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第二章 ~『エリスの力の検証』~



 ギルベルトを撃退し、騒がしい日々がようやく過ぎ去った頃、エリスとクラウスは、屋敷の談話室で静かな時間を過ごしていた。


 暖炉の炎が揺れ、窓の外では穏やかな陽が庭を照らしている。


 そんな中、エリスはソファに深く腰掛け、手元の本に夢中になっていた。


 クラウスも向かいの椅子に腰を下ろして、ページをめくっている。室内には紙を開く音と、薪が爆ぜる音だけが響いている。


 エリスは本から顔を上げ、にこにことクラウスを見つめる。


「ふふっ、読書もたまにはいいですね……知性が磨かれ、インテリに近づいていると実感できます」


 得意げな笑みを浮かべるエリスに、クラウスは笑みを零す。


(あまり賢そうな台詞じゃないな)


 そう心の中で思いながらも、黙ってページをめくる。やがて、しばらく時間が流れた後、エリスはまた、ぴょこんと顔を上げて尋ねた。


「クラウス様は何を読んでいるのですか?」

「魔術に関する本だ」

「……面白いですか?」

「いや、これはエリスの力について調べるために読んでいるんだ」

「私の力ですか?」


 エリスは目をぱちぱちと瞬かせると、クラウスは本を閉じて、ゆっくりとエリスに向き直る。


「ギルベルトに知られた以上、君の力はもう隠し通せない。なにせ、あいつは口が軽いからな」

「酔った勢いで口を滑らせる日も遠くはないでしょうね……」


 ギルベルトの軽薄な態度を想像し、二人は同意し合うように大きく頷く。


「その前に、君の力がどんなものなのかを把握しておきたいんだ」

「そのための読書だったのですね……私も何か手伝いましょうか?」


 クラウスにだけ負担をかけさせるわけにはいかないと提案する。彼は少し考えた後、ゆっくりと口を開く。


「なら仮説の検証に付き合ってくれないか?」

「もちろん、構いませんよ」

「よし、善は急げだ。私に付いてきてくれ」


 エリスはクラウスと共に立ち上がって、談話室を後にする。


 裏庭にある倉庫に足を運ぶと、クラウスが重たい扉を押す。ギィィと音を立てて開かれた先には、魔道具の山が築かれていた。


「うわぁ……たくさんありますね」


 折れた杖、割れた指輪、ヒビの入った鎧。ありとあらゆるものが雑然と積み上げられている。


「ここにあるものは、使われなくなった魔道具たちだ」

「私の能力の実験にはうってつけですね」

「そういうことだ。壊しても誰も困らないから、盛大に破壊してくれ。ただし怪我だけはしないようにな」

「クラウス様は心配性ですね……こう見えて、私は嫁いでから一度も魔道具を爆発させてないんです。だからきっと大丈夫です!」


 根拠のない自信で胸を張るエリス。そして近くにあった錆びた剣に手を伸ばした。


「じゃあ、触ってみますね!」


 にっこり笑いながら、指先でそっと剣の柄に触れる。だがその瞬間、剣の柄から白い煙が噴き出した。


「わっ!」


 エリスが思わず飛びのく。クラウスも素早く一歩踏み出し、彼女をかばうように前に立つ。


「クラウス様、あぶなっ――」


 言いかけたエリスをよそに、クラウスはためらうことなく剣の柄を拳で殴りつけた。


 鈍い音とともに剣が震え、柄の中に収まっていた魔石がパリンと砕ける。しゅうしゅうと吹き上がっていた煙が、魔石の崩壊とともにぴたりと止まる。


 エリスは目をぱちくりとさせた。


「……と、止まった?」

「やはり私の仮説は当たっていたようだ」


 不意に漏らした一言に、エリスは驚きで目を見開く。


「もしかして私の力の謎が分かったのですか!」

「おそらくだが、君の力は千年前に王国を救った聖女と同じものだ」

「せ、聖女様!」


 エリスの目の見開きが大きくなる。


「あらゆる魔術の無力化。しかも単に打ち消す能力ではない。魔術をエネルギーとして分解し、自分の都合の良い形で放出できる特別な術式なんだ」

「あれ? でも私は爆発なんて望んでいませんよ」

「あれは魔道具の中にある魔石が、君の力を受け止めきれずに起きていただけだ。だが耐えられたなら、魔道具は進化を遂げる」

「ならこの屋敷で爆発が起きなかったのは……」

「他の貴族より上質な魔石を使っているからだな」

「なるほど。ということはやっぱり、爆発したのは安い魔石を使っていたギルベルト様たちのせいじゃないですか!」

「ま、まぁ、そうとも言えるな」


 やはり婚約破棄は不当だったと、エリスは頬を膨らませる。その表情が愛らしくて、クラウスは微笑みながら話を続ける。


「ちなみに、触れても何の変化もない魔道具。あれも調べてみたら、微妙に進化していた」

「え、本当ですか?」

「例えば、自動で動く杓子を覚えているか?」

「私、あれ好きです! 動きが可愛いんですよねー」

「実は元々、動きが不規則だったのだが、時計回りに動くようになっていた」

「……地味ですね」

「だが重要だ。料理の攪拌に役立つからな」

「ふふ、私の能力の価値をそこまで解き明かしてくれるなんて……これぞ、愛の力ですね」


 エリスはきらきらとした笑顔と共に、ストレートすぎる言葉をクラウスにぶつける。彼は照れたように咳払いをする。


「ごほん、つまりだ。原因が分かれば、対処もできる。君の力は正しく理解して使えば、誰かの役に立てる素晴らしい能力なんだ。それに……過去に君と婚約していた連中は、君を理解しようとする努力を怠っていた。だから私も、婚約破棄は君のせいじゃないと思う」

「…………」


 エリスは目を丸くして、クラウスをじっと見つめる。その視線に、彼はわずかに頬を赤らめた。


「クラウス様は私に甘いですね~」

「……ま、まぁ……惚れているからな」


 ぼそっと放ったその一言は、驚くほど率直で、エリスの心にじんわりと広がる。クラウスは口にしてから、「しまった」とでも言わんばかりに、また咳払いをして誤魔化そうとするのだった。


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