出会いのとき
彼が好きになった少女と出会った時の話。
ハンカチを握った、小さな手の少女です。
目が回った。
天井を仰いだ途端、頭のてっぺんが渦を巻いたようになって視界がぶれた。
やばい、と思ってゆっくり俯いてから目を閉じて手で瞼を覆うと、胸に何かがつっかえる感覚がして口内に苦い味を錯覚した。
幸い、ここは歩道の端だったよなと気付いてからしゃがみこむ。
浅く呼吸をするとつっかえが上がってきそうになったから、慌てて深呼吸に切り替える。
繰り返すうちに、だんだん胸やけも広がってきた。
「やべ……」
口に出すと、自分がとんでもないピンチに陥っているような気がして焦った。耳に障る騒音も頭の芯の方に響いてなんだか脈を打つし、眉間の奥の方もぴんと糸を張った感じの奇妙な感覚がする。
手足に力が入らない、と気付いたのは深呼吸を何十回か繰り返したころだ。
覆いを外して手を見ると、骨ばった自分の手の指先が青白くなっていた。
裏返しても爪まで青白い。
「きも……」
周りを見渡したら、調度ここがシャッターを閉めてある店の前のようなので、若干離れてあるシャッターへ尻を動かして移動して背中を預けた。
高く軋んだシャッターに頭までも預けて上を仰ぐ。
尻の下が固い、尻の骨が痛い、気持ち悪い。
膝を折った足をゆるく抱えるように腕を回す。
目を閉じた闇の中、深呼吸をしながら思い出すのは彼女の顔。
少し前、喧嘩をして泣かせてしまった。
あの時感じた終わりを予感した嫌な感覚が拭い去れないまま、今日まで彼女を好きでいた。
喧嘩したことを悔いている。けど、彼女が何気なく言ったあれは、俺にとってとても大切なことだった。
きっと彼女は些細な事だ、と気にしてはいないだろう。
もちろん、それを言っていなかったのは自分で、落ち度は自分にある。
わかってはいるのだ。しかし、彼女が言って、喧嘩して、泣いたことで感じた終わりの雰囲気はいくら俺があいつを好きでいてもあいつが俺を好きでいてくれても、壊すことは出来ない。
あいつを、嫌いにはなれない。なりたくない。
三週間、ずっと続いている悩みの渦が胸中を掻き乱す。
最悪の気分と相まって胸のつっかえを吐き出してしまいたい!
「だからさ、あんたは弱いんだって」
「なにがって」
「押しがに決まってんじゃん」
「ていうかさ」
「さっさと彼氏作っちゃいなよ」
「いいよ~、あいつらバカだし」
目の前を通り過ぎたらしい女子たちの甲高い声が頭にきた。
瞼の裏の闇までもひっくり返すような感覚に、ついに預けていた背も滑っておぼつかない腕を反射的についた。
「ッぶね……」
息をついて、瞑っていた目を開けて異様に白く映る視界の中で両腕を使って体を起こした。
もう一度背と頭を預けてから、今度は腕を腹の上に載せて目を瞑る。
息が、苦しい。
再度、深呼吸を始めるとどろどろした感覚の中、鈍くなった聴覚が小さなささやきを捉えた。
「今の」
「そうだよ」
「いってきな」
「わたし」
「ばか」
「おまえじゃないって」
なんなんだ、と思いながら渦巻く感情の中に取り込まれようとしていると、目の前で声が聞こえた。
なんだ、と思うも無視をする。
ささやかな声がたぶん俺に投げかけられているんだろうけど、それに応えれるほどの余裕もない。
目を強く瞑る。
ふっと、腕に触れた冷たい手にさすがに驚いて目を開けた。
ぼやける視界の中に、白いハンカチを掴んだ爪が短い小さな手が映った。
あいつの、て?
久しく会っていない彼女の温かな手を思いだし、思わず縋ろうと手を伸ばした。
「大丈夫ですか」
手を伸ばし半端で、思い腕を宙に浮かせたまま声の聞こえた方に顔を向けると黒髪を後ろで括った少女がこちらを覗きこんでいた。
制服を着て、白い肌に小さなそばかすを散らした少女は、眉を垂らしながらこちらを見つめている。
「だれ」
「あの、座ってって、気分悪そうだったから。顔色も悪いし」
微かに首をかしげた仕草を見て、子犬を連想した。
そうか、はたから見てもわかるくらいに顔色が悪かったかと思い、ならば休まねばと家に戻るため腰を浮かせようとした。
が、うまく力が入らずに尻を打ちつける。
「あ、だ、大丈夫ですか。救急車とか」
「いや、へいき……」
尻も痛いが、打ったときの衝撃で揺らいだ視界に気分も悪い。
目を閉じて、俯いて深呼吸をする。
「もしかして、人酔い、とかですか」
「……」
尋ねられても首も動かせない。
「薬、ありますから。良ければ使ってください。これ」
空いた手を自分の膝の上に広げられて、鞄から漁ったらしい薬を数錠落とした。そして口を開けたペットボトルを薬を落とした手の方の地面に置いて少女は下がった。
「あの、本当に、大丈夫、ですよね」
「……」
暗い視界の中、遠ざかっていく気配を感じる。
「ごめん、勝手に行っちゃって」
「おまえ」
「行けたのかよ」
「さっきの男」
「顔よかったし」
「ち、ちがう。そんなのじゃないよ」
「うそつけ」
「水まで買いに行くし」
「だって、気分悪そうだったし」
「だから」
「いいこちゃん」
「かわいい子」
少女の声が、さっき通り過ぎたと思った女子たちの中に紛れていく。
なんとか薬を放り込んで水で流しこんでから、宙を仰ぎゆっくり深呼吸をした。
回る視界、暗い瞼の闇の中、小さな手を持つあいつの顔は浮かばず、そばかすを散らした少女の面影が滲んだ。
サイドストーリー。
無理矢理、連載にしたかった感がバリバリ……。
だって、完結した奴が無かったから作ってみたかったんだもん!
調度浮かんできたし。
ま、とりあえず無事に終わりました。
連載、始まってすぐに完結するとか……。
ま、短編みたいなものでしたし。
読んでくださった方、ありがとうございました。




