第23話 狩人〜RK1〜
宿の部屋で、2人は暖炉の前で地べたに座っていた。テナナはロキが買い与えた本を少しずつ音読し、ロキは難しい単語を教えていた。彼女はそれなりに頭がいいのか、直ぐに単語の意味を理解している。子供の成長の早さに、ロキは淡々とデータ化し、脳内に記憶していく。
バキバキドドドドドドッッッッッ!!!!
突然、何かが崩れ去る音がした。ロキは思わず窓の方を見た。やけに赤い空だった。耳を澄ませれば、何か悲鳴のようなものと、魔法のぶつかり合う音がする。その度に地鳴りと崩壊が共鳴した。ここにいては危険だ。ロキは本を抱き抱えるテナナを無造作に抱き抱え外に飛び出した。
外は地獄絵図のように思えた。地面には血と瓦礫が散らばっていた。ロキはテナナの顔を胸の中に仕舞い込ませ、一先ず走った。どこに行くべきなのか、何をするべきなのか、ロキの中には思考で満たされていた。だが、この様な緊急事態には避難所として教会が開放されるはずだ。この街にある教会は1つで、街の中心にあるはずだ。ロキはそこへ走っていた。
「お母さぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛!!!!」
「助けてぇぇ!」
周りから無数の魂の叫びが聞こえる。テナナはロキの肩から顔を必死に出し、その方を見た。悲痛な少女の助けを乞う顔、手を伸ばす者さえいた。だがすれ違う度に悲しみと恨みのこもった目を向けた。テナナは思わず叫ぶ。
「お兄ちゃん!助けないと!」
「ダメだ。お前を守れない。」
あの状態ではもう助からないだろう。それに彼の中ではテナナは最優先だった、故に同時に救う事は寧ろこちらのリスクを高めかねない。親は子を守るもの。彼は忠実に本に書かれていたことを厳守していた。だがその一言を聞いて、テナナは失望した。彼女はただ顔を埋める事しか出来なかった。
中心は街の端と比較しても崩壊が酷い状態であった。地面に均等に模様されていたモザイクアートの石煉瓦はひび割れ、広場の噴水もパッカリと割れて水が漏れ出している。ロキは辛うじて形を保つ教会のそばにテナナを降ろす。彼女はロキの大きな手を握る。
「お兄ちゃんは?行っちゃうの?」
「ウラド達と合流する。」
ガチャ−−−−
ふと、教会の重いドアが開かれ、シスターが出て来た。シスターはボロボロに汚れながらも、気崩す事なくロキの方を見た。
「お怪我はございませんか?今、神父様達は出払ってしまって」
「何があった。」
ロキがそう尋ねると、シスターは少し口を閉じ俯いた。その顔は、まさに恐怖に満ちていた。だがすぐに開けようとした。
ズゴドォォォォォ!!!!!
刹那、背後から轟音が轟く。衝撃で飛び散る瓦礫の破片を、すぐさま召喚した盾で弾く。土埃と衝撃波が止んだ頃、ロキは眼前を見た。そこには、大きな斧を携え、悠々と、重々しい雰囲気を持って仁王立ちする女がいた。その女には闘牛のようなツノを生やしていた。ロキは2人に命じた。
「ここから逃げても、恐らく新手がいる。ここに居ろ。」
そう言い、教会の中に押し込む。テナナの恐怖と不安が混在した顔がドアの隙間からもハッキリと見えた。だがそれでも、ロキは端末を取り出す。そして教会の入り口に置き捨てる。すると、端末が少し輝き、やがては結界のようなものが教会全体を箱のように包み込んだ。ロキはそこから出て来た。
奴は感心したように、ほぅ、と一声だし、少し近づく。直線上に対立する二人の間には、殺意と威圧が鬩ぎ合う。
「この街に来た目的は。」
ロキがそう言うと、奴は和かに言う。
「我はこの得物の強さが知りたい。」
そう言って斧を見せる。妙に滑らかで一見無害そうな面持ちをしているが、斧は少し刃毀れしている。だがそれでも殺すには十分すぎる。
「我は戦士を殺して得た得物の強さを知る為に人間を殺しているのじゃ。」
「人である必要性は。」
すると、奴は目を丸くした後、ケタケタと笑った。
「バカな奴じゃ。高い知性を持つ動物は、良い立ち回りをするからの、試し甲斐があるのじゃ。その最適な奴が人間だっただけじゃ。単純であろう?」
魔人はケタケタと調子良く話を続ける。
「それで?お主の得物は?剣か?弓か?何でも良いぞ。」
ロキはその一言を厳かに受け止めると、右手を差し出し、大剣を召喚した。黒一色で、柄の辺りは獅子の飾りが施されていた。奴の斧と同等の攻撃力でやり合うにはこれが最適だった。堂々とその得物を構えるロキを見て、武人は楽しげに斧を構えた。
「神妙に––––」
ダゴォォォォォ!!!!
武人同士刃が交わる。その破壊力は辺りの瓦礫や地面を抉り、破壊するほどだった。奴の黒髪が火の光に照らされて赤黒く見える。かっぴらいた眼は、ロキを単なる遊び相手程度にしか見えていないのがわかる。ロキは斧を弾くと思いっきり蹴りを喰らわせる。魔人も腹に一撃喰らい軽く飛ぶが、それが余計に高揚させて仕方ない。魔人はゆっくりと立ち上がり、ニタリと微笑みながら自身の武器とロキを交互に一瞥して言う。
「これは−−−良い得物と良い獲物じゃ。少々我ままにやらせてもらおう!これはどうじゃ!?」
そう言い、奴はから大きな鉄製ハンマーを召喚し、眼前にいるロキ目掛けて突進した。横振りに繰り出される打撃に対して、ロキは瞬時に盾を召喚し受け止めように大股になる。
ガゴォォォォォォォォッッッ!!!
「ストライクじゃー!!!」
ロキは軽々と吹っ飛ぶ。そのまま結界に衝突すると、彼は全身の痛みと共に血を吐く。魔人は楽しげに飛び跳ねながら、そのまま突撃してくる。間一髪で避けられたものの、結界が揺れる程の威力、急所にあたれば即死だと言うのは言われずともわかった。魔人はハンマーの柄を握りながらその感触を味わうと、すぐに槍に持ち変える。斧やハンマーときて、槍というのは些か奴の体格からしても小さく見える。だが、奴は女特有のしなやかで小回りのきく動きでロキを圧倒する。彼は最早防戦一方だ。魔人はそんなロキを容赦せず連撃を繰り出す。ロキも槍を召喚し、負けじと攻撃する。だがこのままでは、ジリ貧だ。奴の体術による隙のない動き、洗練された太刀筋、リーチ差を巧みに使った連撃だ。そして単純に、ロキよりも速い速度で、テンポで攻撃を繰り出している。
「どうした!?随分と鈍い動きじゃ!!」
ドゴスッッッ!!
「ヴッッッ゛!」
ロキは蹴り飛ばされ今度は瓦礫に激突する。その拍子で、ロキの意識は混濁し機能を停止した。
***
「–––ダー–––リーダー」
「––––?」
無意識に、何か、映像のようなものが、頭の中を漂う。ノイズがかった映像が少しずつハッキリとしていく。白い壁、白い床、何もかもが白い中、ロキの前には黒髪の女がいた。最初は肩あたりの高さから見ているようで、少し姿は見えづらかった。だが二人とも黒い髪で黒い服だった。何かの兵士なのだろうか。手前の女は片手には盾を持っていた。対して前の女は黒い剣を持っていた。二人は対面で何か労いながら会話をしていた。
「リーダーは、剣よりも体術の適性がありますね。」
対面の女は淡々とそう言う。彼女の部下だろうか。
「なぜか、盾以外のものを使うと、動きが鈍くなる。」
彼女も淡々と、冷静な声でそう語っていた。ロキは会話に入ることなく、彼女の背後からその光景を眺めていた。
「お前も、この事は記録しておいてくれ。後々役に立つ可能性がある。」
そう言い、女は振り向いた。
あれは–––––
***
「––––!」
ロキは目を開ける。何か、わかったような身が軽くなった思いだった。あの女、あれは、見たことがあった。彼女だ。懐中時計の。彼女は剣を扱うのが下手らしい。そして、自分はそれを側で見続けていたのか。なら、と、彼は痛む身体を無理に起こす。その様を退屈ように眺めていた魔人は、立ち上がる彼のしぶとさを見て、感心し、楽しげにニカっと笑った。
「そうでないとの!さぁ、今度は何を使う?何でも良い!我もお主に合わせよう!!」
ロキはフラフラと立ち上がるが、片足をがっしりと地面に肩幅分広げると、盾のみを召喚した。
「––––俺の得意な武器はこれだ。」
最後の足掻きと言わんばかりのその迫力ある目を見て、魔人は察したように頷き、槍から斧を召喚した。そして互いに構える。
奴の動きに合わせて武器を変えていたから良くなかったのだ。奴のペースを自然と渡していたようなものだったのだ。だが、今、互いの相性関係なく己の『武器』で見合っている。その確信がロキの闘志を燃やし始めていた。
戦闘開始
彼の眼が赤く点灯する。
緊張、殺意、狂気が混ざり合い沈黙を生み出す。
ドゴォォォォッッッッ!!!
ロキは突進し、奴の腹目掛けて一発殴る。魔人は少し悶えるも、そのまま斧を振り翳す。ロキはサッと横へ避け、そのまま回転して蹴りを入れる。脇腹に深く沈み込む脚が、奴の腹の骨を砕く。魔人は思わず痛みで顔が歪む。そのまま一直線に瓦礫へ突っ込む。そうして生まれた隙をロキは見逃さない。ロキはそのまま突撃し、拳を振り翳す。魔人も反射的に右拳でロキの拳を受け止める。瓦礫も砕かせるほどの威力の中、彼の拳によって奴の右腕は砕けた。
「凄まじい威力じゃ–––!」
魔人は目を見張る。この時、自分の顔面を殴り飛ばした男は、笑っていた。何が面白いのかはわからない。闘いが楽しくなったのか、単なる反射的な笑みなのか、だが、確かに、『殺す』という絶対的意思と敵意があるのは明白だった。奴はまた拳を振り上げる。この一撃は流石に耐えられまい。魔人は食い下がる事なく反射的に拳を向ける。弱々しい者を前に、ロキはそのまま拳を振り下ろす。
ザシュッッッッ!––––ゴトリ
刹那、ロキの右腕が地面に転がる。一体、何が起きたのかわからないが、ロキは咄嗟に振り返り左手で盾を召喚した。だが遅かった。目の前にいた羊の巻きツノの魔人は淡々とした冷たい青目で、ロキの脇腹を刺していた。ロキはまた吐血し、血溜まりを作りながら倒れた。混濁し、薄れる意識の中、奴のケタケタした笑いだけが、やけに耳に残った。
機能停止
「–––––ちゃん!–––お兄ちゃん!」
「–––––!!」
ロキは目を開けた。彼は仰向けに寝転がっており、その周りには何人かの人間と、彼の左手を握りしめる少女がいた。
「–––––テナナか。」
ロキが少女に言うと、テナナはホッとしたように一息出す。それを見ながら、彼は彼女の頭を撫でた。
「痛みはありますか?」
優しい声がロキの右の方からした。彼はその方を目で見ると、そこには先ほどのシスターが彼の腕に聖導師の回復魔法を施していた。淡い空色の小さな魔法陣が幾つも重なったり離れたりしていて幻想的だった。ロキはそれを疲れ切ったような目で、特にない、とだけ答えた。
暫くして、この辺りにも安寧が戻りつつあった。だが、まだ奥の方では崩壊と悲鳴が時折聞こえてくる。
「止血、終わりましたよ。」
シスターがそう言って立ち上がると、ロキもすぐに立ち上がり、側に立て掛けられていた盾を取る。彼のその背後に、テナナは抱きつく。ロキが頭を撫でてから離そうと肩を引っ張っても、テナナは少し唸って離れない。何度かそう言う無言の押し問答的な事をしていたら、見かねたシスターがテナナの背中を摩りながら抱き上げた。
「行かないで」
必死に懇願する彼女を見て、ロキは一瞬だけ迷った。だが、彼は応えた。
「行かないといけない。近辺の安全確保も出来ていない。」
ロキの目は、少しだけ哀愁のような、申し訳なさが感じられた。テナナはその目を見て、もう、何も言えなかった。ロキはまた盾を手に取り、走り出した。




