第48話 儀式
ユリウルス暦876年 2月13日
暫くして、日は沈んでいた。魔導教会は厳かな灯りを灯し、合格者を迎えていた。建物はヴラドの一件で崩壊していたが、どうやらギルデロイが修理したそうだ。全員が集まると、シモン以外のものは皆、違う緊張を持っていた。シモンは双龍からの贈り物を大事そうに持っていた。奥の大扉から、ギルデロイがやって来た。少し不機嫌だが、白のフリルシャツに黒いズボンを身につけ、首には紫の宝石を一つだけあしらった女物のネックレスを銀製の先端が蕾のようにうねる杖を携えギルデロイは豪華な椅子に胡座をかいて座る。
「どこぞのドジっ子が境界を破壊したので、直すのが大変だったぞ。さて、諸君、合格おめでとう。まさかこの俺が用意した試験に受かるとはな。誇りを持て。では、1人ずつ別室へ来い。俺が授けてやる。」
そうして、リック、ミフェナと順々に部屋へ向かっていった。そして、ギルデロイが扉を開ける。
「次、ティナ。」
「は、はい!」
ティナは飛び跳ねるような足取りで別室へ入った。そこは本棚が両側から挟み込んでおり、前方の書斎テーブルにも本が山積みであった。ギルデロイはそこに座ると、紫の縁の眼鏡をかける。
「さて、お前は素晴らしいな。獣人でありながら試験を合格するとは、誇れ。」
「ありがとうございます」
「リリスにも獣人や亜人の部下はいるが、皆勤勉で、誠実だ。だが疑問だ。あれほど迫害を受けるお前達が、何故誠実なのか。」
「どうでしょう。そうでない方もいますよ。あいにく私がそうです」
「お前がか?」
「はい。私は魔法がほとんど使えません。ウラドさんには自分の他の才能を磨けば良いと言ってくれましたが、いまだに、魔法を使いたいと思う自分がいます。現に、今それを望んでいる」
ギルデロイは万年筆を置き背もたれにもたれる。
「なるほど。それを傲慢と?」
「はい」
ギルデロイは呆れたように首を振った。そして、また万年筆を手に取る。
「ティナ、それは傲慢ではない。愚行だ。願って何が悪い?」
「ですが、何をやっても上手くできないんです。本当に身の丈に合っていないのでしょう。それに、魔法が使えるようになりたいのは、ウラドさんに手放されない為でもあります。これほど自己的なものはありません。」
「だが、願いとはそういうものだ。それに、そのための努力をしてきたはずだ。なら、お前は善だ。お前は見る視点を間違えている。」
そう言い、ギルデロイはある本棚に向かって指で招く。すると一冊の赤い本が本棚から出てきた。それが手元に着くと、ギルデロイはまるで親しみやすい老人のように微笑する。
「お前は実直だ。だが見失いやすい。この俺が、お前の道を示してやる。獣としての道をは。光栄に思え。そして、合格した己を、勤勉に励む己を、誇れ。」
黒い分厚い本を彼女に差し出しながら、ギルデロイは詠唱する。
【託す魔法】
すると、黒い本は光を纏いながらティナのもとへふわりふわりと飛んでいく。まるで鳥のように。そして、彼女の手元に行き着くと、ティナにそっくりは白い表紙に様変わりし、金の印字で彼女の名前が記載された。ギルデロイは言う。
「これはお前にしか読めない本だ。そして、お前の『意思』に呼応する。それを大切にしろ。」
ティナは終始ポカンとしていたが、この本は、なんだか弟達のような、大切で抱きしめたくなるような気がした。ティナは深々と一礼して出ていくと、ギルデロイは机においてある鈴を鳴らした。
一方その頃、ウラドはアルバートと共にいた。シモンは未だ花飾りを愛おしそうに眺めていた。その時、ギルデロイがまた出てきて言う。
「おい、ドジっ子、お前だぞ。」
ギルデロイは無愛想にウラドを呼びつけるとすぐに別室へ向かってしまった。ウラドは立ち上がり、すぐ向かった。別室と言っていたが、これは彼の自室だろうとウラドは直感していた。ギルデロイは椅子に座ると、紫の眼鏡をかける。杖は隣に寄り添うように棒立ちだ。長さも160cmはある。
「大変だったからな。ここ直すの。花まで枯らしやがって、また一から育てないと。」
「ごめんね。でも大部分は君のだからね。にしても、そのネックレス、いい値打ちものだね。流石だよ。センスある。」
ウラドは杖を指差し、機嫌と時間を稼ごうとする。ギルデロイはチラリと杖を見ると、感心したように首を傾げた。
「『ミラーファ』と言う。」
「へぇ、名前つけるんだ。モデルは?」
「俺の嫁だ。杖もあの子が選んだ。ネックレスはあの子の遺品だ。」
「奥さん元気?」
「200年前に死んだ。人間とは短命だな。呆気なく死んでしまった。」
「人はそんなものだよ。重い愛の男だ。」
「お前もそうだろ?あの杖、塔で残骸を見たが芯すらなかったぞ。」
「あれは−−−−昔確か妻からもらった。」
「覚えてないのか?酷い男だ。」
「あぁ、本当に。」
「そんなお前は、何を望む?」
ギルデロイは見透かすように頬杖をしほくそ笑む。ウラドは待っていたかのように笑う。
「僕は、権益を二つに増やす権限を要求する。」
ギルデロイはニタニタと笑う悪ガキに不愉快な顔を浮かべるも、頷いた。ウラドは囲む本棚を眺めながら言う。
「1つは、まだ考え中。もう1つは『ティナに人権を与えること』だ。」
ギルデロイは一瞬目を丸くしたが、間も無く高笑いをした。
「リリスと同じことを言った奴がいるとは!良いだろう!!だが何故だ?」
「僕はあの子と同等でありたい。」
「獣人の歴史を知ってもなお、そんな事が言えるのか?」
「歴史なんて勝者の書物だよ。今までも、勝った國が好き勝手に解釈していった。最早本当の歴史を知っているものはほとんどいない。だろう?」
「あぁ。俺とお前、あとは数名ほどだろうな。獣人と対等にいたいのは歴史を知っているからでもある。俺もそうだ。」
ギルデロイは眼鏡を外す。
「お前、過去の記憶が混濁しているように見える。本名は?」
「覚えてない」
「友人は?」
「そんなにいない。」
「−−−−なら、妻の名前は?」
ウラドは口を開けたまま硬直する。
「覚えてない。」
変だ。なぜ覚えていない。ウラドの頭の中でそれらがグルグルと駆け巡る。焦燥で冷や汗をかくウラドの前で。ギルデロイはため息をつく。
「知らなかったものは、いずれ知るようになるさ。」
ギルデロイは真っ直ぐに見つめるウラドの赤い目を見て、思い出せるように心底からの祈りを捧げた。そして、万年筆を持ったまま手で払った。ウラドはドアの方へ向いたが、またすぐに振り返った。
「花なんて魔法で出さないの?」
ギルデロイはウラドなんて見向きもせず、紙につらつらと書き記しながら言う。
「昔、花壇の花が枯れかけてな。焼畑してまた生み出した。そうしたらミラーファに叱られたのだ。滑稽だよな?この俺を、ツノが縮むほど叱りつける女は、20世紀の中でも、あの女だけだ。」
ウラドはその一言だけを聞き、何も答えず魔導境界を後にした。宿に帰る。皆は半ば宴のように騒がしかった。ウラドはその騒ぎを素通りしようとしたところ、シモンは手を振って止める。ウラドは階段を踏み上げた途中だったが、足を下ろし、暖炉の前のソファの方まで行く。ソファにはシモンと双龍がおり、文字の読み書きを教えてやっていた。ウラドは首を傾げつつ言う。
「双龍とだなんて珍しいね。」
彼はソファに腰掛ける。
「南のもの同士話が合ってね。2人は西まで行くようだ。」
「そうじゃ!!世界一周して故郷の聴かせて回るのじゃ!!」
トウカはウラドが左で書いたような汚い文字で、自身の名前を書き連ねながら言う。それをまじまじと眺めつつ、ウラドを見上げる。
「ワシらも共に行きたいのじゃ。」
「2人追加か−−−−−前もそんな感じだったけど、本当はやだなぁ。」
「なんじゃ!!わしらではフフクか?!」
「不服だよ。僕は1人がいいんだ。ティナは訳ありだけどね。また2人増えるだなんて。」
「増えるのは3人じゃ!」
「誰だい?」
「ワシらと、シモン達じゃ」
「4人だろ!」
「ワシら双龍じゃからな!!」
ウラドは自慢げに笑うトウカの頭をぐりぐりと撫で付けると、また頭を掻きむしる。すると、少し酒に酔ったアルバートがゴソゴソと腰をかきながら言う。
「なら、コイントスで決めよう。裏が出たら、連れてけ。」
「−−−−良いよ。」
ウラドは釈然とした態度で言う。あの空気圧の魔法で一瞬だけコインを裏返せば何の問題もないのだ。アルバートは暖炉の前に立ち狼狽えながらコインを投げる。ウラドもシモンも真剣な眼差しだ。
−−−−−−今だ!!
「ウラドさーん!受かりましたよ!」
ドスッッッ!
その時、酒に酔ったティナがウラドにぶつかる。彼はその拍子で前のめりに倒れ込む。空気はひっくり返るコインを掠めるだけだった。アルバートはコインを掌に乗せ、見せる。裏だった。ウラドはティナをソファに半ば押し倒して寝かしつけたのち、コインを見て叫ぶ。
「何でこうなるんだよ!!!」
シモンはコインをよくよく見て頷き、立ち上がって階段を登りぎわ悪そうに笑っては言う。
「それじゃまた明日。」




