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第1話 悪魔と天使

 世界は3つある。


 悪魔の住む魔界。

 人間の住む人界。

 天使の住む天界。


 その内の1つ、魔界。そこにとある悪魔が住んでいた。


 悪魔のように人界で人間の願いを叶える代わりに魂を吸うこともなく。

 悪魔のように悪魔人間天使問わず嘯き、欺き、陥れることもなく。


 彼はただ1人、魔界の底で踊っていた。



 カッカッ、カッ。

 彼の革靴から鳴らされる心地良いタップ音を聞く者は、誰もいない。彼は1人で笑いながら、革靴でリズムを刻む。悪魔特有の黒い尻尾も、何処か踊りに同期している。

 カッカッ、カッ。

 ビシッと革靴の音を止め、誰もいない虚空に向かって頭を下げる。まるでそこに客がいて、悪魔が壇上のエンターティナーのように。


「......ダメ。ダメですねぇ」


 黒いスーツのネクタイを締め直して、ため息を吐く。


「やはり私には唄がなければ......」


 しかし悪魔で歌を生業にしている者は少ない。そもそも悪魔には友がいない。今も彼の住む魔界の底の底には誰もいない。


「ふぅむ。やはり、悪魔らしく人間と契約でも結ぶのが良いのでしょうか......」


 普通の悪魔にとって、契約とは反故にするものであり、履行する事の方が少ない、又は履行した方が悪魔側に利があり、尚且つ自己中心的な悪魔の場合に限る。しかし、この悪魔はただ単に全悪魔の持つ契約能力を持って彼なりのエンターテイメントを行いたいだけである。


「行きますか、人界に」
























 世界は3つある。


 悪魔の住む魔界。

 人間の住む人界。

 天使の住む天界。


 その内の1つ、天界。そこにとある天使が住んでいた。


 天使のように人界で人間に対し神様の啓示を伝えることもなく。

 天使のように悪魔人間天使問わず助け、諭し、導くこともなく。


 彼女はただ1人、天界の頂で唄っていた。



 〜〜♪〜♪

 彼女の喉から発せられる心地良い鼻唄を聞く者は、誰もいない。彼女は1人で涙を流しながら、鼻唄を唄う。天使特有の純白の羽は綺麗に畳まれている。

 〜〜♪〜♪

 すぅっと鼻唄を唄うのをやめ、誰もいない虚空に向かって手を合わせる。まるでそこに神がいて、天使が教会のシスターのように。


「......ダメ。ダメですねぇ」


 白いローブの裾を直し、ため息を吐く。


「やはり私には舞がなければ」


 しかし天使で舞を生業にしている者は少ない。そもそも天使には友がいない。今も彼女の住む天界の頂の頂には誰もいない。


「ふぅむ。やはり、天使らしく人間と契約でも結ぶのが良いのでしょうか......」


 普通の天使にとって、契約とは履行するものであり、反故にする事の方が少ない、又は反故にした方が相手側に利があり、尚且つ自己犠牲的な天使の場合に限る。しかし、この天使はただ単に全天使の持つ契約能力を持って彼女なりのエンターテイメントを行いたいだけである。


「行きますか、人界に」





















 そして、1人の悪魔と1人の天使は人界で出会う。




























 ......〜〜♪............〜〜〜♪......


「おや?」


 悪魔は自分の象徴たる尻尾と角、黒い蝙蝠のような翼を隠し、見目だけならば人間となった姿で街中を闊歩していた。すると、遠くから聞いたこともない程澄み渡った唄が聞こえる。その唄の聞こえる方角に歩いていくと、小さな河川敷の石の上で白いローブの少女が鼻唄を唄っていた。


「もし」


「〜♪......はい?」


 悪魔が少女に声をかけると、鼻唄をやめてこちらを振り向く。人間とは思えぬ透き通った白肌に、長く白いまつ毛。


「貴女、私と一緒に最高のエンターテイメントを目指しませんか?」


 悪魔は思った。これは運命だと。


「......本気ですか? 貴方、悪魔ですよね。私は天使ですよ」


 天使は思った。コイツ正気かと。


「知っていますよ」


 悪魔にとって、相方が悪魔だろうと人間だろうと天使だろうと関係なかった。

 天使にとって、相方が悪魔なのは問題だと思っていた。


「しかし貴女の澄み渡った唄と私のダンスならば、最高のエンターテイメントを悪魔、人間、天使に提供出来る」


「私に悪魔になれと?」


「まさか。ただ、私と契約して頂きたい」


「貴方と?」


「えぇ。ただ、私も貴女と契約します」


「......二重契約ですか」


 二重契約。主に人間が悪魔と天使両方と矛盾した契約をする場合の事柄を指す。


「そうであって、そうではありません。私は天使の貴女と「人間になる」契約を結び、貴女は悪魔の私と「人間になる」契約を結びます」


「お互いの地位を捨てろ、と。そう言いたいのですか」


「大雑把に言えば、その認識で間違いありません」


「えぇ......堕天じゃないですかぁ」


 ずうぅんと天使が落ち込む。天使が人間になるメリットは大手を振って人界を歩ける事。しかし、もちろんデメリットもある。それは、地位の失墜である。

 天使とは主に世界的な序列で言うと2位に位置する存在だ。対して、人間は3位。「堕天」とは、天界に住む1位と2位の存在がそれ以下の地位に落ちる事を指す。ただ天使が悪魔となった存在を堕天使と呼ぶ訳ではなく、天使が人間となった存在も堕天使と呼ばれる。


「ですが貴女達天使と違って、私達悪魔に天界へ登る術は基本ありません」


「だからって私に堕天しろって言うんですかぁぁ〜それは殺生ですよぉぉ〜......しかも貴方は悪魔から人間に昇天。貴方に良い事尽くめじゃないですかぁぁ」


「じゃあなんで人界で唄を唄ってたんですか?」


「唄と言っても鼻唄ですしぃぃ〜......そりゃあ、私だって舞......ダンスを求めて降りてきましたけどぉぉ〜......それは人間との契約であって、悪魔は対象外でぇぇ......」


「いいじゃないですか......これは運命ですよ! 私と一緒に最高のエンターテイメントを!」


「でもぉぉ......」




 悪魔にしては悪意を感じない屈託の無い笑顔を浮かべる軽快な悪魔と、天使にしては安らぎを感じない言い訳を垂れる重い天使が、黒いスーツの悪魔は笑顔で、白いローブの天使は泣き顔で、小さな川の河川敷で話し合う。


 この出会いが、天界人界魔界すべてに名が轟く最高のエンターティナーの2人の初遭遇だった。

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