焦燥
「シャッシャッシャ。俺にやっとカワイイカワイイ奴隷が出来た」
八つ頭を待つ男は部屋を突き抜けるような大声で叫ぶ。
「早速、遊びたいところだが邪魔者を始末しないとな。万が一洗脳が解かれたら三百年に渡る計画は台無しだ。それに、クラスの数人や友人を操り、イジメを開始させたのは俺だ。面白いように引っかかってくれて、おかしくって笑える。クックク。それに想像以上に《オーラ》が強大だから、孕ませ機以外にも、戦闘員にも使える優秀な駒だ」
そう言いながら、目の焦点が逢っていない黒部彩紗に近付き、左首にある白蛇が彼女の首筋を噛むと、彼女は腕や脚を回したりして、身体をほぐす。彼女の麻痺状態が回復したのだった。
「彩紗ちゃん。俺たちの愛を邪魔する者を全て殺したいんだが、何かいい案ないかな?」
「ありますよ。ご主人様。私の執事だった人に貰った《漏洩の水色の布》を使います」
彩紗はポケットからそれを取り出して、八白に見せる。
「これはなんだい?」
「これに《オーラ》を注ぐと、その《オーラ》がなくなるまで、別の《漏洩する水色の布》に注いだ側からの会話が聞き取れる能力です」
それを聞いた八白は少しだけ曇った表情をする。
「これをさっき使ったかい?」
「いえ、使おうとしたら、身体が動けなかったので使っていませんよ。安心して下さい、ご主人様」
「そうか。良かった。まあ、俺からしたら誠って餓鬼に今の彩紗を見せたいからな。そういえば、追跡型発信機によると、あいつは、布川洋治の能力で、別次元にいるらしいからな。となると……」
八白はすぐに紙とペンを持って何かを書き出した。
「よし、彩紗ちゅあん。俺様と一緒に芝居をしようぜ」
「芝居ですか……」
「ああ。この《漏洩する水色の布》を通して、布川に聞かせる。そうすれば、彼は餓鬼と一緒に、こちらに来るかもしれない。来ない場合は、布川を殺して、餓鬼は別次元に幽閉されたまま一生を過ごすことになる。いい案だろ?」
「すごいです。さすがご主人様ですね。でも、死に場所はどこにするのですか?」
拍手をしながら、彼女はニコリと笑う。
「楽に瞬間移動装置がついていてね。開発者である俺はそれを遠隔操作できる。それを使って俺達二人で移動する。その時、死にかけの楽は二度と元に戻れなくなるけどね。クソガキに負けたから仕方ないし、開発法を知られたくないからね。そして、着いた矢先に、その付近にいる《忍》と、誘い出した布川、苅野、クソガキの計四人を俺達で始末する。その際、《忍》にもう一人の仲間の居場所を吐かせ、そいつを殺す。そうすれば、俺達の邪魔をする者がこの街にはいなくなる。最高だろ? 彩紗ちゃん」
「はい。そうしたら、今晩愛を深めましょうね」
「ああ」
八白はいやらしく下品な顔をして答えると、楽を操作するために、パソコンを使い始めたのであった。
精神世界から戻って、五分は経っただろうか?
家具や窓だけではなく、扉さえないこの部屋。
壁や床などを触って、隠し扉を探すが、それらしきものはなかった。
あいはどうやって、ここに入ったのだろうか?
それとも、誰かの能力で、閉じ込められたのだろうか?
そう思った矢先、目の前の壁が扉に変化した。
その扉に手を伸ばそうとするが、そこから、彩紗と一緒にいたスーツの男がドアを開けてこの部屋に入ってきたのた。
「苅野様からあの女性は《デュアル》だったと聞いていましたが、まさか貴方だったとは。驚きです」
「あいが《デュアル》? 何だそれは?」
差別用語だろうか?
そうだとしたら、あいのことを、何も知らない彼の事が許せなかった。
「《心の闇》にあるもう一つの魂の事です。最近では人工的に取り入れる事が可能なようですが、そのことを知らないとなると、貴方は違うようですがね」
「ああ。あいによると、俺は生まれたときから一緒らしい。ところで、此処はどこだ?」
「《黒の四十四部屋》。私の《千色の布》の一つである《異空間へ通ずる黒色の布》でしか入れない、異空間です。自由に出入りできるのは私達が許可した人のみ。そうでない人達はどんなに強い力や能力があっても、この部屋からは脱出するこは不可能」
彼が言っていることは本当だろう。
なぜなら、膨大な量の《オーラ》を持っているあいが、脱出できていないのだから。
でも、その考えは、幽閉された瞬間にあいと入れ替わったり、あいが何もしていないのなら、話は別になるけど……。
「俺が、どう足掻いたって無駄ってことは分かった。で、俺をどうするつもりだ? 殺すのか?」
「いえ。一つ質問をなさいますので、その答えによって、貴方をどうするか決めたいと思います」
どんな質問をされるのかは分からないが、自分にとって都合が悪いものでも、下手な嘘を吐かず、正直に話した方がいいような気がした。
「貴方は彩紗お嬢様を好きでありながら、貴方に宿る魂は彩紗を殺そうとしていた。それはなぜでしょうか?」
「あいは、俺が黒部さんと関わると、命を狙われる可能性があるからだと、あいは言っていた。だから、俺を守るためにやったことだ」
「なら、貴方自身には敵意がないと」
脅しなのか、少しだけ、彼の《オーラ》が増量した。
「ああ。今度、あいと変わる時には、彩紗を殺さないように釘を刺すつもりだ」
彼の瞳を逸らさず、じっと見つめる。
すると、その男は微笑んだ。
「その言葉が本当なら、彩紗様がお帰り次第、貴方をb―――――」
『いいね。その絶望に満ちた顔。そんな顔をしていると、本当に壊したくなるな。シャッシャッシャ』
突然、何処かから発せられた声により、男の声が最期まで聞き取れなかった。
男はズボンのポケットから、水色のハンカチを取り出したのであった。
そのハンカチは今ここにいる二人よりも、《オーラ》が多く纏われていた。
「それは?」
「《漏洩する水色の布》。《オーラ》を注ぐことで、別の《漏洩する水色の布》にその音を聞き取ることができ、こちら側の《漏洩する水色の布》に《オーラ》を注ぐと、電話のように会話もできます。聴こえてくる声からすると、彩紗様からによるもの……」
男は急に曇った顔になった。
「まさか……。彩紗の身に何かが……」
「ええ。しかし、そうなったのは私の責任でしょう。最初から、《分身》を攻撃せずに、《忍》を信じて、彩紗様を追っていれば、このようにはならなかったのでしょうか……? いや、それだと、私は豪様に駆けつけることは出来ず、彼は死んでいたかもしれないですし――――」
男は自分を責めるように、黙々と呟く。
『じゃあ、始めようか』
『いや……やめてよ。お願い誰か助けて……。助けてよ……。洋治……。誠……キャアアアアアアアAAAAA』
もしかするとこれから十八歳未満立ち入り禁止の出来事が起ころうとするのだろうか。
だとしたら、これは聞くべきではない。取り返しがつかなくなる前に一刻も早くその場に向かうべきだ。
布川はさっきの十倍ほどの《オーラ》を纏った。
「私は、彩紗様を助けに行きます。貴方も行きますか?」
「当たり前だ。彩紗を泣かす奴は俺が許さねえ」
怒りのせいなのか、今までの《オーラ》よりも多く纏えている気がしていた。
『クックク。これで、君は僕のカワイイお人形さんだ。早速、孕ませたいところだけれど、誰かが勘付いて途中で中断するかもしれないから、まずは邪魔者を排除した方が手っ取り早いかな』
彩紗はまだ、高一なのに孕ますだと……。
「おい。このロリコン野郎は誰だ?」
「八白大。昨日の《忍》の方が言うには、八岐大蛇の力を持った方です」
八岐大蛇。空想上の生物だと思っていたが、まさか実在しているというのだろうか?
俺自身が、超人的な能力を得られたのだから、そういうものがあっても、何らおかしくはないのだろうが。
『奴らは、楽を倒した場所にそいつらは多分まだいるだろうから、彼の体内に取り付けた瞬間移動装置を使って一網打尽にするかな。シャッシャッシャ』
その言葉を最期に、ハンカチの《オーラ》が無くなった。
「楽という男は春日公園にいた。今すぐに、向かうべきだ」
「少しは冷静になって下さい。相手は、彩紗様を負かした人と、彩紗様自身。私と貴方だけでは勝ち目が薄い」
俺は男の胸倉を掴む。
「じゃあ、黙って見ていろと? 冗談じゃない。俺は行く。此処から出せ」
(その男の言うとおり。冷静になって。誠)
あいの声が体内に響き渡る。
(貴方の怒りや焦りのせいで、ここの居心地が悪いし、《闇》が暴走するわよ? それを望んでいるのならいいけどね。そのせいで、愛しい愛しい彩紗ちゃんが死んでも知らないけど)
俺が、彩紗を殺す……?
駄目だ。それは、落ち着け。喜多村誠。
俺は、掴んでいた手を放し、大きく深呼吸をした。
すると、自分自身の《オーラ》が少し小さくなったのが分かった。
「何が起こったのか、分かりませんが、落ち着いたようですね」
男は溜息混じりに言う。
「ああ。そういえば、自己紹介がまだでした。喜多村誠と言います。よろしくお願いします」
男の前に、手を差し伸べる。
「私は、彩紗様の執事をしていらっしゃいます。布川洋治と申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
布川さんは、俺が差し伸べた手を優しく握った。
「戦力差があるなら、どうしますか? 俺の知り合いに頼める人はいませんけど……」
「こちらも、お呼びして、すぐに駆けつけてくれる仲間は残念ながらいません。別室にいる豪様が完治次第、公園に向かいましょう。彼がいるのとそうでないのとは違いますから」
俺は、豪という人物を知らないが、布川さんが信頼しているので、実力はあるのだろうと思った。
「では、その間に、作戦でも立てましょうか」
布川さんの発案に頷き、話し込んだのであった。
「やっぱり、そうだ……。あれは、師匠……。でも、《オーラ》がない……。くっ……」
豪の戦闘を退けたユウキは、公園に水無楽の遺体を見つけたのであった。
「誰にやられたのかは知らないけれど、このまま、放っておく訳にはいかない」
駆けていくユウキだが、楽の遺体が突然、ドス黒い《オーラ》に包まれた。
「な……何だこれは。俺を誘い出す罠だったのか?」
すると、遺体の腹部から裂け目が出現し、そこからセーラー服を着た黒い長髪女性と、白い皮膚で覆われた八つの頭を持つ男が現れたのであった。
裂け目は、楽の遺体を吸い込むと消えていった。
「師匠の遺体が消えただと……。一体何をした。お前ら」
ユウキは静かに怒り、《オーラ》を纏う。
「ほう。君は水無さんのお弟子さんでしたか。それは気の毒に、まあ、あの一族は昔、俺が寄生したこともあったからなのかは知らないが、すぐに居場所が分かったからな。実験のいい材料になったよ。彼は天才とか言われていたらしいけど、改造したら、失敗しちゃったけどね。シャッシャッシャ」
真ん中の蛇が喋り終えると、八つの頭が一斉に笑い出し、隣にいた女性もクスクス笑う。
「情報通り、八岐大蛇を完全に取り込んだらしいな。八白大。ところで、お隣にいる女は黒部彩紗か?」
「ああその通りだ。ところで、《忍》。喜多村誠とかいう男知っているか?」
「知っているが、居場所は知らない」
「そうか。だったら、お前もs――――」
ユウキの後方から、放たれた光り輝く矢は、言葉を発す蛇の口を貫き、消滅した。
そして、光り輝くそれは、黒部彩紗の四肢と、七つの蛇を縄で縛りあげると、彼等は人形になったかのように、身体が固まったのであった。
ユウキは後ろを振り返ると、それを見て驚く。
「君がいるということは、奈央さんも……」
「いえ。奈央様は、ここにはいません。それに、私は本体の一部であるため、それまでの、時間稼ぎにすぎない。その証拠に、矢一本分の力しか貰っていません」
光り輝く人物は、背にある矢筒を取り出して、ユウキに見せる。
「奈央さん達が来るまでもつ?」
「分かりません。ユウキ様は、援軍を呼べますか?」
「多分、奈央さんを待った方が早い。いや、今此処で仕留めた方が早い」
ユウキは右腕に仕込んであった小刀を手に取り、八白の腹を斬ろうとするが、皮膚が頑丈なのか、刀身が真っ二つに折れたのであった。
「く……。これならどうだ」
ユウキは八白の胸に手を添えた瞬間、爆破した。
爆煙が風に流されると、八白は何一つダメージを与えられてはいなかった。
「だったら――――」
ユウキは黒部彩紗に攻撃しようとした途端、彼の首に光の縄がかけられ、後ろに引っ張られた。
「な……何をする……。味方じゃないのかよ……」
光る人物に問いかける。
「私は、彩紗様の命を守ること。それが、主に命じられたこと」
「友達を……守るってか……甘すぎ……だ……ぜ……」
ユウキはそう言い残して、意識を失ったのであった。