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彷徨える貴方  作者: 黒井基治
番外編 船上
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第十七話 北へ

ユリウルス暦 10月 10日


ウラドは陽光が南中する頃にやっとウトウトと起き、顔を洗い、身支度を整えて椅子に座っていた。この一連の行動だけでも疲れが沸く。だが、この付近には人もいないので静かで、彼自身よく眠れた。静寂と安堵が立ちこめる中、彼はテーブルに頬杖をして沈思黙考していた。


––––ガタ


床を凝視していた目線が反射的にベットの方を向く。ロキが起き上がったのだ。彼は決まって五時頃に目を開ける。彼はベットから降りる時、屈みつつも、ウラドを見た。冷たく無愛想な眼はそのまま下へと向けられ、彼は降りる。梯子下のブーツに、ガバッと足を突っ込むと、その場で整える。以前は履いたまま寝ていたが、数日前を境に途端に礼儀正しくなった。子供の面倒をあれこれと見るようになり、狭い部屋でも彼女の為に肩車をして遊んでやったり、彼女の悪戯にまんまと引っ掛かったり、あの手この手でやりくりしている様は、育児を始めて間もない父親のようだった。顔は変わらず無表情であったが、目の中の感情は少し籠っている。


「おはよう。ロキ。」


「あぁ。」


ロキは降りたままキッチンの方へ向かい、ケトルに水を入れ、コンロに火をつけた。ジジジ–––ボボッと火がつき、水滴のついたケトルの側面は瞬く間に蒸気となった。ロキはウラドの正面に座る。そしてまた本を開く。ウラドは彼を眺めつつも、足を組みながら杖を召喚し、ハンカチで手入れする。


「おふぁようございまふ」


「おはよう。ティナ。」


ここでティナが起きた。彼女はモサモサになった長い白髪を適当に後ろに流し、立ち上がる。そして、床に置かれていた鞄から櫛を取り出す。ベリアールから貰ったそれなりに上等な物だ。彼女はそれを持ち、ウラドの背後に回る。ティナは丁寧にウラドの髪を解かしていく。その合間に、ウラドは麻袋を召喚して中身を確認する。現在50ルネー。彼は溜息をつく。


「盧銀も随分減ってしまったよ。船の上だから、儲け話も無いし。どうしたものかな。」


「魚でも釣るか。海にも魚型の魔法動物はいる。」


ウラドは右手を適当に挙げる。


「駄目だ。この航路にはあまり魚は来ないね。術式で魚除けとかしてるのかな?」


ティナが少し顔を天井に向ける。


「術式––––というと、錬金術師と言った魔導士達は嫌われ者では?」


「生憎、嫌われているのは錬金術師位だ。術師は信仰心と理屈を分離して良い具合に立ち回ったから、民間のちょっとした上等学問の一種として歓迎された。でも、愛想も世渡りもない錬金術師は真っ向から理屈に沿っていない、信仰心を中心に解釈した聖導師を否定してしまった。故に、奴らの勢力拡大と共に淘汰されつつある。」


ウラドは溜め息混じりにそう話した。ロキは何の反応も示さず本を読み、ティナは軽く同情した。その時、ベットの方でちょっとした唸り声がした。ロキが立ち上がってその方へ向かうと、やはり少女がむくりと起きていた。少女は側にあった黒い袋を見つけると、ロキに手渡した。そして、ロキはそれを開ける。


中には、平たい黒の端末が入っていた。端末の方を天に翳すと、何故か半透明に見える。ボタンといったものはなく、光の筋が時折、端末の淵を走る。ウラドはそれを見て少し興奮気味に言う。


「それ、簡易術式収納機(データファイル)だろう?術師が集めた術式を収納して、使用したりできる物だよ。珍しいね。」


「––––そうか。これは、ティナでも使えるのでは。」


そう言い、ロキはティナに手渡す。ティナは物珍しそうにそれを眺めた後、魔力を込めようと力む。だが、ファイルは魔力不足と判断したのか、何も反応しなかった。ティナはしょぼくれて耳が折り畳んでしまう。ロキは悲しげに端末を見つめる彼女を見て、少し思考する。端末を取り、収納された術式を検索していく。様々な術式が収納されているようだ。そのうちの一つが、ロキの目に留まった。そして、ティナに向かって淡々と言う。


「杖はあるか。」


「え?うん。あるよ」


困惑した様子ではあったが、ベットに立て掛けられていた白銀の杖をロキに手渡す。ロキはそれを、入念に観察した。芯を見るに、魔力は馴染みにくいもののようで、気難しい素材だ。だが、外側は艶もあり、握りやすい素材だ。そして外見はそこまで派手ではない、最早棒。となると、やはりこの式との相性は良さそうだ。ロキは端末を白銀の杖に翳す。すると、杖の持ち手に妙な文字と式が淡く光りながらズラリと表示される。それがフワリと消えると、ティナは目を凝らして杖をみた。特に形状などに変わりは無かった。だが、ウラドはその杖を目を見開いて、息を呑んで見た。


「術式付与か。凄いな。」


「形状変化の式だ。これは、錬金術師由来のものだな。」


「その通りだ。物質の分子の位置をずらし続けることで作動させる。術師は式にして保存したりするからね。錬金術師の魔法に永続性は無いけど、術師の式にはそれがある。関心するよ。」


「この式は、イメージでも形を変えられる。杖の魔法石を通して杖ぐらいなら形を変えられる筈だ。」


「有難うございます!ロキさん。」


耳と尾を振りながら、ティナは笑顔で言った。ロキは何の反応もなかったが、恐らく満更でもないのだろう。ウラドはその様を見て無性に笑んでしまう。そしてある布と衣服を召喚した。


「これ、ハインケルからの物だ。好きな色を選んで良いよ。こっちの服は北に行く際の冬服ね。」


そう言って彼は各自に服を渡した。どれも柔らかく頑丈な素材だ。そして、彼の手に残る布は3枚。黒と青と白だ。どれも、金色の装飾が施されており、夜空のようであったり、海原のようだ。ティナは目をまん丸にして、白の布を選んだ。ロキは無表情で淡白だったが、直ぐに青を選んだ。ウラドは内心欲しかった黒が手元に残ったので、少しほくそ笑む。少し縦に長い布を見て、ウラドとティナは自身の杖に巻きつけた。ロキはどこにしようかと布を見つめる。盾に巻いても邪魔になるだろう。あれこれと考えていると、腰ベルトが引っ張られる。目線を落とすと、物欲しそうに見つめる少女がいた。ロキはしばし彼女を見つめ、ハッと気づいた面持ちで布を彼女の頭に巻く。少し不揃いな蝶々結びに触れつつ、彼女はニコッと笑った。それを見て微笑むティナはロキに向かって尋ねる。


「そういえば、この子の名前って何でしょうか?」


ロキは口を半開きで固まった。そういえばここ一週間ほど共に生活しているが、名前なんで一度も聞いた事がなかった。大抵、呼ぶ前に近くにいるので、呼んだことすらなかった。ロキは少女を見下ろす。淡々とした目を見つめ返すと、彼女はポツリと言った。


「テナナ」


「テナナさんですね!良い名前です!」


ティナは微笑む。可愛い妹のように接するティナを見て、ウラドはスラムでもこのような面倒見の良い姉であったのだろうな、と思った。辺りにふんわりと流れる少量の感動を遮るように、ロキ仏頂面で話し出す。


「北の大陸は、お前の故郷。無論、ルートは把握してるんだな。」


「?そうだったんですか?」


ウラドは淡々とした眼をするように努めた。内心、怒りが彼を焼き殺そうと火力を上げていたのだ。ロキは悪びれもせず、彼を見る。なるほど理解した。ロキはこの時点で、隠し事をできる限り排除したかったのだろう。小癪な事をする。ウラドは平静を保つように、少し目を閉じて安安と言う。


「勿論把握している。先ずは、この船の到着先であるゲルマニア共和國を西に通過してバルメアン山脈を通過、その後『無の國』を通過して西へ向かう。」


「無の國?」


ティナが首を傾げて問う。ウラドは彼女の丸くなった青い目を見て言う。


「無の國とは、最早國同士が奪い合うのを辞めた土地だ。ある種、国境線が隣合わないようにする為にも形成された中立の土地だよ。」


ティナは物凄い好奇心に駆られた。もしかしたら、その土地は平和な良いところなのかもしれないという未知と無知から漂う期待が彼女を揺さぶっていたのだ。ロキは冷たい眼差しで彼を見つめていた。その射抜くような目を察知したのか、ウラドもロキを冷たく見返した。ロキは察したのだ。ウラドが自身の事を探られる事に恐怖心すら抱いている事に。警戒する様にして互いを見つめる。



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