四歳になった
『魔王とかめんどくさ』――その物語の中で、
ぽっかりと空白になっていた「七年間」。
今回は、その一年目。
ともえの視点から語られる、はじまりの一年です。
まだ不器用で、でも一生懸命で。
「家族」という言葉を、少しずつ学びはじめた時間。
あの静かで、優しくて、ちょっとだけ切ない日々を、
あなたにも、そっとお届けします。
こんにちは。ともえです。
ここに来てから、七年が経ちました。
もともとは、文字の練習として毎日ノートに言葉を書いていましたが、
気づけば、それが「何があったか」「何を思ったか」を
振り返るための“日記”になっていました。
異世界の皆さまには、
わたしの七年間の思い出を、少しずつお見せしようと思います。
あの日のこと、あの人の言葉、あの気持ち――
今でもちゃんと、覚えています。
その前に――
一緒に過ごしてきた、大切な人たちのことを少しだけご紹介しますね。
まずは、シン。
まじめで、剣の訓練が得意な人です。
すぐに謝るけど、実はちょっと天然だったりもします。
次に、サディ。
エルフの女の子だけど、年齢は28歳。
わたしにとっては、ちょっとお姉さんみたいな存在で、すごく信頼しています。
あまりたくさんは話さないけど、いつも気にかけてくれてるのが伝わってきます。
それから、ノンナ。
この家に住んでいて、魔法も文化もなんでも知ってるすごい人。
ノンナがいると、空気がやわらかくなる気がして、安心できます。
そして、アルム。
わたしが――一緒にいたいと思う人です。
近くにいると、安心します。
少し離れると、ちょっとだけさみしくなります。
わたしの言葉を、一番最初に届けたい人でもあります。
……さて。
家族のような、たいせつな四人のこともお話しできたので、
ここからは――わたしの七年間を、ゆっくり振り返っていこうと思います。
まずは、一年目。
アルムが、いつもいちばん早く起きる。
でも今日はちがった。
わたしが先に目を覚ました。
ぎゅうぎゅうのベッドの中で そっと体を起こす。
サディの肩を やさしくぽんぽんって叩いて
「サディ……今日は、あれの日、でしょ。
ノンナといっしょに準備するって、約束したよね……?」
サディが まぶたをすこし開けて こっちを見た
つぎに シンの肩を つついて声をかける
「シン、朝だよ。ごはんの準備もあるし……
ノンナが待ってるって、言ってたよ……?」
サディとシンが それぞれ目をこすって体を起こすと
わたしたちは声をひそめて そっとベッドから出た
アルムを起こさないように 静かに 静かに
足音をできるだけ立てずに 部屋をあとにする
廊下をぬけて 階段をおりると
一階のホールには ノンナがいた
大きな机のうえに カラフルな布や紙のかざりが広がっていて
ノンナは椅子のうえに立って 壁に布を張っていた
わたしが近づくと ノンナはくるっとふり返って
小さな声で にっこり笑った
「おはよう、ともえさん。よく起きられましたね。
……さあ、はじめての誕生日会の準備ですよ」
今日は、アルムの誕生日。
ずっと前に聞いたんだ。
アルム、自分から言わなかったけど、ちゃんと覚えてた。
ノンナとシンとサディにこっそり教えたら――
「それなら、誕生日会をしよう」って、言ってくれた。
シンとサディの誕生日も、ついでに聞いたけど……
もう、どっちも過ぎちゃってた。
だから、この家で最初に祝う誕生日は――
アルムになった。
ノンナは、朝ごはんをいつもよりずっと豪華にしてくれた。
キラキラしたお皿、いろんな色の料理、あったかい匂い。
それに、プレゼントも、みんな自分で用意してくれた。
アルムのことだから……あんまり喜ばないかもしれない。
でも――
わたしは、ちゃんと「おめでとう」って、伝えたいんだ。
朝日が部屋に差しこんでも、アルムはなかなか起きてこなかった。
(ひとりで寝ると、ぐっすり眠れるのかな……)
ちょっとだけ不安になって、わたしは静かにアルムの部屋をのぞいた。
アルムは、まだ寝ていた。
わたしはそっと近づいて、あのときみたいに肩に手をのせた。
「アルム……朝だよ」
小さくまぶたが動いて、アルムが目を開けた。
ベッドの上で、きょろきょろと部屋を見回してから
「シンとサディは?」と聞いてきた。
「もう下にいるよ」って伝えると、アルムはあくびをしながら起きあがった。
「……今日はみんな、はやいね」
そう言いながら、アルムはわたしの横に並んで、ドアを開けた。
二人で並んで、ゆっくり階段を下りていく。
途中でアルムが、ふと立ち止まって、鼻をくんくんさせた。
「……なんか、今日の朝ごはん、豪華じゃない?」
声のトーンが、いつもよりほんの少しだけ疑いぶかかった。
(……気づいた?)
アルムがテーブルにつくと、
ノンナとシンとサディが、いっせいに声をそろえた。
「アルム、誕生日おめでとう!」
わたしも、すぐにつづけて言った。
「おめでとう、アルム!」
アルムは、少しだけまばたきをして……でも、表情はほとんど変わらなかった。
(……うん。やっぱり、そういう顔するよね)
でも、わたしは知ってる。
アルム、さっきから目の前のごはんをずっと見てた。
パンも、スープも、焼いたお肉も、色とりどりのサラダも――
いつもよりずっと豪華で、おいしそうに並んでいる。
「……いただきます」
アルムがそう言ったのにあわせて、みんなも手を合わせる。
そして、五人での朝ごはんがはじまった。
朝ごはんが終わって、みんなで食器を片づけたあと、
わたしはそっと、隠していた小さな包みを取り出した。
「アルム……これ、プレゼント」
ノンナに教えてもらって、魔法で編んだ首飾り。
わたしが、初めてちゃんと作った“もの”だった。
アルムは、包みを開けて中を見て、首をかしげた。
「……これ、どうしたの?」
「ノンナに魔法、教えてもらって。わたしが編んでみたの」
「アルムの髪の色みたいに黒くしてみたんだけど……どうかな?」
しばらく黙ったまま、アルムはその首飾りを手にとって、
そのまま、ゆっくり自分の首にかけた。
「……似合ってる?」
思わず、胸がじわっと熱くなる。
「うん! すっごく似合ってる!」
アルムは、ほんのすこしだけ――笑った。
わたしは、それだけで今日が最高の日になった気がした。
次に、シンが無言で箱を差し出した。
アルムが開けると、中にはちゃんと研がれた一本の剣。
「僕は、これ」
シンは少し照れたように、でも真剣な顔で言った。
「アルムに似合うように、持ち手とか黒にしてみた。……真剣だよ。
気に入ってくれたかな?」
そのとき、シンの顔がすこし赤くなっているのに気づいた。
サディは少し迷うようにして、でもしっかりと歩み出てきた。
「……これは、わたしの魔力で 作った杖……」
「アルムには、ひつよう……ないかも、しれない……けど……
……きっと、いつか 使える 時が、くると 思って……」
そう言って差し出されたのは、光をうっすらと反射する透明な杖だった。
アルムは、そのすべてを――ちゃんと、受け取っていた。
最後に、ノンナが小さな箱と一冊の本を手に、アルムの前にやってきた。
「これは……がんばって取り寄せました」
ノンナはいつも通りの優しい笑顔で、本の表紙をそっと見せる。
「カリュディアの歴史書です。
この書斎には、リュサニアとアストロの本しかなかったので」
そして、ほんの少しだけ姿勢を正して。
「誕生日おめでとうございます、アルム様」
アルムは――
その瞬間、ふわっと、満面の笑みを浮かべた。
今まで見たことがないくらいの、心からの笑顔。
(……あ、今の……はじめて見た)
きれいで、うれしそうで……
見てるこっちが、ほんわかするような、そんな笑顔だった。
なのに。
(……なにこれ……なんか、胸がモヤモヤする)
それが“嫉妬”って言葉だって、あとで気づいた。
そのときのわたしは、ただ――
気づいたら、余計なことを言っていた。
「でもさ……カリュディアの歴史とか文化とか言葉とか……
サディとノンナから、もうふつうに学んでるじゃん?」
アルムが、ゆっくりとわたしの方を振り返った。
その笑顔はまだ残っていたけど――
目が、少しだけ細くなっていた。
(……あっ。やば……今の、言わなきゃよかった)
そう思ったときには、もう遅かった。
アルムは、わたしの一言を聞いたあと――
小さく、ため息をついた。
「……とっも。あんた、“聞く”のと“本を読む”のは違うから」
その言葉だけを残して、
受け取ったプレゼントを大切に抱えながら、
ゆっくりと自分の部屋へ戻っていった。
わたしは、その背中をただ見つめながら、
心の中でぽそっとつぶやく。
(……とっも? ……それって……わたし、だよね?)
自分で分かってたくせに、確認せずにはいられなかった。
さっきの“満面の笑み”が、まだ頭から離れなかった。
そうして――
アルムの、はじめての誕生日会は終わった。
それから我が家では、「誕生日にはプレゼントを渡す」というのが、自然な習慣になっていった。
そしてその日を境に、
シンも、サディも、わたしのことを“とっも”と呼ぶようになった。
それがうれしくて、ちょっと照れくさくて、
わたしは何も言わずに「うん」とうなずいた。
次にやってきたのは、わたしの誕生日だった。
2ヶ月後。
シンは、手作りの髪飾りをくれた。
サディは、水でつくった、きらきら光るリボンを。
ノンナは、シンとサディとアルムの三人のぬいぐるみを渡してくれた。
でも――
アルムは、なにもくれなかった。
(……あぁ、やっぱり、あのときのこと……)
プレゼントのあと、お風呂に入ったとき、
わたしはひとり、浴槽の中で泣いてしまった。
アルムに、あんなこと言ったから。
“あのときの笑顔”を壊してしまったから。
だから、傷つけたんだと思った。
あるいは――
そもそも、アルムはプレゼントなんて
誰にもあげないのかもしれない。
そう思って、お風呂から出た。
でも、そのあとすぐにやってきた
サディの誕生日、
そして、シンの誕生日――
アルムは、ちゃんとプレゼントをあげていた。
わたしは、
何も言わなかった。
でも、きっとあのときの自分の言葉を、
ずっと、ずっと後悔するようになった
作中でもともえが話していたように、
この時点で彼女たちはリュサニア語だけでなく、カリュディア語も学んでいます。
異なる文化や言語に触れながら、着実に成長していっている様子が描かれました。
また、今回の誕生日プレゼントのように、
魔法で“創る”ことを前提とした日常が始まっているため、
4人の魔法の熟練度も大きく上がっています。
現在では、全員が“無詠唱”で魔法を扱えるレベルにまで成長しています。
次回以降、彼女たちがこの力とどう向き合っていくのか――
その変化にも、ぜひ注目してください。
なお、アルムがシンとサディに何を贈ったのか――
ともえの視点では“何も描かれていません”。
その理由は、彼女自身が“その事実をショックで覚えていない”からです。
あの日、ともえの胸に残ったのは“もらえなかった”という痛み。
それだけが、強く、深く、記憶に刻まれていたのです。