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彷徨える貴方  作者: 黒井基治
第二章 北の大陸【アイデース大陸編】
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第30話 足の無い男

「よし、行こうか。」


ウラドは杖をしまい、紙も四つ折りにしてポケットに乱雑に仕舞い込むと、2人は門の中に入った。敷地内はそれなりに広いが、地主などと比べると足元にも及ばない。少々、上級市民よりかは良い暮らしができる程度の広さだ。庭の木も剪定されており形も均等だ。館も掃除が行き渡っているのか壁のシミも見当たらない。純白な壁を持つ館の玄関へ向かう。イオニア式の柱を潜り、重厚な扉の前に立つ。扉の上部には木で掘られた百合の看板のようなものが掛けられている。


すると、ティナが徐に、白の布を取り出した。それなりの大きさのものだ。ウラドは彼女を二度見する。布を三角に折りたたむと、それを頭に巻いた。端の布を後頭部で結ぶ。ウラドは困惑したように振り返る。


「何をしているんだい?」


「こうすれば、限りなく『人間に近づく』と思って。報酬金を考えると、これは2人で行った方が良いです」


「でも君がわざわざ生まれ持ったものを隠す必要はない。」


ティナは俯く。だが、直ぐに顔を上げた。彼女の青く、綺麗な目が、ウラドの困惑に満ちた赤い目を見透かす。


「−−−−それでは、駄目なんです」


「僕は理解している。もし仮に、君が不当な扱いを受けたなら、僕がどうにかしよう。」


「それは、有難いです。ですが、ウラドさんのような方は少数です。大多数がものを言う今の世界では、少数が、多数に合わせなくてはいけません」


「−−−−−多数を覆す為に、少数を貫かないのかい?」


「−−−−はい。危険すぎます」


ウラドは黙り込んだ。最早、なんと声をかけるべきか分からなくなってしまった。だが、現状分かっているのは、彼女は引く気がないと言う事だ。硬く佇む彼女の青い目を見て、ウラドは軽く息を吐く。そして、そのまま扉の方へ振り向く。


ゴンゴンゴンゴン––––


4度ほど、ノックをした。厚みのある低い音が響く。ウラドは一歩退いた。


ギィ–––


ふと、思い両開きドアが開いた。大きく開かれてはいなかった。だが、眼前には誰もいなかった。


「どなたで?」


ふと、下の方を見ると、やっと男がいた。男は車輪のついた椅子に座り、青白くなった顔で、逆光に目を歪ませてこちらを見上げていた。首には、金の十字架を提げている。ズボンで余り見えないが、右脚はないようだ。ウラドは四つ折りの紙を開いてみせた。すると、男は2度2人を見上げ、少し頷く。すると、大きな車輪を両手で後ろへ回す、すると、椅子も退くように動いた。


「来なさい。私の書斎で話をしよう。」


男が椅子を漕ぎながら、先を進む。ウラドもその動く椅子に目を見張る。だが、直ぐに歩き出した。


廊下はそれなりに豪華であった。艶のある棚に、壁には宗教画、天井には大きな灯り、そして、天使の彫刻や絵画が輝いて見える。廊下の右側を歩くティナはどれもが美しく見え、目を輝かせていた。だが、ウラドは反対に、虚で鋭い睨みで見上げていた。あまりにも、『神』を誇張しているように見えたのだ。傷ひとつない壁を進んでいくと、いくつかドアのある区画にたどり着いた。男はそのうちの中央の、茶色の艶のある金のレバーハンドルのドアを開けた。部屋の中は本棚で埋め尽くされ、眼前の大きな机は、大きな窓を背に待ち構えていた。この部屋の壁には、先ほどのような宗教画は見当たらない。代わりに、草花や夜空の絵画が描かれていた。美しいが、哀しみを感じる。男が机の方へ向かい、体制を整えると、直ぐに2人を見据えた。そして、神妙な眼を向けた。


「−−−−幾つか、質問をしよう。面談のようなものを兼ねて。」


「えぇ。」


「まず、君達の名前は?」


「ウラドです。」


「ティナです」


「歳は?」


「私は、今年で19です」


「−−−−27です。」


男は、やけに重々しく頬杖をし、視線を下に向ける。妙な緊張感が、この場を泳ぐ。すると、不意に彼は口を開く。


「−−−−そこの君。」


男はティナを指差す。ティナは妙な威圧感と、緊張で握った手の中が汗で滑る。男は真っ直ぐな黒い目で、突き刺すように見て言う。


「君、獣人だろう?」


「−−−−−?!」


ティナは唾を飲む。肩から下全体が硬直する。ウラドは、恐怖で開かない喉を、思いっきり開けて言う。


「––––理由は?」


「−−−−『歩き方』だよ。東の者は、北や西の者と比較して歩き方に違いがある。我々は右脚を出す時、左腕を前に出す。対して、君達は、右脚と右腕を出す歩き方だ。特に、このような歩き方をするのは、西の文化を否定し、自らの伝統を重んじる獣人に多い。」


ウラドは男を睨む。男は痩せかけた顔で、無理矢理な自慢げな笑みを見せた。まるで、見慣れているのだよと、言いたげな様子だ。ウラドは食いかかるように、語気を強めて言う。


「−−−−それで、どうするつもりで?」


「いや、特に何もしない。人手がないんでね。君たち2人で、明日から本格的に頼むよ。地図を渡しておく。生憎、私は脚がなくてね。各々見て回ってくれ。−−−何か用があれば、鈴を鳴らす。」


男は鈴を見せる。小さな鐘が植物を模した取手に付いている。模様も、白百合が帯びている。そう言うと、男は素っ気なく手で追い払う仕草をした。ウラドは少し眉間に皺を寄せつつ、ティナを連れて部屋を出て行った。ティナが部屋を出る前に一礼した。男はそれを返すように軽く右手を挙げた。


ウラドは受け取った地図を握り締め、歯を食いしばっていた。


「あの、ウラドさん!」


広々と、陽光差し込む廊下の中で、ウラドは怒りを露わにしたまま振り返る。ティナは心配そうに彼を見つめる。


「大丈夫ですか?」


「あぁ。にしても、聖導師と言うのは、なぜあんな態度が悪いのだろうか!魔物の類だとか、野蛮な種族などと言っておきながら、人手が足りないから雇うだと!?身勝手な!愚か者だ!」


「−−−−ウラドさん。私は気にしていないんです。そう怒らないでください」


「−−−−君は、逆に怒るべきだ。侮辱されていることは明白だろう。」


「あの方を何も知らないのに、怒ることは、筋違いです。それこそ、愚かです。それに、私は手の届く範囲の、守りたい人を守るのみです。それができれば十分」


「−−−わかったよ。」


ウラドは不貞腐れたようにそう応え、先を歩いた。


地図を元に屋形を歩き回ってみたが、どうも、覚えられる気がしない。建物の構造に規則性も無く、やけに客室が多い。個人の家という立ち位置であるにも関わらず、広い礼拝堂や、図書室など、管理の大変そうなものが多い。2人は小一時間かけて屋形全体を見て回り、記憶した。そして、2人は使用人としての居住部屋に赴いていたのだが、ウラドはその部屋を前にして、大きくため息を吐く。


「ここが、『居住スペース』だって?」


「場所からして、屋根裏ですかね。少し埃っぽいです」


2人の前にはそれなりに広い屋根裏部屋が広がっていた。と言っても、部屋の隅には埃が溜まっており、虫の死骸や使われていない本や棚が適当に捨て置かれていた。流石にこれは危機的状況だ。ティナは直ぐに荷物を部屋の前に置くと、部屋の隅に置かれた箒を手に取り、屋根につけられた窓を全開にする。たちまち舞い上がる埃に咽せながら、ウラドは彼女を見る。陽光で白髪が美しく棚引いている。


「はい!お掃除しましょう!」


「え−−−今から?」


−−−3時間後−−−


部屋の中は見違えるほどの綺麗さを取り戻した。ベットの布団は屋根の上に干し、棚や本は壁側に設置し、壊れかかった机は修理までした。幸い、倉庫が割りになっていたので、道具はある程度残っていた。ウラドは綺麗な床の上で倒れる。ティナはまだ動き足りないのか、今度は机を拭いたり、繕いをしたりと、まだ働いている。外を見ると、もう夕立が立っている。夕焼けがよく見えるので、ここは夜空も美しいのだろう。ウラドは窓辺の景色を寝ころびながら、安心するように眺めた。


「さて、明日から、仕事、だよ。」


「頑張りましょう」


こうして、2人は静かで、肌寒い、だがどこか安心に包まれた夜を過ごした。



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