子供のまま大人になった僕たち
僕たちが大人と呼ばれる頃、君は死んだ。
友人の自殺。いじめの事実。
いつまでも子供のままだった僕たち。死を目の前にしても成長しない。全ての時間が止まった。
時間が止まった、という表現は少し嘘だ。
正しくは、止まった「気がした」だけで、世界は何事もなかったように進み続けていた。
救急車のサイレンが鳴り、教師は走り、クラスメイトの誰かは泣いていた。それなのに僕は、その光景をどこか他人事として眺めていた。
音は確かに届いているのに、意味だけが遠かった。
君、春人が死んだと聞いた瞬間、
胸より先に頭が動いた。
今日は何時に終わるんだろう。
このあと、予定はどうなるんだろう。そんなことを考えた自分を、僕は今でもはっきり覚えている。
泣けなかった。
悲しいとも思えなかった。
代わりに、心の奥で小さく「やっぱり」という言葉が膨らんだ。その「やっぱり」が、あとになって僕を何度も殴ることになる。
君は昔から、少し透明な人間だった。
そこにいるのに、気を抜くと視界から消えてしまう。
声は小さく、自己主張はなく、いつも集団の端にいた。
誰かが君をからかえば、誰かが「冗談だろ」と笑いに変えた。君自身も、笑っていた。
「大丈夫だよ」
そう言う君の声は、助けを求めるにはあまりにも静かで、僕たちが無視するには、都合が良すぎた。
僕たちは、その言葉を信じたんじゃない。
信じたことにした。
助けなくていい理由として、
何度も何度も使った。
高校を卒業して、僕たちは散り散りになった。
大人になる、という名目で。
連絡は減り、会話は短くなり、思い出は「懐かしいもの」に変わっていった。
君だけが、地元に残った。
理由を聞いた記憶はない。
聞かなかったのか、忘れただけなのか、もう分からない。
君から時々届くメッセージ。
深夜の、意味のないスタンプ。
「昔みたいに集まりたいな」という唐突な言葉。
僕は、返信を後回しにした。
忙しかったから。疲れていたから。
正直に言えば、少し重かったから。
既読をつけたまま、返さないことに、特別な罪悪感はなかった。
大人になるって、そういうことだと思っていた。
君が死んだのは、僕たちが二十歳を迎えた年の春だった。大人と呼ばれ始める、その境目で。
まるで、成長する前に、
時間から降りてしまったみたいに。
通夜で久しぶりに集まった僕たちは、驚くほど、いつも通りだった。
誰も最初に君の名前を出さなかった。
コンビニのコーヒーがまずいとか、仕事がきついとか、
どうでもいい話ばかりしていた。
悲しみ方を、誰も覚えていなかった。
「……気づいてた?」
不意に誰かがそう言った。
その瞬間、空気が少しだけ重くなった。
気づいていたかどうか。
気づいていて、何もしなかったかどうか。
誰も答えなかった。
沈黙は、否定よりも正直だった。
あとから知った。
君はいじめられていた。
昔と同じように、でも、もっと静かに、もっと上手に。
殴られることも、大声で罵られることもない。
ただ、存在を削られていく。
それを知ったとき、
僕の中に湧いたのは怒りじゃなかった。
「やっぱりな」
その感情が、
自分でも信じられないくらい自然に出てきた。
君の部屋で見つかったノート。
短い文章の断片。
それは叫びというより、
思考のメモだった。
―時間は進むのに、僕だけ置いていかれる。
―大人になれないまま、大人の世界にいる。
―誰も悪くない。だから、誰も助けない。
―止まってしまえば、追いつかなくていい。
最後の一文を読んだとき、初めて涙が出て、少しだけ胸が痛んだ。でもその痛みは涙は、君を失った痛みというより、自分が責められている気がした痛みだった。
それが、自分のための涙だと気づきながら。
葬式の帰り道、桜が咲いていた。
綺麗だと思った。
その瞬間、自分がひどく気持ち悪くなった。
君が死んだのに、世界はこんなにも普通で、
それを普通だと受け入れている自分。
それから僕は、何事もなかったように生きている。
仕事に行き、笑い、未来の話をする。
君の死は、少しずつ、思い出になっていく。
その速さに、僕は安心して、同時に、軽蔑している。
ねえ、春人。
君の時間は止まったままだ。
でも僕の時間は、止まらなかった。
止まれなかったんじゃない。
止まらなかっただけだ。
僕たちは、死を目の前にしても、成長しなかった。
ただ、見ないふりをするのが、上手くなっただけだ。
もし大人になるということがあるのなら、
それはきっと、君の死を忘れないことじゃない。
忘れながら生きてしまう自分を、
ずっと気持ち悪いと思い続けることだ。
僕たちはまだ、子供のままだ。




