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彷徨える貴方  作者: 黒井基治
第4章 北の大陸 無の國
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第51話 方舟

皆は突然の言葉に耳を疑った。アルバートはふと目線を落としつつ、辺りを見回す。人の気配がない。動物の気配も、何も無い。ただ雪の流れと、今いる我々の吐息程度にしか聞こえないのだ。シモンも同様な違和感を感じつつも、平生を保とうとにこやかであった。サタエルはニコニコと穏やかな面持ちを見せつつ、ウラドに尋ねる。


「珍しいね。君がこんなにも大勢の人達といるだなんて。800年前では想像もつかないよ。」


「確かに、そうだね。僕たちが来るのは、ベリアールから知らされていたのかな?」


「ん?ううん。軽くは知らされてたけど、詳しい日時は知らなかったんだ。ただ魔力を探知したから来たんだ。そしたらーーーーーびっくり!君達だったんだから!お客さんは久しぶりだから、早く家に入ろう。」


半ば興奮気味でウラドの袖口を引っ張るサタエルを前に、みなは少しの困惑を示しつつ、ついて行った。


家と言っても、まるでアナグマの家だ。丸太のような円柱のこじんまりとした家で、少し長身のシモンは屈まないといけなかった。家の中はまるで温かさそのものだ。木目の壁、テーブル、編み途中のマフラー、なんだか実家のようであり、すぐに逃げ込める安全地帯のようだった。暖炉の薪が燃える音がぱちぱちと響く中、皆はその前に置かれたテーブルの元に集まった。腰掛けると、早くもサタエルはティーポットに茶葉を入れ、湯を入れた。それを、テーブルの真ん中の鍋敷きの上に置くと、縦の辺にあたる位置に座る。皆の視線がサタエルに注がれる中、サタエルは神妙な面持ちで話す。


「ここまでお疲れ様、とりあえず、ゆっくりして。何時までもいて構わないから。」


「ありがとうございます!」


ティナは愛想良く一礼する。それを見たシモンは慌てて軽く右手を上げた。こういった社交辞令と言うか、そんなマナーは彼はまだ勉強中なのだった。その恭しい様を見て、サタエルは微笑む。雪の精霊のような白く艶やかな肌の一部が、何故か褐色肌だった。シモンはそこは残念だなとも思いつつ、しかしそれなりに器量よしだからモテるだろうにとも思った。サタエルはその右目から右頬にかけての褐色を軽く覆うように触れる。そのあとは髪を下ろして隠してしまった。そして、ウラドに寄り添うのように前のめりになって尋ねる。


「これからは、ずっと、ここにいるの?」


興味津々なサタエルに反して、ウラドは素っ気ない。ティナの見慣れた態度だった。


「いや、当てがあるからそこに。」


「そ、そんなーーーーそうなんだ。」


サタエルは寂しげに俯くが、ウラドは何も気にしてなさそうだった。その様子を、床に座り込んで下から覗いていたのはトウカだった。彼女をうろんそうに見つめていたトウカは、薪に手を伸ばしつつ言う。


「お主は南には帰らんのか?見たところ生まれはそこじゃろう?」


それを聞いた瞬間、サタエルはゾッと目を見開く。そして、冷や汗を流して言う。


「故郷にはーーーー帰れない。もう、あそこは僕の故郷じゃない。あまりその話はしたくないんだ。」


「ーーー?そうなのか。」


トウカはコテっとひっくり返ったりし、赤子のようであった。それを軽く諌めるティナは、やはり母親のようだ。やけにウラドは眠たそうにウトウトとしている。ティナは隣のウラドを軽く揺すりつつ、少し困ったように尾を揺らす。


「眠いのですか?」


「うん。」


原型のない返事を出し、彼はその場で腕の中に顔を沈める。何故かここに入った途端に子供のようになってしまったようだ。


「そろそろ眠くなるだろうと思った。ここまで、大変だったでしょう?」


滑らかで、優しくて、それといって崩れてしまいそうな繊細さで微笑むと、サタエルは続ける。


「なら、奥の部屋で寝ておいで。」


サタエルは母親のように柔らかく言う。ウラドは生返事をしてゆったりと立ち上がる。ティナはトロトロと歩いて寝室らしきところに入っていったウラドを横目に、色付いた紅茶ポットに手を伸ばした。


ティーカップは真っ白ではあったが中身は茶渋まみれだ。ものは良いし、それでもティナの目からすれば綺麗なので満足だ。贅沢な角砂糖を半分にして放り込む。長く息をふきかけていると、不意にシモンが口を開く。


「ウラドと君は、それなりの付き合いなのだろう?サタエルの存在は知ってたのかい?」


「いえーーー何も。あの人の事は詮索しないようにはしてたので。一応何人か友人には会ってきました」


「サタエルーーーーあれは一体何者だろう。南の大陸の出身らしいが、そんな話は聞いたことないな。」


シモンが二股に別れた舌で紅茶の匂いを嗅いでいる時、丁度、セナがトウカの髪を毛繕いしてやりつつ言う。


「まぁ、南の大陸なんぞ、わしらにとって窮屈じゃったからの。出てっくのも致し方ないじゃろ。」


「そうなんですね」


ティナは軽く俯く。一方アルバートはやけにうろんそうに紅茶を啜りつつ、玄関の方を見る。この家は、まるであの豪雪から隔絶されているようだった。暖炉を見ても、薪が無くなることがない。放り込まれてそれなりの時間が経つはずなのに。煤は少なく綺麗だった。時計は無く、だが、戸棚にはこじんまりとした冠があった。派手な装飾はないし、くすんだ金色であった。彼は立ち上がり、玄関の方に向かう。


「少し外に出る。」


アルバートは軽くシモンと目を合わせる。シモンは軽く返事をすると、また紅茶を啜る。ティナも立ち上がると、ウラドが寝に行った部屋へ彼の鞄をとって入る。


アルバートは雪で分厚い山道を歩いていた。傭兵時代はこのような環境ではあったので少し慣れてはいたが、やはり急勾配で骨が折れた。息を切らし、喉に鉄の風味を感じ始めた頃、山間にサタエルはいた。なにか墓標のような石があったが、古い文字だからか読むことは出来ない。アルバートは振り返ったサタエルを見る。右頬にかけての褐色肌がゆけに、目に突き刺さるような印象を与える。よくよく見れば、袖口の陰に隠れた腕も、1部が褐色だ。アルバートは少し下から覗き睨むように見つめる。


「ウラドが旅に出るの自由だ。お前は、國に帰れないからと言って、ウラドをこの國に閉じこめる気か?」


「なんの話なの?」


サタエルは全く困惑した様子で尋ねる。だが、アルバートは淡々と雪よりも冷たく突き放して言う。


「ーーーーーある特定の地点に踏み入った途端、極度の眠気をもたらす。北の大陸のスラムでは常套手段だった。シモンが今家にいてくれているから、ここまで来れた。お前は、永遠にウラドを、ここに閉じ込めておきたいんだな!?孤独な数百年を味わいたくないがために!」


サタエルは虚ろに、納得したように頷く。吹雪が余計に強まる。サタエルは雪の中反響音のような声を出す。


「人間が居ないところにいた方が幸せに決まってる。彼らは過ちを繰り返しすぎている。君だって見たきただろう?慎ましく生きていこうと言っても、己の救済や富だけは保持したがる権力者どもを。」


サタエルは続ける。


「いつだって、苦しむのは、この先の人生がある若者だ。でも、そいつらだって、己の信念に己惚れ、そうでない他者に対して、悪辣で卑下する!どこまでいっても、どれほど生きていったって、人間は愚かであることに気がつけないんだ。」


「それは短命である運命だからだ。だからこそ、人間は繋ぐのだ。繋いだ先に、漸く気づくのだ。お前は見てこなかったから分からないのだ。そんな状態で、ウラドを、その腐った世界から救い出したとでも言いたいのか?」


「救いだけがその者にとっての最適解とは限らない。一緒に地獄で寄り添うのも、場合によっては天国と同じだ。僕は、誰からも寄り添われなかった。南の友でさえーーーーせめて、ウラドだけは、そうなって欲しくない。僕だけが、彼を真に気にかけてるんだから。彼はたまたま『器』がよかっただけなんだよ。そのせいで、死ぬことやらできなかった。」


アルバートは睨む。眼前には病的に胸を押え、泥酔したような、不気味な笑みをするサタエルがいる。


「僕には、もう友人はほとんど居ないんだ。ウラドは辛い過去を歩いてきた。安寧を得るにはここにいた方がいいに決まってる。ーーーーもうそろそろだ。『方舟が出る』」


吹雪が強まる。最早、何も見えない。アルバートは口にゆきが入り込むのを堪えながら叫ぶ。


「どういうことだ!?」


「君達に彼が救えるか。導くことが救いなんかじゃないと思い知れ。人間の業を。800年の罪を。」


すると、あたりは鬱蒼と白く吹き荒び、アルバートは思わず目を閉じた。


***


部屋の中はやけに薄暗く静かだ。トウカ達の遊ぶ声と比較すると、やはり静かだ。右手には木の机があり、本もあった。眼前のベットにはウラドが横たわっている。布団もかぶらず、流石にこの部屋では肌寒い。ティナは軽くため息を吐き、彼の革鞄を戸口のすぐそこに置くと、布団をかけてやろうと彼に近づく。


ゴスッッッ!!


「ニ゛ャ゛!!」


ティナはベットの下にある硬い何かを思わずけとばしてしまい、指を痛めた。痛さのあまり床の上でしょうもなく転がる。少傷みが引き、目を開けてみると、ベットの下にはなにか木箱がある。ティナはゆっくり起き上がり、それを引っ張り出す。相当古いものだ。少し木片が剥がれている。蓋の上にある、四つ葉のクローバーの絵が刻印された木箱だ。少し大きい。膝の上に乗せると、鍵が開いている。ふと開けてみると、中には日焼けした茶色の封筒が雑に入っている。


便箋をひとつ取り出すと、真っ黒なインクでなにか達筆な文字があった。ウラドから文字は教わったが、これは読めなかった。中身はやはり手紙で長い文章で書いてある。その時、やけに妙な心地がした。意識がはっきりしたというか、夢を見ているようだ。


ふと顔を上げると、そこは既に外だった。あの温かみのある家などとうになく、周りはうねって奥まで続く山脈が雪を被っている。先程とは大違いだ。だが、寒さは感じない。雪のいて刺す冷たさも、何も無い。空気が澄んだ中、ティナはあちこちを見回す。その時、少し丘になった道を、一人の男が歩いているのが見えた。ティナはよくよく目を凝らす。黒いくせっ毛、少し汚れた冬服、年季の入った革鞄、背中ほどある木箱を背負っている。大きな欠伸をする様はよくよく見た事があった。ティナは目をまん丸にし、思わず口に出す。


「ウラドさんーーーー?!」

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