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第二章 ~『初めてのデート』~


 賑わいの広がる石畳の市場通り。日差しを受けた道は明るく、通りのあちこちから笑い声が響いてくる。


 そんな喧騒の中、エリスとクラウスは人々の間をすり抜けるように歩いていた。


「こうして一緒にデートするのは、初めてですね」

「私なんか、人生で初めての異性とのデートだ」

「ですが、私よりも前に縁談の話があったのでは?」

「醜い私とは外を歩きたくないと、ことごとく断られてな。街どころか、屋敷の庭すら一緒に歩いたことがない」


 冗談めかして言ったつもりだろうが、声にはどこか寂しさが滲んでいた。エリスは言葉を失いかけたが、すぐに小さく笑って、そっと手を差し出す。


「では、今日はその記録を更新しましょうか」


 クラウスが驚いたように目を開く。その隙に、エリスは自分の手をクラウスの大きな手に重ねる。


「これで笑われるときは、一緒ですね」

「……やっぱり君は優しいな」

「ふふふ、なにせクラウス様の自慢の婚約者ですから」


 並んで歩く二人の影が、石畳の上で寄り添うように揺れる。


 華やかな店が並ぶ通りを歩くと、ちらちらと視線を感じる。だが、どれにも侮蔑は込められていない。むしろ、羨望のこもった瞳の方が多かった。


「見られていますが……馬鹿にしてくる人はいませんね」

「きっと私が領主だと気づいているのだろうな」


 クラウスの特徴的な外見と隣を歩く美しい婚約者。この二つから、クラウスの正体を察するのは容易だからだ。


「民衆がこうやって好意的なのもエリスのおかげだ」

「えっ、私のですか?」


 きょとんとするエリスに、クラウスは静かに頷く。


「君のお陰で、麦が安価で手に入るようになった。物価は下がり、食卓は豊かになった……皆が恩恵を感じているからこそ、ああやって穏やかな目で私たちを見てくれるんだ」


 生活に直結する部分だからこそ、領民たちは感謝を惜しまない。領主の容姿の醜さなど、あげた成果と比べれば、些細な問題だと判断されたのだ。


 二人は安らかな心のまま、石畳の道を進む。そんな折、ふと、エリスは足を止める。


「何か甘い匂いがしませんか?」

「確か、この辺りには……」


 クラウスが周囲に視線を巡らせると、小さな屋台が目に入る。


「あったな……」


 こぢんまりとした木製の屋台。パラソルが付いた天蓋の下には、湯気を立てて焼かれるクレープ生地と、苺などのフルーツ、ホイップクリームの入った瓶が並んでいる。


「誰も並んでいませんね」

「運が良かったのだろうな。折角なら食べていくか?」

「いいですね。私、甘いものには目がないんです」


 エリスの目がきらりと輝く。二人で屋台に近づくと、女性店主がにこやかに頭を下げる。


「領主様、エリス様、ようこそいらっしゃいました」

「やはり正体は隠し通せないな」

「私が領主様の農園から小麦を仕入れているので……だから気づけたんです」


 醜い顔が特徴的だからとは口にしない。接客もプロだった。


「それで、お二人はどのクレープにされますか?」

「では、いちごとカスタードで」

「私は……チョコとバナナでお願いします!」


 二つのクレープを受け取ったあと、店主に礼を伝えて、近くのベンチに腰掛ける。ふわりと漂う香ばしい香りに、エリスは思わずうっとりと目を細める。


「小麦の香りが、こんなにはっきり分かるんですね」

「エリスの魔道具が育てた麦が上質なおかげだな」


 二人は笑みを零しながら、クレープにかぶりつく。そして、ほんの少しだけ表情をゆるめた。


「美味いな……」


 クラウスがぽつりと呟き、思わず目を細める。


「ですね……うちの小麦が、こんなにお洒落に変身するなんて……」


 エリスも微笑んで頷き、口元についたクリームを拭う。一緒にクレープを頬張る彼らは、知らず知らずの内に肩を寄せ合っていた。


 二人は談笑を楽しみながら、食べ進めていく。気づくと、クレープは姿を消していた。そっと紙包みをゴミ箱に捨てて立ち上がる。


「これからどこへ行きましょうか」

「君が行きたいところなら、どこへでも……」

「うーん、なら、あちらに――」


 と、言いかけた瞬間だった。


 カン、カン、と乾いた音が石畳に響く。誰かの足音。それも、ただの通行人ではない。鋭い、まっすぐな足取りと武具の擦れる音。


 二人が振り向いた先にいたのは、一人の若い騎士。ハーゲンに暗示をかけられたライナスだった。


 彼は抜き身の剣を構え、目を見開いたまま、まっすぐにエリスを見据えている。


「あなたを国家の敵と認定し、排除する!」

「なっ!」


 エリスが反応するよりも早く、剣が弧を描いて振り下ろされる。


「エリス!」


 だがその刹那、クラウスが即座にエリスを庇うように立ち塞がる。鍛え抜かれた身体が盾となり、肩で剣を受け止める。金属の鈍い音が響いたが、クラウスは一歩も退かない。


「生憎だが、私は頑丈さが取り柄でね。この程度の剣戟なら傷一つさえ負うことはない」


 間髪入れず、クラウスはそのままライナスの手首を捻り、剣を取り落とさせる。だがそれでもライナスは諦めようとしない。無駄な抵抗を続ける。


「正義のために……エリスを……罰せねばならないのだ……」

「クラウス様。もしかして、これは――」

「グランベルク領の家系は、代々、暗示の魔術を継承している。相手の意志をねじ曲げて、従わせる力だ」

「やっぱり、この人はハーゲン様に操られて……」


 クラウスは苦い顔で頷く。


「この状態ではまともに取り調べもできないだろうな」

「なら私に考えがあります」

「考え?」

「私ならきっと暗示を解けると思うんです」


 エリスはゆっくりとライナスに近づくと、額に手を翳す。指先から淡い魔力を発すると、光が波紋のように広がり、ライナスの頭部を包み込む。


 数秒の沈黙のあと、ライナスの目が穏やかな光を取り戻していく。


「ここは……?」

「暗示が解けたようですね」


 エリスがほっと息をつく。だが、その直後にクラウスが鋭い声で詰め寄る。


「どこまでの記憶がある?」

「あ、はい、私はハーゲン様に命令されて……エリス様を……」


 虚ろな声で呟いた後、彼ははっとしたように表情を変える。


「申し訳ございませんでした! 私はエリス様を害するつもりなど!」

「それは分かっている。それよりも、君はハーゲンから命じられて、エリスを襲ったんだな」

「は、はい」


 ライナスが認めると、クラウスの表情が冷たいものへと変わっていく。


「クラウス様……」

「心配はいらない。ただ覚悟を決めただけだ……」


 甘いクレープの香りを打ち消すほどの緊張に包まれていくのだった。


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