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彷徨える貴方  作者: 黒井基治
第一章 東の大陸【シャマシュ大陸 編】
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第七話 マナの書 下

ウラドは木陰に隠れるようにして巣を眺める。森であるのに、この下はU字谷のようになっている。辺りには木すらもないが、その端には適当に集めておいたように木々や岩岩が転がっていた。不審に思いつつウラドはポケットから掌ほどの大きさの赤い筒を取り出し、ティナに手渡す。


「煙弾だ。何か緊急事態になれば、それを上に挙げて、力を込めるんだ。そしたら、煙幕によって誰かに知らせることができるから。持っていて。」


そう言ってティナに手渡し、また巣の方を見る。見たところ一匹たりとも見当たらなかった。今は狩の途中だろうか。彼は崖を滑り落ちていく。ティナもそれに続いて飛び降りた。ウラドは少し着地の際に転けたものの、ティナは猫の特性か、衝撃を吸収したかのように着地し、そのまま近づく。ミフエルは大きな茶色の毛並みを持つ魔法動物で、巣に近づく者には容赦がない。だが、今はその姿が見られない。


「狩りの途中か?」


ミフエルは基本的に肉食の鷲のような鳥だ。故に、狩ともなれば帰ってくるまでに時間は要するだろう。今は九月、繁殖期では無い。だが、そうなれば、疑問がある。巣の周りにはそれなりに白骨化した死体が、生物問わず散乱している。都市軍らしき甲冑や破けた旗も落ちている。妙だ。ウラドは巣の近くで立ち止まり、しゃがみ込む。


「死体が、ここまでしかない。」


そう言って足元を撫でるように見る。巣からそれなりの範囲までには死体が転がっているが、それから先には死体どころか、血痕すらもない。巣だけを見れば、ただのポツンと存在するが、足元には血やそれを吸った地面が赤く染めている、まるで別世界だ。繁殖期ともなれば、より獰猛となり、近寄るものは皆殺しになるのは生物の習性上理解できる。だが、殺した後に食った痕跡もなければ、わざわざ殺す理由もそこまでない。ウラドは巣と血で滲む地面を見比べ、納得し、巣の方を凝視した。そこには、霞む程度ではあるが、シャボン玉の膜のようなものが見えた。ウラドは確信た輝きの宿る目で言う。


「見たところ、『結界』が張られている。」


それを聞いたティナは少し唾を飲み、確認を取るような声で言う。


「結界というと、どこかを守る為に作るバリアみたいなものですね?」


珍しく正解を言えたティナに、ウラドは無表情ではあるが、頭を撫でた。そして淡々と話す。


「その通り。でもこれは、単なる結果では無いね。」


そう言い、その辺に落ちていた小石を結界目掛けて投げる。すると、小石は粉々に砕け散ってしまった。唖然と一点を見るティナを横に、ウラドはまた言う。


「この通り、通った者を感知して結界を作った作成者に知らせるだけでなく、その排除も行うものだ。」


ウラドは杖を握り、鋭い視線で言う。


「これは、ミフエルが作ったものではないね。」


ミフエルは結界を張りはするものの、ここまで高度なものではない。せいぜい侵入を知らせる程度だ。それだけで十分なのだ。だがこれは、深刻な事態だ。ミフエルでないとしたら、一体何者が?何の為にこれを?ウラドは血の滲む地面の上に佇むも、あらゆる可能性を考えても何もできない事はわかっていた。彼は立ち上がり、捻れた杖先を巣に向け、何か投げ込むような仕草をした。すると、蒼白い光の糸がヒュッ、と放たれた。巣の方に飛んでいき、暫くすると、ウラドはまたヒョイッ、と杖を上げた。糸は釣り糸のように吊り上げられ、それに伴って一冊の本も付いてきた。元は赤かったのだろうが、土埃で汚くなっている。だが、表紙を見れば確かに「マナの書」と印字されていた。


依頼の品は手に入れた。ウラドは魔法で本を収納した。


「早く行こう。結界を通過した以上、僕の魔力のムラを辿って、(ミフエル)は来る。」


【魔力のムラ】

魔導士には多かれ少なかれ魔力があり、個人によって色合いや魔力の性質は異なる。ムラや性質が異なる為、魔導士によって得手不得手の魔法があるとする考えが多い。魔法動物の一部には、それらを犬のように嗅ぎ分け、獲物を追ったり、魔力の振動などで群れ同士で意思疎通するものが存在する、という見解を持つ学者が多いが、そこまで高度な意思疎通が可能なのかは定かではない。

ティナは緊張で目を迸りながら頷く。そうして、あらゆる疑問点を無視して、2人は駆け出した。


オキャャャァァァァァァァ!!!!!


遠くから、物凄く甲高い鳴き声が谷の中で響き渡る。谷の曲線的な地形のせいか鳴き声が小玉して、どこから来るのか見当もつかない。だがそれでも走り続けた。落石の近くを目指して。


ティナは猫の特性で、ハイエナのような速度でウラドの前を走り抜ける。ウラドは地面を滑る魔法でそれを追いかける形で滑らかに滑っていく。せめて、転がる岩陰に隠れれば、少しでも隙はできるかもしれない、などと思考を巡らせる。



刹那、ティナの眼前を大きな影が通り過ぎる。その影は後ろにいるウラドを捕らえ、空へと連れ去られて行った。

ティナは呆気に取られつつも、ハッとした様子で、反射的に鞄に手を入れた。本やウラドの私物など雑に入った物の中から取り出したのは先ほど受け取った円筒、だが使うべきなのだろうが、躊躇いがあった。何者かが結界に細工をした以上、円筒を使えば、その作成者とやらが来てしまうかもしれない。冷や汗をかく。チラリと天空を見た。彼はブラブラとぶら下がり、時折足が伸びたり、奴を蹴飛ばすような仕草をしている。余程痛いのだろう。その様を見て迷いなぞ一気に吹き飛んでいた。円筒を天に向け、握りしめた。すると、ヒューンと高い音と赤い光が天で弧を描いた。


––空中––

大きな影は、ウラドの肩を前足で捕らえる。その影の前足は内側に弧を描いたような鋭い爪な為、徐々にウラドの肩に突き刺さり、食い込んでいく。痛みに悶えながら、影を見る。茶色の胴体に鋭い嘴、ウラドは胴体に睨みつけ、恨めしそうに叫ぶ。


「ミフエルか–––!」


本を手に結界に侵入したのはウラドただ1人だった為、態々ティナを放ってこちらに来たのか。そういう野生ならではの無駄のないルーティンに近しい戦略の中、ウラドは杖先をミフエルに向けた。激しく動き回るせいで肩に食い込んだ爪の力が増す。痛みが増すにつれ肩に力が抜けていき、終いには生命線であった杖が、血と共に滑り落ちてしまった。こうなってはどうにもならない。徐々に、意識が朦朧としていく。


「ウラドさぁぁぁぁぁぁぁん!」


霞ゆく意識の中、ティナの声が鼓膜に響いてきた。目を開けると、地上から何キロも離れた地点であるのに、ティナがいた。彼女は自身の短剣でミフエルの黄色の鱗のような両足を一刀両断した。ミフエルは痛みによる叫びをあげ、その場で地団駄踏むようにバサバサと飛んだ。落ちゆく中、自身を受け止めようとするティナの温もりを最後に、ウラドは気を失った。


–––地上–––


ウラドが地上で舞う中、ティナは藁にも縋る気持ちで円筒を放ち、それを投げ捨てると、白銀の杖を握って走り出した。旅の途中で教わった水の魔法を必死に放つ。水鉄砲のように勢いよく放たれるも、それはミフエルには届かなかった。その時、ティナの前方から見える森の方から、青い煙弾が上がった。誰かが来てくれるのだろうか。少しの安堵と早く来てくれと言う気持ちのせめぎ合いの中、ティナは思考を巡らせた。猫の足は早いけど、風に乗った鳥には敵わない。この高さ、走るだけでも追いつけない。


「なら–––!」


決心したかのように声を出して、ティナは足に思いっきり力を込める。全ての力、血流、気の流れを足に集中させるように。そして、地面を蹴り上げた。それと同時に、水の塊を足元に出し力いっぱいに踏み込んだ。その水はトランポリンのように弾力を持って跳ね上がり、彼女を空へ飛ばした、飛んだ部分には、まるで隕石が落ちた後かのような穴があいた。ティナはまっすぐ飛ぶ中、自身の短剣の範囲に来るように魔法を放ち誘導した。その最中、ウラドの杖が地に落ちたのを見た。あれは下手をしたら折れるだろうと思った。そして遂に、奴を下のあたりまで誘導し、足にまで辿りついた。


「ウラドさぁぁぁぁぁぁん!!」


呼びかけながら、ティナは短剣を取り出し、奴の足を切り落とした。ウラドを抱き締め、落ちていく中、ティナは見た。足元の方で、誰かがいる事に。1人佇むその人を凝視していると、まるで慈雨の中に飛び込んだかのようにフワッと体が起き上がり、ゆっくり地上へ降下していった。


安全に着地してすぐに、ティナはウラドを見た。肩からの出血がひどい。顔も青白く死ぬ寸前のようだ。まずは止血せねばと、ウラドを寝かせ、鞄から布を適当に取り出して押さえつけた。だが、力が甘いのか一向に良くはならない。


「その怪我では無理ですね。」


ふと、上を見上げると、少し洒落た小綺麗な服を着た少年が立っていた。少年は焦ったまま荒い呼吸を繰り返すティナを屈みながら言う。


「煙弾を見てきました。『カレン』と申します。」


カレンをよく見ると、手元には艶のあるような杖を持っていた。上腕よりも短いが、着地の際のあの魔法は、恐らく彼がやってくれたものだろう。ティナは少し緊張と警戒を帯びながら、会釈する。


「––––テ、ティナです」


「怪我を治すなら、都市にある教会に行きましょう。聖導師の方々が治療してくれますよ。」


そう言い、少年はウラドを抱き抱え、歩き出した。


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