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彷徨える貴方  作者: 黒井基治
第二章 北の大陸【アイデース大陸編】
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第十八話 怪しげな

ユリウルス暦 875年 10月10日


様々な濃淡の灰色が重なり合って浮かび上がる空の下。乾風とそれに乗って流れる凍てつく空気、そして、テトラポットに打ち付ける氷のように冷たい波は、北の大陸の過酷さを醸し出しているように思える。船が港の駐留している最中、人々は北への期待を爆発させて街を練り歩いていた。港から北西の方にある門までを繋ぐ大通りを中心に規則正しく形成された街並みは、窓から見れば、まるで写真のように思えた。第一階層が店や広場であるように、その外側にある第二層は宿屋や娼館が殆どであった。その一店舗の宿の2階の部屋で、ウラドらは寝泊まりをしていた。ウラドは暖炉の前にある二人用のベットの上で、昼近くまで蹲っていた。


「寒いね。」


「–––––寒い、のか。」


ベットの正面にある暖炉の横に座っていたロキが、そう反応した。この部屋にはこの二人しかいない。他は買い出しに行ったのだった。布団をしこたま被ってダンゴムシの様に丸まったウラドはそのままガラガラな声で、ロキは暖炉横で本を持って、淡々と話し始めた。


「寒いよ。」


「お前、北の生まれではなかったのか。」


「北の人間が寒いのに強いと思わないでもらいたい。」


「そうか。」


ガチャリ


ドアが開いた。誰なのかは言わずもがなティナとテナナだった。二人は手を繋いで仲睦まじく中に入る。


「寒いですね〜」


ティナは荷物を暖炉からそれなりに離れたテーブルに置く。テナナはロキに引っ付く。ロキは彼女を引き寄せ、足の上に乗せた。その時、彼女が異様に冷たく感じた。


「お前随分と()()()。」


「んー?そう?」


「外が物凄く寒かったんですよ。ウラドさん、一枚くれませんか?」


ティナは謙ってそう言っていたが、実際は容赦なくウラドの布団を一枚剥ぎ取ろうとしていた。ウラドはムクムクと蹲って離そうとはしない。不貞腐れたティナは口を3にして暖炉の前に寝転がった。子供のように小さくなったティナは次第にくしゃみをした。


「大人気ないな。ウラド。」


ロキが諌めるようにウラドに言う。正直、寒いものは寒いのだった。ウラドは子供のように駄々を捏ねる。


「寒いんだ。」


「なら、一緒に暖を取ればいい。」


そう言われて、素直に一緒にくっつく者がいるか、と彼は反抗心を剥き出しにして少しの間動かなかった。だが、ロキの梟のような獲物を逃さない鋭い目線に根負けしたのか、ウラドは嫌々のっそりと起き上がり、一枚取る。布団を持って立ち上がったその時、彼女が置いた荷物の中に、妙な骨董品があるのが目に映った。ロキは布団をティナに軽く被せながら言う。


「どこで買ったんだい?あのガラクタ。」


吐き捨てるようにそう尋ねると、ティナは耳をピーンと鋭く立たせて、言う。


「ガラクタじゃ無いですよ!『魔法の壺』です!」


意気揚々と立ち上がると、ティナは駆け足で壺を見せる。妙な縄文のような紋様だ。土で作られたであろうこのツボは紫が色褪せて、何だか薄気味悪い。ウラドは呆れた。こんなものが魔法なわけがない。確かに魔力を付与したり、術式を付与することがあっても、壺なんかに魔法はかけない。ウラドは溜め息をついて言う。


「魔法だって?どんな魔法なんだい?」


それを聞くと、ティナは待ってました!とフンと鼻を鳴らして話し出す。まるで押し売り業の男のようだ。


「『欲しいと願ったものが壺から出てくる』そうです!」


それを言った途端、皆皆冷めたような空気になった。全く魔法の理屈にそぐわないものだ。長年そう言うものにはお目にかかったことはあるが、どれも効果のない飾り物だった。ウラドはそれが嘘だと直ぐに確信した。だが今のティナはそれを認識出来ていない。今後の彼女の為にもと思い、彼は壺を持って言う。


「じゃあ、早速やってみようじゃないか。」


ウラドの掛け声に合わせて、テナナとロキも壺の周りに集まった。ティナの耳があちこちにフリフリと動く。ロキは淡々とした目つきで観察していた。ウラドが言う。


「誰からやるんだい?」


「じゃ!あたし!」


そう言ってテナナは手を挙げた。皆は頷くなり黙るなりして同意を示した。テナナはヒョイっと立ち上がって宣誓するように言う。


「あたしは、ぬいぐるみ!」


そう言って、テナナは壺に手を入れた。ゴソゴソと探っていくと、何かを掴んだのか、目を丸くして手を引き出す。


「犬だぁ!」


出てきたのは黒犬だった。北方の犬だろうか。テナナはギュッと抱きしめる。今まで寝床の相手をしていた猫のぬいぐるみがお役御免になってしまったのか、ロキは少し恨めしげに犬を見ていた。そんなロキとは打って変わって、ウラドは壺を見ていた。こんな事は本当にあるとは思ってもいなかった。壺を持ち上げ、紋様からそこの部分をひっくり返したり、中を覗いたりもした。ティナは急に興味を示したウラドに微笑む。


「やっぱり、ウラドさんも興味持ちましたね?次はウラドさんがいってみましょう!」


ティナは両手で勧める。ウラドも半信半疑で手をそろりと入れる。


「じゃぁ僕は−−−−−」


ウラドは壺の中を探った。よく、よく探った。藁にもすがる様な訳ではないが、それでも、何か、願うようにして探った。


       何も出てこなかった。


「何も無いね。」


ウラドは諦め切ったような、笑みを浮かべる。ティナは彼の心像を察せずに明るげに言う。


「何を願ったんですか?」


「––––内緒。」


呆れるようにして彼は笑う。ティナとテナナはクスッと笑い、ロキはその様をウラドと比較しながら見ていた。次はティナが壺の近くに寄って言う。


「では私は、『お菓子』!」


手を入れる。好奇心と期待で尾がフリフリと半円を描きながら揺れる。数分が経過した。彼女の目は次第に泳ぎ始めた。ウラドは分かりきっていたような表情で言う。


「無かった?」


「い、いえ、まだ––––準備中ですよ、きっと、」


泳ぎ続ける目からは、何も無いことを既に示唆していた。また数分手で探っていくが、まだ出てくる気配がない。今度はロキがキッパリと言う。


「無いんだな。」


その一言が、静寂し切った部屋に響く。それを契機に、ティナのフリフリと揺れていた尾も、ペッタンと床にくっついてしまった。彼女は涙目で告白する。


「無いです」


「全く、変なもの買うからだよ。願いなんて壺一個で叶うなら、みんな叶ってしまっているよ。」


ウラドが呆れ笑いで言う。ティナも半べそかいて頷く。


「だが、それなら、何故人間はこんなものを買うんだ。」


すかさず、ロキは立ち上がったウラドを見上げるようにして尋ねた。まっすぐで曇りの無い、光の反射すらない灰色の目を見つめながら、ウラドはふと窓辺の方を見て言う。


「夢が叶わないというのを否定したかったんだよ。」


「––––愚かだな。」


「そうだね。」


ウラドは窓を見ていた。特に世界が広がっているわけでなかった。だが、何だかあの窓の向こうを見ている気もした。ロキは遠くを眺めているウラドを少し見てから、ふと、疑問を持ってきた。


「そう言えば、何故、テナナのぬいぐるみは叶ったんだ?」


それを皮切りに、他の二人もテナナをよく見る。彼女は首を傾げてよく犬を見る。特に何の違和感もないが、少し汚い。ロキは犬を持ち上げようと、テナナのでの隙間から、自身の手を捩じ込む。犬は異様に軽い。単にぬいぐるみだからなのだろうか。目や足を観察する。ぬいぐるみなのに、骨格がある。それに勘づくように、ティナも近寄っては観察した。


「ニ゛ャ゛!!!」


ティナは鈍い叫びを上げる。そして、ギョッと顔を歪める。


「これ、犬の死体です」


その一言で、皆先程の彼女のようにギョッとした。テナナは思わず犬を投げ捨てる。ウラドは駆け寄って観察する。黒すぎてよくわからなかったが、確かに、犬の死体のようだ。目をなくなっており、中の骨が見えてしまっていた。ウラドは投げ捨てられた犬の死体を摘んで持ち上げる。


「これ、処理しておくよ。」


ウラドは錆びついたレバーハンドルを傾けて部屋を出て行った。部屋には犬の死体にショックを受けてロキにしがみついているテナナと、壺がインチキ物だったことにショックでロキにしがみついているティナだけだった。湯たんぽが増えたので少し満更でもない顔をするロキは、部屋の中に壺がないことぐらい既に気付いていた。


外は昼か否かわからなかったが、大通りに出ると、民衆が屋台に集まっていたので、察しがついた。空は変わらず灰色の層が出来上がっていた。ウラドは大通りを右に曲がっていき、小道へと入っていく。寂れた店が立ち並ぶ中、ある一店舗の店の看板が、文字を浮かべる。『バレッティ・ナイツ』だ。魔導書の解析や、魔法品の取り扱いもしている。ウラドは看板を見上げるとすぐに金色のレバーハンドルを傾けて店内に入った。


店内は薄暗く、ここだけ夜のようだった。棚に置かれた溶けかけの蝋燭の火が不気味に灯る。


「もう少し明るいほうが良いんじゃ無いかい?」


ウラドは店内を見ながら呆れ顔で話す。すると、奥の受付から引き笑いが聞こえる。


「こうすると、変な客は寄り付かないんだよ。人嫌いのお前ならこれの良さが分かるだろう?」


「まぁね。」


受付にいたのは蝙蝠のような格好をした老人だった。奴はここの店主をほぼ全ての生涯をかけて勤めていた。ウラドとも顔見知りで時折尋ねる。ウラドは壺を受付の散らかったテーブルの上に置く。すると老人はケタケタと馬鹿にする笑いをする。


「ほほぅ?あんたの趣味ではないね?」


「連れが買ってしまったんだ。君こういう骨董品好きだっただろう?安値で売るよ。」


「あんたも、大昔はこういうインチキにハマって損した事があったと、ベリアールが笑いのタネにしとった。」


「僕にも–––若い時期はあったんだよ。」


そういうと、目を丸くした老人はすぐにケタケタと笑い、片目用の顕微鏡を取り出して、念入りに確認する。鋭い眼差しで、手際よく観察する。あらゆる文様を見るたびに笑い声が響く。


「こりゃあひでぇ。骨董品でもなんでもねぇ。」


「そうなのか?」


「おん、その辺の壺職人の失敗作をいい感じにした程度の出来栄えだな。50トテーだ。」


50トテーともなると、その辺で駄菓子が買える程度の値段だ。しかし、買い取ってくれると言うのなら、ウラドはいくらになっても構わなかった。喜んで壺を差し出す仕草を見せる。すると老人は受付の引き出しから、ガチャガチャと小銭を取り出しウラドに差し出す。


「毎度。」


「あと、この犬。死んでだいぶ経つけど、あげるよ。死骸は実験によく使えるからね。」


「ケケケッ––––そんな真面目に使う奴なんざ錬金術師ぐらいだ。俺らは、メシにするぐらいしかねぇな。」


ウラドは何も言わずに少し頷いて、無愛想に出て行った。老人は常連客の無愛想なその様をケタケタと笑って見送りながら、買い取った壺を棚の下に置き、その上に大きなガマガエルのような魔法動物の生首を飾った。犬の死体は、奴の夕餉になるだろう。


ウラドは大通りに戻る。人々は肩を縮めながら足早に歩いていた。綺麗で厚地の服に混じって、薄っぺらい布切れを纏った者が見える。ここ数百年前には無かったような光景だ。ふとすると、頬に冷たい雪が擦れる。見上げると、視界一面に濃淡様々な灰色が水面に浮かび上がっているような空だった。フワフワと舞い降りる雪を浴びながら、ウラドは人混みの中を歩く。屋台は火鉢を用意して暖を取り始めた。その屋台に向かう事なく、ウラドは歩き続けた。だがふと、子供達が活気に満ちた様子で、ある店に入って行くのが見えた。そこに意識を向けると、すっ、と甘い砂糖の匂いが入り込んできた。きっと、菓子屋だろう。丁度いい。ティナ達の菓子でも買って帰ろうかと、彼は子供達に混じって店に向かった。


店はいかにも、レトロで、上品な風合いをしていた。塗られたばかりの茶色の塗料の柱、ガラスショーケースから見える店の賑わいと、菓子の色、寒さゆえに色が少ないこの街でも、この店の中はキャンパスの中の絵のように色鮮やかだった。ウラドは子供達が勢いよく開けたドアに、スルリと入って行く。棚には瓶詰めされた菓子にクッキー缶など見渡す限り甘い匂いと菓子の宝石で溢れる。ふと入り口と正面にある受付に向かうと、レジスターの下の棚に瓶に満杯に入った包みチョコや飴などが詰まっていた。店主の娘は茶色のエプロンで白の制服だったが、慎ましくも上品な佇まいだった。子供たちの相手をしている彼女に気にせず、ウラドは菓子の横にある銀の皿にコンフェイトを山程乗せた。そして、受付奥の他の娘達をベルで呼ぶと秤で量って貰った。娘たちは終始笑顔で振る舞っていた。自然な愛想笑いができるのは、やはり女性の腹の中を明かさないという行動本能故なのか、それとも、単にこの娘達の接客が上手いだけなのかは、彼にもわからなかった。だが、不躾にも、彼女達の笑みが、妙に、自然すぎており、何だか奇妙な気がしてしまった事は事実だった。


「10トテーです」


「はい」


ウラドは小銭をトレーに置く。その様は、何だか老人のように見えた。娘はキッカリ小銭を受け取ると、コンフェイトを小袋にしまって彼に渡した。彼は軽く礼を言って、静かにその場を立ち去った。


そして何もなく宿に戻ると、暖炉の隙間から伸びているロキの脚しか見えなかった。ウラドは荷物をベットの側に置いて、コンフェイトだけを持って暖炉に近寄ると、ロキを挟んで、ティナとテナナは寝ていた。ロキは少し窮屈そうな顔をしている。


「君って湯たんぽみたいにあったかいよね。」


ロキはダンマリをきめる。予算の都合上、ウラド達は二人用ベットを四人で並んで寝ていた。その時、かならずロキは体温が高く、温かいので抱き枕にされているのだ。そんなロキを宥めようと、ウラドはコンフェイトを差し出す。


「食べなよ。甘いよ。」


ロキは一粒取る。乳白色の突起のついた形のコンフェイトを口の中に放り込む。彼は無表情のままだったが、頷いてはいた。そしてもう一粒取る。


一時間後には二人とも起きた。その頃にはもう時計は夕方の差し掛かっていた。


「ウラドさん––––あの壺、どうなったんですか?」


ティナは目を擦りながら小さな声で尋ねる。ウラドはコンフェイトを見せる。


「50トネーで売って10トネーのこれを買ってきたよ。」


それを聞くと、ティナはコンフェイトを見て、少し涙目になる。


「お小遣いの大半を使ったのに––––」


そう呟きながら、コンフェイトをつまんで食べる。


パッキ––––ボリボリボリボリ


「––––美味しいです。–––壺が嘘っぱちなのは残念です」


「でも、お菓子が欲しいと言う願いは叶ったね。」


「––––はい」


ティナはコンフェイトをボリボリと一粒ずつ食べていた。それを見たテナナも一粒摘んで食べた。ウラドはそうやって菓子をつまむ二人を見ながら、ベット横の椅子に座り、杖を磨く。さて、次は何の菓子を買ってやろうか、と、彼は北の菓子を連想するのだった。


「美味しいですね––––おやつ–––」


ボリボリボリボリ

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