第十三話 勝敗の差
ティナは、接近してくる敵に、絶望の冷や汗が止まらなかった。
「魔人−−−!」
【魔人】
人類を最も殺している生物。独自の魔法を扱い、その熟練度は人間では追いつけない。狡猾で単独行動や群れでの行動など、様々なパターンがあり、彼らについては謎が多い。だが、見習い魔導士は、必ずと言って良いほど死亡する。
絶望の眼差しを向けるティナとは対照に、ロキは敵を冷静に分析した。敵は細身で筋肉質、杖を所持しているあたりで魔導士、更に杖の軸には奴の魔力が染み付いているという事はそれなりに戦闘経験はあるようだ。魔力量は人間でいう90年に相当する。二人分を換算しても太刀打ちは難しい。ティナは素早い動きが可能だが、相手は今までの戦闘を見てからこの行動に出ているだろう。
ロキは一歩前に出て、ポケットから黒い平たい直方体の端末をウラドに向けて投げる。すると、落ちた瞬間、膜のようなものが展開された。恐らく防護結界だろう。そして、盾から黒い槍に武器を呼び変えた。槍は黒い柄に黒の荊棘のように歪な刃だ。奴の攻撃パターンがわからない以上、リーチ差で距離を取れるこの武器が最適だ。
ロキと魔人は数秒互いに武器を向け合って沈黙する。ロキの足に、力が籠る。魔人はそれを看過しなかった。
バゴォォォォォン!!!!!
敵は槍から少し離れた位置から攻撃を放った。正面からの砲撃、交わすのは容易い、奴は未だに手を緩めることなく、容赦ない砲撃を続ける。ロキは天高くうねるようにバク転で避ける。奴が攻撃する理由は?不明。だが、敵意があるのは間違いない。縄張りに踏み込んだのか?
ロキは背後に立ち、リーチ差を利用して奴に攻撃する。素早い突き技を、敵は防護魔法などで防ぐ。そして、防御しつつもすかさず背後や頭上から攻撃する。だが、ロキも戦闘経験は互角のようで、槍の柄の部分で奴の顔面を殴打する。そして、奴がよろけたその隙にティナは右回りで背後から敵の背中を突き刺す。奴もそれに勘付いたのか、少し身体をずらした。だが、肺を突き刺した。後は時間の問題。敵は首を回してティナを凝視する。邪魔な虫がついた時のような、嫌悪と軽蔑の眼だ。ティナはすぐに距離をとった。
案の定敵も攻撃してくる。木の幹を飛ぶ彼女に追うように素早く、そして曲線を描くように。ティナはできるだけ魔法は使わなかった。この相手なら使っても意味がない、逆に隙を作りかねない事は直感でわかっていた。木下に回避する事で、奴の攻撃を防ぎ、隙が出来たうちに攻撃を仕掛けた。
「これを使え。」
ティナが避けた拍子でロキの近くに着地すると、ロキは自分の短剣を渡した。銀の刃が光る剣鉈のようだ。そして、ロキは代わりにまた盾を召喚した。恐らく扱いが一番慣れているのだろう。
ロキの思考内で、戦闘モードへ本格移行されていく。あらゆる魔人の攻撃パターンを分析し、それに対抗しうる一手を構築した。
ロキの目は赤く光った。
『 戦闘開始 対象の始末 』
ダゴォォン!!!
盾で奴に体当たりし、盾を地面に突き刺し、軸にして直ぐに横蹴りを与える。顎を蹴られた魔人は悶えるようにフラリと回転した。だが、その隙を埋めるように回転しながら、砲撃を放つ。ウラドがグリム戦で放ったようなものとは違う。鋭く、辺りのものを消し炭にするような光線だ。だが、その光線を、ロキは盾で跳ね返す。辺りの木々を一掃し、土煙を起こさせた。魔人は魔力探知で敵を探る。だが、目の前にいるロキにしか反応できなかった。ロキは幾度も蹴りや盾で殴打した。そして、顎目掛けて下から殴った。ティナはその隙を逃さなかった。剣鉈を力強く握り、奴の心臓目掛けて下から突き刺そうとした。すると、魔人は涙を流した。
「––––死にたく無い」
ティナは、ほんの一瞬、ほんの一瞬だけ、力が緩んだ。勿論戦意がなくなったわけでは無い。それでも、あの涙、懇願する顔、絞りでた声、それだけで彼女の気を揺らす事は出来てしまった。
グチャァァァ–––
見習い魔導士の死亡理由は大きく二つ。
『実力差による死亡』
と
『魔人の言葉による戦意喪失』
「ゴフォッッ––––!」
ティナの口から赤黒い血が噴き出る。今、彼女の目に映るのは、汚い虫を殺した時のような、軽蔑感に満ちた冷たい目だった。ロキは殺そうとした。今はティナが撃たれたとはいえ、殺す好機でもあった。だが、猛烈な魔力反応と殺気を感知した。何だ。この莫大な魔力は。反射的に魔人の腕を切り落とし、そのままティナを連れて離脱した。
その方を見ると、その殺気の先は、ウラドだった。
ウラドが目を覚ました時、丁度、ティナが刺された瞬間だった。彼女の鮮血が飛び散る中、彼は朦朧としていた。彼の目に映るのは、白髪の、懐かしい後ろ姿だ。彼はボソリと言う。
「エーレ?」
ウラドの目には、ティナがティナと認識出来ていなかった。だが、彼女の腹部を見た。血に塗れていた。それを見た瞬間、彼の中で、強烈な怒りが煮えたぎり、彼を燃やした。そして、彼は杖を呼び出し、それを向けた。
失せろ。
ロキは彼に脅されているかの様な、焦燥感とそれに伴う即時離脱の警告が頭の中で響く。急いで腕を切り落とし、離脱した。その瞬間、奴の頭上に、大きな魔法陣が構築された。
【雷霆】
刹那、黒く、禍々しい光が音もなく、降り注いだ。辺りの音を掻き消す。
–––––––ドゴォォォォォォォォォ–––バキバキ!!
目が眩むほどの光と鼓膜をも破くほどの轟音に、ロキは思わず耳を塞ぐ。光が止んだときには、もう、魔人は塵一つ残っていなかった。木々は燃えて倒れ、奴がいたであろう地点には直径1mほどの風穴があいた。ロキは顔を上げる。どうやら、ウラドが防護魔法で守ってくれたのだろう。ティナを抱えたままウラドの元へ近寄る。ウラドも目を閉じたまま気絶している。負傷者は二名。担いで行くのは難しい。
「あら、生存者ね?」
ロキは振り返った。先ほど二人が来た方角から、また誰か来たようだ。凝視していると、薄らと光る逆光の中から、女が出てきた。いや、ハイヒールを履いて、体にフィットしたドレスのようなものを着ているが、体格からして男だ。男はロキを見た。
「アタシ、ハインケル。SINの店主よ。」
ロキは懐中時計を取り出そうとしたが、両手が塞がってしまっていて自己紹介ができなかった。ハインケルはウラドを抱き上げた。
「この辺りの森全体を魔力探知したけど、生き残りはアナタ達だけだったわ。」
「–––––」
ロキは黙ったままだった。面識のない人間たちに対しては、情なんてない。死んでも死なずもどうでもよかった。ティナを抱き上げているのも、街に詳しい人間がいるから死なれると困るだけだった。ロキは静かで抑揚のない声を出す。
「街に詳しい人間は誰だ?」
「––––?アタシは一応ここは長いわ。後で、話を聞きましょう。今は、帰還するわよ。–––死体を回収、お願いね。」
その一言の後、何人かの獣人、人間、亜人たちが辺りの死体を回収し、撤退した。その時、ハインケルの表情は、粘土で作った仮面のように重く、堅かった。
道中、ウラドが目を覚ました。ウラドはロキとハインケルからの話を聞き、ティナがここに来たことを知った。その時の彼の面持ちは、怒りと不安に満ちていた。




