第47話 最終試験 下
ウラドは赤い魔法石を握りしめながら、ウロウロと歩く。この2人は、あまり意欲がなさそうだ。ギルデロイも欠伸をしたりしている。
「いくつか聞きたいんだが、良いか?」
「どうぞ。」
「お前は見たところ錬金術師のようだ。幾重の塔で異様な魔力の残穢があった。無味無臭、だが、他にない異様なものだった。この残穢のせいで、リリス達は自分たちの複製体の位置を正確に把握できなかった。その原因は、何者かの塔全てを飲み込む量の魔力によるものだ。ただの人間ではできない。」
「僕も、一応人間だよ。」
ギルデロイは睨む。
「馬鹿言え。その魔力、人間が出していいものではない。あらゆるクソに満ちた感情が混ざっている。憎しみ、嫌悪、卑下、蔑み、負の全てが困った魔力だ。人間の様な淡く儚い生物が持つものではない!」
「でも、僕は人間なんだ。つまり、この感情は人間由来なんだよ。自分よりも木偶の坊を見つけて安心し、気に入らない相手には容赦ない。これが人間なんだよ。何百年と生きていて知らなかったなんて、ある意味可哀想だ。」
ウラドは笑う事なく、ただ視線を下に向けてあるだけだ。ギルデロイはその眼差しを見て、同じ様に哀しく思えた。怒りなぞなく、ただ哀れだった。ギルデロイは言う。
「そうまでして、何故錬金術にこだわった?今の時代神が好きなら聖導師、嫌いなら術師だろう?」
「僕は熱中したものを続けたいんだ。君と同じように。誰にも邪魔されず、ただ1人でもいいから。」
「−−−−−そうか。まぁ、ここでは思う存分錬金術を使ってくれ。どのみち術式が優勢だ。」
「そうかな?」
「そうとも。術式は確かに錬金術を模倣している。だが、我々独自のものもある。これから、俺たちはどんどん成長する。」
ギルデロイは使い込まれて良い色が出ている手袋をはめる。ウラドの魔法石を見て笑いをみせる。だが当のウラドは彼の笑いに一切気にすることなく、むしろ楽しくなっかた心の高揚を撫でながら言う。
「君達は、錬金術は完全に時代遅れだと思っているだろうけど、所詮術師は錬金術師の端くれでしかないんだよ?」
「証明しろ。」
ウラドは魔法石を杖状に変形させギルデロイに向ける。
【串刺しにする魔法】
2人の間、大体2mほどに煉瓦が棘のようになって襲いかかる。ギルデロイは楽しげに手を叩き笑いながら詠唱する。
【固定術式】
ゴゴゴッと襲う棘を、ギルデロイはいとも容易く止めてしまった。ウラドはその様をよく見ていた。固める魔法とは異なる、あれは物質を先止めるだけだ。奴の魔法はまるで、その物質の場所がそこに定められたかのようなものだった。ウラドは術式と錬金術には微妙な差異があるのを目の当たりにしていた。となると、各々の似通っていない魔法での決着となる可能性が高い。ギルデロイの勝ち誇った笑みと、冷静な睨みがぶつかる。加えて、奴の魔力はウラドよりも高い。故に杖を使わないという選択が取れているのか。奴の中で杖は単なる補助か。となると、杖を使われる前にカタをつける。
【雷霆】
ウラドが詠唱すると、天井の突起と自身の杖先が呼応するように稲妻が迸る。互いの髪が乱れる中ギルデロイは感心して笑う。
「確か、ギャリケーも似たようなものを使うな!!奴は几帳面だから、適当にぶっ飛ばしてくれるこれが便利だろうな!」
ギルデロイは防御結界を展開しつつウラドに右ストレートを振り翳す。冷や汗をかきながら避けるが、彼の左拳によって腹に一撃を喰らう。内臓が潰れるような痛みが刺さる。奴め、バッジを取る気がないのか。ウラドは睨みながら雷を落とす。ギルデロイは雷を邪魔そうに目を細めるも、奴の高揚は未だ健在のようだ。ウラドはすぐさま杖を向ける。
【旋風の魔法】
ギルデロイの周りの土埃が徐々に竜巻のように巻き上がっていく。そして、それらは灰色の旋風となる。ウラドはよし、上首尾だ、と我ながら良きと感じる。そしてまた詠唱する。
【叱責の炎】
すると、先ほどの天井を縦に揺らめく旋風が炎を纏う。
奴は天井の突起をウラドに差し向ける。地面を抉るほどの勢いを防御結界で相殺しつつ、互いに魔法を繰り出す。あたり一面猛攻によってガラスも、壁も破壊されていく。水もせめぎ合うように壁で水飛沫を上げる。ギルデロイは手を大きく広げ丸い水の塊のようなものを作ると、壁際の水路がジャバジャバと水飛沫を立て、彼の手の内に集まり始める。奴の背後に聳える壁が出来上がっていく。まさか水圧で押し潰す気だな?
ウラドは手を前に差し出す。魔法石が赤く光ると、ギルデロイも手を前に突き出し、水の塊をぶつける。だが、水は何かに堰き止められるように壁にぶつかって飛沫を上げるだけだった。
ギルデロイは歯を食いしばりながらも思考は安定していた。恐らく、あの者は水に匹敵する『何か』をぶつけたのだろう。無色透明で、匂いもない。ギルデロイは悪巧みの笑みを浮かべる。
「空気か−−−−賢い奴だ。」
ウラドは奴の褒めの言葉も噛み締めず、食いしばりながら、力を込める。ふると、水と空気は均衡を崩し天井へとぶつかった。天井は轟音を立てて崩れ落ちてくる。ギルデロイは詠唱する。
【関数術式】
すると、崩れてきていた瓦礫はまるで物理法則を無視してウラド目掛けて砲撃する。ウラドはそれらを防御結界や雷霆で破壊、回避していく。だが、ある巨岩によって結界はガラスのように破壊された。額に擦り傷をつくり、血が流れる。ギルデロイは彼の隙を見逃すことなく懐に飛び込む。そして、左手を隙間なく真っ直ぐに指を伸ばすと、詠唱した。
【固定術式】
ドスッッッッ!
鈍い音がした。ギルデロイはウラドを抱きしめながら、左手を彼の腹部に突き刺していた。ウラドは血を吹き出し、ギルデロイの肩を濡らす。彼は杖を握りしめようと力を込めるが、段々と力が抜けてしまい、杖はカランと軽い音を立てて落ちる。ギルデロイは赤子をあやすように優しい声で言う。
「お前にしては良くやった。この俺にここまで立ち向かうとは。固定術式は対象の位置を文字通り固まるものだ。お前の肉体と接触した時、動くことができないとされた手は、お前の肉体の耐久度を無視して通過しようとする。対してお前の肉体は固定ができない。だからこうなったわけだ。」
長い解説をしたのち、奴は貫通した手を引き抜く。ウラドは血を吐きながら覚束無い足で保とうとする。荒い息、ドバドバと止まらない流血の中、ウラドはギルデロイの黒曜石のような暗い目を睨みつける。数秒間、沈黙と妙な違和感の中、ギルデロイは彼の目を見ていた。血のような赤い目。その時、莫大な魔力をギルデロイは感じた。そして天井を見ると、砕け散り、青空が露出していた空が真っ黒に染まっている。黒く渦巻く空を見て、ギルデロイは呆然とする。
「ギルデロイ殿!!」
大広間の扉から、一級魔導士が1人慌てふためきながらやって来た。ギルデロイは怒鳴る。
「逃げろ!!」
魔導士はギルデロイの珍しく焦っている様を見て只事出ないと察して、すぐに部屋から出ていった。ウラドの足元には赤い魔法陣が展開される。ギルデロイは流石に笑うしかなかった。
「なるほど。『祈りの陣』か。790年前に聞いたことがある。聖導師の覇権による弾圧に対抗する為に生み出された錬金術があると。微かな魔力で絶大な破壊を齎した!奴らは震える祈ることしか出来なかった!!俺を裁けるのか?!錬金術師ィィ!!!」
ウラドは殆どない魔力で魔法陣を構築し、歯を食いしばりながら、血を歯の隙間から滲ませながらも、殺意を込めて詠唱する。
【葬送による審判】
刹那、透き通った青空が広がり、光が1つ、舞い降りる。それが地面に到達した時、辺りは衝撃波を出し、瓦礫をさらに粉々にしながら破壊していった。ウラドは衝撃を受け吹っ飛び、その時、激痛と共に眼前が暗くなった。光が収まったとき、そこに立っていたのはギルデロイだった。彼は息を切らしながらも右半身を失ったウラドに言う。
「どうやって凌いだか不思議だろう?4000年ほど前だったか。ある三日月の地の王が法を作った。『目には目を』とな。それと同じだ。」
ウラドは肋骨が剥き出しになった右半身に手を添えながら、掠れた声で言う。
「つまり−−−−あの魔法をぶつけて相殺したんだね。よくやるよ。」
「だろう?俺だからな。それに、お前も言っていたろう?『術師は錬金術師の派生』だとな。術師である俺が錬金術を使えないわけないだろう?まぁ、俺も元々錬金術師で、たまたま知っていただけだがな。」
ギルデロイは懐かしそうに笑うと、ウラドが握っていて自身のバッジを見ながら嘲笑する。
「だが、お前の勇気には敬意を表する。お前は死んだ後にはなるが一級魔導士になるんだ。光栄に思え。」
「−−−−そうかい。それは良かった。つまり僕は合格だね?」
ウラドは血を吐きながら舐めつけるように笑いギルデロイを見つめる。妙な男だと思っていると、地面に溜まっている彼の血が徐々に彼のもとに集まり始めた。それらは次第に肉となり、血管となり、皮膚となっていった。ギルデロイは忌み穢らしいものを見るかのように顔を歪める。
「なるほど、お前、『報いを受けた者』か。一体、どんな罰を喰らったんだ?」
「ちょっとね。でも合格でしょ?僕。」
「あぁ。早く出て行け。」
ギルデロイは怪訝そうに言い放ち、ウラドの話を聞く事なく大広間から出ていった。ウラドは全ての筋肉組織が繋がった時ようやく立ち上がった。そして痛々しく歪む顔のまま大扉を開ける。すると、怯えた表情で立ち尽くした受付の者に、ウラドは無愛想に言う。
「合格したよ。帰ってもいい?」
「は−−−はい。」
ウラドは崩壊しかけた魔導教会から立ち去った。