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子供のまま大人になった僕たち

作者: 文星 結
掲載日:2025/12/17

僕たちが大人と呼ばれる頃、君は死んだ。

友人の自殺。いじめの事実。

いつまでも子供のままだった僕たち。死を目の前にしても成長しない。全ての時間が止まった。


時間が止まった、という表現は少し嘘だ。

正しくは、止まった「気がした」だけで、世界は何事もなかったように進み続けていた。


救急車のサイレンが鳴り、教師は走り、クラスメイトの誰かは泣いていた。それなのに僕は、その光景をどこか他人事として眺めていた。

音は確かに届いているのに、意味だけが遠かった。


君、春人が死んだと聞いた瞬間、

胸より先に頭が動いた。

今日は何時に終わるんだろう。

このあと、予定はどうなるんだろう。そんなことを考えた自分を、僕は今でもはっきり覚えている。


泣けなかった。

悲しいとも思えなかった。

代わりに、心の奥で小さく「やっぱり」という言葉が膨らんだ。その「やっぱり」が、あとになって僕を何度も殴ることになる。


君は昔から、少し透明な人間だった。

そこにいるのに、気を抜くと視界から消えてしまう。

声は小さく、自己主張はなく、いつも集団の端にいた。

誰かが君をからかえば、誰かが「冗談だろ」と笑いに変えた。君自身も、笑っていた。


「大丈夫だよ」


そう言う君の声は、助けを求めるにはあまりにも静かで、僕たちが無視するには、都合が良すぎた。

僕たちは、その言葉を信じたんじゃない。

信じたことにした。

助けなくていい理由として、

何度も何度も使った。


高校を卒業して、僕たちは散り散りになった。

大人になる、という名目で。

連絡は減り、会話は短くなり、思い出は「懐かしいもの」に変わっていった。


君だけが、地元に残った。

理由を聞いた記憶はない。

聞かなかったのか、忘れただけなのか、もう分からない。


君から時々届くメッセージ。

深夜の、意味のないスタンプ。

「昔みたいに集まりたいな」という唐突な言葉。


僕は、返信を後回しにした。

忙しかったから。疲れていたから。

正直に言えば、少し重かったから。

既読をつけたまま、返さないことに、特別な罪悪感はなかった。


大人になるって、そういうことだと思っていた。

君が死んだのは、僕たちが二十歳を迎えた年の春だった。大人と呼ばれ始める、その境目で。


まるで、成長する前に、

時間から降りてしまったみたいに。


通夜で久しぶりに集まった僕たちは、驚くほど、いつも通りだった。

誰も最初に君の名前を出さなかった。

コンビニのコーヒーがまずいとか、仕事がきついとか、

どうでもいい話ばかりしていた。


悲しみ方を、誰も覚えていなかった。


「……気づいてた?」


不意に誰かがそう言った。

その瞬間、空気が少しだけ重くなった。


気づいていたかどうか。

気づいていて、何もしなかったかどうか。


誰も答えなかった。

沈黙は、否定よりも正直だった。


あとから知った。

君はいじめられていた。

昔と同じように、でも、もっと静かに、もっと上手に。


殴られることも、大声で罵られることもない。

ただ、存在を削られていく。


それを知ったとき、

僕の中に湧いたのは怒りじゃなかった。


「やっぱりな」


その感情が、

自分でも信じられないくらい自然に出てきた。


君の部屋で見つかったノート。

短い文章の断片。

それは叫びというより、

思考のメモだった。


―時間は進むのに、僕だけ置いていかれる。

―大人になれないまま、大人の世界にいる。

―誰も悪くない。だから、誰も助けない。

―止まってしまえば、追いつかなくていい。


最後の一文を読んだとき、初めて涙が出て、少しだけ胸が痛んだ。でもその痛みは涙は、君を失った痛みというより、自分が責められている気がした痛みだった。

それが、自分のための涙だと気づきながら。


葬式の帰り道、桜が咲いていた。


綺麗だと思った。

その瞬間、自分がひどく気持ち悪くなった。

君が死んだのに、世界はこんなにも普通で、

それを普通だと受け入れている自分。


それから僕は、何事もなかったように生きている。


仕事に行き、笑い、未来の話をする。


君の死は、少しずつ、思い出になっていく。


その速さに、僕は安心して、同時に、軽蔑している。


ねえ、春人。

君の時間は止まったままだ。


でも僕の時間は、止まらなかった。

止まれなかったんじゃない。

止まらなかっただけだ。


僕たちは、死を目の前にしても、成長しなかった。


ただ、見ないふりをするのが、上手くなっただけだ。


もし大人になるということがあるのなら、

それはきっと、君の死を忘れないことじゃない。


忘れながら生きてしまう自分を、

ずっと気持ち悪いと思い続けることだ。


僕たちはまだ、子供のままだ。

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