第55話 火
今回はグロいかもしれないです。
苦手な方はお気をつけてください。
闇の中、2人は当てもなくただ立ち尽くしていた。ここの見当すらつかぬまま、ただ立ち尽くしていた。
「ねぇ!」
2人は不意に谹した声に驚きつつも振り返る。闇の中から出てきたのは、シモンであった。シモンは疲れ切ったようにその場に座り込むと、安堵のため息をついた。ティナは労わるように言う。
「シモンさんもここに?」
「あぁ。お茶飲んでたら急に吹雪に包まれてね、トウカが窓を開けたんだと思ったら,変な田舎村にいたんだ。」
「わしそんな馬鹿せんぞ。」
トウカは寒々とした目線でシモンを横見した。だがシモンは気づくことなく、そのまま話を続ける。
「2人は最初から一緒にいられたみたいでよかった。誰かいないか探したけど、ウラドも誰もいなかっんだ。怖かったぁ!」
「ですがここがどこだか、まだわかりません。シモンさん何か見ませんでしたか?」
「どうだろう––––なんかウラドに似た男の子がおねしょした時の様子とか、ウラドがティナそっくりの女性にしどろもどろになってたぐらいしか––––」
「愉快じゃな。」
「となると––––ここはウラドさんの––––『記憶』?でしょうか?」
3人は曖昧すぎるこの現状に唸った。だが確かに、記憶とでも呼べば何となく辻褄はあう。だがそれでもなお謎は多かった。今はただ名前のようなものが決まった程度でその本質などは未だ不明瞭であった。ここから出る方法や目的なども未だ理解に及ばなかった。シモンは胡座をかいたとき、足元を避けるようにして光が飛んでいくのが見えた。ヒューンと低空に飛んでいくその光は奥へ奥へと続いていた。耳をすませばコーンと澄み切った炭を叩いてるような透明感だった。3人はその光を目で追いかけた。光は飛んでいくと何か、闇の渦のようなものに着水している。その渦は光と闇をまとって蠢いており渦を巻いている。
3人は困惑な面持ちで立ち上がると、光の波を踏み分けるようにして進んだ。光の粒子の先の渦はなんだか不思議だった。渦の中に歪んだ景色があるように思えた。だが赤く、時に暗くなっている。3人は唾を飲んで互いに顔を見合わせる。光はまるで急かすように背後から渦へ割り込んできては着水していく。3人は手を繋ぎ、ティナは渦に片足を沈めた。
渦は低い波の音を立てて辺りに広がった。波は上へと上がり、段々と形を帯びていく。場所は鬱蒼とした森だ。だが森の隙間からは真っ赤な揺れ動く光が見えた。粉がこちらにも吹いてくる。ウラドはその森を真っ直ぐに光目掛けて走っていた。ティナ達も最初はその光がわからなかった。だが音が聞こえ始めると,それは炎だと気がついた。ウラドは手振りで冷たい息を吐きながら走った。喉に血が滲んでも、メロスのように走った。燃え上がる家屋の隙間からは皆の家具などが燃えている。みんな生き絶えてしまって、炎に皮膚が焦がされつつある。ウラドはその地獄絵の中をひたすら走った。そして坂を登った。あの家も、燃えてしまっていた。ウラドはそれが視界に入ると、掠れた声で妻の名を叫んだ。家屋が崩れていく。だがその炎の前に誰かいるのが見えた。村の人たちじゃない。ウラドは歯を食いしばり,唸りながら走った。そして炎の前の男が振り返った時に、彼は拳を喰らわせた。だが、他の男達によって,ウラドは肩を掴まれ、膝裏を蹴られる。そのまま跪かせられた。殴った男の後ろには何人もの村人達が重なり合うようにして死んでいた。瓦礫の隙間から、見覚えのある影が見えた。ティナはハッと高い息を吸った。少し腹部が膨らんで見えた。男は言う。
「義に篤い者達なのだな。皆揃ってこの家の中に入らせまいと抵抗してきた。あの畜生どもめ––––魔物の類だ。家を見たところ、こいつらがいた。」
「お父さん!!」
ウラドは声の方向を見た。自分とそっくりの息子が怯えた目で聖導師によって腕を掴まされていた。彼は泣きながら叫ぶ。
「お父さん!助けて!」
「おい!子供だけでも!頼む!」
ウラドは必死に周りに目を向けて叫んだ。だが彼らにしてはゴミがガサガサと音を立ててる程度にして見えぬのだろう。冷ややかで蔑みの眼差しで見下ろしていた。ウラドは彼らの目を理解し、歯を食いしばりながら言う。
「皇帝に逆らうとこうなることを、お前達は知るのだ。」
「––––貴様らの言う皇帝とはそんなにも偉いのか?」
「あぁ、そうとも。神の代理人、言わば、神の定めた聖典を説く存在!貴様らは、悪き存在に唆され、神を信仰しないと言った。故に!神の罰を受けるのだ!!」
ウラドは疲れ切った顔を上げた。虚で真っ黒になった瞳、男は部下におい、と言う。部下は端的に返事をするとやけに赤黒い器のようなものを差し出した。部下の手は血で滴る。ティナ達はウラドの背後で胡乱そうにそれを見る。炎が逆光となって何かは定かではない。だが、器といっても、なんだか違和感がある。ウラドは目を見開いて恐れ慄く。部下の何人かがウラドを取り押さえ、顎と鼻元をググと動かす。男は言う。
「この村の連中の恨みが皇帝に降り注いではいけない。意志は転ずるのだから。故に、お前達に背負ってもらう。この器から流るる神の罰を。」
「なにを––––やめろ––!この子だけは!!」
ウラドは叫ぶ。すると部下の1人が息子の体を押さえつけ,もう1人が口を開けさせた。息子は必死に腕を動かして暴れようとしたが、意味はなかった。息子の口に、赤黒い液体が注がれた。すると、息子は悶え苦しみだした。
「ア゛ア゛ア゛ァァァァ゛!!!!」
のたうち回り、皮膚が火傷の時のように爛れ、汗のように血飛沫が滴る。ウラドは聖導師を振り解き、息子を抱きしめた。だがなす術など何もなかった。ただ、祈った。全ての罪を背負ってでも、息子だけは、と。だが不意に、息子は静かになりボソボソと言う。
「––––あとうざん–––かぁ゛さんは?」
ウラドは息を呑んだ。心臓が跳ね上がるのを感じながら、家屋を一瞥した。彼は言う。
「天国に行ったよ。皆そこにいる。」
「ぼ––––も゛–––行ける゛?」
「––––もちろん。」
「お父さん––––生きて。」
ウラドは悪夢から覚めたように荒い息をした。そして下を見た。その様を見て,息子の様を見て、彼は咽び泣いた。聖導師達は泣く彼に構う事なく、失敗を気にする事なく、次に取り掛かる。
ウラドはあうあう、と口でもがくが、無駄であった。その器とも杯とも言えぬそれからは、他のような赤黒いものが流れ込んだ。ティナはハッと目を逸らした。あれがなんなのか、繋がってしまった気がした。闇は炎すらも飲み込み、また光を飲み込んだ。




