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Mind Of Darkness  作者: 渡 巡
第一章 八岐大蛇
13/36

密室

 《異空間(ディメン)黒色(ション)(クロス)》により、俺と彩紗は不気味なほど真っ白で、学校の体育館並みの広さの部屋に移動していた。

 俺は座禅草を頭上から振り落として、凍っている残りの両腕と片足をそれの熱で溶かした。

 その最中にハッキリ分かったのだが、自身の身体全体が細くなり、肌が色白になっていた。

 これが、あいの言っていた、代償なのだろう。

 視界を彩紗の方へ移動すると、彼女は頭を抱えながら(うずくま)っていた。

 「黒部さん。大丈夫ですか?」

 「ここは……どこ?」

 「《(ブラック)四十四部屋(ボックス)》。布川さんの能力でしか入れない、異空間。そして、外部からの連絡が布川さんの能力以外は全て、処断される」

 「……っ」

 彩紗は余程、頭痛が酷いのか、頭に手を当てながら、ゆっくりと辺りを見渡す。

 「パッと見、出入り口がないみたい……。貴方を殺して、じっくり探した方がいいみたいね」

 「残念ながら、このまま俺を殺したら多分、一生ここから出られないよ」

 「それ、命乞いに聴こえるわね」

 彩紗はゆっくりと立ち上がる。

 「この部屋から出たかったら、コレを俺から奪うんだな」

 俺はポケットから、黒い布を取り出して見せると、彩紗は笑い出した。

 「なるほど、私達を包んだそれが出入り口か。その話を信じてあげる。じゃあ、貴方を殺してからそれを奪い取ろうかしら」

 誠はため息をつく。

 「やっぱ、俺を殺すのか。俺が元の黒部さんに戻してあげるよ」

 「私は私。元通りもクソもあるかああああAAAAA」

 彩紗の瞳の色が赤色になると、俺の右側の袖が発火した。

 赤々とした炎が徐々に燃え広がっていくので、服を脱ぎ捨て、身体中に行き渡らないようにしたが、俺の上半身は(あらわ)になった。

 「でも、その防御はその場しのぎでしかない。今度はどうやって防御するのかしら」

 彩紗は微笑むと、俺の上半身は文字通りに火だるまになる。

 俺はその状態のまま、彼女との距離を縮める。

 それを見た彩紗は驚いた表情をしていた。

 そのまま、彩紗にパンチやキックを幾度もお見舞いするが全てかわされる。

 「炎に包まれながら、私に突っ込むとは驚いた。しかし、貴様のスピードは遅いから全ての攻撃はかわせる自身があるし、かわし続けていれば体力切れで、焼け死ぬだろう」

 体力切れになるのは認めるが、焼死することはないだろう。彼女はまだ気がついていないようだ。これが、布川さんの《防衛(ディフェンス)する無色の(クロス)》で出来た服だということを。

 《防衛(ディフェンス)する無色の(クロス)》は攻撃を軽減するだけの布である。耐熱性などもあるが、いずれは限界がくるらしく、過信するのも良くないとの事。

 俺は尽かさずに無闇やたらと攻撃をするが、全てかわされてしまう。

 「何もないこの場所に誘い込んだくせして、これで終わり?」

 彩紗はゆっくりと、前へと歩む。

 「まさか。ただ、男同士の殴り合いみたいに、記憶が戻るかと思ったから。それを今までやっただけさ」

 俺は燃えている透明な服を脱いで、今度こそ正真証明の上半身裸の状態になった。

 すると、また彩紗は頭が痛み出したらしく、手でそこを押さえ込んでいた。

 彩紗の記憶が改変されているかは、定かではないが、彼女が本来知っているはずの物や、人物に会う度に、頭痛が発生しているような気がした。

 「……っ。貴様が何かすればするほど、頭がうずいて疼いて、破裂しそう……。だから、もう……死ね」

 彩紗の瞳はいつもよりも濃い黒色になっている気がした。

 そして、彩紗の姿が消えたと認識した時には、腹二発、顎一発の打撃を食らい、俺の首筋を足で引っかけて、俺は地面に叩き落されていた。

 仰向けになった俺は、彩紗の姿を目で捉えると、殺意のようなものを感じ取り、反射的に身体全体を右方向に転がして移動してしまう。

 いつの間にか彼女の右手は地面を(わし)掴みしており、そこから熱が発せられたかのか、付近の床がマグマのように溶けていた。

 反射で動いてなければ、死んでいたと素直に思った。

 『誠。せっかく《融合》しているのだから、私の力を使いなさい』

 あいの声が体中に響き渡る。

 (言われなくてもそのつもりさ。刺激臭のする植物を二種類お願い) 

 『いいけど、臭いは誠にも来るけど、大丈夫?』

 (何とかする。ところで、さっき、彩紗が来たの分かった?)

 『何となくね。攻撃する時に、何故か必要以上に《オーラ》が露呈(ろてい)しすぎているからね。もっと正確に知りたければ私の比率を上げてみる?』

 (その必要はない。彩紗がこっちに来た瞬間に一つ頼む)

 『誠がやろうとしていることは分かった。でも、好きな女の子に向けてそれをするかな……?』

 その時、彩紗は傀儡の人形のように首を傾げ、その冷たい目と合わせてしまう。

 『来る』

 俺は後ろ走りで後退し、あいの能力で作った種を地面に落とした瞬間、三メートルほどの大きな紅い蕾を出現させ、開花させた。

 彩紗はその花が妨げとなり、目の前で立ち止まった。

 「これは、世界で二番臭いと言われている、ラフレシアの花。その匂いをご賞味あれ」

 「くっっっっっっっっっっさぁぁぁぁぁぁaaaaaaa」

 彩紗の声は部屋中に響き渡る。

 「臭すぎて、(まぶた)(ひら)かない」

 彩紗は鼻をつまみながら発言しているために、詰まり声だった。

 「これで、黒部さんは一時的に能力を変えることが出来なくなった」

 「でも、貴方の《オーラ》さえ分かれば、居場所は分かる。くっ……。匂いがきつい」

 彩紗は後退して花から遠ざかるが、目を瞑っているせいか斜め寄りに移動する。

 「そうでもしないと、黒部さんにかけられた催眠か、体内にいる寄生生物を取り除けないと思って」

 「どうして、その二択しかないと思うの?」

 「言わなかったっけ? この部屋は布川さんの能力以外で、外部からの連絡が一切途切れるって。仮に、()(しろ)(まさる)自身が黒部さんをコントロールしている場合は、黒部さんは元に戻る。でも、今の黒部さんは元に戻っていない。ということは彼がコントロールしなくても貴方は操られているということになる。違うかい?」

 「だとしたら、どうするのかしら? 催眠はともかく、私の体内にいる生物はどうやって取り除くの?」

 「教えない」

 そう言って俺は、彩紗がいる場所より少しだけ離れた場所へ移動する。

 「そこに何か仕掛けがあるのね。だったら、すぐに壊してア・ゲ・ル」

 彩紗は目を閉じたまま、鼻をつまんでいた手を離し、俺の下へ襲い掛かってくる。

 「大・正・解だよ。黒部さん。 世界一臭い花と言われているショクダイオオコンニャクの匂いを自ら()ぎに行ってくれてありがとう」

 突然、現れた(しょく)(だい)のように縦に大きい,強大なショクダイオオコンニャクの匂いを嗅いでしまった彩紗は突然、咳き込みだした。

 「ケホッケホッ。この私が……ゲホッ。二度コケにケホッゲホッ。オヴェ」

 彩紗はあまりの臭さに口から吐瀉(としゃ)物を吐き出した。

 「ヴァ……。何故、貴様は……ゲホッ。こんな匂いをゴホッ。嗅いで平気で……いられる」

 彩紗は苦しそうに問う。

 「俺自身の能力は烈風。俺の身体を覆うように発生させた。烈風でも、臭いは飛ばせるだろう?」

 俺は烈風で彩紗に傷かつかない程度の距離まで近付く。

 「二度、臭い匂いを嗅いだんだ。寄生されている生物は匂いを耐え切れずに体内から出てくれるとありがたいんだがな。まあ、催眠だったとしても、こんなに臭い匂いだから目を覚ますだろうし……」

 彩紗はショクダイオオコンニャクの匂いがよほど臭いらしく、未だにむせて、嘔吐していた。

 三度目の嘔吐の時だった。彩紗はそれを出し切って倒れこむと、汚物の白い部が不気味に集まりだした。その液体はやがて固まり、粘膜が纏わりついた白蛇になった。

 「くっせーーーーー」

 白蛇は日本語で叫びだした。おそらくこれが彩紗を操っていた寄生生物の正体だろう。

 「お前さん。大半の女の子が花好きだとしても、こんな臭すぎる花を見て喜ぶやつなんて滅多にいないし、大好きな女子に食べた物を吐き出させるなんて、エグイぞ」

 白蛇が突然俺に説教してきた。

 「そんなこと分かっているよ。お前を出させるためにわざとやっていたのだから」

 「そうか。でも、一ついいことを教えてやるよ。俺がこの女子から出る前に、子宮とやらに俺のs――――」

 瞬間、白蛇の声は途切れ、粉々に切り刻み塵と化した。

 『ブチギレして、烈風を連発ね。脅して、それを排除する術を吐かせれば良かったのに……。私は彼女をどうにもできないわよ』

 「酷い事した相手に、そこまで冷静にいられるか」

 口にしなくてもあいには伝わるのだが、つい言葉にしてしまった。でも、誰も聞いていないので気にしなかった。

 『私の能力で出したものは《融合》した状態で触れたらすぐに消せるけど、女が出したものはどうにもならないわよ』

 「《(ブラック)四十四室(ボックス)》は彩紗達のアジトを兼任しているらしいから、どっかに日用品のティッシュくらいあるだろう」

 『誠が入られるのはこの部屋と、残り二つあるけど、私専用の部屋には入らないでよね』

 「言われなくても分かっている。ってか、布川さんとの話を大人しく聞いていたのか。反対だったんじゃないのか?」

 『確かにあまり乗る気はしなかったけれど、現代の《オーラ》については私は知らないの。そのせいで、誠に危機が迫ったら嫌だから、私は静かに彼の話を聴いていたの。後に誠を捨て駒のように扱ったら(ただ)じゃおかないけどね』

 「捨て駒扱いか……。それは俺も許せそうにないな。そのときはよろしく。ついでに、《融合》解除をお願い」

 『花を撤去してからね』

 「はーい」

 俺は、異臭を放つ二種類の花に触れて消滅させた後、《融合》を解除し、壁一面真っ白なこの部屋で、薄っすら見える“二七”の文字を探すことにした。

 この部屋は他の四十四部屋全てが通ずる部屋である。

 俺が契約した部屋番号は一八番のあいの部屋と、二七番の俺の部屋のみ。

 この部屋から、自身が契約した部屋の番号のみの扉の目視と、出入りが出来るが、この《(ブラック)四十四部屋(ボックス)》を創った創設者全員は全ての部屋に出入りできるらしい。

 何故、このようなものが創り出されたのかは、布川さんが渋らせたため、全くもって分からない。

 壁に沿って歩いていくと、奥の右端に“二七”という文字が赤色で刻み込まれていた。

 微かに見えるドアノブを掴んで、ドアを開けると、自動的に明かりが点いた。

 まず、目に入ったのは、値段が張りそうなシングルベット。次に、何も入っていない白い本棚や、小さなテーブル等が視界を捉えた。床はフローリングで、広さは十帖くらいだろう。

 よく見ると、今立っている場所は玄関であるらしく、目の前にスリッパが一式揃えられていた。

 そして、さっきのドアとは別に、他に二つのドアがあった。

 スリッパに履き替えて、それぞれ、開けてみると、一つは、トイレで、もう一つは、シンクと鏡付きのバスルームだった。

 あと、キッチンさえあれば、不便なく暮らせるのになと思った。

 不動産の物件探しをしている気分はこんな感じなのだろうか?

 それはさておき、彩紗の汚物処理をするテッィシュがなかったので、トイレにあったトイレットペーパーの取り置きを二つ持ち出して、この部屋を出た。

 その間に、彩紗は気がついたかなと思い、彼女に近付くが、ぐっすりと眠っていた。

 俺は部屋に散った吐瀉物(としゃぶつ)をトイレットペーパーで処理する。

 部屋がひとまず綺麗になり、彩紗を確認すると、制服に少し飛び散っていたので、顔を真っ赤かにして、起こさないようにそっと拭き取る。

 途中で、目が覚めてセクハラを訴えられたらどうしようと思っていたが、無事に拭き終わったのでホッとした。

 吐瀉物の始末を終えると、使用したトイレットペーパーを二七の部屋のゴミ箱の中に入れる。

 「あい。ちょっといいか?」

 『どうしたの?』

 「彩紗は酒呑童子を産ませられるのかな?」

 『受精さえしなければ何とかなるでしょうね。メカニズムを良く知らないから何とも言えないけど。気になるのなら、医者に聞いて調べるのが一番。裏の方が《オーラ》によって、表よりも負担がかからずに対処できるかもしれないから、女性のアミか、法条とやらに聞いてみるのも良いかもしれないわね。まあ、そういう知識がない私達が悩んでも、解決が早まることなんてないから、悪い方向になっていないと祈るくらいしかできないのよ』

 「あいの言うとおりだな。とりあえず今は彩紗に子どもが出来ていないことと、八白の敗北を祈るとするか」

 二七番の部屋を出て、彩紗の近くに座り、彼女が目を覚ますのを待つ事にした。

 それから五分後に、彼女は目を覚ました。

 彩紗は起き上がると、ぼんやりした目で周りを見渡し、首をかしげた。

 「えっと……。私は何で喜多村君と二人きりで《(ブラック)四十四室(ボックス)》にいるのかしら?」

 「覚えてないの?」

 「何かにイラついて、どこかに向かって……。ああ、思い出した……。寒気がする」

 彩紗は身体全体が震えだす。

 「大丈夫? 毛布か何か持ってこようか?」

 俺は立ち上がって二七番の部屋に行こうとする。

 「ありがとう。でも、大丈夫」

 「そっか。でも、無理をしちゃだめだよ」

 「うん。ところで、あのストーカー蛇はどうなったの?」

 彩紗のこの台詞で、さっきの震えは彼の気持ち悪さから来たものだと感じとった。

 「別のところで戦っている。黒部さんはその時に操られていて、俺とこの部屋に移動して戦いました」

 「じゃあ、今こうして自分の意思で動けるのは喜多村君のおかげか。ありがとう」

 彩華は可愛いらしい笑顔をして礼を言うので、俺は顔を赤らめてしまった。

 『ありがとう』か……。

 彩紗に言われて素直に嬉しい。でも、俺は完全に彼女を救っていないかもしれない。そう思うと、罪悪感が残ってしまいその言葉を受け入れられなかった。

 「フフ。また照れてる。私が操られていたときも、ほっぺたを赤くしてたんじゃないの?」

 「それはないよ。いつ殺されるか分からなくて怖かったし」

 両手を振りながら、否定を主張する。

 「そっか」

 そう言って微笑みながら、グーンと背伸びをした。

 明るく振舞う彩紗を見ていると、言い出すのが辛くなってきた。

 「あのさ……。聞きたいことがあるのだけれどいいかな?」

 彩紗は首を傾げる。

 「答えられる質問ならいいよ」

 「八白の正体と野望を知っているの……?」

 「ええ。彼は八岐大蛇で、世界征服と私に酒天童子を産ませようとしたみたいだね」

 「知っていたの……。ごめん。黒部さん。俺……君の洗脳を解いたけど、完全に救っていないんだ……」

 頭を下げ、自分自身を悔やみながら、言葉を続ける。

 「もしかしたら、酒天童子が産まれるかもしれない。ごめんなさい。早く助けられなくて、本当にごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめn―――――――」

 言葉の途中で泣きながら謝っていると、暖かい温もりが身体を包みこんだ。

 「喜多村君は何も悪くないよ。だから、そんなに謝らないで。私は助けられただけでも嬉しいから」

 「でも、でも―――――」

 「大丈夫。愛していない男の子どもなんか絶対に孕まないから……。だって、過去に犯されたときも何も起こらなかったから。今回も大丈夫」

 「え……。黒部さん。犯されたことがあるの……」

 俺は、抱きしめている彼女の顔を見ると、綺麗な瞳に涙が溜まっていた。

 「うん……。あまり言いたくないけどね。中学校の頃イジメられていて、その時にね……。今のように《オーラ》を扱えなかったし、とても、怖かったの」

 すると、その時の頃を思い出したのか、彩紗は泣き崩れ、俺を抱きしめられていた彼女の腕で涙を拭う。

 今度は、俺が、彼女を優しく包む。

 「嫌な過去は変えられないけど、これから先の未来、俺が君を守るから。それが、今日、君を完全に救えなかった。俺の償いだ」

 「償いだなんて、大袈裟だよ。でも、守ってくれるのは嬉しい。でも、喜多村君は私よりも弱いから、きちんと守れるかしら?」

 「高校卒業するまでには。君を超えられるよう、懸命に努力するよ」

 そう言って、俺は彩紗から離れて、立ち上がる。

 「じゃあ、黒部さん。君はここに残っていて、俺は今から八白をやっつけるから」

 ポケットにしまっていた《異空間(ディメン)黒色(ション)(クロス)》を取り出し、《オーラ》を注ぐと、それは次第に拡がっていく。

 「待って。私も行く」

 彩紗は立ち上がり、俺の方へ駆けていく。

 「どうして? 君はここにいるべきだ。また操られたりするかもしれないよ」

 「あら? まさか、私の事を守るのはこういう場所に遠ざけて守るっていう意味? それなら、私は、貴方に守られたくないわ」

 彩紗を八白の所へ連れて行くよりかは、ここで置き去りにした方が安全かもしれない。

 でも、それは守る手段として入れていいのだろうか?

 それを入れてしまったら、俺はさっきの約束を破棄したのではないかと、後悔や罪悪感を覚えるだろう。

 「分かった。でも、八白に近付くなよ。何されるか分からない」

 「そんなことは分かってるって」

 彩紗と密着するのが恥ずかしいので、《異空間(ディメン)黒色(ション)(クロス)》を必要以上に大きく拡大させて、俺と彩紗はそれに入ったのだった。


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