敗北
「フン。つまらん」
苅野は、攻撃しようと近付いてきた尾てい骨から生えている白蛇を、手刀で切り落とした。
彼の視線の先には、人間でいう両腕にあたる部分の白蛇しか生存していない八白が立っていた。
「度々、オレに毒攻撃を仕掛けるが、手束とかいう奴との戦闘でのお蔭で、テメェの毒に抗体が出来たみたいだ。まあ、頭の数が減る度に、スピード、パワーが上がっているようだが、俺にとってはなんて事は無い。残念だったな」
「どうやら、諦めるしかないようだ……」
「降参したって、テメェを生かすわけないだろうが」
苅野は、八白の胴体を殴打すると、彼は背後にある木に当たるまで、吹っ飛んだ。
「違うよ……。諦めるのは《天使》にやられた頭の再生だよ」
八白は立ち上がる。
「何一つ再生してないのに、そのような現を抜かすとはな。さっきの衝撃で頭がいかれたか?」
苅野はトドメの一撃ともいえるストレートを放つが、彼に当たったのは、八白の姿をした抜け殻だった。
「何だと……」
苅野がそれに気付いた時、彼の後方に目がけて発射されていた水の弾丸を、彼は間一髪で回避した。
水弾に命中した地面は、スプーンで掬ったかのように、えぐられていた。
苅野は、それが発射された方向に振り向くと、そこには、白蛇の頭は七つ、尾が八つあり、全長五メートル程の生物が存在していた。
「さっきのは、人間と八岐大蛇の中間の姿だ。本気の姿とでも思ったか?」
全ての白蛇が一斉に、苅野を睨みつける。
「脱皮で、再生か……。ん? この感じは―――」
八白も何かに気がついて二人はその場所を見ると、そこには《異空間の黒色の布》から姿を現した、喜多村誠と黒部彩紗の二人が立っていた。
公園に到着し、《異空間の黒色の布》をはがすと、そこには巨大な八岐大蛇と対峙している苅野さんが最初に目に入り、布川さんはその奥の方で立っているのを確認した。視界をずらすと、俺との距離が一番近い、一頭の白蛇に目が合った。
「お前が、黒部彩紗を元に戻したのか?」
八白は《オーラ》を上昇させながら、俺に問かけてきた。
「ああ。体内にいたお前のような白蛇を吐き出して始末した」
「そう。でも、散っていったあいつは最低限のことはやってくれたみたいだし、俺は恨みを込めて殺してやるよ。シャシャシャシャシャ」
「性格どころか、見た目も気持ち悪くなってお似合いの外見ね」
彩紗は髪をサラッと掻き分けて挑発する。
「黙ってれば、可愛いのにな~。イラついて、危うく君を殺しそうになったよ。危ないね~」
「じゃあ、黒部さん。ここで大人しくしていてね」
「分かったわ。あのストーカーが不意に私に襲ってきても、凌ぎきれる《オーラ》は確保してあるから、心配せずに行ってらっしゃい」
俺は八岐大蛇の元へ駆けようとすると、苅野さんが割って入り、その道を遮る。
「俺が、満足するまで大人しくしていろ」
そう言い残し、彼は何故か《オーラ》を纏わずに八白との距離を縮める。
「えっと……。もしかして、戦力外だからってこと?」
確かにここにいる人達の中では一番弱いかもしれない。だからといって、何もしないのは悔しい。
「どちらかと言ったら、サシで戦いたいからでしょうね。洋治を遠ざけているのがその証拠よ。まあ、『満足するまで』と言っていたから、共闘する気はあるみたいだけど。それに、いつもこんな感じだから心配しなくてもいいわ」
彩紗は溜息混じりに呟く。
八白は身体全体を苅野さんに向けると、右側から一発ずつ、水の弾丸が発射された。
発射される瞬間は分かるのだが、弾丸の軌道は残念ながら目で追って見る事が出来なかった。
苅野さんは拳圧を飛ばしてそれを防御するのは辛うじて分かった。しかし、間に合わなかったのか、五発目の水弾が発射と同時に、地面を殴りつけて土で壁を創るものの、六発目でそれは崩壊し、六発目とほぼ同時に発射された七発目を苅野さんの右手に直撃し、消し飛んでしまった。
苅野さんは、何故を纏わなかったのだろうか?
そうすれば、防御力も上昇して右手が消滅する事はなかったのではないだろうか。
『いいえ。それが、彼にとっての本気だからよ』
あいが、喋りかけてきた。
(それって、どういうことだよ……)
『彼は《オーラ》を身体全体に纏うのではなく、体内の神経に《オーラ》を纏っているの。そうすることで、無駄に消費される《オーラ》がなくなり、力が上がるわ。《オーラ》のコントロールが得意ではないと扱いは難しいでしょうけど』
「―――――喜多村君。聞いてる?」
彩紗の声がしたので、振り返る。
「豪がやられたから、行ってきなさい」
俺があいと話しこんでいる間に、苅野さんが倒されたらしい。そういえば、苅野さんの《オーラ》がしだいに弱くなっているのが感じられた。
苅野さんを見てみると、胸に何かに貫かれたように穴が大きく開いていた。
「行ってもいいけど、勝てる……かな?」
明らかに俺よりも強い苅野さんが負けたのだ。正直、勝てる気がしない。
「大丈夫。私を助けた貴方ならきっとできる」
彩紗は優しく背中を叩いて、送り出す。
何故だろう。彩紗から応援されると、そういう不安が薄れていく。
これは、彼女に恋をしているからだろうか?
「行ってきます」
そう言って、八白の方へ駆ける。
八白は俺がスピードについていけない攻撃をされてもおかしくはないので、烈風を身体に纏うようにして、八白との距離を詰める。
そのときだった、布川さんが苅野さんの所に移動した後、彼を担いで彩紗の所に移動したのが分かった。
彩紗が一人でいるより、布川さんと一緒にいた方が安全なため、前の敵に意識を集中できる。
まず、手始めとして、左端にある白蛇に烈風を放つが、それはかすり傷一つ負わずに消えてしまった。
「ん? 何かしたか?」
烈風を食らった白蛇が馬鹿にした表情をする。
「一応、全力なんだけれどな……。だったら」
(あい。彩紗にバレない程度に《融合》な)
『一割程度ね。それから、今晩。精神視界に来たら、上半身裸で過ごしてね』
(……分かった。で、あいの能力はどうやったら発動できる?)
『私の《千愁草花》は、その植物を頭でイメージして、それをそのまま発動したい場所にあると念じる感じかな?』
(ありがとう。とりあえず、使いたいときにやってみる)
すると、《オーラ》が上昇した。副作用なのか、ふと目に入った自分の肌が、色白く変色していた。
《オーラ》の上昇により攻撃力を増した烈風で、さっきの白蛇に向けて放つ。
すると、歯ごたえがあったらしく、鱗に少しだけ傷が出来ていた。
「攻撃しているのが分かるが、これが本気だとしたら絶対に俺様を倒せないがな」
攻撃を受けた白蛇がそう言うと、彼の口から、水の砲弾が発射された。
苅野さんとの戦いを観戦していた時と同じで、その水弾は発射される瞬間は目で捉えきれるが、その後はどこに撃ったのか分からなかった。
途端。纏っていた烈風が、俺の目の前で何かと衝突し、液体が数滴、俺の身体に飛び散った。その衝撃で勢いよく後方に飛ばされると、空中で体勢を整え着地する。
「防御したか。手加減しすぎたようだ」
すると、その隣の白蛇が当然笑い出した。
「おいおい。俺にも遊ばせろや」
「拒否してもお前は手を出すんだろ? 好きにしな」
「シャシャ。ありがたい」
そう言って、隣の白蛇は俺に向かって勢いよく突進した。
俺は右に移動してかわすが、その白蛇は身体を曲げて俺を追跡する。
彼らは俺の烈風の能力には通用しないため、左手で小さなラフレシアを開花させて、向かってくる蛇の鼻に突きつけた。
「臭せっ」
その白蛇はその匂いで動きを止めたが、別の白蛇が水の砲弾を発射されたらしく、ラフレシアは粉々になると同時に、俺の左手がどこかに飛んでしまった。
「……っイッテーー」
あまりの痛さで、瞳から涙が滲んてきた。
布川さんの能力で手を修復出来るかどうかは分からないが、もう二度と左手が使用できない人生になると思うと、不便すぎる。第一、親に何て説明すればいいのだろうか?
そんなことよりも、目の前にいる敵を倒さないといけない。
いつの間にか、別の白蛇が俺を巻きつこうとしていた。
俺は未だに烈風で身体を覆われているものの、その白蛇はそれに触れても何とも思ってなく、ただただ全身に巻きつかれた。
しかし、そこまで強く絞められていないせいか、呼吸は苦しくなかった。
「絞殺されるよりも、食べられた方が良いかな?」
白蛇は大きな口を開いて俺を一呑みしようとしていた。
一か八かだ。
俺は全身を栗のイガに包み込んだ。イガにある鋭く尖った茶色い棘数百本を、締め付けている白蛇の皮膚と口を貫き、その穴から紫色の液体が滲み出す。
針を収納させると、締め付けていた蛇は俺から離れていく。その時、右隅の白蛇が水の砲弾を発射しようとしていたので、それを回避しようとした。しかし、想像以上の速さだったため、水弾と烈風の衝突音が響き渡った。
俺はその威力に耐え切れず、横に倒れこんでしまった。
「危ねえ。死ぬかと思った」
立ち上がる途中、額から冷や汗が流れたので、それを腕で拭う。
「シャシャシャ。やっと俺様にダメージをあたえたか」
右真ん中の白蛇が舌を出しながら嘲笑う。
「でも、飽きたから、殺しちゃおう」
左真ん中の白蛇がそう言うと、全ての頭が誠に向かって首を伸ばして向かって来た。すると、俺の全身に纏っている烈風に何かが衝突した音が二回した。その衝撃に耐え切れず、後ろへ倒れていった。
水弾を撃つモーションが全く見えなかったために、少しだけ焦りを感じた。
すると、左隅の白蛇が後ろに回りこんでおり、口を開けて俺を食べようとしていた。咄嗟に、栗のイガを纏い防御をするが、それを見透かしたようにギリギリのタイミングで棘に全く触れずに回避され、残りの白蛇が一斉に、水の光線をぶっ放した。
俺は栗のイガを纏っているときは、烈風が邪魔になると思い、それを纏っていなかった。
そのせいなのか、イガはすぐに破壊され、水の光線をまともにくらってしまい、身体にお腹から、背中まで貫通した穴が六つでき、流血しながらそのまま倒れていった。
「どうした? もう終わりか?」
「そんなわけ……ないだろ……。俺は……まだ……やれr――――」
俺は強がりを言って立ち上がろうとするが、意識を保つ事ができず、気を失った。