第37話 前夜
さて、先程の建物の敷地内には図書館があり、壁のような本棚が奥へと聳え立っている。ウラドは収納式梯子を手に取り端をずらす。すると、端は動き、足掛けの部分が出てきた。最初は単なる棒のようであったのに、素晴らしい機能だな、とティナは感心した。ウラドは3mほどまで登り、本を数冊取り出しては降りてきた。ティナは言う。
「そういえば、術式は錬金術の派生なんですよね?わざわざ勉強しなくても大体似ていたりはしないのですか?」
ウラドは本をボンっと置くと、椅子に腰掛けながら言う。
「そうとも言えない。錬金術はイメージが殆どない。でも術式はイメージとその辻褄合わせの連続だ。つまり、重きを置いているものが違うし、解釈の仕方も違うから、ちゃんと勉強しないと正しく術式が使えなかったりする。」
「なるほど?」
「例えば、錬金術の中では、人は飛べない。でも、術式ならそれができる。」
「なるほど?」
ティナは上の空でそう言いながら、彼の前に座る。辺りには他の魔導士達が真剣な眼差しで勉学に励んでいる。ティナは小声で前のめりになって言う。
「あの、私も何か簡単な魔法は使えないでしょうか?」
ウラドは目線を上に上げ、あぁ、と言いながら本を閉じる。
「一応、防御結界とロキからもらった術式の練習かな。君は他に才能がある。今ある技術でもなんとかなるだろう。」
ティナは少ししょぼくれた様子で返事をする。ウラドは少し息を吐くと、また本を読み始めた。
1時間後はしただろうか。気がつけば、辺りに人は減っており、日も南中している。ティナは日向ぼっこするようにウトウトと眠っている。ウラドは肩を動かし、バキバキっと骨を鳴らす。やはり術式は難しい。自由すぎる。そして定義と公式が多い。辻褄を合わせる為に増えた公式だが、一つの魔法を構築するのにも、数多な選択のように術式の別解が多い。どれが正解なのかわからなくなる。ウラドは首を軽く回し、ティナの肩を揺する。
「ティナ、起きて。」
ウラドが彼女を揺さぶると、ティナはやっと目を細くながらも開けた。
「寝てました−−−」
「寝てたね。もう昼みたいだし、外に出て何か食べよう。」
「ですね」
ティナは低く尾を振りながら立ち上がり、2人揃って魔導教会を後にした。
都市には魔導士のための店が山ほどあり、どこにいっても洗練された明瞭な魔力を感じる。2人はその中で一番安い『山賊』という店のテラス席にいた。ウラドはなかなか食べられない果物を丸齧りし、ティナもチーズリゾットをハフハフとしながら食べている。ウラドは辺りの魔力を見定めながら言う。
「殆ど術師か––––聖導師はあまりいなさそうだ。」
「魔力に個人差があるのは知ってますが、選んだ解釈でそこまで統一性はあるのですか?」
「あるよ。聖導師は神への忠誠心が高いから主に暖色みたいで神々しい。術師は自由に舞っているけど、規則性がある。錬金術師は統一性はないね。真っ直ぐだと言う人もいるけどバレないように似たり寄ったりにしているんだ。まぁ、あとは経験かな。なんとなくそれっぽい顔してるなで判断する。」
「そんな適当でいいんですか––––?」
「良いんだよ。どのみち対峙すれば分かる。」
ウラドは林檎を齧る。ティナは少し今の魔導士の距離感に恐怖を感じた。何かあれば対峙も厭わない関係性なのが、なんだか哀れに感じた。ウラドはその気も知らずにまた言う。
「この後は−−−流石に寝たい。君は自由にしてていいよ。教会の図書館も、受験者の名刺を見せれば入れるみたいだから。」
「わかりました。」
無論彼女の中では魔法の勉強に費やすつもりだった。
ティナが漸くチーズリゾットを食べ終わった後、早速ウラドは宿に戻った。ティナは1人黙々と杖と向き合った。この杖、使っていて時折思うのだが、まるで気難しい。子供のようだとも思えるが、イメージ通りに形が定まらない時がある。もっと想像の通りに多岐にわたる武器の形成がしたい。ティナはあれこれと念じる。だが、杖は複雑になる程杖はふにゃふにゃと歪むだけで何も起こらない。できても歪な武器だ。彼女はムッとした態度で杖を球体にして壁に叩きつける。すると、杖はコーンと音を立ててこちらに戻ってくるので、ティナは防御結果でそれを弾く。反射した球体はまた壁に当たる。球体をキャッチする。もっと、分裂させたりはできないのだろうか?ティナは杖に少し悪態をつくように床に置く。杖は元の形に戻る。これが悪びれもない様なので腹が立つ。今は水を出す魔法でさえまともに使えない。一度は使えたもののあれは無我夢中だった故で、今はもうできそうにない。一体どうすればいいのだろうか。八方塞がりになったティナは溜息を吐き、天井を仰ぐ。すると耳が自然と外の雑音に傾き始めた。ティナは窓の方を見る。少し気分転換が必要だろう。彼女は憎たらしい杖と共に外に出た。
宿のすぐ前は少し開けており、魔導士達の情報の中心になっていた。眼前には魔法を使う大道芸人もいる。彼女も興味を示して近づく。芸人は大きな直方体を浮かしている。箱は浮いたまま何故か半分が前面にずれる。そしてまたその半分がズレていく。段々結晶の様に歪な形になっていくのを、ティナは面白げに眺める。何人かの術師達はその光景に術式がどうのとか、理論はこうだろうと言いながら淡々と眺めている。
「多分亀裂があってそこからズレているのだろう。」
誰かがふと、そんな事を言った。ティナもその通りだろと思う。
「––––?」
ティナは何か閃きそうな感覚を覚えた。何かが一瞬隣にいた様な感覚だ。亀裂があって、そこからズレる。逆に亀裂がないとズレは生じない。自明の理だ。ティナは閃きを掴んだ。亀裂があればいいのか!彼女は杖を見る。そして念じる。すると、杖はスーッと亀裂が生じ、半分に分裂した。そしてまた念じると、それらは金槌になった。要領が掴めた。彼女は嬉しさで満たされた。
ウキウキで宿に戻ると、ウラドは頭から床に墜落していた。ティナは少し呆れる様に笑うと、また彼を起こした。試験まで後1週間、彼女の中では、少し不安もあったが、一筋の光を得た様な気分であった。




