06) 異母兄妹 後編
アンゼリカ・オストレーム 十四歳
“辺境伯”バンダリア・オストレームとその妻マグダレーナの間に誕生した第一子、長女である。マグダレーナは後妻であり、前妻のディートリンデが逝去した後に辺境伯と正式に結婚しているのだが、その時系列については明らかにおかしいものがある。
先ずはディートリンデが病により逝去したのが、ラルフレイン三歳の頃。彼女はラルフレインを出産してすぐに病に倒れ、三年の間床に伏せたまま息を引き取った。マグダレーナの第一子アンゼリカは、ディートリンデが逝去した時にはすでにこの世に誕生しており、一歳の年輪を重ねている。
つまり辺境伯はディートリンデがラルフレインの出産後、病に倒れ闘病している間に愛人を作って妊娠・出産させていた事になる。そしてディートリンデ亡き後すぐに、愛人を正妻の座に据えたのだ――ラルフレイン三歳、アンゼリカ一歳の時
不義だ!不倫だ!穢らわしい、そう思う者もいるだろうが、辺境伯の決定に対して表立って異論を唱える者などいない。何故ならば、辺境伯・自治領主とは地方に君臨する貴族の絶対的権力者であり、自治領主こそがルールなのだ。つまりは貴族の倫理観や道義的責任など問われるような時代ではない事の表れであり、まだまだ血と争いに彩られながら歴史は刻まれていたのである。
だからこそ、辺境伯の寵愛を受けたマグダレーナが、前妻の子供であり男のラルフレインを疎ましく思いつつ、自分の子供であるアンゼリカを次世代の伯爵家の柱にと考えるのは全く不思議でも不義理でもなく、“同居など出来ない!”としてラルフレインと前妻の使用人の放逐を画策する事も出来るのだ。嘆かわしいのは、一番の権力者である辺境伯が長男放逐に関して中止どころか異論を挟めなかった点に尽きる。――マグダレーナとの愛に拘泥し、後妻にそそのかされたか定かではないが、大した理由も無いままに正統な跡取りである長男をやすやすと野に放った辺境伯こそが、問題の元凶であったのだ。
「お兄様、お父様とお母様にご挨拶は済ませたの?」
異母兄が挨拶に赴いたところで、門前払いを食らうであろう事など周知の事実。それを承知の上でそう問い掛けるアンゼリカの笑顔には、隠そうともしない挑発の色がありありと浮かんで見える。つまり彼女は、自分自身の悦のために嫌がらせをしていたのだ。
「やあアンゼリカ、今日は良い天気だね。父上たちに挨拶はしてないよ、お忙しそうだったからね。僕なんかに時間を割く事で来賓の方々にご迷惑を掛けてはいけないと思ったのさ」
「あら、それはいけませんわお兄様!今日はお父様が話したい事があったとか。ずっとお兄様が現れるのを待っていらしたのよ」
「ええっ、そうなのかい?今ならまだ間に合うかな」
「もう遅いですわ。もう少しで定例会が始まりますもの」
この兄妹の会話を一歩引いて聞いているホルンガッハ子爵。領主の子供たちの会話に割って入るべきではないと“わきまえ”ながらも、その老いてシワクチャな顔の中から瞳をギラリと輝かす。シワだらけの瞼の隙間から送る視線は、異母兄を執拗に動揺させて悦に浸る妹に当てられている。
(なるほど、辺境伯の評判も今は昔。今のクレアモントバリーの真の権力者はドレスを着た母子と言う事かの。安穏とした世ならまだそれでも良いが、果たして安穏の世が今後も続くとも限らん……)
オストレームの籏に忠誠を誓い、先祖代々受け継いだ領地を護り続けて来たホルンガッハ家。その当主であるユリウスは、アンゼリカの悪意に満ちた笑顔から視線をラルフレインに変える。トゲのある何か裏があるかのような彼女の物言いに対して、意外にも挑発に乗って激昂もせず翻弄すらされない兄の背中をあらためて見詰める。
(それにしても、こちらの方が気掛かりじゃの。ラルフレイン・オストレーム、何かこう不思議な違和感を覚える少年じゃ。常に穏やかでひょうひょうと生きているようにも見えるのだが、その一方で何か……何か感情の一片が欠けているように思えてならん。何かが足りないように見え、そしてその笑顔の裏に底知れぬ闇を感じてしまう)
ちょうどその時、応接間の扉が開かれ、入室して来た老齢の執事がうやうやしく頭を下げながらこう叫ぶ――お集まりの皆様、定例会の準備が出来ましたゆえ会議場へのご移動をお願い致します、と。
執事の合図に従い、ずらずらと応接間から出て行く地方貴族の諸侯たち。ラルフレインもその流れに乗って応接間を出ようとする一方で、アンゼリカは「自分は特別よ」とばかりに別の扉から退出して行く。両親に合流し、あらためて皆の前で脚光を浴びる腹づもりなのかも知れない。
(亡くなった前妻の息子は屋敷から厄介払いされ、後妻とその娘が我が世の春を謳歌する。いずれにしても辺境伯の跡取りとなるのは腹違いの兄と妹のどちらかなのだろうが、貴族諸侯からも笑われる外様の兄と、辺境伯の名を利用していくらでも上等な婿を呼べる妹ならば、自ずからして勝敗は見えている)
老齢でシワだらけのホルンガッハ子爵が難しい顔をしたところで、周囲にそれが伝え漏れる事は無い。彼は貴族諸侯たちの最後尾につき、応接間を出て行くまでの間、辺境伯自治領の時期領主について思案を重ねるのだが、それもいよいよ最後の結論に結び付く。跡取り問題を考えるたびに否応なく必ずそこに結論が到達する、それこそが彼にとってはとてつもなく影響力のあるパワーワードだったのだ。
【最後はラルフレインに軍配が上がる。何故ならば彼が、彼こそがラルフレインだからじゃ】
この謎かけのような一言を腹の底へ押し込みつつ、ホルンガッハも応接間を後にした。




