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第一章 ~『やってきたギルベルト』~


 その日、クラウスの屋敷は、異様な空気に包まれていた。使用人たちが慌ただしく走り回り、門番は目を見開いている。


「なんだ、あの行列は……?」


 豪華な馬車が門の前に止まり、色鮮やかな旗を掲げた従者たちがぴしっと並んでいる。馬車の扉が開くと、ひときわ目立つ男が悠然と降り立つ。


「まさか……」


 門番は目をこすったが、現実は変わらない。現れたのはギルベルト伯爵だった。艶のある髪を自信満々にかき上げながら、彼は門番に笑みを向ける。


「エリスを迎えにきてやったぞ!」


 門番があっけにとられている間に、ギルベルトはズカズカと門をくぐり抜け、まっすぐ玄関へ向かって歩き始める。


「ちょ、ちょっとお待ちください!」

「待たぬ!」

「訪問のご予定は?」

「いいから通せ! 俺を止められると思うなよ!」


 門番が必死に止めようとするが、ギルベルトは全く耳を貸さず、堂々とした態度で進み続ける。


 その騒ぎに気づいた執事が慌てて玄関を開けると、すでにエリスとクラウスが待ち構えていた。


「久しぶりだな、ギルベルト伯爵」


 クラウスが腕を組み、冷ややかな目で見下ろす。ギルベルトも負けまいと睨み返した。


「二人は知り合いなのですか?」

「軍学校の同期だ。仲は最悪だったが……」

「俺がブサイクだと陰口を叩いたことをまだ根に持っているのか?」

「恨みはしない。だが好きにもならんだろう……それで、私になんの用だ?」


 まさか旧交を温めに来たというわけでもないはずだ。クラウスの疑問に、ギルベルトは鼻を高くして答える。


「貴様に用はない。俺はエリスに会いに来たのだ!」

「私にですか?」

「俺が寄りを戻してやろうと思ってな。どうだ? 嬉しいだろ?」

「嫌ですけど」


 エリスの即答に、ギルベルトの顔がピクリと引きつる。


「お、俺との婚約を拒否するのか?」

「最初に拒絶したのはギルベルト様では?」

「そ、それはそうだが……」


 ギルベルトは言葉に詰まり、目を泳がせる。そして、ふいに思い出したように口を開く。


「本当はエリスを愛していたと気づいたのだ!」

「絶対に嘘じゃないですか!」

「うぐっ……」


 エリスの即座のツッコミに、ギルベルトはたじろぐ。そこに口を挟んだのはクラウスだ。


「人間を損得でしか判断しないギルベルトのことだ。きっとエリスの能力の特異性に気づいたんだろうな」

「なるほど。それなら納得ですね」


 二人の意見が図星だったのか、ギルベルトは表情を強張らせる。


「ち、違う。俺は本当にエリスを愛しているのだ」

「ギルベルト様は嘘が下手ですねー」

「ぐっ……そ、それにだ、これはエリスにとっても良い話だろ。なにせ美しい容姿を持つ俺が結婚してやるんだからな」

「その自信はどこから湧いてくるのやら……でも、まぁ、私はあんまり人を外見で判断しませんから。セールスポイントにはなりえませんね」


 エリスがさらりと言うと、ギルベルトは面食らう。だが引き下がりはしない。


「なら……金ならどうだ? 俺は伯爵だぞ」

「クラウス様は将軍ですよ」

「そ、それもそうか……なら権力は……俺のほうが下か……」


 ギルベルトは額に汗をにじませながら、必死に言葉を探す。そんな彼にエリスはにっこりと微笑みながら追撃を加える。


「ちなみに、腕っぷしも負けていると思いますよ?」

「それは言われなくても分かっている!」


 将軍である彼と武力で衝突しても敗北は明らかだ。負けを認めつつも、ギルベルトは何とか勝ちポイントを探る。


「や、やはり顔だ。顔が圧勝しているのだから良いだろう!」

「それも正直、疑問だと思いますよ」

「さすがにそれはないだろう。この顔だぞ!」


 ギルベルトは自慢げに自分の顔を指差し、それから得意げにクラウスを指差す。


「見ろ、鬼のような醜い顔と比べたら、誰がどう見たって俺のほうが──」

「それは、あなたがクラウス様の本当の素顔を知らないからですよ」


 エリスはにこりと笑うと、クラウスのもとへ歩み寄り、そっと彼の頬に手を添える。


 すると魔力が揺らぎ、クラウスの顔を覆い隠していた認識阻害の魔術が剥がれる。黄金の髪、澄んだ青い瞳。精緻な彫刻のような美青年がそこにいた。


「ど、どういうことだ!」

「本当のクラウス様は格好良いんです。ですが認識を阻害する魔術がかかっていて、醜く見えていただけなんです」


 その魔術もエリスが触れれば一時的に解除できる。ギルベルトは目を見開き、口をパクパクと動かした後、やっと声を絞り出す。


「そ、そんな、馬鹿な……」

「改めて質問ですが、私があなたを選ぶ理由、何かありますか?」


 エリスが真面目な顔で問いかけると、ギルベルトは口を開きかけて、すぐに閉じた。そして、情けない声で答える。


「俺が勝っている部分は……何もない……だがな、いつか逆転してやる。この屈辱、覚えていろよ!」


 捨て台詞だけはしっかりと残して、足早に門の方へと去っていく。その背を見送りながら、クラウスがエリスに尋ねた。


「良かったのか?」

「未練はないですよ。だってクラウス様は、私が魔道具を壊しても、婚約破棄を突きつけたりしないですから」

「君は本当に変わっている……でも、そんな君だからこそ好きになったんだがな」


 慣れない本心を告白したからか、クラウスの頬が赤く染まる。その表情の変化をエリスは見逃さなかった。


「顔、真っ赤ですよ」

「……照れているだけだ」


 二人は顔を見合わせ、自然と笑みを交わすのだった。


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