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ガチ喧嘩

こんにちは、ともえです。


今回のお話は――

七年間の記録の中から、「二年目に起きた、とても大切なできごと」を綴っています。


言葉も、魔法も、少しずつ上手になって、

前より人と関わることも増えて――

だからこそ、ぶつかることも増えてきました。


これは、わたしにとって初めての“本気のけんか”であり、

はじめて、誰かにちゃんと“謝る”ことができた日でもあります。


ちょっぴり痛くて、すごく大事な思い出。

読んでもらえたら、うれしいです。

私の誕生日、なんでアルムだけくれなかったんだろう……

そう思いながら、毎日を過ごしていた。

この前は、アルムの五歳の誕生日会を開いた。

そして、いつも通り、みんなで一緒に寝た。


ノンナは今日は家を空けるらしい。

わたしたち四人は、いつものように地下へ降りて、

魔法や剣術の訓練をした。


訓練は、いつも通りの“実戦形式”だった。

魔法も剣もアリ。手加減なんて、誰もしない。


わたしは、この一年でだいぶ強くなったと思う。

でも……三人には、一度も勝てたことがない。


シンとサディは互角で、勝率はだいたい半々。

アルムは……ふたりに対して、六割くらい勝ってる。


(なんで……アルムばっかり)

(あの子、なんでもできて、冷静で、強くて……)


今日は、いつもより気持ちがざわざわしていた。

胸の奥がじわじわと熱くて、息が少しだけ浅くなる。




そして、わたしの相手は――アルムだった。


アルムは、いつも訓練のときには使わないはずの――

シンからもらった真剣と、サディの魔力で創られた杖を、

今日も、しっかりと手にしていた。


(……なんで毎回、持ってきてるの?)


使わないのに。戦いには使わないのに。

まるで、お守りみたいに。


(そんなに大事なの?)

(……私には、くれなかったくせに)


アルムが間合いに入る少し前――

わたしは、こっそり模擬刀を“真剣”にすり替えていた。


(……どうせ、真剣でも勝てないのは分かってる)

(でも、今日は……)


なぜか、体が軽かった。

息が通る。

視界が、広い。

音の響きも、やけにクリアだった。


今日は、違う。

今日こそ、なにかを変えられる気がした。


「始め!」


シンの手がパンと鳴って、合図が響く。


一瞬の静寂。

次の瞬間――わたしは、踏み込んでいた。


いつの間にか、アルムの懐に入っていた。


(……え?)


自分でも、びっくりした。

後から気づいたんだけど、無意識に魔法を使ってたみたいで――

わたしの体は、とんでもなく速くなってた。


魔法の起こりよりも速く、目の前にわたしが現れたことに

アルムも少し驚いたみたいで、防御の構えに入った。


だけど、

こういうときって、いろんなことが重なるんだよね。


模擬刀――じゃない。

わたしの“真剣”は、アルムの受け止めた瞬間、

防御の模擬刀をへし折って、

そのまま――


アルムのお腹を、ばっさり切っちゃった。


血が、ばしゃって音を立てて飛んだ。


(なんで……真剣なんて……)


足がすくんだ。頭が真っ白になった。

サディがすぐに駆け寄って、治癒魔法をかけてくれた。


サディが治癒魔法をかけているあいだ、

わたしは――動けなかった。

目の前のことが、現実なのかどうかも分からなかった。


(……なんで……? どうして……?)


頭の奥が、じんじんと痺れている。


そんな中――


「バカか、お前……!」


低くて鋭い声が、耳を刺した。


シンが、わたしの正面に立っていた。

目を見開いて、顔をゆがめていた。


「真剣なんて……どうして……!」


「アルムが、お前をどれだけ……!」


何を言っているのか、

全部は、頭に入ってこなかった。


でも――その声だけは、はっきり届いた。


「……もう、お前なんか信じられない」


それだけ言い残して、

シンはサディの隣に膝をついた。


わたしは――何も返せなかった。

ただ、呆然と立ち尽くすだけだった。


アルム自身も、自分の手で回復魔法を使ってた。


傷は……残らなかった。

でも――


サディがいなかったら、

腸、飛び出してたかもしれないって思うと、ぞっとした。


わたしはそのあと、ノンナに訓練禁止と自室謹慎を言い渡された。


しばらくの間、

アルムにも、シンにも、サディにも……会えなかった。


ノンナには、一度だけ聞かれた。

「どうして、シンが贈った真剣を使ったの?」って。

いつもの優しい声じゃなかった。

とても真剣な、重たい声だった。


でも、わたしは――黙ってた。


答えたら、何かが壊れてしまいそうで。

黙っていれば、いつか三人に会わせてくれると思ってた。


だけど、ノンナは首を横に振って、わたしを部屋から出してはくれなかった。


毎晩、ノンナは部屋にやってきて、

「今日はシンがね」「サディはちょっと怒ってたよ」

「アルムは……今日も、自分で訓練してたよ」って、

三人のことを、わたしの代わりに語ってくれた。


わたしが見られない日々のことを――

ノンナだけが、知っていた。


外にいるはずなのに、どうしてノンナはこんなに詳しくわかるのか、

正直、ちょっと怖くなることもあった。


でも、それでも――

ノンナの声が、少しだけ、救いだった。


そうして、

アルムを切ってしまってから、一ヶ月が経った。


魔法は使用禁止だったから、

わたしは、ひとりで剣を振った。

本を読んで、言葉の練習もした。

三人に、置いていかれないように――

自分なりに必死だった。


そんなある日。

ノンナが、いつものように部屋に入ってきて、

静かに腰をおろした。


そして、わたしをじっと見つめながら言った。


「ともえさん。……どうして、あんなことをしたんですか?」


わたしは、また――黙った。


でも、今回は違った。


ノンナは、わたしの沈黙を待たずに、ゆっくりと語り出した。


その日の夜、珍しくアルム様がシンとサディを先に寝室へ向かわせ、

ひとりで私のもとへやって来た。


「……とっもは、元気?」


不器用ながら、どこか気遣う声だった。


「一ヶ月もいないと……さすがに寂しいって」


私は少し黙ってから、淡々と答えた。


「ともえさんは、反省の色が見えないので……まだ会えません」


アルム様は一瞬だけ、口を結んだまま静かになり――


そのあと、ぽつりと、言った。


「模擬刀に、魔力込めてなかったから、折れたの。

別に……私は怒ってないから」


その表情は、ほんの少し泣きそうに見えた。


あのアルム様が――。


私は、胸がつまる思いだった。

そのとき、ともえさんが読んでいた本が静かに閉じられた。


ページの上に、ぽと、ぽと……雫が落ちた。


本が、にじんでいた。


そして、ぽつりと――涙声でつぶやいた。


「……なんで、真剣、使ったんだろう……」


私は隣に腰を下ろし、そっと見守った。


「だって……アルム、私にだけ……プレゼントくれなかったし……

それが、くやしくて……少しでも驚かせてやろうって……

いつも訓練に真剣持ってくるから……だから、私も……」


「だって……アルムが……」


ともえさんは、泣きながら何度も繰り返した。


私は言葉を返さなかった。

ただそっと、頭に手をのせて、撫で続けた。


今は、叱るときじゃない。

この子の涙が、心からこぼれていることを、

ちゃんと受け止める時間だったから。


「でも……アルムが……

誕生日プレゼント、私にだけくれなかったから……」


涙を溢れさせながら、繰り返すともえさんに、

私はそっと語りかけた。


「ともえさん。

アルム様が、軽く嫌な言い方をされて、

気にするような方だと思いますか?」


ともえさんの目が、揺れていた。


「たしかに、アルム様はマイペースです。

でもあの子は、ちゃんと“人を見て”います。

自分の考えがあって、行動してるんです。

きっと、渡さなかったことにも、理由があったはずです」


私は声を落として続けた。


「それに……ともえさん。アルム様に謝りましたか?」


「ずっと“アルムがくれなかった”って思い続けて……

でも、理由も聞かずに、ただ怒っていたのではありませんか?」


ともえさんは何も言わず、肩をふるわせていた。


私は小さくため息をつき、

静かに、ともえさんの布団を整えながら言った。


「ともえさんの誕生日は……あと一ヶ月ですね」


「それまでは、謹慎を続けます。

でも、毎晩この部屋には来ます。

一緒に過ごして、話をして、

あなたの心が落ち着くのを待ちます」


ともえさんが顔を少し上げて、私を見た。


「……ともえさんが黙っていたこの一ヶ月も、

私は、毎晩この部屋に来て、あなたの隣で眠っていましたよ。

それは、今日からも変わりません」


そう言って、私は隣に横になり、

そっと、ともえさんの頭に手を置いた。


ともえさんは、静かに布団に潜り込んで、

小さく私に身を寄せてきた。


私は、なにも言わなかった。


ただ、その背中に手を添えて、

いつもと同じように――眠りについた。


それからの一ヶ月、ノンナは変わらず、

毎晩、わたしの部屋を訪ねてきてくれた。


三人がどんな訓練をしているか、

今日どんな会話があったか、

笑っていたか、怒っていたか――

そのすべてを、わたしに話してくれた。


そして、何も言わなくても隣に寝てくれた。

前と同じように。静かに、あたたかく。


そんな日々が続いて――


今日、わたしの誕生日が来た。


ノンナがわたしを呼びに来て、

一緒に中央ホールへ向かった。


そこには、いつもより豪華な食事が並んでいた。


シンとサディは、わたしと目が合う瞬間に、ふいっと視線をそらした。


一瞬のことだったけど、わかった。


(……やっぱり、気まずいよね)


胸の奥がちくりと痛んだ。


でも、わたしは笑顔をつくって、小さく会釈した。


五人で久しぶりに朝食を食べて、食器を片し終えるとシンが誕生日プレゼントをくれた。


シンがくれたのは、髪をとめる細い銀の髪飾り。

サディがくれたのは、水でつくられた、揺れるリボン。


どちらも、去年と同じようなものだったけどちゃんと“成長”したわたしに合わせた贈り物だった。


そして、アルムの番――


だったはずなのに。


アルムは、黙って立ち上がり、

そのまま自室に戻っていった。


(……あれ……また、くれないの……?)


胸がぎゅうっと縮んで、顔が下を向きそうになったそのとき。

ノンナがそっとティアラの入った小箱を手渡してくれた。


「お誕生日、おめでとうございます。ともえさん」


輝く宝石のようなティアラ。

あたたかくて、美しくて――

でも、それでも私は、どこか寂しかった。


そして数分後。

ドアが、静かに開いた。


アルムが戻ってきた。


その手には――

ふわりと広がる、小さなドレス。


「……ごめん、とっも」


アルムは、わたしの目を見ながら言った。


「一年も待たせちゃった。

 一人で……糸から魔法で創ってたら、時間かかっちゃってさ。

 去年は、まだ出来てなかったの」


静かな声だった。

でも、ちゃんと届いた。


去年、あのとき――

アルムは何もくれなかったわけじゃなかった。

ただ、完成してなかっただけだった。


その事実が、心に染み込んだ瞬間――

目の前が、ぐしゃっと歪んだ。


気づけば、私は涙をぼろぼろ流して、

アルムに抱きついていた。


「ごめん……ごめんね……わたし……

ひどいこと言って……っ……」


涙も、鼻水も、ぐちゃぐちゃで。


アルムは、ちょっと困ったように言った。


「……わかったから。汚い。くっつくな、ってば……」


でも私は、ぜんぜん離れなかった。


「やだぁ……ずっと、謝りたかったの……

でも、なんて言えばいいかわかんなくて……

ほんとに、ごめん……」


アルムは、ため息をひとつついて、

それでも――背中に手を添えて、

黙ってくっつかせてくれた。


アルムは、わたしの背中を軽くぽんぽんと叩いてから、

そっとドレスをもう一度見せてくれた。


「ちゃんと、着てくれよ。

……サイズ合ってるはずだけど、微調整なら手伝う」


わたしは、涙で真っ赤な顔のまま、

何度もうなずいた。


夜、布団に入るとき。

いつものように、アルム、シン、サディの三人は先に並んでいた。

そこに、わたしもそっと加わった。


この場所に、また戻ってこられた。


サディの足がアルムの背中に当たって、

シンの寝返りがアルムの顔に近づくと、

アルムは少しだけため息をついて、ぼそりとつぶやいた。


「……ほんとにもう、寝苦しいんだけど」


でも、誰も動かない。


この“ぎゅうぎゅう”が、いつもの夜だから。


私はそのまま、そっと目を閉じた。


(また、ここにいられる……)


(それだけで、今日はもう、充分すぎるくらい幸せ)


ドレスの裾が、毛布の下でふわりと揺れていた。


毎日この場所で――

笑って、泣いて、喧嘩して、それでも一緒にいられますように。

今回のエピソードでは、ともえの一年越しの誕生日と、アルムとの“誤解”が描かれました。


実は、自室謹慎していた2ヶ月間――

サディは何度も「様子を見に行こう」としていて、こっそり扉まで行ったこともあります。

でも、そのたびにシンが「今はそっとしておいた方がいい」と止めていました。

優しさと理性のバランスを取ろうとしていたんですね。


一方アルムはというと……そんな空気を気にもせず、

書斎でドレスの本を読み漁り、布の質感や装飾の構造まで調べながら、

魔法で“糸から”ドレスを創るという超地道な作業を続けていました。


ともえはもちろん気づいていませんでしたが――

シン・サディ・ノンナの三人には、余裕でバレていました(笑)


表では無関心を装っていても、実は誰よりも“誕生日”という日に向けて

手を動かしていたアルムの姿を、ぜひ想像してもらえたらうれしいです。

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