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彷徨える貴方  作者: 黒井基治
第二章 北の大陸【アイデース大陸編】
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第25話 狩人 下

夜が傾きつつある中、ウラド含め魔導士は、森の暗闇に潜んでいた。先ほどまでは湖の上で戦闘を繰り広げていたが、奴の猛攻と、こちらの魔力不足で、一時的に退避し潜伏している。ウラドは青年と、ベリアールは他の魔導士と共に散り散りになっていた。ウラドと青年は湖の南側の木陰の中に隠れた。魔力を極限まで制御した状態は、頭が焼き切れそうな程の集中力が必要で、まさに神経を削るほどの苦行に等しい。そんな中、2人はポツポツと話し始める。


「他の魔導士は、まだ生きてると良いな。」


「あぁ。」


そっけなく返事をしながら、青年は弾を慎重に装填する。カチッカチッと6回装填される中、青年は突然口を向けた。


「お前、何で聖導師と手を組むことに反対しなかった?」


「––––そうでもしないと、全員死んでいた。合理的だろう。」


カチャン––––


青年は銃を向ける。黒い銃口がウラドの左こめかみを狙う。緊張が一気に高まる中、ウラドは銃口を見ることも、息を荒くする事なく、杖を握る。


「逆に、何で君はそんなに彼らを嫌う?僕も聖導師は嫌いだが、自分の命を顧みない程馬鹿ではない。」


ウラドが少し彼を見る。怒りと憎しみと悲しみで満ちた鋭い目が、ウラドを見据える。今なら撃つ覚悟は充分ある様に見えるが、青年は白い息を吐き、低い声でボソボソと話し始めた。


「––––俺の故郷は、ここからだいぶ北側でな。実家は猟師として、街の少し外れた所で暮らしていた。暮らし向きはそこそこだったし、街の連中とは、商い程度の繋がりはあった。」


淡々と彼は話す。次第に猟銃を強く握りしめ、歯を食いしばる。ウラドは彼を横目で見ながら、神経を尖らせる。皆の魔力は当たり前だが、探知はできない。ロキやティナの所在もわからないままだ。


「でも、ある年、寒さが厳しい時期が来て、狩がし辛くなった。親父は効率よく狩をする為に、錬金術や術式に手を出し始めた。そして、街の狩猟での商いの仲介人が、教会から金を貰っていて、親父を売ったんだ。その結果、家族は皆焼き殺された。まだ文字を覚えたばかりの妹や弟までいたのに–––––」


青年の目はどんどん殺意と悔しさで顔が歪む。ウラドは流石に肝を冷やす。もう良い、そう言おうと思ったが、何故か彼の理性がそれを押し留めた。


「俺は、狩の帰りだったから助かった。–––その後、俺は家を焼き払っていた聖導師を全員撃ち殺した。」


はっきりと、脳裏に残る様に言い放った後、青年はそれきり黙った。ウラドも何も言えずに黙り込んだ。


「俺はそれから、聖導師を殺せるなら、死んだって良いって思った。あの日、母親の必死の命乞いと、妹達が痛がっている声を思い出す度に、あいつらの『信仰心』なんて言うクソみてぇな自己満足に腹が立つんだ−−−–!」


木々が斬り倒される音が背の向こうで鳴り響いている。向こうのほうへ行かねばとも思いつつ、身体が動かない。彼も同じ様に気に背をくっつけたまま続ける。


「お前はどう思う?錬金術師。正直、奴らが死んでくれるのは嬉しいんじゃないのか?」


ウラドは黙り込んでいた。言葉を少しづつ紡ぐように、ポツンと話し始めた。


「–––––まぁ、どちらにしても、あの魔人を倒すには一旦協力しないと。」


「そうか。」


青年は失望したように俯き、そう答えた。


ダゴォォォォォォォォォォォ!!!


背の奥で木々が斬り倒される音が轟く。青年とウラドははぁ、と息を吐く。


「それに、君がどうしてこの道へ辿り着いたのか気になる。早く終わらせよう。」


ウラドはそう言いながら、杖を握り直し、青年は猟銃の引き金に指を添えるが、下ろす。


「この『狩り』が終わったら、宿で酒でも呑まないか?」


彼を見つめながら、少しニヤけて言う。青年も乾いた笑いを出しつつも、ウラドの正気に些か呆れていた。悪友の誘いを吟味する様な顔つきだった。そして、猟銃を持ち直す。


「そうだな。お前とは、話が合いそうだ。」


「あの()()で会おう。」


互いにニヤッと笑い、2人は木陰から飛び出した。ウラドは即座に魔力探知を行った。依然として、奥の方では掠れた魔導士の魔力と、まだ潤沢な魔力が旋風の様に空へ伸びている。青年はすぐに犬笛を吹くと、遠くから遠吠えがした。そして、ウラドと少し一瞥し合うと、すぐに右手の暗闇へ消えてしまった。ウラドはそのまま直進する。刹那、何か膜のような壁が一瞬にして彼を通り過ぎていった。


「ウラド、聞こえるかな?」


「–––!ベリアールか?!」


「奴に見つかった。打開策は出来た?」


「湖へ向かえ。魔力は回復しているから、湖の氷を溶かす事は出来るだろう?」


「無茶言うね。ま、やるしかないか。」


その一言がウラドの耳に届いた頃には、既にベリアールの魔力は感じられなくなった。ウラドはそのまま直進していく。


刹那、一瞬、凝縮された魔力がものすごい勢いでこちらに来る感覚がした。ウラドはすぐさま地面から岩の壁を隆起させた。岩壁と見えない斬撃が重なり合うと、岩は瞬く間にバラバラに砕け散る。後少し遅れていたら、流石のウラドも首が切れてしまっていた。この岩壁と防護結界を用いた二重防御も、長くは持たないだろう。それでも、ウラドは敵の猛攻を掻い潜りつつ、ひたすら湖へ走っていった。


冷たい空気を掻っ切って、喉に鉄の味が染み込んでしまったが、やっと、湖へ辿り着いた。湖の辺りでは、聖導師達が、数人がかりで湖の氷に火の魔法を浴びせていた。だが、未だ薄氷にすらなっていない様だ。湖の右奥には猟犬と合流した青年が大きく手を挙げている。恐らくは応戦してくれるのだろう。ウラドは少し屈みながら言う。


「流石に、厚くしすぎたな。」


そう言いながら、ウラドは氷の上を滑りながら奴目掛けて杖を構える。詠唱する。


      【枝で撃ち抜く魔法(ペルテロス)


すると、斬り倒された大木の枝が無数に浮き上がり、彼の元へ集結した。ウラドはそれらを蹂躙する魔人の背中目掛けて杖を振り下ろす。枝はビュンッと風を切って放たれる。


ダァァァァァァァァ–––––ン!!!ブスッッッ!!!


「–––––?」


魔人は鈍臭そうにゆっくり脇腹を見る。右脇腹に1発と、左半身に枝が突き刺さっている。血が滲み出る中、彼は枝を握り締め、引き抜いては、氷の上に捨てた。そして、そのままウラドを睨んだ。淡々と冷たい眼が、彼に注がれる。ゾワっと背筋を走る恐怖で身がすくむが、止まっている暇はない。彼の攻撃に一瞬でもたじろげば死ぬのだから。ウラドと魔人は互いに向かい合いながら、魔法のぶつけ合いを繰り広げる。2人の魔力の弾や枝が弾ける度、辺りが閃光の様に光ったり、火花の様に散るのだった。魔人の隙を突くように他の魔導士達も応戦している。これ程にも激戦となっているのに、奴の攻撃で氷が割れることはなかった。その時、黒い猟犬が何か咥えてはしってくる。咥えたものには何か火花が散っている。


「避けろ!!!」


青年の叫びと同時に犬は去り際にそれを魔人の方へ捨てる。ウラドは目を見開く。黒い筒の様なものにぶら下がった火花が筒に向かう。爆弾だ。ウラドは咄嗟に防護魔法を展開する。


ダゴォォォォン!!!


煙が舞う。その中、ウラドは何とか防護結界のおかげで、尻餅をついた程度だった。そんな彼を急かす様に犬が近寄る。


「おい!」


煙の中から青年が駆け寄る。尻餅から立てていないウラドを見てすぐに、銃を魔人の方角へ向ける。煙が晴れた時、魔人の右腕が千切れ、ボトっと鈍い音をたてて落ちる。だが、氷は変わらず傷すらない。仁王立ちしてこちらを睨み続ける魔人に銃口を向け続けた。猟犬達も唸る。


「警戒しているのか。」


青年がボソリと言う。ウラドはそれを聞いてやっと頭が回り始めた。奴もわかっているのだ。空気の対となるのは水だと。だが、この氷を割れたとして、どうやって扱うのだ?これだけが、彼の中の大きな疑問であり不安要素であった。そうこう考えつつ、ウラドが時折わざと外したり、奴の攻撃を巻き込みながら、氷に当てる。だが、傷すらつかない。妙だ。ウラドは一旦距離を取り、魔力探知をした。広大な湖を覆う様に、雲海の様に、魔人の魔力が覆い被さっている。ウラドは眉間に皺を寄せる。


「こいつ−−−−自身の魔力で、氷を保護しているのか。」


唇を噛む。これはまずい。完全に物理で対処するとなれば、それは魔導士の専門ではない。魔導士は魔力を介して魔法を扱う。奴はこちらの弱点を熟知しているのか。流石、魔人としか言いようがない。


「ロキやティナがいてくれたら––––!」


恨めしくそう言う。一方他魔導士はこの事に気づきつつも、やはり万策尽きたような面持ちをしていた。若い修道士達は流石に不安を隠せずにいた。神父は術師に尋ねる。


「仮に氷を割れたとして、その後はどうするのかね?!」


「どうしようかな。」


「そんな––––!この街の命運が掛かっているのですよ!」


慌てる聖導師を横に、彼は笑う。


「いや、手はあるんだろうけど、どれもこちらが瀕死になる。安全策を考えているんだ。」


呑気な彼に不安を感じる聖道師を無視して、彼は端末を氷の上に置く。すると、端末はカチッカチと金属音を立てながら下部の方から銀色の針のようなものが飛び出し、光栄に突き刺さり固定される。ベリアールは端末の側にしゃがみ込んだままそれとウラドを一瞥し合う。彼の魔力の残量からして、やはり、これしかないのだろう、と確信した。そのまま端末に触れると、端末の上に幾重の術式が浮かび上がる。彼はそれを手際よく操作していく。端末はその度に氷を破り始める。


「––––?」


ベリアールに何か妙な感覚がした。


「何か来る!」


彼はそう叫ぶ。他の聖道師もめをひらきながら、ベリアールを見る。


「ウラド!上空を警戒するんだ!!!」


ウラドはほんの一瞬だけ、空を見た。同じように魔人も攻撃を止め、空を見た。今のところは何もない。だが、ウラドが魔力探知をした時、確実に感じた。冷たく、揺れる事なく天に延びる一筋の魔力。


「この魔力は––––!」


ウラドは目を見開き思わず勝ち誇るように笑う。


「ロキ−−−!」


ガゴォォォォォォォォォォォ!!!バキィィィィ!!!!


刹那、黒い影が魔人目掛けて墜落した。その瞬間氷は見事に割れ、冷たい水飛沫が魔導士達を襲う。ウラドは湖の中に落ちそうになるが、駆けつけたベリアールが彼を引っ張り上げた。


魔導士達は何とか薄氷の上に一箇所に集まった。その時、魔人もゆっくり立ち上がる。集まった時には、魔導士の他にも1人いた。ウラドは洗い息を吐きつつその方に向かって言う。


「助かった。ロキ!」


ロキは盾を持ったまま、その場に立ち尽くしていた。他の者達も風貌からして戦士だとわかると、歓喜に包まれる。ロキは左で盾を持ちながら言う。


「お前らの会話を傍受した。状況は把握している。この水を、どうするつもりだ。」


彼の質問に、ベリアールは淡々と端末を持ち上げながら言う。


「いやね、本当はこの術式搭載の端末でどうにかしようとしてたんだけどね––––」


そう言いながら、彼は端末を見せる。端末は見事に水浸しで最早潰れて魔力を感じない。


「君のせいで壊れた。もう無理かも。」


「無理だと?!」


ウラドが叫ぶ。もう向こうでは氷を盛り上げてガタガタと音がする。一刻の猶予もない。だが、皆の顔はもう疲弊を通り越しそうだ。ウラドは魔人の方を見ながら話す。


「もう、ロキと長期戦にいける程、魔力は余っていない。後一手ほどでどうにかしたい。」


「確かに、あの気圧魔法に対して、もう万策尽きてるね。」


修道士達も、水が空の対である事はわかっても、それをどう扱うのかは見当も付いていないようだ。焦りと沈黙が魔導士を急かす中、ロキは冷静に考え込む。あらゆる記憶を辿る。その時、1つの記憶にたどり着く。風呂場でテナナが教えてくれたものだ。ロキは記憶を辿るながら、ボソリと言う。


「手で水を覆ってビューってやると水が勢いよく出る。」


「何だって?」


ウラドが急に語彙のなくなったロキに呆れながら言う。ロキはそのまま無表情で両手を握る。同じ事を言いながら見せる。手を握り、親指の間だけは空洞にしておき、掌をポンプのように萎ませる。この一連の動作を見て、他魔導士は皆合点がいった。青年がロキの方を見て言う。


「と言う事は、放射される水の勢いを強めたら、威力は弾丸になるという事か?!」


「––––!下がれ。」


バゴォォォォォン!!!


刹那、ロキは皆の前に立ち、盾を構える。瞬間、空気の塊の様なものが彼の盾にぶつかる。弾かれた空気はあちこちに散り、木々を倒す。


「もう時間がない。俺が囮になる間に決めろ。」


そう言い残し、ロキは魔人を見据える。今度はこいつか、と言わんばかりに魔人は少しだけ首を傾げ、無機質に見つめた。そして、氷が漂う湖の上に立つ。ロキはその光景に目を疑うが、恐らくは浮遊魔法だろう。ロキの目が赤く点灯する。


         【戦闘開始】


ロキが奴の囮となっている間、魔導士達は魔力の残力を気にしながら話し込む。


「でも、どうやって水を扱う?」


ベリアールが尋ねる。彼の疑問と半ば好奇心の混じった金の目をウラドは少し俯いてから見て言う。


「魔力だ。魔力で膜を形成して、水を覆うんだ。」


彼の一言で聖導師は驚愕の目を向ける。


「魔力そのものを扱うのは至難の業です!


「でもやらないと!」


ウラドは切羽詰まってそう怒鳴る。ロキの魔力にも限度がある。あの残量と、街の様子からして彼も戦闘に巻き込まれていた可能性が高い。そう考えると、こちらは不利なのだ。その時、ベリアールは小刻みに頷きながら、しゃがみ込む。彼は氷に手を翳すと、小さな魔法陣が構築されていく。


「式を作る。予め作られた式なら魔力の消費も少なくなるはず。」


「なら撃つのは俺がやる。撃つのには慣れてる。」


青年が啖呵切っていう。魔導士にはイメージも重要だ。何かを『撃つ』という仕組みやイメージができる彼の方が適任だろう。皆も納得した。


「式、できたよ。」


ベリアールの言葉を皮切りに、皆湖の辺りになって集まる。皆一斉に魔力を水の中に染み込ませる。すると、氷の下の水が渦を成し、波を立たせていく。魔力がどんどん消費されていく感覚がする。指先の感覚も無くなってきた。歯を食いしばりながらウラドは杖を持ち上げる。巨岩の様な重さ、少しずつ水が塊となって持ち上がっていく。だが、まだ足りない!ベリアールは掠れた声で言う。


「ウラド−–––これでは足りない。()()()()()()()|?」


「––––できるとも。」


一方ロキは盾を自在に操って奴を打撃する。漂う氷の上に飛び乗っては、またすぐに飛び上がり奴に食いかかる。短剣を召喚して奴に投げると、魔人は瞬きすらせずに魔法で槍を空中で止める。奴が上品に指を動かすと、槍はクルリと回転し飛ぶ。ロキもそれを動じず、直ぐに収納する。短剣は光の粒の様に消え去る。そしてその光に紛れてロキは急接近し、奴に一撃蹴りを入れた。魔人はやっと仏頂面から不快そうな睨みとなった。ロキは少しずつ、何だろうか、もっと身体を動かしたくなった。どうしてそうなったのかは分からないが。気がつけば、もう、水が枯れ始めている。水面が吸い込まれているのか少しだけ波が起きている。


「ロキ!!」


ウラドの声がした。ロキはその方を見る。大きな雫の様になった湖の水が、魔導士達の頭上に浮かび上がっていた。彼らはまるで重たい縄を引っ張っているかの様に顔を歪ませている。その雫の側にはあの狩人がいた。彼は銃を構え、銃口を魔人に向けていた。彼は叫ぶ。


「撃つぞ!!」


彼の叫びを聞いてロキは動こうと思っただが、魔人は動ける。これでは避けられるのがオチだ。だがそれでも、ロキはしぶとく魔人の首を握る。互いに睨み合う中、ロキは自身の肩のあたりに術式の魔法陣を展開する。そこからは槍が生え、そのまま魔人へ放たれた。魔人はなす術なく脇腹を串刺しにされ、身動きが取れなくなった。


その時を逃すまいと、青年は魔人をよく狙う。


「ゴッフォゴッフォ」


ウラドは咳をする。それと同時に盛大に血飛沫を口から出す。もう、指先の感覚がない。指も少しずつ壊死し、黒くなっていく。聖導師はギョッと悍ましそうに彼を見る。


「貴方−––これ以上は!」


「いや、問題ないよ。彼はこれでは死なない。」


そう言いつつ、ベリアールも鼻血を出して顔が青い。

聖導師達は不安でしかないが、この隙を逃すわけにはいかない。真剣な眼差しで青年に合図する。彼はそれを逃すことなく、撃つ。


バシャャァァァァァ–––ン!!


水の壁が魔人を打ち付けた。木々を巻き込み、最早津波の様に森にぶつかり合う湖を前にして、ウラド達は疲れ切った様にその場に座り込んだ。


ズドォォォォ!!!!!


刹那、ウラドの目の前に魔人が飛び出して来た。奴め、水の壁を喰らってまだ魔力が余っていたのか、そして、右半身が抉れて塵となっているのに、まだ生きているのか。彼の殺意のこもった目を前にして、もう、奴に一撃を与えれる者はここにはいなかった。ただ、跪き、襲いかかる獣を虚に見ることしかできなかった。


ズサッッッッ!!


「–––ング!」


突如、魔人の脇腹を刺した者がいた。長い白髪で、耳がピョコりと動いている。古びた金の腕章。ウラドは掠れた声で言う。


「ティナ。」


ウラドはその一言を最後に、吐血し倒れ込む。ベリアールがそれを両手で抱き抱えるように支える。魔人は心臓を突かれたのか、体から黒い塵が舞い始めた。魔導士達は息を荒げながら、その最後を眺めていた。魔人は死に際、恨めしそうにティナを睨みながら唸る。


「お前−–––魔人(わたし)でさえも、気づけなかった−–––魔導士か?」


ティナは跪き、彼のそばで優しく言う。


「いえ、私はただの出来損ないです。」


悲しげな彼女の声を聞き、魔人は見上げながら掠れた様に笑う。ただただ笑い続け、奴は遂には塵となって空へ消えていった。ベリアールは少し沈黙し、口を開ける。


「さぁ、僕達の勝ちだ。街へ戻ろう。ウラドが瀕死だ。」


彼はウラドを持ち上げる。血の気が引いて、もはや土色だ。息もほとんど聞こえない。他聖導師は、各々肩や手を取り合って立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。この場には、枯れかけた湖と、蹂躙された森だけだった。

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