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09) 融合 前世+現世



(坊ちゃん、坊ちゃん!しっかりしてください!)

(やめろ、身体を揺らすな!心臓は鼓動してる)

(だって、だって!坊ちゃんに何かあったら……私、私!)

(落ち着けクラリッタ!落雷は森の大木に落ちて、ラルフは畑にいたんだろ?だったら落雷の残りカスがラルフの身体を通過しただけだ)

(どうなるのアンナマリア、意識は戻るのでしょ?坊ちゃんの意識は戻るんでしょ?)

(直撃ではない、多分気を失っているだけだ、安心しろ。お前が動揺してどうする!)


 耳に聞こえて来るのはクラリッタと道具屋の女主人アンナマリアの声。どうやらラルフレインは自分の部屋のベッドで横になっているのだが、目を開けて身体を動かす事が出来ないでいた。


 オニオンの収穫をすると言って朝食後に畑に出た彼は、順調に収穫を進めていたのだが雲行きが怪しくなって来たのだ。遠くの山々の天峰を覆い隠すような雨雲が空一面に広がったかと思うや否や、ゴロゴロと腹の底を揺さぶるような音を響かせ、曇天は電気を帯び始めたのである。

 ――まだ土砂降り雨が降って来ていない事から、あとちょっとなら大丈夫と欲に駆られて収穫を続けていたラルフレインだが、いきなり背後の森に空気を張り裂く音がした……と思った瞬間、自分の体内に衝撃が走り抜けてそのまま気を失ってしまったのだ。

 以後の経緯については、自分がベッドで寝かされている事に気付いた時、クラリッタの声が聞こえて来た事で理解した。落雷に驚いたのか、荷車をひいたままのロバがパニックを起こし、飼い主を置き去りにしたままブモブモ叫んで家に帰って来たらしい。そこで不審に思ったクラリッタが慌てて駆けつけたのだそうだ。


 今すぐにでも起き上がり、「心配かけたね」「もう大丈夫だから」と声をかけたい。こんなに取り乱すクラリッタは見た事が無く、早く安心させてあげたい――そう思うのだが、ラルフレインにはそれが出来ない状況に陥っている。何故ならば今彼は、突如脳内に溢れ出した“もう一つの記憶”と今の自分との整合性を合わせるために必死になっていたのだ。


“僕は上松(あげまつ)辰哉(たつや)いや、僕……いやオレは上松辰哉だったんだ!”

“僕はラルフレイン・オストレーム、それ以外の何者でも無かったはず!何この、、、悔しくて悲しくて怒りに満ちた絶望感は!”

(うろた)えて当然だろう。それまでは大自然に囲まれ農作業を生活の糧にしていた素朴な少年の脳内に、大都会や車や人ゴミなど大量の“見慣れぬ社会”についての情報が入って来たのだ。――SFと言う分野、ジャンル、概念が理解出来なければ、それはもう驚きを通り越してパニックを起こすしかない。

 だがやがて、それも時が解決する。二つの記憶は時系列をはっきりとさせて混ざり合い、二人分あった記憶は一つへとまとまって行く。淹れたてのコーヒーをスプーンでくるくる回し、そこへゆっくりフレッシュミルクを入れて行く感覚。――白と黒の螺旋(らせん)の渦は、やがて完全なる一つの個として完成するのだ


 ――全く見知らぬ未知の文明だが、膨大な情報を手にするラルフレイン――

 ――無念の内に生涯を終えたが、新たな人生をやり直すチャンスを得た上松辰哉――

 自分ではない自分の存在に戸惑っていた二つの意識は、自分には無い互いの利点を大いに感じ、やがて一人の人格として目を覚ました。


「……クラリッタ、アンナマリアさん、“オレ”はなぜここに?オレは一体どうなったの?」

「坊ちゃん、坊ちゃん!気が付きましたか!」

「ラルフ、良かった。心配したんだよ、ホントに心配したんだよ」


 喜び震える二人に挟まれるも、まだ身体の自由が効かない。アンナマリアが言うには、落雷やサンダーの魔法を浴びて身体に電気が通ると、直撃を受けた以外の肌に変化は無くとも体内に甚大なダメージが残る場合があるのだとか。実際、身体が電気の直撃を受けると電気の摩擦熱で体細胞が破壊され、酷い場合は手足が壊死して四肢切断の処置せねばならぬほどの深刻な被害を受ける事になる。

 身体のシビレを気にしていると、“治癒の魔法は既に効いている、二三日休んでいれば元気になるよ”とアンナマリアは言うのだが、ラルフレインはここで二点の疑問が脳裏に浮かぶ。……あれ、アンナマリアさんって魔法使えるの?と。

 そもそもがクラリッタとアンナマリアは犬猿の仲と認識していた。「洗濯板!」「乳牛!」や「クソビッチ!」「陰キャ!」などと相手の名前が話題に上がると、必ずと言って良いほどに毒々しい単語が溢れるこの二人が、何故ラルフレインが倒れたと言う理由でここまで電撃的に一致団結するのか。そして単なる道具屋の女主人に過ぎないアンナマリアが何故に魔法を使えるのか。……これらの疑問がすぐ解ける事はなかった。融合した新しい自分の制御に精一杯で、今はまだ腹を据えて二人に質問するだけの、心の余裕がなかったのである。


 クラリッタとアンナマリア、二人の過剰なまでの看護もやがては日没とともに終わりを告げる。

 自分を呼ぶ一人称が“僕”から“オレ”に変わった事に、どうやらクラリッタは気付いたようだったが、それすら些細な事だとばかりに、献身的な看護で表情の乏しさをカバーしていた。


   ◆   ◆   ◆   ◆


 深夜、深き森の奥からフクロウの鳴き声が空に響き、彼方の山々から狼の遠吠えがこだまする頃。トイレに目を覚ましたラルフレインは、何とか自力で起き上がって屋外へと歩き、事が済んだあと星空を見上げる。

 手に届くかのような満天の星空と、それを支えるかのような真っ黒な山々の稜線と大地はまるで切り絵の芸術でも見ているようだ。だがラルフレインは大自然が作り出したスペクタクルを瞳に映しながらも、意識は自己の内宇宙にと向けていた。


「……毒親に強制された勉強、強制された進路・進学、就職失敗による挫折と見放された孤独。ブラック企業への就職と壮絶な心的ストレス。新たな幸せの予感だった結婚、だが妻の裏切りによる離婚。そして余命宣告からの誰からも惜しまれない死」


 ふふっと自嘲気味に鼻を鳴らす


「早すぎる母との別れ、まだ自分が幼すぎておぼろげな記憶しか無い。父親は早々に育児を放棄し、愛人を後妻にしてその子ともども溺愛している」


自然と涙腺が緩んで来るのだが、空を見上げながら眉間に皺を寄せ、涙がこぼれないように踏ん張る。――泣いている姿を誰かに見せる見せないではなく、自分の意地で泣くのを拒んでいるのだ。それはつまり、まだ白旗は上げていないと言う意志の現れでもある。


「なんだ……前世も現世もロクな目に遭ってないじゃないか。だけどまあ、まだ取り返せるチャンスはあるよな」


 服の袖でグシグシっと鼻水を拭い、ラルフレインは家に入ろうと踵を返し、星空を背にした。


「そうだ。こんなオレにだって、幸せになるチャンスはあるんだよな」


 ラルフレインはまだ若い。これから彼が自分の人生とどう向き合って生きていくか、それによって答えが導かれのだが、まだこの時点で彼は気付いていない。“前世でウンザリするほど見てきた悪夢。その悪夢は今もなお彼にまとわりついている”と言う事に。

 後日にはなるが、ラルフレインはその悪夢の正体を戦慄をもって知る事になるのだ。



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