対面
布川さんと会って、一時間は経過しただろうか?
俺は今、布川さんの能力である《治癒する桃色の布》で作った、シーツに包まり体力の回復をしていた。
この《治癒する桃色の布》に包まった生物は怪我の治癒や、体力を回復させたりすることができるが、重症ほど完治にかかる時間は大きくなるらしい。
別室にいる苅野さんが完全に回復するまで、俺はそれを羽織ることにした。
布川さんも苅野さんの所にいるため、今ここにいるのは俺のみである。
先程、布川の会話で知ったことだが、ストーカー男の目的は酒呑童子の復活らしい。
その酒呑童子は母親が美人で《心の闇》が深いほど良い固体が産まれるらしく、その母親役に彩紗が抜擢されたようだ。
そもそも、布川さんは、少し前に現れた女性の《忍》から酒天童子について、教えてくれなかったら、今ここにいなかったらしい。
その女性の《忍》はアミさんだろうか?
この近辺にどのくらいの《忍》がいるかは知らないため、彼女とは限らないだろうと思った。
すると、さっきと同じように、目の前に扉が出現すると、そこから布川さんと、その背後から、筋肉質の大男が現れた。
その男が、苅野さんなのだろうと思った。
「どうですか? 身体の調子は?」
俺はシーツを脱いだ。
「羽織る前と比べて、身体が軽くなった気がします」
「そうですか。では、そろそろ行きましょうか」
「はい」
俺を含めた三人は、大きな《異空間の黒色の布》を一枚、全身に覆い被せる。
数秒後、布川さんがそれをはぐると、先程の公園に移動していた。
一番に視界に入ったのは、光り輝いた甲冑を装着した人物が、彩紗と、その隣にいる八岐大蛇が混じったような人間と、《忍》の仮面をした男性を光り輝く縄で捕縛していた。
「おやおや、皆さんお揃いですか。残念ながらご主人様は只今、別のお仕事中でして私が変わりに来て、彼女らの動きを止めておきました」
甲冑から聴こえる声は穏やかで優しい口調だった。
「貴方は、《白の使途》の《天使》ですね。その口ぶりだと、《契約者》はここにはいないようですね」
《白の使途》に、《天使》……。裏社会は色々ありすぎて、ついていけない……。
「そうです。おや、貴方は誠様。ご主人様がお世話になっております」
「はあ……」
俺は間抜けな声を出しながら、そのご主人様とやらが誰であるか考えると、ここにはいない《オーラ》を知っていた一人の人物が思い浮かんだ。
「もしかして、そのご主人様って法条先輩のことですか?」
「そうでございます」
「えー」
あの先輩が、《天使》と契約しているなんて、意外だ。
もし、在籍している生徒にも先輩と同じ《白の使途》がいるとしたら、あの学校は色々な裏がありそうで少し怖いなと思った。
「その法条様って、生徒会長の方でしょうか?」
「はい、そうです」
「成程。でしたら、私達の味方ですね。ただ、どうして、八白を滅しないのかが、気になりますがね」
布川さんは《天使》を警戒するように、睨みつけている。
「いい質問ですね。それは、ご主人様から預かった力が少ないからです。八白に攻撃をしましたが、今の私の力では滅せないと判断して、ご主人様が現れるまで、このように捕縛しているのです」
「分かりました。信じましょう。法条様はあと、どれくらいで着きますか?」
「予定どおりなら、そろそろ到着していてもおかしくはないですが、遅いですね……。もう少ししたら、ご主人様から貰った力が無くなり、この縄と私自身はあと一分も経たずに消えるでしょう」
途端、苅野さんは、八白の方へ近付き、殴りかかるものの、拳が当たる瞬間に、縄は消滅し、自由になった二人は一目散に移動する。苅野さんの攻撃は空振りに終わってしまう。
縄が消滅したため、法条さんの《天使》は消滅し、縄から解放された《忍》は、荒い呼吸を立てながら、うずくまっていた。
「いやー。焦ったよ。いきなりこの公園に着いたら、首が一つなくなって、縛られたからね。一生動けないままかと思ったよ。まあ、想定外の出来事があったけど、計画通りに邪魔者が来たみたいだからな。良しとするか」
八白という男は人でいうところの右腕の部分にある白蛇から、ネットリとした声で答える。
「計画通りに邪魔者が来た……。まさか、私の《漏洩する水色の布》を通した事は全て演技だったということかですか」
「シャシャシャ。その通り、お前達が聞く前には、すでに、俺の奴隷だった。悔しいか? そうだろうな。シャッシャシャ」
すると、八白は笑いながら、俺の目の前に現れたのであった。
「初めまして。喜多村誠君。俺が君の大好きな彩紗ちゃんを操っている張本人さ。シャッシャシャ。どうした。攻撃しないのかい? 憎いだろうに真面目だね。君は」
挑発に乗る気はしなかった。はっきり言って、こんな屑野郎と戦うよりも、彩紗を助けるのが先だ。
彩紗を早く解放しないと、この屑野郎は、彩紗を使って何するのか分かったもんじゃない。
俺は、八白を無視して、左側から感じる巨大な《オーラ》の方へ移動する。
「おい、待てよ。逃げんのか?」
背後から一匹の白蛇がゴムのように伸び、口を大きく開いて俺を噛み付こうとしていた。
「焦るなよ。俺が戦ってやるからよ」
苅野さんが、その白蛇を握りしめる。
八白は苅野さんに任せて、今は目の前にいる友達を助ける事に集中する。
「昨日はありがとう。黒部彩紗さん」
一日ぶりに会う友人へ挨拶をするが、友人は頭を抱えて俺を睨む。
「お前を見ると何故か頭痛がおこる。鬱陶しいから、お前を殺す」
友人の瞳が青色になり、俺の四肢が凍らされると、友人はすぐに俺の懐に移動し、俺の腹に重い拳が入った。
それは、それなりに威力があり、人の温もりが感じられなかった。
(あい。この氷どうにかならないか?)
『なるわ。座禅草で溶かせる。比率は三割で、《契約内容》は、私を誉めながら一時間頭ナデナデね』
(……分かった。どうすれば、座禅草というのは出すんだ?)
『心配しなくても、そういう手間は、私が引き受けるから三割なの。今日寝て、精神世界に来たらちゃんと、頭撫でなさいよ』
途端。身体が全体的に軽くなった気がした。
筋肉量が減ったのだろうか?
「ただ、殺すだけではこの痛みを和らげそうにないから、サンドバックのようにボコボコに殴ってあげる」
そう言って、彼女は殴打しようとする。
(右脚に、お願い)
『OK』
指示通りの場所に、座禅草が出現し、一瞬にして氷が解けたので、その右足を使い、思いっきり友人の顎を蹴った。
その蹴りが効いたのか、一瞬の隙ができたので、俺は布川さんからある約束して貰った、《異空間の黒色の布》に《オーラ》を注ぎ、上空へと放り投げるとそれは徐々に大きくなり、落下していく布は俺と友人の二人が包まれた。
その《異空間の黒色の布》は次第に小さくなり、消滅した。
「なあ、苅野。俺の奴隷は何処に消えた」
八白は彩紗が消えたのを目の当たりにし、彼に問う。
「知るか。第一、俺の能力じゃねえし、俺との戦闘でよそ見するとは良い度胸じゃねえか。あん?」
「分かった。お前らをズタズタにして、布川に幻覚をかけて吐かせるか」
そう言うと八白の《オーラ》は増幅し、黒々く禍々(まがまが)しい《オーラ》になる。
「蛇、初めようか」




