決着
目が覚めて起き上がると、神々しい矢が八白に直撃した光景が目に入った。
矢を放った方向に視線を動かすと、法条先輩と目が合ってしまった。しかし、彼女は表情を何一つ変えないまま倒れていく彩紗を受け止めると、二人は何らかの会話を始めたので、彩紗の事は先輩に任すことにした。
八白は先輩の矢に苦しみ悲鳴を上げながら、激しく暴れまわっていた。
このまま俺の出番がない気がしたので、様子を見ることにした。
そういえば、先程渡された前世の俺が使用していたという《龍漸》は、どうやったら実体化するのかをあいから聞いていなかった。
直感で、それをイメージして《オーラ》を右手に集中させると、それは出現した。
貰ってから一度も鞘から抜いていなかったので、どういう刀なのか見てみたかった。
抜刀してみると、刃全体がピカピカに輝き、刀身には自分の顔が反射して映し出されていた。素人でもいい刀だと思える代物だ。
刀に見とれていると、八白の悲鳴や揺れがなくなっていることに気が付いて、八白をみると、彼は彩紗と先輩の下へ移動していた。
俺は全身に《オーラ》を纏って移動しようとしたが、刀に一点集中させて《オーラ》を纏った方が良いと直感した。
一頭の白蛇に目がけ力一杯振りかざすと、俺自身の能力である烈風が刃に伝わっているのか、刃が皮膚に触れる前に切れ目が出来ていた。それのお蔭なのか、豆腐を斬るようにスパッと首を斬り落とせた。
もしかしたら、振り払うだけで物体を切断できるかもしれない。
そんなことを思っていると、頭が一つ減った八白は信じられない表情で俺を見ていた。
「何が起こった……。な……。貴様は」
切断された隣の白蛇が言う。
「俺が切ったんだよ。文句あるか?」
「何故だ……。何故生きている。まさか、《デュアル》のせいか?」
「ご名答。よく出来ました」
拍手をしてからかっていると、それに腹が立ったのか、八白は残った五つの首を伸ばし、一斉に襲いかかってきた。
俺は、首を一つはねたという事実から、残り全部の首を切れる自信が沸いていた。そのため、回避するということを考えなかった。
襲いかかってくる白蛇を一頭一頭、刀で真っ二つにすると、残り三つになるところで八白は攻撃を止めて、後退したのだ。
「馬、馬鹿な。こうも次々と容易く切られているだと。一体どうなっている。俺はこの程度の攻撃でやられるほど俺の皮膚は柔らかくない……」
現在真ん中に位置する白蛇は焦りながら呟く。
「私の《消滅の矢》をくらったからでしょうね。これを受けた生物は《闇》を消滅させる作用があるの。だから、《オーラ》が弱まった。気付かなかった? 貴方の《オーラ》が小さくなったのを?」
さっきまで、彩紗に寄り添っていた法条先輩が前に出た。
「《オーラ》を弱めただと……。糞がああAAA」
三つ首の白蛇は激情して先輩に襲い掛かる。
「待てよ。先輩と相手したいなら、まず俺から食べていけよ」
俺は先輩の場所へと移動すると、白蛇の真ん中の頭を切り落とした。
「うわー。ありがとー。誠君。私、危うく食べられるところだったよー」
先輩は棒読みでお礼を言うが、正直ムカついた。
「ところで、先輩。さっき、黒部さんに何かしていませんでした?」
「ええ。彼女の子宮にあった巨大な《闇》を消滅させたの。その際、彼女の体力も消費してしまうから今は疲れて寝ているけど、彼の思惑である酒天童子の出産は免れたわ」
「よかった。じゃあ、後はコイツを倒せばこの事態は丸く収まるってことか」
俺は二首の白蛇を視界に捉え、一撃で仕留められるよう刀を横に大きく振りかざすと、そこから大きな烈風が放たれ、二つの頭は斬首された。
「これで、終わりか……。先輩がいなかったら全滅だったな」
俺は《オーラ》を解除すると、手に持っていた刀も同時に消えた。
「私は今日ここに来る予定はなかったけど、友人から八白大の事を聞いて、心配してハニエルを派遣させたら、事が進んでいたからね。驚いたよ」
友人と聞いて、今日この公園に来た目的を思い出した。
「その友人は今日俺に稽古をつけるように指示した人ですか?」
「いいや、その姉d――」
「俺はまだ死んでない。死んでたまるかあAAAAAA」
先輩の声を遮って、真っ白い裸をした人型の男がいつの間にか彩紗の目の前にいた。
「しまった。まだ、生きていたか」
俺は《オーラ》を纏おうとするが、それよりも早く一人の人物が八白と彩紗の間に入った。
「ったく。余裕かましすぎの友人と、生死を確かめもしないで勝った気でいる弟子が、呑気に雑談している光景には呆れるよ」
アミさんはそう言って、八白の身体に触る。
「彩紗ちゃんの能力が効かないご自慢の硬い皮膚も《オーラ》が少ない今はどうかしらね」
言葉を言い終わった瞬間、八白の身体は粉々に爆破されると同時に、俺が切り落とした全てのものが誘爆した。
「野辺一族の爆弾術はいいわね。スカッとした気持ちになれるわ。にしても、丁度タイミングよく到着するなんてすごいわ。さすが《忍》の一人であるわね」
「ふざけるな」
走りながら近付いてくるアミさんが、先輩の頭をツッコミの要領で叩く。
「一緒に来たくせに惚けるな」
アミさんは顔を膨らませたように怒る。
「いいじゃない。弟子に最期まで油断しない事をわからせたんだからさ」
先輩の言うとおり、八白の首を全て斬首して、退治した気でいた俺は、完全に油断をしていたのだ。
「それはそうだけどさ。ってか、何で私の弟子が彼だって、奈央が知っているのよ」
「敵を倒す際に言っていたじゃない。友人がどうとか、弟子が何とかって」
「えー。私、口に出てた? 心の中で言ったつもりなんだけどなあ……。ってか、《白の使徒》って何よ。八白倒したら教えるって、昇降口に出る前に言っていたよね。だから、教えてよ」
子どものように駄々こねているアミさんを見ていると、先輩と物凄く仲が良いのだろうなと思った。
「ところでアミ。貴女達は一般人を巻き込まれない結界とか作れない訳? 《オーラ》は基本的には見えないけど、さっきみたいな巨大な《オーラ》だと一般人に巻き込まれる可能性があるのに」
先輩は呆れた表情で言う。
「仕方ないでしょう。無いものは無いんだから。そういう《白の使徒》はどうなのさ」
「ちゃんとあるわよ。《光の結界》と言ってね。結界内にいる《オーラ》の使用者や、《白の使徒》は霊体化し、一般人には見えないようになるわ。ハニエルが消滅しそうになったときに、それを発動するように指示したの。だから、私達は今一般人からは誰も見えていない」
「じゃあ、俺達は今、幽霊になっているのですか?」
「幽霊といっても、肉体ごと霊体化しているからね。死んだわけでもないし、この状態で死んだとしても肉体はちゃんと元に戻るから違うと思う。幽霊について詳しくないから何ともいえないわね」
「私達より《白の使徒》の方が有能ってことかな? で、しれっと話を変えたけど、結局は何の組織?」
先輩は深い溜息をした。
「言ってはいけない規則ではないけど、今後共闘する可能性があるから教えるわ」
アミさんは小さくガッツポーズをする。
「私達《白の使徒》は、《悪しき闇》を滅する組織であり、構成員は、《天使》もしくは《神》に選ばれた人間のみ。力の源は《崇拝の光》。能力は崇拝する《天使》、《神》によって決まる」
《悪しき闇》。
《闇》に、正義とか悪とかあるというのだろうか?
そして、俺はどちらに属すのだろうか?
もし、《悪しき闇》なら、俺は先輩の敵になるということになる。
「心配しなくても、君は《正しき闇》だから大丈夫だよ」
先輩は俺の心を読んだかのように、答えた。
「いけないな。法条奈央。君の説明は少し嘘をついている」
先輩の背後に、突如、黒いコートを着た背の高い黒髪のオールバックの男性が現れ、話に割って入ってきたのだった。そして、その後ろには仲間が五人いた。
「橘吼ね。何の用かしら? あの気持ち悪い八岐大蛇は私達が倒しましたけれど」
「知っているくせして、惚けるなよ。どうせ、俺らの出方や、対処の仕方などを窺っているんだろう? 隠しているわけではないから、見てもらって結構だ」
すると、橘という男と、背後にいた三名はこの場から離れて行った。
一体何をするのだろうか?
フードを被った女は地面に右手を置くと、何かを唱えだした。
「《オーラ》を纏いなさい」
いきなり先輩から命令された。今から、何が起こるのかが分からないが、先輩の言うとおりに、《オーラ》を纏った。
数秒後。坊主頭の男が、フード女の近くで、腕を刀のように一振りすると、そこが、ひび割れした裂け目が現れたのであった。
その裂け目は宙に浮いているため、とても奇妙で不気味だった。
「《闇の穴》。空間の歪みが原因で発生したもの。その先には、何も通じていないものもあれば、この地球の何処かもしくは、それ以外の惑星と通じている場合だってある。そして、これは、地球が亡くなる前触れだとも言われている」
「地球以外の惑星に繋がっていて、地球が亡くなる前触れだって? 先輩、冗談はよしてください。いくらなんでも、度が過ぎていますよ」
「世界は、時間と空間がうまく調和して、適合しているから今の世界が存在するの。今は空間の歪みで済んでいるけれど、いずれは、時間が歪んでしまって世界が混乱に陥ってもおかしくはないわ」
俺は一昨日まで、このような世界があるとは知らなかったが、さすがに、今の先輩の話はついてこられないでいる。
「今は信じられなくてもいいわ。でも、喜多村君が、この世界にこれからも踏み続けるのなら、それはいずれ信じることになるわ……」
そんなこと言われたら、信じないといけなくなる。
「明。中はどんな感じだ?」
大声で喋る橘という男は、長い茶髪のチャラそうな男の肩に手を置く。
「小さめの異次元空間で、気を失っている人が一人います。出入り口は目の前の《闇の穴》のみです」
「そうか。じゃあ、そいつを拾って、戻ってくる」
そう言って、橘は裂け目に手を伸ばして、それをこじ開けた。
途端。《闇の穴》から、公園ごと吸い取られるような強風が発生したのだった。
橘はすぐに穴の向こう側へ入っていった。
《闇の穴》は閉じられることなく、吸い続けている。
《オーラ》を纏っているため、何とか踏み止まることが出来ているが、そうしなければ、確実に吸い込まれていた。
あまりに強いため、気絶している人達が吸い込まれていてもおかしくはない。
「先輩。黒部さん達は大丈夫でしょうか?」
「心配ないわ。そこにいるフードを着た人の能力で、時間を停止しているから。ある一定の《オーラ》を纏わない限り、この範囲内で物体が動く事はない」
倒れている苅野さんや、横にいるのに気配がないアミさんは微動だにせず、埃やゴミすらも《闇の穴》に吸い込まれてはいなかった。
「じゃあ、何で、俺に《オーラ》を纏わせたのですか?」
「君に、裏の社会について、少しでも知ってもらいたかったから、聞くより、見たほうが信じるでしょ?」
「はい。百聞は一見にしかずと言いますからね……」
それが先輩の狙いだとしても、少しでも気を抜くと、地面から離れそうだ。
「そもそも何で、こうなったのですか?」
「簡潔に言うと、今の老人らが若い頃に色々な無茶をして、その尻拭いが、この時代に来たってことかしらね。当時の事はよく知らないけれど、それが最善の策だったらしいし、仕方がないわね」
すると、橘が、水無楽を担いで、《闇の穴》から出てきた。
「厳。《闇の穴》を閉じていいが、この一帯は最近、歪みが発生している報告がある。早夜と協力して、安定させろ」
「御意」
女と、坊主男はぼそぼそと、呪文のようなものを唱えると、《闇の穴》が閉口するが、二人はまだ、何かを呟いていた。
「喜多村君。昨夜。この公園に来た時、携帯電話は圏外だったでしょ?」
「はい」
そのお蔭で、迷子になってしまった。
気が付いたら、家に帰り着いていたから良かったけど。
「あれも、歪みの一部だったの。まあ、電波関係で歪みが分かるのは稀だけどね」
先輩が喋り終わると、タイミング良く、裂け目が無くなった。
橘以外の三人は、彼女らが出現した場所に戻って行き、橘はこちらに来た。
「ほらよ。コイツ。お前らの仲間だろ?」
橘は、水無楽を、アミさんに投げつけると、彼女は彼を受け止める。
どうやら、裂け目が無くなるタイミングで時間は進みだしたらしい。それにしても、聞き違いだろうか?
楽がアミさんの仲間って彼は言っていた。彼は八白の仲間なはず。そこにいる少年は彼に似た他人なのだろうか?
「礼は言うけれど、もう少し大切に扱ったら?」
「悪いな。これをやるから許してくれないか?」
彼は懐からUSBメモリーをアミさんに渡した。
「これは?」
「ホムンクルスを元の人間に戻る術だ。それとお前らが欲しがっている情報のヒントがある」
ホムンクルス?
どっかの漫画で出てきたな。確か人造人間だっけ?
「直接的ではないのね」
「ああ。直ぐに知りたければ、ウチの《AIN》に忍び込むか?」
「お断りよ。無駄な死人を増やしてまで、潜入する気は私達にはない。じゃあ、私は師匠を担いで、帰るわ。それじゃ」
そう言い残し、アミさんは去っていった。
師匠というので、彼は水無楽ではないのだろうと思った。
「で、俺らの《闇の穴》の処理はどう思った? 法条奈央」
「私達よりも安全で、安心できるものだわ。《闇》は《闇》で対処した方が良いということが分かったわ」
「だったら、《闇の穴》に関わる事があったら、俺らで対処してあげようか?」
「そのつもりよ。《闇の穴》を完全に無くすのが、貴方達の存在意義みたいなものなのだから」
「だな。それでは、また会おう」
橘はそう言って、仲間の所へと戻っていく。
それを見ている時、彼の仲間である黒色のショートヘアの女の子に目が合う。
どこかで会った気がしたが、思い当たる人物はいない。
テレビに出る芸能人やスポーツ選手のソックリさんだろうか?
そんなことを思っていると、橘達は瞬間移動をしたかのように消えて行ってしまった。
「《光の結界》を解こうと思ったけれど、彩紗ちゃんの仲間が重症なのよね。私には治癒能力ないから、知り合いの方をここに呼ぼうかしら。性格に少し難があるから頼みたくはないけれど……」
先輩が携帯電話を弄ろうとすると、布川さんが俺達の前に現れたのだった。
「この様子だと、八白を倒したようですね」
布川さんは辺りを見回して、発言する。
「丁度良かった。貴方の仲間をどうやって、治療するか考えていたの」
「私が手配しますから、法条様は何もなさらなくて結構です」
「そう。だったら、《光の結界》を解いてもいいかしら?」
「少しお待ちになって下さい」
そう言って、苅野さんに《異空間の黒色の布》を被せて、彼を《黒の四十四室》に移動させる。
「法条様、よろしいですよ」
それを聞いた先輩は指を鳴らした。
どうやら、それが《光の結界》を解く所作らしい。
「それでは、ごきげんよう」
そう言い残し、先輩は去っていった。
「じゃあ、私も帰るね。また、どこかで会いましょう」
アミさんも先輩の後を追うように去っていく。
「誠様。今日はありがとうございました。貴方様がいなければ、彩紗様は無事ではないかもしれません」
「いいえ。本当に彼女を救ったのは法条先輩です。俺d―――――」
「仮にそうだとしても、誠様は彩紗様の洗脳を解いてくださった。それは貴方でないと出来なかったかもしれません。ありがとうございます」
布川さんは俺の発言を遮り、俺の両手を優しく掴んだ。
今回の事件。俺がいなくても、先輩一人で解決できたような感じがする。
もし、そうだとしても、先輩一人で解決していたら、今日、俺が得たものは何一つ得られなかったのかもしれない。
今日、俺がいなくても良い日だったとしても、明日は俺がいないといけない日になろうと少しだけ思った。
「―――――――どういたしまして」
そんなことを考えていたため、少し間が空いて発言してしまった。
「誠様は、これからどうなさいますか?」
「家に帰ります。今日は昨日よりも色々あって疲れたから、休みたいです」
「そうですか。では、お気をつけて」
布川さんは頭を下げてお別れを告げた。
俺はそのまま駐輪場に向かって歩き出す。
そのときにはもう日が沈みかかっていた。




