダチを覚えていないみたいだが」

 武橙から、哀れみの視線が送られた。

 彼と友達になったという人物は一体誰だろうか?

 「そういえば、先生は日本にいる《白の使途》でトップですよね?」

 「そうだが?」

 「俺の記憶通り、今の日本のトップが待つ聖具はミカエルを宿した金のブレスレッドか……。確か、貴方の序列は六位。序列三位くらいだったら、お手合わせしたいと思っていたのに、残念だ」

 「俺が弱いと?」

 神代先生は武橙を睨みつける。

 「ああ。何なら、今からでもいいよ」

 武橙は余裕(よゆう)綽々(しゃくしゃく)の笑顔で答える。

 「負ける気はないが、重症を負っての勝利だろう。だから、辞めておこう」

 「だろうな。でも、彼に手を出したら容赦なく殺すよ」

 《オーラ》を纏ってもいないのに武橙の雰囲気が少し変わる。

 「心配しなくとも彼には手を出さない。今から、俺は越智と窪田を殺すから」

 「どうして、彼等を殺さないといけないのですか?」

 「この現場を見て、君は何とも思わないのかい?」

 「だからって、殺していいとは限らない」

 「これ以上に被害が拡散する可能性があるのにか?」

 「どうしても、罪を償わせたいのなら、《RP》に頼めばいい。あそこは、裏の警察なのでしょう?」

 神代は溜息を付く。

 「《RP》は確かに、警察のような事をしているが、彼等の実態はただの復習者であり、委託するにはとても信用できない所だ。俺は《財団》とは手を組んでいいと思っているが、《RP》とは手を組む気は全くない。君についてはある人から耳にした。だからこの前の事は知っている」

 誰が先生に話したのだろうか?

 法条先輩だろうか。それとも、俺の知らない誰かだろうか?

 この前のことは誰かが情報を流しているのが分かった。

 「君と出会った《RP》は信用できるのか? 聞けば、《忍》を介して、君の上司の殺害を企てたそうじゃないか。突き詰めれば、八白という男が黒幕だったのだろう? まるで、黒幕を怒らせるかのように仕向けたとか。俺の情報違いか?」

 手束という《RP》の男は苅野さんによって、殺されたらしいが、手束は八白の蛇に寄生されていたらしい。

 だが、彼は八白の命令。もしくは、八白と繋がっている彼の上司の指示によって、寄生されたままでいた場合はどうなる?

 「誠。いろいろ考えない方がいいぜ。俺の父によると、この人は口述で人の精神を支配しようとすることがあるらしいから気をつけな」

 武橙が忠告をする。

 「まるで、俺が悪者のように(あお)るな。まあ、良い。彼等を殺すのは三日後にしよう。その間に喜多村誠。無意味な殺しを辞めさせるように彼らに説得してもらおうか」

 「分かりました」

 何か、この前も似たような事をやった気がするが、彼等の寿命が少しでも延びるのなら、神代先生の申し分を受けた方がいいだろう。

 「ただし、その三日間で、彼等の殺人が止まらないのなら、君に何も言わずに彼等を殺す。それでいいな」

 「はい」

 窪田君等の生死は三日間の己自身の行いで決まると言っても過言ではない。

 「さて、この遺体はどうしたものか……。親御さんに説明つけるのが一番大変だからな……」

 神代先生は面倒臭そうな表情をする。

 「処理班を呼ぶから後はオレに全てを任せろ」

 「では、お言葉に甘えよう。我々より《財団》の方が情報操作は優秀だからな。それでは失礼」

 その言葉を最期に、神代先生は去っていった。

 「それで、私達はどうする?」

 女性が梧桐先輩達と会合する。

 「羊が決めたので賛同するよ。メグもそうだよね?」

 「ええ」

 「そうか……。俺はここを立ち去りたい。いつまでも、無残な姿の仲間を見ていられるほど、俺は強くないからな。その先のことは後で考える」

 真っ青な梧桐先輩は二人に手を引かれて、屋上を後にした。

 「喜多村」

 平松君が声をかけてきた。

 「さっきのこと、窪田達にメール送ったから。返信はないが、多分。越智はお前の事を快く思っていないと思うぜ。じゃあな」

 平松君もいなくなった。

 越智君と話した事ないけど、気性が荒いから今すぐにでも戦闘が始まってもおかしくはないと思った。

 「誠」

 不意を突かれるかのように、武橙が呼ぶ。

 「お前、《デュアル》か?」

 「そうだけど」

 武橙は悪巧みを企てているかのようにニヤリと笑う。

 「成程な。わざわざ教えてくれてありがとう」

 彼の表情を見て、教えたら不味かったのではないのかと思ってしまった。

 これ以上、武橙に何かを問われてはいけないと思い、逃げるように立ち去った。



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