第十二話 敵性反応
ティナは部屋で半日ずっと、魔法の練習をし続けていた。ティナは自身に集中する。彼女の脆弱で、温かい魔力を彼女自身も感じとる。魔導士というものは、それこそ魔力量に個人差はあるものの、鍛錬と比例して増加するのは定説であった。だが、訓練を始めてからもうそろそろ一ヶ月。何一つ変わってはいなかった。それはつまり、鍛錬が身になっていないという事なのか。これほど努力しているのに。何が足りぬと言うのだ。ウラドが置いていった杖を見る度に、ティナは名状し難い焦燥感と、罪悪感、不安に飲み込まれそうになる。
ゴンゴンゴン––––
ノックの音がした。
重く、強い音だった。ティナは不審に思いつつも、ドアを開けた。ティナは一歩退いた。目の前にいたのは壁だったからだ。いや、壁というのは不適切だ。巨漢と言えば良いだろう。細身ではあるが筋肉質な青年だった。身体に沿って着ている黒服を覆うようにまた黒の装甲を装備していた。黒髪は目を覆うほど長く、その隙間から見える灰色の眼は冷たく感じられる。青年は数秒彼女を見つめると、胸ポケットから銀の懐中時計を取り出した。
カチャ–––キィ
蓋を開けた。音からして古いものだ。一見すると普通の時計であったが、その中心には電子字幕で【RK1】と表示されていた。その彼が見せてきたのは、その時計の蓋に差し込まれた写真だった。黒髪短髪で、ぎこちない笑みを浮かべる女性だった。
「この人を知らないか。」
青年は淡白で正気の篭らない声で聞く。ティナは首を傾げる。
「––––知らない方ですね、ですが、森の方には人もいますから、もしかしたら、その人に聞くのがいいかもしれません。少し、滞在されてはどうでしょう?」
ティナは至極丁寧に答えた。だが青年は彼女の厚意を顧みることなく淡々と言う。
「その必要はない。–––––森へ案内してくれ。」
それを聞き、ティナは迷った。「森へは行くな」と、ウラドからは幾度も釘を刺された。森へ行けば邪魔になってしまうだろう。だが、内心気になってもいた。自身の有用性は何なのか。この焦燥感を拭うには、寧ろ森に行かねばならない。行かねばこのまま不安に飲み込まれ、寧ろ彼の為に行動出来ない。彼女の本心がそう、理屈を捏ねった感情を叫んでいた。ティナは白銀の杖を握りしめた。
「行きましょう–––––!」
森の中は、鬱蒼としており、鳥の囀りも、ウサギの飛び跳ねる音すら聞こえなかった。木々は太陽すらも覆い隠し、少し先がもう見えない。森全体が暗い夜に閉じ込められたようだ。ティナは青年に名乗ったが、青年は答えなかったので、【RK1】と呼んだ。ロキは黙ったまま隣を歩く。すると、突然、歩みを止めた。そして、小さな声で少し顔をティナに近づけて言う。
「生命反応を確認。距離、1km。」
唐突な発言に驚きつつも、それを聞いた瞬間、ティナの体に張り付くような殺気を感じた。この拭えない気味悪さはティナの体を震えさせる。
「ロキさん」
行ってみようと、言う目線を向けると、ロキも察したのか何も無いところから、ガコンッという軽い金属音と共に盾を召喚した。それも、大きさはロキの上半身ほどで、人一人は隠れられそうな盾だった。その様を見て、彼も魔導士なのかと思った。それと同時に、自分が何かを召喚できず、何でもカバンの中に入れなくてはいけないことに劣等感を感じた。
ボトンッッッ
歩き続けて十分ほどか、上から何か落ちる音がした。重たい音だった。ティナはその方を見ると、顔のない死体が落ちていた。犬の尾があるので獣人だろう。そして、恐らく魔導士だ。こうなると益々ウラドが心配だ。
ボォォォォォォ––––
刹那、低い音が森全体を響かせる。これは、笛?いや虫の羽音だ!彼女が気づくも、手を打つ間も無く虫の大群が押し寄せてきた。ティナはその数が生み出す風と勢いに、思わずしゃがみ込む。すると、ロキが盾を前に翳して虫を防いだ。ガコンッと鍋蓋にぶつかるような軽い反響音がつぶさに響く。尚、二人はそれでも進んだ。
「生命反応を確認。」
その声と共に、森の奥に、黒いモヤの塊が見えてきた。小さな粒が一身になって蠢いている感じがする。これは、魔法動物か?ティナは獣人特有の身体能力で立ち回れるが、果たして倒せるだろうか。あの獣人、恐らく魔導士だ。直感でわかる。魔導士のはずの彼があんな惨たらしく死んでいるということは−−−−ティナは怯えた表情でロキの方を見た。
「ロキさん、私はせいぜい水程度しか出せません。あの生き物を倒せるのでしょうか?」
「––––生命体は、魔力探知の触覚を用いている。」
ロキは一言そう言うだけだった。向こうは魔力を探知している。魔導士は皆そうだ。ウラドやベリアールも、魔力探知でお互いの場所を把握していた。初めてベリアールと会った時も、そんな事を言っていた。そして、魔法を使う時は必ず魔力が溢れる。ティナの中で、あらゆる点が一つになっていった。ティナは暗がりの曇った顔から、ハッと目を見開いた。
「という事は–––––?」
ティナは決心したような鋭い目でロキの冷たい灰色の目を見つめた。
「ロキさん、援護をお願いします。魔力探知で場所を把握する、と言うことは、魔力が多い魔導士ほど不利です。脆弱な魔力を持つ私なら、あの生き物を倒せます!」
「了解。」
ティナは脚に力を込め、木の幹を飛びながら登り、枝を跳びつたって走る。ロキもその速度に負けず、地上から追いかける。あの盾を持って走れるとは、中々の剛腕と体力だ。それを見たティナは遠慮する事なく、奴の元へ走る。そして、彼女の耳は、無意識にも少ない魔力が流れていく。彼女は気づいていないのだ。潜在された彼女の才能に、彼女の聴力は徐々に鋭くなっていく。そして、聞き取っていく。走る事で揺れる木の葉の音、呻く声、人の名を呼ぶ中性的な声、そして、低く、荒い息を吐く声。ティナはその息の声を、ウラドだと確信した。だが、ティナの直感は、まだ彼の元へは行けない、奴を殺してからだと叫んだ。
「敵性反応を目視。魔力探知による囮を遂行する。」
「はい!」
ロキは先を走った。そして盾からハンマーへ武器を変え、奴を叩き潰した。奴は小さな虫の大群、虫はすり潰していった。ハンマーの一撃で木々は薙ぎ倒され土埃が舞う。ティナは魔力を抑える術は知らなかったが、純粋に気づかれていない。ティナは杖を取り出し、木の枝を踏みつけ、一直線に飛んだ。天を貫く程の高さだ。森が絨毯に見える。ロキは魔力をもろに出し、正面から囮になってくれていた。魔力の差を利用して奴の錯覚を促しているのか。今の状況は彼女にとって好機そのものだ。
「こいつは、私しか倒せない!」
そう叫ぶと、ティナは自由落下に身を任せ、奴の体の中心にある核目掛けて杖で叩き割った。
パキィィィィィィン––––!!!!!
ガラスが割れるような軽い音がした。そして、虫は崩れて灰になるように死んでいった。ティナは走ったので息を切らしていたが、ロキは荒れた息一つ溢さなかった。
「助かりました、有難うございます!」
笑顔で駆け寄りそう言うと、ロキは少しだけ彼女を見つめ、そして振り返り歩いて行った。そこには、先程の盾が立て掛けられており、それを退かすと、ウラドが眠っていた。ティナはまっ、と口を覆い、ウラドの元でしゃがみ込む。
「ウラドさん!」
ウラドは顔色が悪く、眠ったままだった。ティナはロキに目を向ける。
「付近に誰か居ますか?」
ティナがそう尋ねると、ロキは辺りを見回す。すると、丁度前方の方で彼は止まる。ロキは目を細め、すぐに目を見開く。
「生命反応を探知。距離–––」
ドゴォォォォ––––ン!!!!
刹那、轟音と共に太い光線のようなものが、彼らを襲った。それをいち早く察知したロキは盾を用いて彼女を守った。ティナはウラドを抱きしめ、できるだけ衝撃から彼を守った。弾かれた光線は辺りの木々に当たり、薙ぎ倒していった。土埃が立ちこめる中、ロキはその中から出てくる敵を容赦なく睨む。そして、ティナも、その姿を捉えた。奥から出てきたのは、人型だった。金色の髪に、感情のこもらない、殺意すらない金の目、そして、鹿の角。相手は細身の筋肉質な身体で、大きな歩幅でこちらに歩いてくる。
ティナは絶望した。
「魔人−−−−!!」
人類は、幾度と無く危機に瀕してきた。
天災 戦争 飢餓
だが最も人間を殺したのは、他でも無く【魔人】だ。




