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Mind Of Darkness  作者: 渡 巡
第一章 八岐大蛇
1/36

日常

 俺は一目惚れというものを人生で始めて経験した。

 それは、今度入学する高校の入学説明会の日だった。

 おそらく人生で最期になるであろう、中学生の制服を着て、いつもより若干化粧が濃い母親と一緒に高校へと向かった。

 説明会の内容は長ったらしくてあまり覚えてはいなかった。

 「雨の日の乗り物は晴れの日よりも混むから一つ前の便に乗りましょう」

 と、教師が言ったことくらいしか覚えていない。そもそも、俺は自転車で登下校するつもりなので関係のない話だった。

 会が終わった後、校内にて教科書を始めとする教材が販売された。行列を避けるためいくつか区分ごとに分かれていた。

 例えば五教科の教科書、その他の教科の教科書といった具合に。

 俺と母親は教材を購入するために列に並んだ。時間が経つにつれて一歩、一歩前進する。

 並んでいる間、この学校にはどういった人がいるのかが知りたかったため、周囲を見回した。

 同じ中学校の人はいるのだが、ここにいる二百八十人の生徒の内の五人だけであり、その中で友達と言える人物はいない。

 今現在で一番印象に残っているのは、十人弱で集まっている坊主頭の集団である。

 彼らは真新しい制服に身を包み、斜めかけの大きなスポーツバックを肩にかけていたので、そこで集まっている生徒は多分、野球部員であろう。

 高校野球といえば、夏の一大イベントであり、選手の大半は坊主頭だ。

 この高校は昭和後期までは野球の名門校であったらしいが、今は県予選の二、三回戦で敗退している。

 三年間の高校生生活のいずれかの年に一度は行ってもらいたいものだ。近くに県予選が行われる球場があるため、県予選ではしっかり応援をしようと思った。

 並び始めてから、三箇所目の教材を購入したが、全部の教材を揃えるまでに、あと三回並ぶ必要があった。高校生ともなると教科が増えるせいか、教材も中学校と比べて多いと痛感した。

 四箇所目に並び、二、三分が経っただろうか。先頭の人が教材を持って列から外れると、俺はその人に引き寄せられるかのように見てしまう。

 その人はセーラー服を着た女性であり、身長は一六〇センチメートルあるかないか。髪は腰までに届きそうな長さで、それはくしを使用したら、気持ちよく()きそうでとても綺麗であり、目はお人形さんのようにパッチリしていて、肌が色白く可愛かった。

 そんな彼女に俺は目を奪われ「こんな人間が夢以外に存在するのか……」と心の中で呟いていた。

 それから、俺が別の列を並ぶと、その彼女は前に並んでおり列から外れるたびに視線を追い、声をかけずにただ見つめていた。その時間は累計すると一、二分は見ていただろう。

 説明会から家に帰った時から俺はその子のことばかり考えていた。

 中学校の制服を母校以外全く知らない俺は彼女がどの中学校を通っていたかもしらなかったため、彼女のことが知りたくて、知りたくてたまらなかった。

 「早く高校生活が始まって、あの子と同じクラスになりたいな」

 と呟き、明日の入学式を楽しみに就寝した。


 次の日の朝。

 今まで着ていたテカテカな中学の学生服とは違い、服屋で新調してもらった新品同然の学生服を着た。

 在学中に身長が伸びることを考慮しているため少しだけ裾が長いが、とても着心地が良かった。母親は後から行くみたいなので、俺は一足先に自転車に乗り登校するのであった。

 校門の前には先輩であろう男子生徒二人が立っていた。駐輪場までの道のりを丁寧に教えてもらい、駐輪場で自転車を駐車すると、近くにいた女子生徒が体育館までの道のりを教えてくれた。

 先輩方はとても暖かく、良い高校生活が迎えられそうだと俺は感じた。

 体育館の中に入ると、玄関近くにあるホワイトボードに、シミ一つない制服を着た生徒達が群がっている。おそらくそこに自分のクラスがどこであるかを記載しているのだと推測し、俺は群れの中に入る。  

 ホワイトボートには白の模造紙がクラスの枚数分張り出され、一枚ごとに一クラスの生徒の名前が記されていた。さっそく自分の名前を探す。

 「喜多村(きたむら)(まこと)はと……」

 小さく呟いてカ行を探すと、自分は七組と分かった。

 あの子が七組にいればいいなと思いながら、教室に向かった。

 七組に入った俺は自分の席を探し、一番後ろの左から二番目の席だと確認して、着席した。

 クラス内にはすでに三十人程度の人が来ていた。友達と喋る人もいれば、携帯電話をいじったり、何もせずにただ座っていたりと、人によって多種多様だった。

 お目当ての一目惚れをした女性は一番後ろの席から眺めても見かけなかった。

 「まだ、来ていないだけだ」と自分に言い聞かせるが、担任の先生らしき人が来て皆が席に着くと、机の空席は一つもなかった。

 あの子は俺と同じクラスではなかったのだ。


 「……人生甘くないな……」

 その言葉は入学式が終わって家に帰宅して自分の部屋に入り、小学生の頃から使用している学習机に座った時に出た一言だった。

 「あの子どころか、同じ中学校の人もいないとは……」

 自分自身を除いた同じ中学校の四人との関わりは、入試のお昼休みの時に弁当を一緒に食べただけの仲だ。しかし、周りに知らない人ばかりだと心細く気持ちが不安定で少しストレスになる。

 二週間後にある親睦宿泊が終わる頃にはクラス内の大まかな派閥ができると思うため、最低でもそれまでの間は誰かと関わりたかった。

 「そういえば、一週間後にテストがあるんだっけ? 面倒だけどやるか」

 机に勉強道具を広げてとりかかろうとするが、あの子のことを考えてしまい、思うように(はかど)らなかった。

 

 次の日の昼休み。

 今日は朝から雨が降っていた。

 雨で濡れている渡り廊下を通って、食堂に向かった。

 食堂は一昨年にリフォームされたばかりらしく、壁や床がとても綺麗で、教室とは比べ物にならなかった。

 この食堂は食券制なので、出入り口付近に置かれてある食券販売機にお金を入れ、排出された食券を厨房の人に渡す。二、三分程して注文したサバ定食が来ると、俺は席に着く。

 「いただきます」

 と言って昼食をとる。

 今日の午前中は、オリエンテーションで時間が潰れた。

 内容は委員会、係決めや、学校の校則やら卒業までの三年間の過ごし方とその他諸々だ。午後は校内を案内をした後、掃除をして下校。まともな授業は明日からだ。

 十分休みに、クラスメイトを観察していると、他人同士で会話しているのは全体の半数程度で、他は一人でいたり、知人に会いに別のクラスに行っていったりしている人達だ。

 俺はどちらかといったら、人見知りするタイプなので、気安く知らない人に喋りかけるのは苦手な方だ。

 初日に、教室内に一人で食べていると、次の日に孤独同士の馴れ合いで、一緒に食べるようになるのだろう。しかし、それは話が合わないのに、他人依存の人に勝手に好かれ、付き添われてしまうというリスクがある。そうなるくらいなら、初めから一匹狼を演じたほうが俺は気が楽だ。そう思ったため、現在、食堂で黙々と食べているのだが、少しだけ周りの視線が気になった。

 ふと振り返ると、飲み物を飲みながら、こちらに向かって背の高い中肉の男が歩いてくると、その人と目が合った。

 「よう」

 と、声をかけられた。

 「よう」

 俺も同様に返す。

 この男は同じクラスの人だが、まだ名前は覚えてはいなかった。

 「こんなところで、一人寂しく食べて、悲しくね?」

 男は面と向かいアイコンタクトをして、立ち止まる。

 「弁当、持ってきてなかったからな。仕方ない」

 さっきは強がって、他人依存がどうとか思っていたけど、実のところはただ、弁当を忘れていただけである。

 「そっか。じゃあ、明日弁当持ってきたら一緒に食べようぜ」

 「いいの?」

 「一人で食べるより、みんなで食べた方が楽しいって」

 「まさか、わざわざそれを言いにここへ……?」

 もしそうなら、とても優しい人である。このような人と初めて関わったので、少し驚いている。

 「ハハハ。違うって。連れが、食堂で何か食べたいというから来ただけで、たまたまお前がいただけだって」

 それを聞いて少しだけ恥ずかしくなり、顔が少し赤くなるのを感じた。

 「カワイイな。名前は何だっけ?」

 「喜田川。喜田川誠。そっちは?」

 「窪田(くぼた)窪田(くぼた)新一(しんいち)。じゃあ、連れのところに戻るわ」

 そう言って、窪田はこの場から去った。

 明日の昼休みに誘われたことは胸が躍るように嬉しかったが、今日の午後は彼に馴れなれしくするのは辞めよう。

 なぜなら、優しくされた理由で付いて行くのは向こうにとっても迷惑だと思うし、ただの建前だと思ったからだ。

 コップを手にとり、中の飲み物を飲み干すと、お盆を持って部屋から出ようとした時だった。

 少し前の方に、一目惚れをしたあの子が歩いているのが視界に捕らえたのだった。

 目的地は俺と同じ、一年生の教室だろうから大丈夫だと、自分に言い聞かせ、彼女に気付かれないようにそっと尾行する。

 食堂は第一校舎の一階に存在し、生徒達のクラスは第二校舎にある。一年生は一階にあるすべての教室が各学級で埋まっており、一組~三組の場合は左折。四組~七組の場合は右折しなければならない。

 俺はその二つの校舎の間の渡り廊下にいるため、彼女がどちらに曲がるかどうかで、どのクラスか大方把握できるのだ。

 渡り廊下を歩き終えた彼女は一年生の廊下を右折した。俺もそのまま廊下を曲がる。

 彼女は五組を過ぎ、六組に入ろうとしていた時だった。

 「彩紗(ありさ)~」

 と、七組の教室から出てきた一人の女子生徒が、尾行している彼女に声をかけていた。

 彼女達はお互いの距離を縮めて会話をし始めた。

 盗み聞きをしたかったが、絶対に怪しまれると思い、通り過ぎて七組の教室に入った。

 名前とクラスが分かっただけで、今日は満足だったので、今日はこれ以上詮索しないように心に決めたのだった。

 


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