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短編その4 結婚相談所

作者: Calyx

 私は若いころから仕事が忙しく、なかなかじっくりと女性とお付き合いする余裕がなかった。まったく女性と付き合った経験がないわけではないのだが、新しい彼女ができても、どうしても仕事を優先してしまうあまり、すれ違いの生活が続き、結局は自然消滅ということを繰り返してきた。今まで交際してきた女性のことは、どの女性のことも好きだったが、いつも相手のほうが私に愛想をつかして、離れていってしまう。だが、私もそろそろ30代も半ばを迎え、正直言って焦っていた。20代半ばで始めた自分の会社も、ようやく軌道に乗り始め、信頼できる社員も増えてきた。まだまだ、50人程度の小さい会社ではあったが、社員にささやかながらボーナスも出せるようになってきた。部下からも、そろそろ社長も結婚したほうが良いと言われるようになってきていた。取引先の社長連中からも、立場上いつまでも独身のままではとアドバイスを受けるようになってきていた。確かに、以前のように会社に泊まりこんでとか、徹夜してまで、というような仕事の仕方はしなくなってきており、休日も休めるようになってきた。そういうことで、知人の紹介である結婚相談所に入会することにした。まずは、その結婚相談所のアドバイザーの方との面談をして欲しいということで、ある土曜日の午後に新橋にある、その結婚相談所を訪ねてみた。


 私「あのー、先日お電話にて連絡させていただきました、高橋満と言いますが、アドバイザーの南野様はいらっしゃいますでしょうか。」


 受付の女性はすでに私のことを聞いていたようで、すぐに個室に案内してくれた。


 受付の女性「高橋さまですね。伺っております。それでは、こちらのお部屋でお待ちいただけますでしょうか。ただいま、南野を呼んでまいります。それと、こちらの用紙に必要事項をご記入ください。」


 そう言うと、その女性は1枚の紙とボールペンを机に置いて、部屋を出ていってしまった。部屋の中には、あまり余計なものはなく、壁面には毒も薬にもならないような無機質な絵画がかけられていた。テーブルも椅子もまったく個性のない、クリーム色のものだった。椅子は2脚あり、そのテーブルを挟んで、向かい合わせに配置されていた。どちらの椅子に座れば良いのかわからなかったので、とりあえず奥側の椅子に座り、その紙を見てみた。


 紙には、私の個人情報を記載する欄の他に、相手へ求める条件を記載する欄がいくつかあった。相手に求める、年齢、住んでいるエリア、学歴、職業、休日、趣味、その他などなど。そして、私に関しても同じことを書く欄が設けられていた。ただし、私の個人情報の中には、職業や年収、あと兄弟の有無、長男かどうかなどを記載する欄があった。できるだけ正確に、書けることは全て記載した。記載し終わったころに、そのタイミングを見計らったかのごとく、一人の女性が部屋に入ってきた。おそらく、彼女が南野さんなのだろう。


 南野「大変、お待たせしました。私、南野紗英と申します。よろしくお願いいたします。」


 南野さんは、名刺を1枚取り出し、私の方に差し出してきた。


 高橋「はじめまして、高橋です。本日はお時間いただき、ありがとうございます。」

 そう言うと、私は南野さんの名刺を両手で丁寧に受け取った。そして、南野さんは私に椅子に座るよう促してきたため、二人とも着席した。


 南野さんは、しばらく無言で私の記載した、私のプロフィールの内容を確認していた。その間は、おそらく2分か3分程度だったのだろうが、私にはかなり長く感じられた。


 南野「はい、高橋様、ご記入いただき、ありがとうございます。」


 高橋「よろしくお願いいたします。あの、こういうの生まれて初めてなので、いろいろとアドバイスをお願いします。」


 南野「高橋様、いまざっとご経歴のほうを拝見させていただきました。このご年齢でかなりの年収ですね。」


 確かに年収だけを見れば、同年代の人たちに比べると、一桁まではいかないが、かなりの金額を稼いでいる。ただ、そのために犠牲にしてきたものも多かった。


 高橋「ええ、ただ自分で事業をしておりますので、大企業のような安定性はありません。」


 南野「大丈夫です。今の世の中、大企業でも先行きはわかりませんからね。それと、身長も178cmですか。」


 高橋「ええ、まあ平均よりかは高いかと。」


 南野「まあ、正直申し上げて、身長とご本人様の中身とはあまり関係はないのですが、女性はなぜか男性の身長を気になさる方もおりますもので。」


 南野さんは、少し恐縮したように言ったのだが、別にそれは彼女が詫びることでもないと思った。


 南野「それと、次男と記載されておりますが、お兄様がいらっしゃるのですか。」


 高橋「ええ、田舎に兄がおりまして、すでに結婚しております。兄夫婦はうちの両親と水戸で暮らしております。」


 南野「ご実家が水戸なんですか。」


 高橋「ええ、大学出るまで、ずっと茨城県内で過ごしました。小中は附属に行ってました。」


 南野「そうですか。私も水戸出身なんですよ。小中も附属でした。その後、水戸二高に進学しまして、大学は筑波大学です。」


 高橋「ええ、そうなんですか。私は一高でした。その後、茨大の工学部に行きました。実家は、千波小学校の近くです。いやあ、こんなところで、同窓生に会えるとは。ちなみに、幼稚園はどこでした。」


 南野「赤塚です。高橋さんは。」


 高橋「ええ、私も赤塚幼稚園でした。いや、びっくりですね。」


 南野「小学校は私とかぶってますね。そのご年齢ですと、高橋さんが6年生のときに、私が2年生ですね。」


 高橋「そうでしたか。いやあ、なつかしいな。」


 南野「私なんか、しょっちゅう水戸に帰ってますよ。上野から特急に乗れば、そんなにかからないですしね。」


 高橋「そうですね。車でもそんなに遠く感じないですもんね。まあ、さすがに通勤となるとしんどいですけどね。」


 こんなところで、同じ水戸人に会うとは全くの想定外だった。しかも、幼稚園から中学校まで同じとは。南野さんは、いわゆる水戸出身の女子生徒の王道を歩んできたような人生である。まあ、他県の人にはわからないとは思うが。


 南野「じゃあ、高橋さんは私の先輩ということですので、頑張ってお相手探しをさせていただきます。それで、相手に求める年齢ですが、年上でも構わないってことですか。」


 確かに、相手に求める条件の欄には、25歳から38歳と記載していた。私の現在の年齢が35歳なので、3歳程度までの年上であれば、問題ないかと思った。ただ、あまり年齢には強いこだわりはなかったが、子供は欲しかったので、その旨は南野さんに伝えた。


 南野「そうですね。これから、相手の方の出産も考えると、まあ40歳以下は必須条件ですね。」


 高橋「ええ、子供は産むだけではないですからね。子育てもありますから。」


 南野「おっしゃるとおりです。あと、お相手のお仕事に関しては、どうお考えですか。」


 高橋「別に専業主婦ってことでしたら、それでも構いません。ただ、私も自分の会社をやっておりますので、先行きに関して100%の保証はできません。まあ、万が一の場合は、一緒に頑張って稼いでくれる人がいいです。」


 南野「それは、そうですよね。人生のパートナーですから、何かあったら一緒に苦労してくれる覚悟のある女性が良いですよね。わかりました。」


 南野さんは、私の言ったことを、その用紙の空きスペースに素早く書き込んでいた。


 南野「特にお相手の学歴にはこだわらないということですね。」


 高橋「ええ、こだわりはありませんね。まあ、生活に支障があるようでは困りますが、高卒以上であれば、特にこだわりはないです。」


 南野「趣味とか、あと何か特別のご要望とかありますか。例えば、料理ができるかとか。」


 高橋「独身が長かったので、料理も含めて、一通りの家事はできます。ただ、やはり仕事が忙しいので、料理は妻にやってもらいたいですね。」


 南野「何か、これは嫌だなとか、そういう特性があれば、お伺いしますが。」


 高橋「できれば、きれい好きがいいです。あと、金銭感覚がしっかりしている人がいいです。絶対に嫌なのは、お布施ばかりを強要してくるような宗教に入れ込んでいる人はお断りしたいです。」


 南野「高橋さんは、何か宗教は。」


 高橋「うちは、普通に浄土真宗ですね。まあ、お葬式のときくらいしか、お寺とは付き合いがありません、」


 南野「なるほど。高橋さんは、何かご趣味はありますか。」


 高橋「バイクが好きです。よく、学生時代の仲間とツーリングに行ってます。あと、スノボも好きです。食べることも好きなので、良く食べ歩きはしますね。」


 南野「わかりました。高橋さんの条件ですと、SSクラスですね。申し込みが殺到すると思います。マッチング結果を後日ご連絡さしあげますので、今日はここまでにしましょう。」


 そう言うと、今日の面談は終わったようだった。後日、南野さんから連絡があり、私の希望と相手の希望がマッチしたケースを複数紹介してくれるようである。南野さんの言い方だと、私の条件にマッチする女性はかなりの数になるということだった。


 数日後に、南野さんからメールが届いた。そして、そのメールには南野さんが選定した、私と相手の条件がマッチしたケースが10人程度添付されていた。どの女性も、確かに私が出した条件を全てクリアしていた。すべての女性の経歴書には、顔写真もついていたが、おそらくちゃんとした写真館で撮影した写真だろうから、3割増し程度に見ておこうと思った。どの女性と会えば良いのか、全くわからなかった。人を選ぶと言っても、実際に会って話をしないと、全然わからないというのが正直なところだった。パソコンに外付けした大きなモニター画面に、何名かの女性の経歴書を並べて比較してみたが、どの女性に会うべきか、さっぱりわからなかった。仕方ないので、一度南野さんに電話をして助言を求めることにした。


 南野さんの名刺には、携帯電話の番号が記載されており、午後2時から4時半までは、電話での相談も可と書かれてあった。私は、午後2時になるのを待って、電話をしてみた。


 南野「はい、新橋結婚相談所の南野です。」


 高橋「お世話になっております。先日、ご相談させていただきました、高橋です。あの、水戸の高橋です。」


 なんせ、日本全国に高橋は相当な人数がいるため、他の高橋さんと間違われないように、初めて電話をするときには、〇〇の高橋と言うのが癖になっている。仕事では会社名を当然言うのだが、こういう場合はこの高橋だとわかるように名乗らなくてはならないのである。


 南野「ああ、高橋様、先日はお忙しいなか、ありがとうございました。メールを見ていただけましたか。」


 高橋「ええ、拝見させていただきました。ありがとうございます。ただ、正直申し上げて、どの方も素晴らしい女性ばかりで、ちょっと決めきれなくて。南野さんのアドバイスを頂戴したいかと思いまして。」


 南野「まあ、そうですよね。一応、マッチする女性があまりにも多かったものですから、私のほうで10人にまで絞り込ませていただきました。でも、10人でも難しいですよね。」


 高橋「はい。どの方とも会ったことがないものですから。南野さんはすでにお会いしていると思ってお電話させていただきました。南野さんの、率直なご意見をいただければと思います。」


 南野「それでは、会員番号AW2483の中村美野里さんなんかいかがでしょうか。」


 高橋「えっと、少々お待ちください。ああ、この方ですね。28歳で保母さんですか。南野さんはお話されたことありますか。」


 南野「ええ、以前面談はさせていただいております。すごい明るくて、清潔感のある方でしたよ。彼女も食べることが好きで、B級グルメの食べ歩きが好きっておっしゃってました。」


 高橋「なるほど。じゃあ、一度その方と会ってみます。セッティングお願いできますか。」


 南野「承知しました。それでは、先方に連絡してみますね。」


 その後、南野から都合の良い面会場所と日時を複数提示するよう求められた。そして、その日の夕方には、メールで中村さんとの面会場所と日時が送られてきた。面会場所は、新橋駅近くのスターバックスで、今週の土曜日の午後4時ということだった。おそらく、もしスタバで意気投合できたら、そのまま新橋か銀座で食事ということを想定したうえでのセッティングだと思った。


 当日は雨だった。金曜日までは晴れていたのだが、土曜日は朝から梅雨前線が日本列島を覆い、いよいよ梅雨入りするようだった。外は蒸し暑く、少し歩いただけで、体中から汗が吹きだすような気温だった。電車の中は、冷房が効いていて、まだ快適なのだが、電車から外に出たとたんに、湿気のかたまりが全身にぶつかってくるような感じだった。メガネをかけている人は、電車から出た途端に、レンズが曇っていて大変そうだった。


 駅を出て、数分で待ち合わせのスタバに着いた。まだ、3時半だったので、注文カウンターに行き、アイスラテのベンティを頼んだ。空いている席を探し、そこに座った。スマホにインストールしてある、アマゾン・キンドルのアプリを開いて、しばらく読書をすることにした。アプリを開いて、スマホに視線を落としたと同時に、女性から声をかけられた。


 中村「あの、高橋さんですか。」


 あの経歴書で見た、中村さんだった。経歴書にあった写真そのままの女性だった。ということは、あの写真は奇跡の一枚とか、渾身の一枚ではなく、普段の中村さんそのままの写真だったということである。なんだか、そう考えると、少し安心したような気持ちになった。


 高橋「はい、高橋です。中村さんですよね。」


 中村「ええ、中村美野里です。初めまして、よろしくお願いいたします。」


 高橋「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」


 そこから先をどうすれば良いのか、頭の中が真っ白になり、しばらくバカみたいに立ち尽くしていた。すると、中村さんが口を開いた。


 中村「何を飲まれているんですか。カプチーノですか。」


 高橋「ああ、これはアイスラテです。あ、そうだ、何か飲まれますか。私、買ってきますけど。」


 中村「いや、私、自分で買ってきますから、こちらでお待ちください。」


 そう言うと、中村さんはカウンターに並んだ。都心にある夕方のスタバはやはりかなり混んでいた。カウンターに並んでいる人も多く、人の入れ替わりも激しかった。しばらくすると、中村さんがドリンクを持って戻ってきた。


 高橋「それは、何という飲み物ですか。」


 中村「フラペチーノです。ココア味の、ダーク・モカチップ・フラペチーノっていうドリンクです。」


 高橋は、そのような名前の飲み物がこの世に存在することを、生まれて初めて知った。そもそも、フラペチーノってなんなんだ。ダークなんとかって言われても、全く味の想定がつかなかった。


 高橋「甘そうですね。」


 中村「ええ、そう見えますよね。でも、見た目よりも甘さ控え目ですね。おいしいですよ。」


 高橋は、せめてこの機会に、フラペチーノだけでも覚えようとして、スマホのメモにフラペチーノと入力した。そもそも、普段はスタバなんか来ることがないし、コーヒーはファミマのホットコーヒーで十分満足しているのである。


 高橋「あまり、スタバには来ないので。なんか、いろんなドリンクがあるものですね。」


 中村「私もあまりスタバには来ないですね。私からすると、かなり高く感じてしまって。」


 そこで初めて気が付いたのだが、こういう時は男性が飲み物を買ってきて、女性に渡すのが普通なのだろうか。少し失敗したような気がした。


 高橋「すいません。僕が買ってくればよかったですね。気が付かなくて、ごめんなさい。」


 中村「いえ、大丈夫です。」


 時間はまだ午後4時前だった。食事に行くには、まだ早い時間である。そもそも、中村さんは食事に行くことを期待しているのかさえわからなかった。全くのノープランで来てしまったことを後悔した。これなら、事前に南野さんにスケジュールを相談しておくんだったと思ったが、すでに手遅れである。こうなれば、中村さんの意思を確認したほうが早いと思ったので、ずばり聞いてみることにした。自分が勝手に、午後4時の待ち合わせは、食事に行くことを前提にしていると思っていたのだが、よく考えたら、誰もそんなことは言っていないのである。


 高橋「この後って、食事に行きますか。それとも、どこか行きたいところはありますか。」


 中村「ええ、食事に行きたいですね。どこに連れて行っていただけますか。」


 私は少し驚いた。もう最初から私が食事に連れて行くのが前提になっているような言い方だった。しかも、それが当たり前かのような言い方だった。


 高橋「えっと、中村さんは何か食べたいものはありますか。実は、店の予約とかはしていなくて。」


 その時は、その辺の居酒屋でお茶を濁そうと楽に考えていたが、相手は全くそんなつもりはないようで、はっきりと希望を言われた。


 中村「え、店の予約とかされていないんですか。せっかく、ドレスアップしてきたのに。」


 確かに、居酒屋に行くには、少々こぎれいな服装だった。とはいえ、別に居酒屋にいてもそれほど違和感のないような服装でもあった。普通の水色のワンピースを着ていたからである。そもそも、彼女はどのレベルの店を期待しているのだろうか。


 高橋「すいません。こうやって、紹介された女性に会うのが、生まれて初めてなもので。すぐにお店を探して、テーブルを予約します。」


 仕方なく、いつも接待で使っている、近くのイタリア料理店に電話を入れてみることにした。そこの、オーナーシェフとは長い付き合いで、少々の無理であれば聞いてくれる間柄だった。私は、席を立つと、スタバの外に出て、スマホで連絡をしてみた。雨はようやく小雨になってきており、傘無しでもなんとか歩ける程度にまで止んでいた。なんとか、そこのイタリア料理店の席を確保することが出来た。やはり、普段から人づきあいはちゃんとしておくべきである。こんなところで助けられるなんて、思いもよらなかった。


 私は、スタバの中に入り、中村さんの待つテーブルについた。


 高橋「近くに、よく仕事の接待で使っているイタリア料理店がありまして。そこの席を予約することができました。午後5時前後であれば来店してもらって構わないとのことです。」


 中村「よかったです。婚活で、いきなり居酒屋とかありえないですものね。」


 私は少々自分の耳を疑った。なんなんだろうか、この言葉の端々に感じられる、やってもらって当たり前のようなニュアンスは。私は、苦笑して、なんとか会話を続けようとした。


 高橋「中村さんは、休日はどう過ごされているんですか。」


 とりあえず、当たり障りのない話題から入っていこうと思った。こんなありふれた質問に気分を害する人はいないだろうと思った。


 中村「そうですね。私、ゲームが好きなので、自宅でゲームして過ごしていることが多いですね。」


 困ったものである。この様子だと、この女性は結婚しても働く意思はさらさらないようだった。


 高橋「ご結婚されたら、お仕事は続けられるのですか。」


 中村「高橋さん、それはありえないですよ。私は専業主婦になって、ちゃんと家事に専念したいと思います。相手の男性には、それくらいの甲斐性が欲しいです。」


 心の中で、絶対に平日の昼間から、ゲーム三昧の生活をしたいのだと思えてきた。おそらく、この人の部屋は、すさまじく散らかった汚部屋である可能性が高いと思った。


 高橋「中村さんは、お住まいはどちらですか。」


 中村「成増です。わかりますか、板橋区なんですけど。」


 高橋「そこはご実家ですか。」


 中村「ええ、実家に両親と住んでいます。私は一人娘なんです。結婚したら、できれば両親の近くに住みたいと思っていて。高橋さんは次男でしたよね。」


 高橋「ええ、次男です。兄は水戸で両親と暮らしてます。」


 中村「お兄様はご結婚されているんですか。」


 高橋「ええ、兄はすでに結婚していて、子供もおりますが。」


 中村「ご実家には、よく帰省されるんですか。水戸ならそれほど遠くないですものね。」


 高橋「まあ、時々は水戸に帰りますね。それが何か。」


 中村「じゃあ、高橋さんは結婚されても、ご両親との同居はないってことですよね。そこって、結構重要なんですよ。」


 なんか、婚活ではなく、面談でもなく、尋問をされているような気分になってきた。中村さんは、だんだんと図々しくなってきており、話す内容もよりつっこんだ内容になりつつあった。


 高橋「まあ、次男なので両親と暮らす予定は今のところありませんが、それってそんなに重要なんですか。」


 私は少し気分が悪くなってきたが、なんとか平常心を保つように、自分に言い聞かせた。もともと温厚な性格なこともあって、普段はめったに他人の言動に立腹することはないのだが、彼女と話をしているとだんだんと気分が悪くなってきた。


 中村「そんな、旦那さんの両親と同居なんてありえないですよ。」


 彼女は、まるでそれが広辞苑にでも記載されている揺るぎない事実かのように言い放った。さらに、彼女の追及は続いた。


 中村「高橋さんって、大卒ですよね。身長は私の希望よりかは、少し低いですけど、まあ許容範囲内ですね。ところで、年収が2500万円ってありましたけど、そんなに稼いでらっしゃるんですか。」


 高橋「まあ、自分で会社をやっておりますので、今のところその年収ですね。ただ、会社経営は事業環境にも左右されますし。」


 中村「でも、さきほども言いましたけど、私は結婚したら専業主婦以外はちょっと無理なんで。」


 この女は、すでに結婚して、専業主婦になって、平日の昼間からゲームしまくって、旦那の稼ぎをまるでATMのように扱い、そのうえ実家の両親とは関わりたくないと言っているのだった。冷静になってよく見ると、それほど美人でもないではないか。しかも、プロポーション抜群というわけでもなかった。歯並びはガタガタだし、ちゃんと歯磨きをしているのだろうかと思えるほど、汚い歯をしていた。おまけに、少々小太りで、明らかに不摂生な生活をしているであろうことは明白だった。髪の毛も、それほどきちんと手入れされていないし、何よりも清潔感というものが感じられなかった。


 高橋「あの失礼ですが、私の前ににもこうやって紹介された男性と会われたことはありますか。」


 私はできるだけ丁寧な口調で聞いてみた。


 中村「ええ、高橋さんの前にも、50人以上の男性の方と会っております。」


 高橋「その男性の方々は、あまり中村さんの好みではなかったのですか。」


 中村「それが、私はごく普通の条件の男性を探しているだけなんですが、どの方も1回会っただけで断ってくるんですよ。」


 高橋「中村さんが考える、普通ってどういった条件ですか。」


 中村「まず住まいは一軒家で、23区内は最低条件ですね。それと、お相手の両親との同居はなしで、専業主婦であること。大卒で、身長は178cm以上で、できれば大企業のお勤めで、年収は1000万円以上。あとは、年に最低2回は、家族で海外旅行に行けるくらいがいいですね。まあ、ごく普通の条件ですけど。」


 私はひっくり返りそうになった。そんなスーパーマンみたいな普通の人が、この世の中にいるのだろうか。いや、いることはいるとは思うが、そんな超優良物件の男性が、この女を妻として選ぶだろうか。私は、彼女に断りを入れて、スタバの外に出て、イタリア料理店の予約の取り消しの電話を入れた。そして、南野さんの携帯電話に連絡を入れてみた。おそらく、休日ということで、電話には出ないと思ったのだが、すぐに彼女は電話に出てくれた。


 南野「ああ、高橋さん。どうですか、お相手の中村さん。」


 高橋「南野さん、なんですかあの女は、ちょっとひどすぎますよ。」


 私はなるべく声を抑えて、クレームを入れた。そして、早口でことの詳細を南野さんに説明をした。


 南野「おかしいですね。私が知っている中村さんとは全然違いますね。あの方は、そんなことを言うような人ではないですけどね。」


 高橋「とにかく、もうこれ以上は無理なんで、食事なしで帰宅しますね。大変申し訳ありませんが、あとのことはお願いしてもよろしいでしょうか。」


 南野「承知いたしました。なんか、ご気分を害されたみたいで、申し訳ございません。ちょっと、私からも中村さんに連絡を入れて、それとなく探りを入れてみますね。」


 高橋「お願いします。それでは、失礼します。」


 あまり南野さんともめるもの嫌だったので、そこで電話を切った。再び、スタバの中に戻り、中村さんには仕事で緊急事態が発生したため、すぐに社に戻らなければいけないと言い、さっさとその場を離れた。もうこれ以上、この傲慢女のたわ言に時間を浪費するのは勘弁して欲しかった。私が、カバンを持って席を立ち、その場を去ろうとしたときに、彼女が何かを言っていたのだが、聞こえないふりをして、足早にその場を後にした。歩いて、駅に向かい、改札を通り、駅のホームで電車を待った。電車を待っている間に、私のスマホが鳴った。南野さんからの電話だった。まだ電車は来ていなかったので、電話に出ることにした。


 高橋「もしもし。」


 南野「ああ、高橋さん。よかった、電話に出ていただいて。さきほど、中村さんに電話で連絡が取れました。」


 高橋「彼女、何か言ってました。ちょっと、強引に分かれて、スタバを出てきたものですから。」


 南野「ええ、それが中村さんが言うには、待ち合わせ場所を間違えてしまって、高橋さんには会えなかったと申しておりました。なんでも、新橋ではなくて、有楽町のスタバに行ってしまったとのことでした。」


 高橋「いやでも、確かに新橋駅のスタバで、あの経歴書の写真にあった女性と会いましたよ。」


 南野「いや、中村さんはわざわざ有楽町駅の画像まで送ってきておりますので、彼女が今有楽町にいるのは間違いないかと。」


 そう言うと、南野さんはLINEで中村さんの画像を送ってきた。確かに、あの経歴書の写真と同じ女性が有楽町駅を背景にして写っていた。彼女の背後の小雨の様子もまさに今現在の様子に間違いなかった。ただし、送られてきた画像の中村さんは、先ほどの女性とは全く違った服装をしていたのと、髪型も全然違っていた。


 高橋「じゃあ、あの新橋のスタバの女性は誰だったんだろう。」


 南野「もしもし、高橋さん。大丈夫ですか。」


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