05) 異母兄妹 前編
“クレアモントバリー城”
辺境伯バンダリア・オストレームの居城にしてオストレーム自治領の拠点である。完成された中世時代の“お城”と言ったイメージは皆無で、どちらかと言えば“砦”といった様相を呈している。
まだ時代は戦乱の世。いくら帝国がこの大陸の最大勢力となるに至っても、それはあくまでも人間社会においてのみであり、様々な種族の様々な国家が乱立している時代である。このオストレーム自治領は帝国領土の最西端に位置し、西の蛮族から帝国領を護っている。蛮族と言ってもそれは人間側からの視点であり、要はエルフやドワーフそして獣人などの亜人種である。さらにその奥地には“原初の種族”“渾沌より生まれし者”と呼ばれる魔族の王国がある事から、このオストレーム自治領は都会から遥か離れた辺境ではなく、間違いなく人間種の防波堤……最後の砦であるのだ。
先端を尖らせた丸太で組んだ柵、そしてその内側には深い堀と高さ五メートルほどの石積みの壁がぐるりと囲み、外敵の侵入を徹底的に拒む姿はまさに堅牢。さらにその円の中心にある石積み三階建ての城といかつい円筒形の見張り塔はまさに、実戦的な最前線基地のように伺える。
だが、穏やかな陽気のある日、いかつくて戦意に溢れるクレアモントバリー城の様子がおかしい。城を護る衛兵たちも門番も、全ての兵が緊張感を解いたようになぜかニヤニヤしていた。
その原因は城内にある厩舎にあった。定例会に合わせて登城した貴族諸侯の馬々の中に、一頭だけロバがたたずんでいたのである。ただただロバが一頭紛れ込んでいるだけなら、それほど違和感は無いのかも知れないが、地方貴族の面々が乗って来た馬は派手ではないが立派な馬具で装飾されている。見るからに“貴族の財産”を主張するのだが、その中に荷車をひいたロバが当たり前のような顔をしてのんびりと牧草を食んでいれば、誰もがそう思わざるを得ないのである――「誰だよ?これ乗って来たの」と。そしてその笑みは、束の間の平和を象徴する穏やかな苦笑ではなく、貴族らしからぬ振る舞いに対して放たれた、侮蔑を含む笑みだったのだ。
「いよいよ荷車付きかよ」
「貴族のクセにロバなんか乗って」
「伯爵に見捨てられてアレか。嫌味でやってるのか?」
「あれで体面を保ってると思ってるのか?」
「貴族として恥ずかしいと思わないのか」
「これじゃまるで、貴族の馬鹿息子って言うかロバ息子だな」
兵士たちが小声で囁き合っているのはズバリラルフレインについて。オストレーム伯爵の部下・臣下である地方貴族の諸侯たちが、貴族らしく品位を保って登城しているのに対し、“伯爵の息子”であるラルフレインが荷車付きのロバで登城して来た事。これについて著しく品位を欠いているとザワついていたのだ。ーー伯爵の息子で直系の血縁者でありながら、まるでその立ち振る舞いが高貴な者のそれではなく、まんま農奴であると失笑されていたのだ。だが当の本人はどこ吹く風、のほほんとした雰囲気を放ちながら、今もなお周囲の視線に無関心を決め込んでいるーー
ここはクレアモントバリー城の応接間。登城して来た地方貴族が領主のオストレーム伯に挨拶し、定例会議が開催されるまでの休憩場所として開かれている。城を訪れた貴族全員が伯爵への挨拶を終えるまで、しばしの間集まった者たちで歓談しているのだ。“伯爵の息子”も、定例会議が執り行われるまでの時間をここで潰していたのである。
豪華・華美とは言えないまでも、名のある職人が手がけたであろうソファやテーブルが並べられ、メイドたちが紅茶を振る舞い憩いの時間を演出する中でラルフレインは一人窓際で立ち尽くしている。窓から見える風景に魅入られているのだが、賑やかな応接間の空間において彼の時間が止まっているように見えた。
だがそんな“ぼっち”のシチュエーションの中、一人だけラルフレインに声をかけて来た者がいる。顎髭の立派な老人で、彼は「良い天気ですな」と穏やかな声でラルフレインの隣に並んだのだ。
「そうですね、農作業が捗るような良い天気です。ホルンガッハ子爵、ご無沙汰しています」
「ラルフレイン殿、息災で何よりじゃ。そう言えば前回お会いした際に、今年は玉ねぎも栽培すると言われてましたのう。その後はいかがかな?」
「おかげさまで順調に育ってます。玉ねぎは煮込んだり炒めると甘い風味が出るので、今から収穫が楽しみですよ」
社交辞令ではなく心から収穫を楽しみに待っている彼の姿を、まるで自分の孫でも見るかのように笑顔で見つめる老人。彼の名前はユリウス・ホルンガッハ、このオストレーム自治領で古くから開墾の許しを得ている古参の貴族で、ホルンガッハ子爵家の主人である。以前の王朝が帝国に併合される前から子爵家を開いていたと言う由緒正しき家柄であり、時代が辺境伯自治領に変わった後も他の地方貴族たちが一目置く武門の当主であった。
「……どうやら伯爵とのご面会、挨拶は果たされなかったご様子ですな」
「まあ、毎度毎度の事なのでそれほど気にはしていません」
「そうですな、気にする必要はありませんぞ。大事なのはラルフレイン殿の気持ちが揺れない事。揺れれば揺れるだけ波紋も荒れるように広がりましょう」
「おっしゃる意味、理解出来ます。今は自分と使用人の日常を第一に生活してます」
挨拶もそこそこ、そして社交辞令が終わり話題が移り変わると、どうしてもこの話題が顔を出して来る。伯爵との関係を気にするあまり、ほとんどの地方貴族がラルフレインを忌避したり無視する一方で、彼に好意的な「ごくごく一部」の貴族は、老婆心からなのか彼に近付けば近付くほどに核心部分に言及してしまうのだ。
「ディートリンデ様はお優しい方であった、、、。こうして地方の貴族諸侯が集まると、ディートリンデ様は先頭に立って我々を手厚く出迎えてくれたのじゃ。あの方の神々しい笑顔は今もワシの脳裏から離れておらぬ」
「亡き母にそのようなお言葉を頂きありがとうございます。故人も喜んでいる事でしょう」
「うむ、ラルフレイン殿もあの方の血を色濃く残しておるように思える。心から幸せになって欲しいと思うのじゃが……」
だいたいの会話はここら辺からネガティブな方向にシフトする。ラルフレインの平穏な日々に安堵し、亡き母を偲び、そしてラルフレインに降りかかる災難に眉を顰めるのがお決まりのパターンなのだが、ホルンガッハ子爵が苦々しい表情で辺境伯の「後妻とその娘」に言及しようとしたその瞬間、子爵の声は別の声に遮られる事となる。ラルフレインの背後からいきなり少女の声が発せられ、子爵との会話は強制的に打ち消されたのだ。
「あらあらまあまあ!お兄様、こちらにいらっしゃったのね!」
わざとらしく張り上げた声。声の奥底に挑発的な力を宿した声がラルフレインの背中にぶつけられる。驚き振り返ると、そこには腹違いの妹であるアンゼリカがたたずんでいるではないか。――その表情と透き通るような青い瞳には間違いなく、隠しようのない勝ち誇った侮蔑的なおお意志が込められていたのである。




