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第二章 ~『伯爵襲来』~


 陽が傾きかけた頃。荒れ地だった場所に、信じられない光景が広がっていた。


 ぎこちない動きながらも、自動で次々と土を耕す鍬。カラカラと軽快な音を立てながら、一定間隔で種を撒いていく種まき機。そして、仕上げの収穫用の鎌が小気味よい音を響かせていた。


「うわぁ……すごい」


 エリスは感動で手を合わせる。


「ちゃんと働いてるな……」


 クラウスも目を見開き、思わず呟いた。


 かつて乾いた土が広がっていた荒地は、耕され、整えられ、金色の麦畑へと姿を変えていたのだ。穂先がそよ風に揺れて、まるで海のように波打っている。


「これがすべて自動で……」

「エリスの農具のおかげだな……」


 二人は感慨深く畑を見つめていると、通りがかりの領民たちが、興奮した声をあげる。


「おい、見ろよ! 荒地だったところが麦畑になっているぞ!」

「これ、領主様の新しい婚約者が成し遂げたらしいぜ」

「マジかよ……優秀なんだな、あの公爵令嬢」

「前に道端で見かけたが、すっげえ美人だったぞ。優秀なのに顔も良いなんて、反則だろ」


 ひそひそとした声が聞こえるたび、クラウスはむずがゆそうに耳を赤くする。


「嬉しそうですね?」


 エリスがくすっと笑って覗き込む。


「自慢の婚約者を褒められたんだ。嬉しいに決まっている」


 クラウスは腕を組みながら、わざとらしくそっぽを向く。エリスはそれを見て、ますますニヤニヤとした笑みを深める。


「照れなくてもいいのに」

「照れてない」


 耳まで赤くする彼の言葉に説得力はない。それを自覚しているのか、話を逸らすようにクラウスは麦畑に視線を移す。


「この麦だが、もう一つ驚くべき点があるんだ」

「あ、それ、私も気になってました。まだ開墾を始めてから数日しか経っていないのに、こんなに育つものなのですか?」

「普通は育たない。エリスの魔道具が麦の成長に影響を与えたのは間違いないな」


 常識では考えられないスピードだ。クラウスは手に取った麦の穂を眺めながら、目を細める。


「しかも質も良い。これなら最高級の麦として販売できる」

「ふふ、これも私の功績のおかげですね」

「ああ、間違いないな」


 クラウスは口元を綻ばせると、視線を屋敷へと向ける。


「さて、そろそろ戻るか」

「はい!」


 二人は畑を後にし、屋敷への帰路につく。


 麦畑を横目に玄関へ辿り着いた二人は、扉を勢いよく開ける。すると、彼らの帰宅を知った執事が、血相を変えて駆け寄ってくる。その様子は只事ではなかった。


「閣下、大変でございます!」

「どうした、そんなに慌てて……」

「近隣のグランベルク領の主、ハーゲン伯爵がお越しになっております」


 その口調から望まない客だと伝わる。クラウスは頷くと、執事に案内されて、応接室へと向かう。


 扉を開けると、待っていたのは、一目で高圧的だと分かる態度の男だ。


 ギラつく視線と肥えた顔と禿げ上がった頭。脂ぎった頬が光を反射し、口元には不機嫌そうな皺が刻まれている。


「久しぶりだな、クラウス辺境伯。相変わらず、ブサイクな顔だな」

「変わらず失礼な男だな」

「ということは儂を覚えているのだな?」

「同期生の顔を忘れるわけがないだろう」

「ええっ」


 その瞬間、エリスの顔に驚きが走る。思わず大きな声が出てしまい、部屋の空気がピシリと固まる。


「この人がクラウス様と同期生なのですか?」

「ああ、ギルベルトと同じく軍学校で知り合ったんだ」

「てっきり二回りくらい上かなと思いました。人って見かけだけでは判断できませんねー」


 エリスの発言にハーゲンは真っ先に反応する。額に皺が走り、ムッとした顔がさらに険しくなる。


「おい、誰がフケ顔だ!」

「失礼しました。ただ威厳に満ちた風貌に、年季を感じまして……」

「謝罪する気がないだろ、貴様!」


 ハーゲンの鼻がふがふがと鳴り、クラウスはそれを見て、ぐっと笑いを堪えていた。


「先にクラウス様に失礼な言動をしたのは、あなたではありませんか」

「わ、儂は醜い顔だと事実を口にしただけで……」

「なら私も同じですね」

「口の減らない女だな!」


 怒りを隠しきれないのか、ハーゲンの眉根が釣り上がる。目も鋭くなっていた。


「クソッ、こんな失礼な女が、噂の公爵令嬢だとはな……」

「まあ、私が美人だという噂が、隣の領地にまで広がっていたのですね。わざわざ知らせに来てくれて、ありがとうございます」

「違うわい!」


 テーブルがビクンと揺れる。


「儂はな、苦情を言いに来たのだ!」

「苦情ですか?」

「貴様の怪しい魔道具のせいでな。儂の領地の麦が売れなくなったのだ。その責任をどう取るつもりだ!」


 あまりの暴論にエリスは目を丸くする。隣のクラウスも無言のまま顎に手を添えて見守っている。


「なら価格を下げればよろしいのでは?」

「そ、それは……できない。儂の儲けが減るからな」

「でも、安くて美味しい麦が手に入れば、領民の皆さんはきっと喜びますよ?」

「その代わり儂の財布が寒くなるだろうが!」


 ハーゲンは怒りを顕にしながら、さらに言葉を重ねる。


「それに貴様らは卑怯なのだ。自動で農地を開拓するなど、そんな連中と価格競争をさせられるこっちの身にもなってみろ!」


 エリスはしれっと首を傾げる。


「つまり、我々があまりにも優秀すぎる。そう仰りたいのですね?」

「誰がそんなことを言った! 褒めとらんわぁ!」


 バン、と再びテーブルを叩く音が部屋に響く。クラウスはもう笑いを堪えきれず、咳払いをして誤魔化している。


 ハーゲンは息を荒げながら、エリスを睨みつけると、ビシッと指差す。


「一つだけはっきりした。貴様が元凶だ! この報いは必ず受けさせてやるからな!」


 ハーゲン伯爵がぎりぎりと歯を食いしばって叫ぶ。だがその脅迫をクラウスが捨て置くわけもなかった。


「忠告しておく。もしエリスを傷つけるなら私が許さない」

「クソッ……!」


 武力では敵わない。それを知っているハーゲンはその場で地団駄を踏み、悔しそうに背を向ける。


「覚えていろ! このブサイク辺境伯が!」

「あなたも人のことを言える容姿ではないと思いますよ?」

「うぐぐっ……捨て台詞に反論してくるんじゃない!」


 顔を真っ赤にして叫びながら、ハーゲンは足音を立てて、応接室を去っていく。


 残されたエリスたちはその背中を見送った後、ふっと顔を見合わせる。そして苦笑いを浮かべるのだった。


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