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第三章 ~『罪を認めたヴェルスタン』~


 朝の陽光が差し込む中、シュトラール辺境領の一角に建つ屋敷。その門扉の前に、馬車が一台止まっていた。


 その車内からクラウスとエリスが降り立つと、あたりの空気がわずかに張りつめる。


「この屋敷は確かクラウス様が提供しているものですよね」

「ヴェルスタンは王家からの命を受けて派遣されている。もてなすのは、領主の義務だからな……だが、それも今日で終わりだ……」


 二人の視線が前方の重厚な扉へと向けられる。それに気づいた門番が戸惑いながらも姿勢を正す。


「ク、クラウス閣下! た、ただいま執務室にご案内を――」

「場所は分かっている。案内は不要だ。通してもらうぞ」


 クラウスの声に威圧の色はなかったが、門番は思わず背筋を伸ばして深く頭を下げる。


「は、はいっ。どうぞ中へ……」


 通された二人は屋敷の中へと足を踏み入れる。


 床は清掃が行き届き、調度品に乱れはない。だが、どこか人の気配に乏しく、重苦しい空気が肌にまとわりつく。


「ここが執務室だ」

「ヴェルスタン様はいるでしょうか?」

「いる。逃げる隙を与えなかったからな」


 そのために案内を断り、自分の足で執務室までやってきたのだ。


 クラウスが重厚な扉を開くと、ヴェルスタンが机の向こうで書類に目を落としていた。右腕には白い包帯が巻かれており、その動きはぎこちない。


「閣下! どうしてここに!」

「ヴェルスタンと会うためだ」

「私と……いったい何の御用でしょうか?」


 クラウスは一歩踏み込み、視線をヴェルスタンの包帯に向ける。


「……腕を怪我したようだな」

「ええ、訓練中に少し転んでしまいまして。粗相をお見せして恥ずかしい限りです」

「実はな、昨晩、街道に現れた盗賊も、腕を負傷して逃げたそうだ」


 クラウスの一言に、空気が凍りつく。ゴクリと息を飲むヴェルスタンは眉をぴくりと動かすが、すぐに冷静な表情を作り直す。


「偶然は世の常でしょう。私を疑っているのですか?」

「まさか、疑ってはいない。私は盗賊の正体が君であると確信しているからな」


 机の上のペンが、カタリと落ちる音が響く。だがヴェルスタンは何とか平静を装った。


「……根拠も証拠もないでしょう」

「盗賊と戦った騎士は私の部下でな。長年の経験から剣筋を見れば、その人物の背景を読み取くことができる。その彼が言うには、盗賊の使っていた技は間違いなく、近衛兵が入団後に学ぶことになる王室剣術とのことだ」


 ヴェルスタンの顔が引きつる。だがまだ心は折れていないのか、瞳に闘志が宿っていた。


「そんなものは主観でしかない!」

「つまり盗賊だと認めないと?」

「当然です。何度も言いますが、私は潔白です。証拠もないのに、こうやって詰問される筋合いはありません!」

「ふむ、証拠がなければ何を言っても無駄、か」


 クラウスはあくまで穏やかに、だが皮肉を含んだ口調で返すと、エリスが小さくため息をつく。


「やっぱり駄目でしたね。素直に認めてくれると、ちょっとだけ期待していましたが……」

「こうなったら証拠を出すしかないな」


 クラウスが懐から黒い箱を取り出す。ヴェルスタンも見覚えのあるそれは、音声を記録できる魔道具だった。


「エリスが機転を利かしてくれてな。もしものために、盗賊の声を録音しておいたのだ」

「なっ!」


 ヴェルスタンの血走った目がエリスに向けられる。


「ま、また貴様かっ!」

「怖い顔を向けないでください。私はただ証拠を残しただけ。犯人でないと主張するヴェルスタン様にとっては、むしろ冤罪を晴らすチャンスではありませんか」

「ぐぐぐっ」


 エリスが録音した音声を再生しようと魔道具に手を伸ばす。ヴェルスタンは決定的な証拠が記録されていないことを願いながら目を閉じる。


 だが無常にも盗賊の声は明瞭に聞き取れるほどにしっかりと残っていた。その声は間違いなく彼のものだった。


「この音声を聞いて、何か言い分がありますか?」

「に、似ているだけだ! そんな曖昧なもので私を――」

「では、声紋鑑定に出しましょうか? 王都の最新魔術なら、声の波形を分析して一致するかどうか確認できるそうですよ」

「なっ……!」


 ヴェルスタンの顔が真っ青になり、唇がわなわなと震える。


「観念したらどうです? いまなら罪を軽くしてあげられるかもしれませんよ?」

「うぐっ……」


 物証があるのでは言い逃れできない。


 重々しい空気が流れる中、ヴェルスタンはゆっくりと口を開く。


「わ、私の仕業だ……認めよう……」


 重く、苦しげに吐き出された言葉を受け、クラウスが大きく頷く。


「まずは旅人から奪った荷物の補償をしてもらう」

「……わ、分かった」

「それと、アストレアがどれほど今回の件に関わっていたのか。洗いざらい、話してもらおう」


 不意に出た王子の名前に、ヴェルスタンの肩がびくりと揺れる。


「そ、それは言えない……」

「なぜだ?」

「私がすべて一人でやったこと。殿下は関係ない……」

「惚けるのは自由だが、私はアストレアが関与していると確信している。いずれは自白するのだから、早く口を割ったほうが利口だぞ」


 鬼将軍と呼ばれる圧を滲ませながら、クラウスはそう言い切る。するとヴェルスタンは椅子を蹴るようにして立ち上がった。


「私は失礼する!」

「おい、待て!」


 クラウスの静止を振り切り、ヴェルスタンは執務室の窓から飛び降りる。クラウスたちが追いかけようと窓辺に寄るが、見えるのは走り去っていく彼の後ろ姿だけだった。


「逃げましたね……」

「逃げれば逃げるほど、罪は重くなるのだがな」


 二人は呆れながら顔を見合わせる。ヴェルスタンがいなくなった執務室に、乾いた笑みが広がっていくのだった。



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