第21話 狩人 中
さて、翌日日が昇った。二人は朝のうちに諸々の支度を済ませ、石門まで歩いた。道中、労働者達が屋台で朝餉をしようと集まっていた。少し憂鬱そうな彼らではあったが、活気を出そうと歌ったりもしている。噂も起きており、国境沿いでの小競り合いについて話していた。石門まで来ると、やはり道の上には雪が少し積もっており、それを見ると一層寒さを感じた。
「おい!白猫!」
ティナがぴょこぴょこ耳を動かしながら振り返ると、来た道から、青年が手を振りながら歩いて来た。
「何だ、早ぇな。」
青年は半笑いで煙草を蒸す。
「そうですか?それよりも、集合は森では?」
ティナがそう言うと、青年は猟銃を掛け直して言う。
「女房の具合が悪くてな。教会に連れてったんだ。」
「奥様がいたんですね」
「あぁ、美人だよ。んで、そこの死人みたいな目をした男は誰だ?」
青年は生意気そうに下から睨めつけるように言う。ウラドも眉間に皺を少し刻みつつも、若気の至りを寛容に受け止めようと深呼吸をした。
「––––好きに呼んでくれ。」
ウラドは右手を差し出す。だが、青年は受け取らなかった。適当な返事だけして、彼は石門の先にある森へと歩いて行った。ウラドは溜め息をする。白い息が彼の目の前を覆った。
–––森–––
3人は各々分かれて罠を仕掛けた。ウラドと青年はティナとは別で行動した。池付近までの道を魔力であちこちに付与させて回った。ウラドが木の幹に魔力を付与していると、青年はあちこちの土地に印をつける。
「お前に、質問して良いか?」
ウラドは一瞥する。
「何だい?」
「お前、人間じゃねぇだろ。」
「––––根拠は?」
青年は煙草を蒸す。
「二つだ。1つは、ロキから聞いたお前の奴隷制度の毛嫌いさが、まるで奴隷反対勢力による反乱の時と似ていた。」
「ユリウルス暦75年の『スパルタルクスの内乱』か。確か、仲間であることの証明として、腕章を捨てたらしいね。そんな昔の事、すぐ頭に出てくるなんて、それなりに育ちが良さそうだ。」
当時、この奴隷反乱に加担し、戦闘力として提供していたのが、錬金術師だった。だが、軍人皇帝らによって駆逐され、魔導士としての権威は低迷、更に迫害されていた弱小一派の筈の聖導師が國に保護されたことで、益々錬金術師は没落していった。
「2つ、お前の気配、まるで違う。人間が纏うもんじゃねぇ。」
ウラドは木の幹に手を添えつつ俯く。『気配』などと彼は言うが、恐らくは魔力だろう。淡々と思考するウラドを前に、青年は勝ち誇った笑みを見せた。
「んで、答えは?」
ウラドは沈黙する。だが、少しして口を少しだけ開ける。
「僕は人間だよ。」
青年は、目を細め、光のない目でウラドをよく見ていた。逆にウラドが口を開く。
「逆に君は、魔導士だね?」
「へぇ、根拠は?」
「猟師なら、魔力を気にしない。至極当然な推測だ。」
すると、青年は薄ら笑みを浮かべた。
「俺は猟師だ。だが、確かに、俺の親父は錬金術師だった。端くれだがな。親父が死んだ後、俺は親父の理論と、俺の猟銃を組み合わせた。」
ウラドは猟銃を見た。銃身には構築式が書かれており、魔力を込めると随時発動するシステムの様だ。どのようにしてここまで高度なものを構築できたのかは、人嫌いのウラドも流石に興味が湧いた。余程努力したのだろう。青年は立ち上がると、そのままアジトの方角へ歩き出した。ウラドも彼の未だ子供のままの様な異様に小さく感じる背中を見ながら、歩き出した。
日が沈みかけ、空には桃色や藍色が混じり始めた。彼らの影が色濃くなる中、2人は洞窟のアジトに戻った。そこには、面長で毛並みの良い犬や、狼のやうな顔立ちの青眼の北国ならではの猟犬達が理知的な姿勢で座っていた。青年は煙草を地面に捨て擦り潰し、猟犬達を撫でる。だが、ウラドはあちこちを見渡しながら言う。
「––––ティナがいない。」
青年も振り返った。
「あの白猫か?一応湖のほうに魔力を込めるように頼んだんだが––––」
「待つかい?」
青年は猟犬達のリードを握りながら言う。
「いや、ヴァルーヴァルは目が良い。光に慣れた目が、暗闇に慣れる前に仕留める必要がある。だから、もう行くぞ。白猫の捜索は後で魔力探知で何とかなる。」
青年はそう言い、湖付近まで歩き出した。彼は、ティナを認識していない。味方としているなら、手分けするなり、出来るはずだ。彼のそんな無関心さに、ウラドは睨んだ。だが、彼は正しい。こちらの依頼を達成するには、新月かつ、夜になって時の浅い方が有利なのだ。これを逃せば、先が長い。ウラドは後を追った。
「奴が出て来た時、辺りがざわめく。そして、妙な気配がする。そして、笛みてぇな音がしたら、奴だ。お前らは、俺の相棒達と一緒に魔力でやつを湖まで誘導する。そしたら、池を凍らせて仕留める。」
「魔力があちこちに分散されているから、僕達でも潜伏はできるのでは?」
「いや、無理だな。新月は暗いし、敵も多い。」
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ––––ガチャン
弾を装填し、黒い樹脂のボルトを押し込む。彼の強張った笑みは、月光と陽光で濃い影を纏って、薄気味悪い笑みとなっていた。彼の目に宿るのは、まるで狩りを楽しむ獣にすら思えた。
夜となった。青年は湖付近で待機、ウラドで誘導する。
ワォォォォォォォォォ–––ン
猟犬達の合図だ。奴が近い。あちこちで響く犬の声に呼応して、人間特有の揺らぎのある遠吠えもした。あの青年、遠吠えで会話もするのだろうか。だが良い。ウラドは音の無い世界で、音を探った。
ポォォォォォォォォ–––––
1時の方向に笛の音がした。ウラドは走り出した。
凍てつく空気を掻っ切って走る。喉を凍らせ、鉄の味が滲む。ウラドは先陣切って走る猟犬の後を追う。笛の音の主は猟犬達のけたたましい吠えによってあちこちへと追い詰められる。魔力で予め迷路なように壁を作り、猟犬達で更に先の湖へと確実に誘導した。
ポォォォォォォォォ–––
また鳴いた。
「何が目的なんだ?あの鳴き声に。」
グルウァァォァァァ!!!
刹那、左右から囲むようにして、豹のようなものが飛び込んできた。ウラドは叫ぶ。
「ラウレン!!!」
【ラウレン】
豹のような外見の魔物。雪豹と異なるのは、奴等にはそこまでの社会的繋がりはない事だ。そして、やけに小柄であることだ。
奴等は交差するように木々を飛び移っていき、ティナ達に爪を向ける。まさか、あの鳴き声には、魔物などを呼びつける役割でもあるのだろうか。だとしたら、湖での方が、些か合理的だ。奴は狩のテリトリーからは出ることはないのだから。ウラドは走りながら、杖を地面から上へと流れるように突き上げて詠唱する。
【串刺しにする魔法】
詠唱すると、木々の幹や地面から、槍状のものが隆起し、奴等を串刺しにする。血肉がウラドを赤く染め上げる。ヴァルーヴァルを追い詰めつつ、ラウレンを殺しながら、やがて湖の微かな風に乗って波打つ音が、ウラドの耳に入り込む。その音を認識した直後に、視界が開ける。湖だ。ウラドは広々とした景色を見ながら、呆れ顔で言う。
「全く、あいつは、僕が魔導士だって分かった途端に扱いが雑だ。」
そう告げ、ウラドはその場に留まる。先陣切っていた猟犬は右手方向から追っていた猟犬達と合流し、そのまま青年が待機する湖の向こう側の方へと走る。ウラドは杖の先を少しだけ、湖に浸す。詠唱する。
【凍てつかせる魔法】
パキッ–––パキパキパキパキ
湖が凍りついていく。杖を握る彼の手も、次第に霜焼けのように紅くなっていく。白い息が濃くなる。同時に、大きな湖は凍りついていく。猟犬達はヴァルーヴァルを左右で追い詰め、湖へと駆り立てる。奴は笛の音から牛のような間延びした低い声で叫びながら氷上へ飛び上がる。バリバリと音を立てつつも、すぐさま、ウラドの魔力で湖は凍る。その上に走るティナ達が見える。
「さて、僕も向かおうか。」
ウラドは氷の上に、慎重に踏み入った。彼の鋭い目が、奴を捕らえる。
走り出した。
湖の上を、彼は滑るようにして走る。奴は湖の中心で、吠える。蹄で後ろ蹴りをしたり、健脚で逃げようと辺りを走ったりと、鹿にしては馬に似ている。ウラドはまた詠唱し、氷を槍状に隆起させた。奴はまた恐れ慄き、鳴き、暴れた。ウラドは青年を一瞥する。まだ狙っているのか?この魔力の凝縮は、撃つ一歩手前のようだ。だが、それでは足りない。
「––––体力を減らす必要があるな。」
そう言い、ウラドは槍状を形成し、奴の足を軽く串刺す。猟犬達も背中に飛び乗って噛み付いたり、ある一匹の薄茶の毛色の猟犬の合図であちこちへと飛び回る。
刹那、一筋の魔力を感知した。凍てつく氷柱のような鋭く、真っ直ぐに天を突き刺すような魔力、何故、今だ?ウラドは目を見張る。
「なるほどね。」
一方、青年は魔力を込め、銃身を握る。神経を尖らせ、細い目でやつを睨む。魔力が銃身を通り、経口へ達する。
「––––!!」
ダァォォァァァァァォォァ––––––ン!!!
間延びした低い音が、森全体に響く。鳥があちこちに飛び散る。彼の銃からは、一筋の彗星のように光が発射され、隆起した氷の隙間を通過し、獲物を撃ち抜いた。
ポォォォォ––––
掠れた笛のような声が響き、奴は氷上で倒れ込んだ。猟犬達は互いに労うように顎で頭をスリスリと撫で合う。荒い息を吐きつつ、青年の方を見た。青年も銃を携えて、こちらへ走って来た。
「毛が寝た。もう死んだな。白猫を探して、約束通り俺らで−−−−−」
ドゴゴゴゴォォォォォォォォ!!!!!!
突如、森の外れの方で、何かが崩れ落ちるような轟音がした。ふと緩んだ彼らの空気が、また凍てつく。ウラドは音の方角を見て顔を歪める。街が黄昏時のように紅くなっている。その方向から微かに、また崩れる音がする。街の方からは、膨大な魔力が検知された。
「街が襲撃されている−−−!」
それを聞いた青年は思わず溢す。
「––––アニア」
彼は走り出した。その切羽詰まった顔を、背を見て、ウラドはふと、魔力探知をする。ティナはやはりいない。この森にすらいない。街に向かったのか?ウラドは不安を濁らせつつも走った。
街は、崩壊に満ちていた。命乞いする者、母を呼び探す子、痛みで悶え苦しむ者、彼らの悲痛で恐怖に満ちた阿鼻叫喚が、崩壊と調和し、児玉する。ウラドは空いた口が塞がらない。その前にいる青年も、絶望の眼差しで前を見ていた。
絶望と苦しみの渦中の中心で、『ソレ』はいた。鬼のようなツノを携えた者。ウラドは睨む。
「魔人か––––!!」




