第62話 駄作 上
ユリウルス暦 886年 2月9日
泥の混じった雪道を越え、皆は疲労しつつも、やっとのことで都市にたどり着いた。名前はバレーノ、ヴォトカの上手い場所である。石煉瓦と鉄の門構えを前に、皆は検問に止められた。前には荷馬車が少し列をなしており、時間を要しそうだ。その時、黒いハットを被ったシモンはちょこちょこと横に歩いていき、ティナ乗る腕をツンツンと突く。
「僕達通れるかな?」
ティナはアッとする。まるで乙女たちの密談のように小声で縮こまる。
「どうでしょう?帽子を被ればいけますかね?」
ウラドがチラリとコチラを見る。そして、ふぅーっと息を吐きながらいう。
「ギルデロイがなんとかしてくれてるはずだよ。少なくともティナは。」
その時、テナナが驚いたようにこちら見た。少しずつ前に進んでいく中で、彼女は軽く前のめりになる。
「ギルデロイ教授を知ってるの?!ウラド兄。」
「え?あいつ教授になってたの?傲慢な奴に教師は向いてないよ。」
鼻で笑うウラドに、ティナも頷きながら笑った。
「確かに、ギルデロイ教授は自分好きでしたから。ですが腕は確かでした。」
「んで、なんであいつ教授なんてやってるんだい?」
「あぁ−−−−えっとですね、無くなっちゃったんだ。魔導教会が。」
みんなはそれを聞いて、数秒後に、どよめきながらテナナの方を見ていた。あの荘厳建物、絶対的力を持った面々が所属する魔導教会がなくなったというのは、死者が蘇ると同じほどイメージできなかった。テナナはのほほんとした様子で語り出す。
「聖導師の中枢である、聖カトュリーナ教会によってね。あそこは魔導士ではあれば、獣人にも特権を与える。その術師や獣人達が、錬金術師とも繋がってる可能性があるって言う話になったんだ。だから、特権は無意味になってるかも––––」
「ギルデロイは否定しなかったんだな。」
アルバートはチラチラと石門と自分達の距離を目測した。そして石門の横や周りの森にも目を配っていた。テナナは自身の杖を優しくさする。
「むしろ肯定してた。『すべての種族は同等の尊厳があり、各々生きる自由がある。自由を行使してもなお、この世の者達はこの世の輪から外れることはできない。故に、魔導教会が誰に栄光を与えようとも世の輪にはなんら影響はない。』ってね。」
「聖導師の勢力は、より増しているんだね。なんだかんだ僕は、あいつらが嫌いだよ。」
ウラドは煙草の煙を吐くように、そう愚痴った。ティナは彼の顔を見る。特に憂鬱なあの頃の顔はしていなかった。むしろ、少し具合は良さそうだ。陽光が当たって、白いものの病的な眼差しですらない。赤い目が野いちごのように綺麗だった。ティナがじぃっと見つめるので、ウラドはギョッとのけぞった。
「なんだい?」
ティナは耳を左右にフヨフヨ揺らしながら、ニコニコ笑った。
「いえ!ウラドさんがいつも通りになって、嬉しいんです!」
アルバートはその猫娘の頭をこねくり回しながら、呆れた口調で言う。
「悪いが、もう時間がない。亜人と獣人は聖導師にとっては魔物同然だ。」
「ですが、龍人は?」
ティナが頭を上げて見上げる。すると、双龍は石門の門番を、猫の威嚇のように唸ったのち言う。
「奴らビビって、わしら見ても何もして来ぬ!」
「じゃが、おい、トウカ。行くぞ。」
「何故じゃ!兄者!」
「ワシら何もされぬ。故に行くのだ。人間同士は何もぬであらば、こやつらと共に行くのが安全策。ワシら世話になっとる身故じゃ。」
二人はソロソロとシモンとティナの側に行くと、2人の肩の隙間から少し迂回した石門の壁を指差す。
「あそこ、お主達と同じ毛色のものたちがおる。壁を登ったりすれば良かろう。」
2人は石門の側面を見た。ボロ布を着た老若男女、獣人たちが身を隠すようにしてゾロゾロと集まっていた。中には子供もいる。金の腕章が陽光に照らされぬように、皆はフードなどで覆い隠していた。ティナはシモンを一瞥する。シモンは傘を深く指し、小声で言う。
「行こう。」
ティナは軽く頷くと、ウラドたちへ会釈し、列から外れ、一旦森へと向かっていった。
それを見送った後、ウラドは薬箱をガタリと背負い直した。石門の門番の検問は短い間隔で進んでいく。意外と手抜きだった。故になんとかなりそうだ。
「次ぃ!」
やけに喧嘩腰の声がかけられ、皆は無愛想に彼の元へ行く。中肉中背の狸顔の初老は、顎でしゃくりながら荷物を出すよう言い出した。ウラドは胡乱そうに見つめながら薬箱を地面に置く。箱を開け、引き出しを開けていく。眉間に皺を寄せ、ピクピクと動かしながら覗き込む男の目は、仕事をする上での疑心暗鬼であった。男は時々自分で薬をつまみ上げて言う。
「医師か。」
「じゃなきゃ怖いだろ。」
「フッだな。よぉし。行け。」
皆は無愛想に、礼どころか目すら合わせずに門を潜った。門番は軽く舌打ちしたが、そのまま職務を全うした。
都市は北の大陸にしては東のように人との距離が近く、活気立っていた。ウラドは人間の多さに少し辟易し、ロキの背中に引っ付いて紛れようとした。テナナはふふ、と上品に笑うと、軽く右手を握ってきた。このような若い生娘に、手なぞ握られるのは、甚だ子供染みている様子である。ロキはそのようなウラドの存在に気にも留めず、都市を見渡した。路地の奥の建物、道の反対側の建物、そうして眺めているうちに、ある一軒の宿屋が目に留まった。酒樽の絵の名札がぶら下がっており、旅人らしい格好の者達が行き交っている。ロキはその方向を指差す。
「発見。」
アルバートは目を細め、テナナは何度か飛び跳ねた。ウラドは歩速を速める。
「早く中に入ろう。人が多くて嫌になる。」
「お前まだ人嫌いあるんだな。」
「そう容易く1000年分の性根は戻らないよ。」
彼は小言を小言で返す思春期の少年のように早口で言い終えると、人混みの迷路のような隙間を抜けていった。その後は皆で小走りで追いかけたが、宿の中に入った時には、すでに受付を済ませ、部屋に向かっていってしまっていた。皆は呆れ、微笑を浮かべる事しかできなかった。この同時刻ほど、ティナ達も路地を抜け、できる限り顔を布で覆い隠して来ていた。故に宿にたどり着くことができた。加えて受付はすでにウラドが済ませていた。これはこれで好都合になっていたのだった。
–––宿にて–––
宿はの部屋は二つほどであった。一つは大きめのベッドが2つあり、洗面所が狭くある程度だった。部屋割りはティナとウラド、ロキとテナナが同室、アルバート、シモン、双龍は別室であった。隣の部屋からベットは窓際か否かで何か話し声が響いてくる。
ティナは荷物を部屋の隅に置く。テナナも同様であった。そして彼女はベットに腰掛け、自前の杖を布で磨き始めた。ウラドは床で本を開き、また錬金術の研究に勤しみ出していたが、今日はやけに疲れ目だった。少し眠ろうかとベットを見たが、窓際のベットではティナが日向ぼっこのために真ん中で丸く眠っていた。
「–––––外出てくる。」
「行ってらっしゃい。ウラド兄。」
テナナの声に軽く手を振って応えると、ウラドは金袋を持って宿から出た。
宿から出て、ウラドは少し都市を見渡す。着飾った生娘が、裸同然の子供の奴隷を引いて歩いている。犬の散歩のように。ウラドは軽く眉間に皺を寄せ、また歩き出した。対岸の道沿いへ渡り、路地をいくつか抜けていく。道中獣人達もいた。彼らはうち窪んだ鋭い眼差しを、路地の隙間から注いできていた。あまり目を合わせない方が良い。彼は俯いたまま、長い路地を抜けていった。
路地の先にも、広めの通りがあった。先程よりも穏やかで、陽の光がよく届く場所だった。あまり人がいないようだ。そんな通りの前に、店があった。本屋だ。明るい場所にあるが、寂れているのがわかる。だがそういう場所が好きだ。ウラドは歩幅を広く、少し飛び跳ねるようにして店に入った。
店の中はダークウッドと青色のカーテンが映える美しい店だった。本棚には純文学、図鑑など様々なものがあった。奥の方には魔導書もあった。珍しい、こんなにも魔導書を堂々と店に置いているのはなかなかない。ウラドはあっちの本も、こっちの本も取り出した。
「いらっしゃい。」
少し疲れたような、ゆったりとした男性の声がした。振り返ってみると、青茶色の長髪の青年がいた。青年は髪を一つに束ね、白いボタンシャツを着ている。由緒ある、を体現したような滑らかでおおらかな笑みを浮かべていた。ウラドは小さく会釈すると、青年は頬杖をしたまま同じように返した。
「魔導士さんが来るだなんて、稀有ですな。ここらには人すら来ぬのですよ。」
話し方がやけに古臭く、老人と話してる気分だ。ウラドは魔導書を両手に持ったまま言う。
「来ぬって、古い言い方だね。エルフ?」
青年は朗らかに笑った。
「エルフなんかじゃ有りませんよ。僕は。物書きだったんですよ。」
「へぇ、作家ね。本は売れた?」
「いいえぇ。僕の本が、寂れた本屋に並ぶことすら、有りませんでしたよ。なにしろ、僕は作家として欠落してたんですから。」
ウラドは微笑する。
「へぇ、そんなに言うなら、読んでみたいよ。作家の駄作を。」
青年は慎ましく微笑みながら、少し外を眺めた。
「では、1つ依頼をしても?なに、等価交換ですよ。」
ウラドは魔導書を本棚に戻す。青年は手を触りながら言う。
「ナハトュラという花を、探して欲しいんです。」
ウラドは思わず食いついた表情でいう。
「それって––––」
「お願いします。ここから少し外れた森の中にあるのですが、あの辺り魔物が多くて。」
彼はやけに下を向いている。どうやっても、目を合わせてはくれなかった。ウラドは軽くため息をつく。
「––––その魔物って?」
青年は受付の引き出しを漁りながら語る。
「バーラーです。旅をしてる方なら知っているでしょう?」
「バーラーか。確か北の大陸に広く生息しているカマキリみたいな奴だよね。前足の刃が長いから厄介だな。まぁ、良いけど。」
「ありがとうございます。お礼に、魔導書と僕の作品の原稿を。」
「うん。」
ウラドはドアノブに触れる。
「お気をつけて、近頃、魔物の数も増えてますし、荷馬車が襲われましてね、生き残った1人が人影を見たと言う話もありますから。」
ウラドは彼の声を聞いたのち、そのまま歩き出した。
ウラドは傾きかけた太陽に向かって歩いていた。そして同伴者もいた。ティナとテナナである。
「というわけだから、ちょっと一緒に来て欲しいんだよね。」
彼はほとんど手ぶらだった。それを横目に、ティナは口を3にしてぶつぶつ言う。
「まだ夕飯の支度終わってなかったのに。ロキに感謝してくださいよね。ウラドさん。シモンさんとか他にもいたでしょ。」
「シモン達はなんか用事があるって言ってたから。双龍は森ごとやらかしかねないでしょ。」
ウラドは呆れた口調で言った。そして続ける。
「というか、テナナはともかく、ロキ料理できたんだ。『全て、焦がす』とか言いそうなのに。ロキができるんだから、ティナにとってはちょちょいのパーでできるでしょ?」
その一言で、彼女は少し不貞腐れた。テナナはクスッと笑う。ティナはテナナに小声で話すときのように近づいて言う。
「テナナ、後でウラドさんの嫌いなきゅうり入れとこ。細切れにして。」
「そうだね。」
「やめてよ。きゅうりおいしくない。」
お互い口が3になったまま、石門を通った。石門に並ぶ荷馬車を通り抜けず、石門からすぐ横の方へと抜けた。その先にも森があり、どちらかといえば、森に少し囲まれるようにしてこの都市があると言えた。森がわずかに見えてきた頃、ティナはチラチラとウラドの手元を見た。ウラドは手ぶらだった。
「ウラドさん、杖はどうするんです?」
ウラドは生返事をした。魔導教会で既に砕け散ってしまっているのに。だが彼はそんなものはあまり気にしていなかった。
森の前に来た。傾きかけて、影が起き上がりつつある為か、やけに鬱蒼としている。そして、確かに魔物どもの魔力の残滓がある。魔物は魔力を巧妙に擬態したり、隠したりもする。ウラドは生い茂る森の前で、手頃な枝を拾った。以前まで使っていた杖には芯はなかった。芯がないと、魔力が伝わりづらい。
「前は、魔力で芯作ってたから出来たんだな。」
ウラドは少年のように棒を振り回しつつ、枝の真ん中を別の芯で刺していくイメージをした。すると、徐々に魔力が通っていく。まるで腕が伸びたような感覚だ。ティナはスンスンと鼻を揺らす。
「この匂い、獣のそれではありませんね。」
「となると、魔物かな。」
テナナは森を除くように目を細めた。
「それらしい魔力はないけど––––?」
「うーむ、ロキさんを連れてくるべきでした。」
ティナは自身の杖を固く握った。手汗で少し滑る。だが、当のウラドは無頓着な面持ちだ。それどころか、どんどん森へと入っていった。森の中は蔦や草で視界を塞ぎ、足元にまとわりつこうとしていた。ティナは杖で地面を探りながらウラドに尋ねる。
「あの、ご依頼の『ナハトュラ』ってなんですか?」
「ナハトュラってのはね、マナの書と何も出てくる有名な花だよ。主に北の大陸西部から西の大陸北部にまで咲く。小さくて綺麗だから、『夜の氷光』なんて呼ばれてる。」
ティナは耳を揺らす。夜の氷光、きっと星の煌めきのように美しいのだろう。だからこそ、納得がいくのだ。この森に漂う禍々ししい気配が。美しいものは、穢らわしいものがあってこそなのだろう。この森を包むほどの気配、隠すつもりがないあたり、魔物の類なのは間違いない。
だいぶ奥へと進んだ頃、もう日は傾き切っており、夜半になりつつあった。ウラドは足元が見えづらいので目を凝らしていた。あかりをつけても良いのだが、そうすると夜目の効くティナの良さがなくなってしまう。
「–––––!ウラドさん。これ。」
ティナは数メートル先の木の幹を指差した。近くで見てみる。まるで雷で切り裂かれたかのように縦横に亀裂が走っていた。この先の幹も同様に、切り裂かれ、木の破片が飛び散っていた。ウラドはこの切り裂かれた幹の先を見据えながら言う。
「バーラーだ。雷にしては、綺麗に切り裂かれてる。」
「私は何をすれば良いでしょうか?」
「ひとまず、バーラーは夜行性だ。潜伏しよう。テナナは?何が出来る?」
「私は支援なら得意だよ。術式から加護まで、任せて。」
ウラドは頷く。だがティナはまだ不安げに耳を揺らしている。
「ですが、夜目が効く生き物は明かりに弱いはず。」
「奴はそういうの効かないんだよね。瞳孔の伸縮が柔らかすぎるんだ。厄介だよね。」
ティナは頷く。生き物というのは本当に未知だ。
ギイイィィィイ!!!!
「–––––?!ウラドさん!」
「これは––––」
ウラドは闇の向こうを睨みつけたが、やはり何も見えない。2人は顔を見せ合い頷く。慎重に足を踏み出す。
先へ進んでいくと、左右に引き裂かれた木々の残骸があった。ティナは腰刀のように収納していた杖を取り出す。両手で握りしめると、2本の小太刀に変形した。ウラドは神経を集中させ、魔力探知する。どこにもいない。巧妙に隠れている。彼は視線をぐるぐると巡らせる。
「どこだ–––––」
「ウラドさん––––!あの死体って––!」
ティナが指を指した。眼前を目を凝らして見てみると、何か惨殺された塊のようなものがあった。近寄ってしゃがみ込む。虫のようなざらついた肌、この湾曲の鏡のようなもの、これは刃か。となると前足。ウラドは顰めっ面で言う。
「バーラーだ。まさか惨殺されてるとは。」
「でもそれらしい、魔物の痕跡なんて–––!」
緊張で足が震えるテナナの横で、ウラドはそのまま地面に視線を移す。
「足跡がありませんね。獣の知恵ではないです。」
「そうだね。」
ウラドは立ち上がる。3人の面持ちは先ほどよりも暗く、冷たく、鋭い睨みに変わっていった。この先の闇は、まるで意志を持った獣のように恐ろしげだ。ウラドはティナに木の上を指差した。ティナは一瞬ハタとしていたが、耳をぴょこぴょこさせると、すぐに木の上へ飛び上がっていった。まるでムササビか何かのようだ。他2人はそのままゆっくりと歩き出した。
森の中では梟や狼といった獣の類の声は聞こえない。静寂で、草を踏み締める音だけが響く。不気味で恐ろしい。切り裂かれた幹、飛び散った肉片、パーラーの死骸が数多くある。捕食痕がない。殺戮のみをしている。
枝を握りしめながら、進んでいくと、眼前に湖らしい波が見えた。月光に照らされ、水面が揺れている。湖の周りには星々の煌めきのように小さな光が密集していた。そして、影の中の影絵のように人が立っていた。フードをかぶっている。
「君、こんな時間にここにいては危険だよ。」
淡々と言うウラドの声に反応して、人影はチラリとこちらを向いた。人影は何も言ってこなかった。ウラドほどよりも大きく、女のような体つきではあったが、筋肉量は男並であった。片手には刃こぼれした斧。血が滴り落ちており、肉片がこびりついている。ウラドはそれを一瞥すると、一瞬瞼を痙攣させた。
「やっぱりね、バーラーを殺したのも、あの時目撃されたのも、お前か。魔人。」
「我は得物を知りたい。ただそれだけよ。だがなぁ––––前のやつ以来つまらんのだよ。人間相手でも直ぐに屠れる。つまらんよ。」
「前のやつ?」
魔人はケタケタと笑った。
「そうよ、ここから東のあたりの街じゃった。黒ずくめの男の人間じゃった。あやつは問うておった。『何故人なのかと』な。」
ウラドは悪趣味に笑う魔人に、眉間に皺を寄せて不快感を露わにした。テナナは冷や汗をかき、ウラドに叫ぶ。
「ウラド兄!私こいつ知ってる!!」
ウラドはハッと彼女をみた。目をかっ開き、口を固く閉ざして怯えている。足が極度に震える中でも、彼女は、少しずつ声を振り絞った。
「あいつ–––10年前にも会った–––!ヨレネスで–––!」
ウラドとティナは目を丸くした。10年前、ヨレネス。あの魔人はニタリと笑いながら、斧から大剣を召喚した。あの佇まい、奴は逃す気なぞ毛頭なさそうだ。それどころか、あのバーラーの死骸が奴の仕業なのなら、殺すことだけが奴の楽しみになっていると言うわけだ。手が震える。肩がゾワゾワと震え上がった。ウラドは歯を食いしばりながら叫んだ。
「ヨレネスのあの夜––––!街を襲撃したのはお前だったのか!!」
魔人は大笑いした。テナナは震えた手を握りしめながら、ウラドの横に立つ。
「ウラド兄–––私も戦うよ–––!」
魔人はつまらなさそうに言う。
「お前–––ヨレネスの教会にいた稚児か?お前の魔力なぞ、我の得物が流した血にすら届かぬ。去れ。」
テナナの魔力は確かに少ない。生きてきた年数がまだ短く、練り上げられたものではないからだ。震えるようにゆらめいているが、彼女はそれでも、手に汗握り、目に涙を浮かべながら唸る。
「人間を、舐めないで。10年だけでも、人は変わるのよ!私はもう!守られるだけの、無力な存在じゃない!!お兄ちゃんの腕を切った意趣返しよ!!!」
テナナは杖先を向けた。魔人はつまらなさそうにそれを聞いたが、少しして、またケタケタと笑った。殺意が魔力を練り上げていく。貪欲な吐息が真っ白に吐き出される。
「さぁ、夜の始まりじゃ––––!」




