第十四話 真意
ロキがハインケルと表のカウンターで話をしている間、ウラドは裏手の医務室で、ティナのベットの隣に座って彼女の手を無意識に握っていた。まるで看病する親のようだ。事の詳細は、『ロキ』などと名乗る人物から聞いていた。ティナがどうして森へ来てしまったのか、未だに理解はできていなかったが単なる好奇心だろうか。確かに、彼女は好奇心旺盛で、時に、面倒事に首を突っ込んでしまうことは多かった。依頼の安請け合いや、変な荷物運びまで、様々だった。何度も注意しても、この癖は変わらなかった。今回も、ロキとやらの案内を二つ返事で承諾してしまったのだろう。そう思うと、ウラドは少々、呆れで物も言えない。
「痛てて–––––」
彼女が唸りながらそう言うまで、ウラドは彼女の手を強く握っていた事に気づかなかった。ウラドはつい、手を離してしまった。そして、ティナの顔を下唇を噛みながら、凝視する。ティナはゆっくりと眼を開ける。そして布団の中でゴソゴソと右手を腹の傷に当てる。どうやら傷は辛うじて塞がっているようだ。ティナは隣のベットを見た。ウラドは意識が朦朧としているのだろうと、左肩をツンツン、と突く。ティナは疲れたような表情でウラドを見た。ウラドは少し眉間に皺を寄せて怒りのこもらせていた。
「何で森に来たの。」
ティナは少し黙った。正直にいうべきか、だが言ったところで彼はどんな行動をとってくれるのか見当も付かなかった。だが、彼女はゆっくり身体を起こす。
「–––––自分が足手纏いだから、置いて行かれている気がしたんです」
それだけだった。ウラドは直感で分かった。ハインケルが言っていた。「あの子に錬金術師の才能はない。」と。まさか、そのことなのか。ウラドは試しに魔力探知を行う。やはり、魔力が乏しい。しかも、これは彼女自身の魔力制御によるものではないだろう。ウラドはその疑問が確信に変わるのを感じた。ティナを少し覗きように屈み、淡々とだが、慎重に話す。
「魔力が乏しい事に、劣等感を感じているんだね。」
ティナは泣きそうな表情で頷く。耳がペタンと倒れ込んでいる。正直、ウラドには理解できていなかった。魔力の増加量も、元の所有量も個人差がある。何を気にしているのだろう。いや、これが自身と関係しているのか?魔導士としての才能がない事に、自分が落胆すると考えているのか?ウラドはもう一度、ティナを見る。もう泣く寸前のように涙が目に溜まっている。正直、ウラドは宥めるのは苦手だ。慎重に言葉を考えた。
「なにも––––錬金術を教えてたのは、僕の自己満でしかなかった。気にしないで。」
そこまで温かい言い回しではなかった。だが、小さな声で話す彼の言葉の真意を悟ったティナは泣きながら鼻を啜る。感謝と申し訳なさを抱いて。ウラドは耳を縮めて子供のように泣く彼女を見て、ウラドは強張ったが、そっと抱き締めた。きっと、これが良い判断だったのだろうと、彼は一安心した。
ガチャ–––––
裏手に入って来たのは、ハインケルではなく、ロキだった。ウラドはすぐにティナから離れた。流石に他人からこれを見られては勘違いされかねないからだ。しかし、ロキは何も気にする様子はなかった。ティナも同じ様に悟られないように袖で涙を拭った。ウラドは人嫌いが炸裂したのか、不信げに睨む。ロキは無表情でウラドの横で立ち止まる。
「この人を知らないか。」
カチャ–––––
懐中時計を、ウラドは至近距離で覗き込むように見る。長い事旅をしているが、この黒髪の女性は見た事がない。服装も軍服とは違う。軽い鎧のような、装甲のようなものだ。背景は、殺風景な真っ白い部屋だ。壁だからか、一見すると監獄にいるようだ。ウラドは一瞬ロキの冷たい眼を見てから、顔を遠ざけた。
「––––知らないな。」
ウラドは端的にそう言うと、ロキは 何も返すことなく店の奥へと歩いて行った。奥は青色のカーテンで仕切られており、暗く何も見えない。だが、物置のような役割であるのは間違いない。そうなると、何の用で、しかも明かりもつけずに。ウラドは怪しんで彼を見送った。そんな彼を見て、ティナは言う。
「あの方、あの女性を探してるみたいです。宿に来た時も同じ事を聞きました。」
ティナが森に来た理由も、ロキが尋ねたからというのは予め聞いてはいた。しかし、奴が何者で目的が何なのかは一切彼の口から出ることはなかった。ウラドは奥をまっすぐ見ながら怪しむように言う。
「僕が行ってくる。」
そう言い残し、ウラドは奥へ歩いて行った。ティナは少し寂しそうに耳をぴょこぴょこと動かした。だが、少し心境が軽くなったのは彼女自身理解できていた。そして、そのまま横たわった。
奥の部屋は意外と長い廊下が続いていた。左右部屋がある所を見るに、店員の部屋だろうか。だが灯りすら漏れていない。ウラドは杖で灯りを灯す。丁度杖先の魔法石が淡い葵に光る。先へ先へと歩いていくと、ウラドの軽い足音に混じって重い厚底ブーツの足音が重なる。暗い廊下の先で、ロキが歩いているのが見えた。黒い髪が青と混在している。ウラドは小走りで追った。
「おい。」
ロキは重く、立ち止まり、ゆっくりと振り返る。彼の灰色の目光によって、淡く蒼く光って見える。その冷たい眼差しで、近寄ってきたウラドを見下ろす。大体20cm程の差だろう。ウラドは嘲笑するように見上げて言う。
「僕も、ベリアールに用があるんだ。一緒に行こうではないか。」
「––––」
ロキは黙って先に進んだ。こうなれば勝手に行く他あるまい。ふん、と鼻で笑い後を追った。ウラドの人嫌い故の対抗心に似たものが表面に出ていたのだろう。先に進むと、一つのドアが突き当たりに現れた。ウラドはロキを見る。ロキもウラドを見る。早くいけと言った顔で蔑ろにするように見下ろしている。無愛想で癪に障る。ウラドは少し溜息を吐いて、杖を左に持ち替えてドアノブに手を掛ける。
ガチャ––––––
その先には暗闇が広がっていた。延々続く廊下、灯りを奥へと翳すと、フッと蝋燭が息で消されたように杖の明かりが潰えてしまう。ドアの仕切りを見ると、魔法解除の術式が感知できた。何に警戒しているのか理解し難いが、二人はゆっくりと歩き出す。
コツコツ––––––ドンドン––––
重なり合う軽重真反対の足音は協和しない。数分歩くと、ふと、遠くに何かあるのが見えた。––––ドアだ。
「サムラッチ錠の–––赤いドア。」
ベリアールの部屋に通づるドアだ。ウラドは駆け足で向かいそれを開ける。部屋は変わらず洒落た家具で飾られているが、模様替えでもしたのか内装は少し変わっていた。暖色の強い木材の本棚や暖炉にも火が焚べられ、パキッと弾ける音がする。ウラドは奥へと入る。机の上は変わらず書類の山で、それに伴って何か、植物の標本なども置かれている。そして、その散らかった机の上には、一枚のメモ書きが真鍮の置物と共に置かれている。
『ウラド。依頼ご苦労様。今君が持っているそれは、目ではなく視覚情報を得るための触覚だよ。本当はティナがかち割ったアレが目だ。依頼失敗として報酬金は無しだ。お間抜けだね。そして、彼の事だが、僕には判断がつかない。人間ではないようだ。術式の塊と言っていいだろう。君が面倒を見てやってくれ。では、依頼だ。三人で【アイデース大陸】東部に存在する都市【メレスト】に行くんだ。そこにある【ヴァルーヴェルの肝臓】を任せたよ。渡航に必要な旅券などは後ろの暖炉の上だ。ロキへのプレゼントもあるよ。では、また。』
「勝手な奴だ。」
ウラドはメモ用紙を握りつぶし、暖炉に投げ入れた。元はと言えば、ヴォルテーの特徴を事前報告してくれればよかったのだ。いや、もしかしたらウラドが依頼に失敗する事も、ティナとこうして和解的な展開になるのが見たくなってわざと引き起こしたのだろうか。そう思うと、怒りと不満が煮えたぎってしょうがない。そんな事を怒りの中で吐き捨てながら、白内障の眼のような触覚をソファの上に置き、部屋を出た。ロキはムスッとした顔で強い足取りで出て行ったウラドを目で追いながら、懐中時計を開けた。黒髪に、口角を上げている。服装はロキと似たような黒い装甲を纏った服装だ。ベリアールとやらは恐らく彼女のことも知らないのだろう。それでも彼と同行する様に言った理由は?
「––––––––」
蓋を閉じた。暖炉の方を見る。ウラドは渡航券など諸々を持たずに行ってしまったのだろう。にしても、何故ここまで怒り狂っているのかは、ロキには理解できなかった。一先ず、自身の「プレゼント」が入っているであろう袋と渡航券を脇に抱えて部屋を出た。
部屋の外は何故か先ほどの裏手のドアではなかった。少し当たりを見回す。どうやら、ロキが出てきたのはトイレのようだ。ドアの引っ掛けには黒いサヌカイトの棒状風鈴が、その隣の個室には同じくサヌカイトの円状風鈴がぶら下がっていた。右手の奥は賑わっている。若い女と男の談笑する声だ。ロキはその声に引き寄せられるように歩いた。歩いた先にはカウンターやテーブル席が何席か置かれていた。色鮮やかな海殻がまるで目印のように飾られている。窓辺は月の装飾がぶら下がっており、外にも月が浮かんでいた。ここは、SINだ。となると、あの酒やコーヒーミルなどが置かれた棚の横にある通りが裏手への入り口なのだろう。ロキは不躾にも皆が話し込む中、堂々と入って行った。
裏手に入ってすぐ、医務室になっていた。医務室特有の無機質で重々しくも、棚やベットにはぬいぐるみがあったりと安心感も歪に混じり合っていた。ウラドはというと、入って右手にあるベットに眠るティナの手を握りしめていた。ロキはウラドの正面に座る。
「明日、出航だ。」
「そうか。」
ウラドは疲れ果てたように俯く。
「睡眠を推奨する。」
「––––いや、良い。君ももう寝ろ。」
「必要ない。」
「–––––君は、何者なんだ?」
ロキは黙り込んだ。ウラドは察した。ベリアールの言う通り、ロキの装備のあちこちに術式や錬金術師に似た式が感知できた。だが、似ているようで全く異なる式だ。睡眠が必要ないのはこれらの式による効果か。少し考えながら、ロキの背後にあるベットに横になった。数時間もすればウラドも寝息をかいていた。ロキは少し振り向く。色白の肌だ。布団すらかぶっていなかったが、ロキは何もせずまたティナの方を見る。耳が時折動く。その反射的な動きをひたすら茫然と眺めていた。ロキは次第に暇を持て余し、棚の上に佇む猫や熊のぬいぐるみの手足を動かして遊んだ。
––翌日––
三人は港付近の停留所に居た。ティナは体力面で未だ本調子では無いので、停留所のベンチに腰掛けていた。ウラドが時刻表を確認していると、ハインケルがやってきた。彼は三脚と頭ほどの箱を持ってやってきた。
「写真、撮るわよ。」
停留所の端にある街の名を刻んだ看板の前で、三人は並んだ。そして、ハインケルは箱と三脚を組み合わせると、箱の上部の円盤に触れる。淡く光るあたり、魔法石だろう。
キュイーーーーン––––––パシャ
「はい、終わり。」
ハインケルは箱の背面の窪みからカラー写真を3枚取り出す。三人とも写真は初めてなので、ぎこちない笑顔の二人と、無表情なロキの顔が映る。そして写真の裏面には「ユリウルス暦 875年 9月 27日」と印字されていた。ティナは尾を振って喜びが骨の髄まで沁み渡っているのがわかる。ロキは首を少し傾け見つめた後に、胸元から平面で薄い箱を取り出して、その中に入れた。
ボォォォォォォォ––––––––
汽笛が鳴る。もう行かないといけない。ハインケルはティナとハグし、三脚を担ぐ。
「じゃあね。坊や。」
「僕を坊や扱いしないでくれ。こう見えても、もう800年近く生きてる。」
ハインケルはニコリと女々しく微笑む。アタシにとっては坊やよ、と言いたげな自信満満な様子だ。ハインケルは片手で写真立てを支えつつ、もう反対の手で3枚のスカーフを取り出す。黒と白と青だった。
「皆んなで分け合ってね。」
「何のつもりだ?」
「あと何年後に会えるのか分からないし、アタシは店があるから。–––––仲良くしなさいよ。」
そう言い残し、ハインケルは人混みの中へ流れ込んでいった。そういえば、前に会った時はだいぶ昔だった。この街も小さく、観光地として名も馳せていなかった。ハインケルも、ここまで女々しくは無かったし、店も小さかった。虐げられている種族を店員として雇う店でもあるSINは、昔こそ異端で奇妙な店としてあまり客足は無かったが、今では観光地の要のようになっている。
「もう、そんな時間が経つのか。」
昔行った街も、今ではもう無いだろう。ウラドはあの二人の方へ向かった。ロキはティナの荷物を膝上に乗せて、猫のぬいぐるみで遊んでいた。ウラドは二人に渡航券を渡した。
「さぁ、乗るよ。」
船の周りには人でごった返していた。ウラドはティナの側に付いて、できるだけ傷に触らない様に進んだ。ロキは先に進み、列に並んでいた。こうも高身長だと逆に目立って助かる。三人は船の乗組員の一人に渡航券を渡す。薬師ということで通っているので荷物検査などは長くはなったが難なく通過した。ティナが少し心配であったが、特に嫌味も言われずに通過した。ロキも手ぶら同然だったので、問題なかった。
ボォォォォォォォ–––––––
汽笛が響く。するとゴソと波を掻き分ける音と共に船が出航した。停留所付近には別れを惜しむ声、喜びをもって送る声などがこだまする。ハインケルはあの場にはいなかった。別れを見なければ、別れにはならない。単に道が分かれただけ、という『別れはしない主義』であるハインケルらしい対応であった。ウラドは離れゆく街を、様々な記憶を持って眺める。もう、ここにも来ないだろう。ハインケルもそれはわかっているのだろうか。この旅の終わりに、残ってくれるものは果たして何だろうか。
「店主さん、いい人でしたね!」
ティナが隣で言う。彼女も家族への恋しさを未だ抱いているのだろうか。ウラドはそう思いつつ話す。
「–––そうだね。」
「あのような強くて綺麗な女性になってみたいです!」
ティナは笑顔で夢を描くように言う。だが、ウラドはその一言に思わず吹き出して笑ってしまう。何のことだろうかとウラドの方を覗くように見るティナに、目線を向けながら言う。
「あの店主、男だよ。」
「え!?」
甲板付近の手摺りにもたれながらそう話す二人を、ロキはティナの隣から覗き見る。
この二人の終わりは、どうなるのか。そして、この北の先に、何があるのだろう。
次の依頼の地【アイデース大陸】とは、北の大陸を示しており、酷寒の地でもある。そして、多種多様な種族が混在する土地でもあるが、同時に危険な土地でもあった。東部の国家『ゲルマニア共和國』も近年近隣諸国との諍いが起きつつあり、聖道師の勢力も拡大しつつあった。




