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彷徨える貴方  作者: 黒井基治
第一章 東の大陸【シャマシュ大陸 編】
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第十一話 押し寄せる霧

ユリウルス暦 875年 九月二十五日


二人は、遂に目的地『ヴェルフェル』に到着した。

ここは沿岸部であり、暖流と温暖な風によって、北側でも暖かい気候である。ベリアールから届いた詳細な指示としては、この街にある協力者(しりあい)と共に依頼をこなすようにとの事だった。

そして、向かった先は、それなりに繁盛している店だった。黒い看板には、金文字で【(うお)の喫茶SIN(シン)】と彫られていた。


チャンチャラリン


「あら、ウラドちゃん遅かったわねぇ」


そう言い、カウンターの方から艶かしい声で白い腕を振るこの者は、店主だ。店主は亜人の人魚族であり、水槽と合体して作ったカウンターから接客している。

海殻(かいがら)を沢山置いたカウンターから頬杖をして出迎えた。そして、ウラドがカウンターに座ると、すぐに紅茶を出してくれた。

ティナは会釈をしてそれを受け取り、ウラドは適当に礼を言った。


「ベリアールから話はきてるわ。」


「そうか。」


「目的の品は、『ヴォルテーの眼』だったかしら?」


「そうだ。––––ティナ、悪いが、話が耽るだろうから、先に宿へ帰っていてくれ。」


「わかりました!」


そう返すと、ティナは店から出て行った。それを見送ると、店主は小枝のように細くしなやかな指でクイっと動かした。すると、看板は倒れ、カーテンは閉められ、閉店の知らせが響いた。店は全体的に紫の色合いになる。夜空と海をモチーフにする店にはお似合いの雰囲気だ。店主は店内の電気をカウンターのみにすると、少し暗い笑みを浮かべる。


「あの子、アナタの教え子ね?ベリアールが興味深そうに話してたわ」


「ティナと言うんだ。まだ、花を咲かせる魔法と水を出す魔法ぐらいしか使えないけどね。」


「なら––––あの子、錬金術師としての才能は無いわね。」


射抜くような青い目が、残酷に輝く。


「–––––そうか。」

黙り込んだウラドを見て、店主は少し察した。そして悪そうな企み笑みをしては、ウラドに告げる。


「でも、一つ才が無ければ、必ず他に一つ、才があるものよ。」


そう言って、店主は裏の方から幾つか道具を持ってきた。


ライト、蛍石で作られた腕輪

それだけだった。ウラドは拍子抜けしたように首を傾げる。


「これだけか?」


「そうよ。あとは手ぶらで来て頂戴。」


「何故だ。杖すらもダメなのは、理解できない。」


ウラドは少し睨むように問い詰めた。魔導士にとって杖というのは魔法を対象にしっかり当てるための物だ。それがないと、完全に術者の実力次第で魔法が動く。下手をすれば、暴発して味方に被害を与えかねないのだ。だが、店主は理解できずに声を出すウラドの頭を撫で、優しい声で答えた。


「ヴォルテーは、イカ墨みたいな煙幕を出すわ。その煙幕には幻覚作用があって、対象のトラウマや被害妄想を誘発させ、自殺や仲間割れを促す。自殺防止や味方への攻撃が少しでも逸れるようにするには、杖は無いほうがいい。」


なるほど。わざと魔法を暴発させて、当たりを悪くする狙いか。それならば、ウラドや店主は魔導士としての経験が豊富ではあるので、何とかはなるだろう。だが、問題はある。それを告げる為に、店主はカウンターの水槽に身を沈めた。


「でも、ティナちゃんは置いていくわよ。あの子は魔導士としての経験が浅いどころか、才能すらない。」


「足手まとい––––か。亜人は手厳しいな。–––まぁ、わかった。その代わり、観光でも楽しんでもらおうかな。」


力を抜くようにそう言い残し、ウラドは立ち去ろうと、雀の足を模した金色のドアノブに手をかける。

ガチャ、と音がしたときに、店主は一言こう言った。


「置いていかないの?」


彼は思わず、え、と言い振り返る。店主は純粋な眼差しでこちらを見つめていた。カウンターから身を乗り出している為、少し大柄に見える。


「だって、連れて行く意味はないわよ。魔導士としての才能はないし、そもそも人が嫌いなのに、どうして一緒にいるの?––––貴方にとって、あの子はなんなの?」


「–––––さぁね。」


チャンチャラリン–––––


–––翌日–––

ウラドはティナに駄賃を渡し、街の外へ出た。この街の北東付近は森で、その反対の西や北側は海となっている。東の森の入り口で、ウラドは店主とそのほかの獣人や亜人達、人間達と合流した。


「こんなに居るのか?」


「えぇ。皆あの街にいるアタシの店員よ。術師や錬金術師は人間に多いけど。」


店主は珍しく人の形をしており、黒いハイヒールにドレスのような服を着ており、完全に実用性があるわけではなかった。だがまぁ、奴はピッタリと筋肉質な体のラインに沿っており、露出は少ないので、何とかなっているだろう。


「蛍石の腕輪があるから、何とかなるでしょうけど、気を引き締めてね。」


店主がそう言うと、皆は少し胸を張るように姿勢を正し、森へと入っていった。


森の中は、昼なのに、異様に薄暗かった。


バサバサバサッッッッ


皆は一斉に振り返り、上を見上げた。薄暗く覆う木の葉から微かな光には、鳥が素早く羽ばたいて行った。その様を見て、皆皆、安堵の溜息と共に、更なる緊張に飲み込まれていった。

先へ、先へと進んでいくと、何だか、妙な感覚に陥った。ぼうっとするような、感覚と、やけに高ぶる緊張感、そして、辺りの音が、あまり聞こえなくなった。

ウラドは蛍石の腕輪に触れ、そして、ポケットから街を出る際にティナから貰った安全祈願のまじないの札を入れた袋を首にかけ、優しく握った。神や仏に力を乞うつもりは甚だ無いが、やはり、気は紛れる。


「何だ!あれ!」


犬の獣人が指を刺した方向は、丁度右手の方であった。何かが蠢いているのか。影のような塊がゆっくりと我々とは逆の方へ向かっていた。


「僕が見てこよう。不味ければ、合図を出す。」


「–––––まぁ、良いわ。」


本当は惜しくてたまらないのだと言うのが彼には見え見えであった。だが、ウラドは構うことなく、あの方角へ走って行った。少し近くで、また木の根に隠れながら、奴を観察する。足は、黒いモヤモヤのような、体の隙間から出てきており、片方だけで28本ほど生えており、カタカタカタと気色悪く節足が蠢いていた。眼は大きくて、ギョロギョロとしていた。ウラドは足音を消すようにゆっくりと歩みながら、奴の後を追う。奴は黒い霧のような物を口から吐き出しながら、進んでいく。大きさは3mといったところか。歩いた側から、草に黒い何かが引っ付いては、また体に戻ろうと動く。


「ウラド、あれが−−−−」


耳元で店主の声がした。術師の応用魔法の一つで、通信が可能になる魔法だ。

緊張で強張る店主の声に合わせるように、小さくハッキリとウラドは言う。


「間違いない。ヴォルテーだ。」



【ヴォルテー】

モヤの塊のような見た目をしている生物で、目撃数は少ない。夜行性ではないかという説が濃厚ではあるが、それは数少ない目撃情報からの類推に過ぎない。獣人からは『夜の支配者』と呼ばれる。


「夜の支配者が、昼に?」


「生態がわからない以上、無闇に殺すのはどうだろうか。」


獣人は穏便な性格が多いので、何人かの者達は保護を考えていた。ウラドも同じ意見だった。殺しても確かに肉体については知れるが、数がわからない以上、殺すことには慎重になる必要がある。

ウラドは閃光魔法で奴を怯ませようと、奴の前あたりの木に隠れた。


「皆、配置についてくれ。目眩しで捕獲する。」


ウラドが通信魔法でそう伝えると、皆は木々すらも細やかに揺れる程度しか揺らさず、瞬時にこちらの木の上に着いた。ウラドはそれを探知して、間も無く、バッと奴の前に立ち塞がった。


「閃光!」


刹那、パァァッと光が生まれた。獣人達は目をやられぬように一瞬だけ目を瞑る。


ヴォルテーは小さな呻き声を上げると、モゾモゾと目を内側に引っ込ませた。


「今だ!」


ウラドの合図ともに、皆、一斉に手を奴に向け、魔法を放つ。あらゆる方向に飛んでいき、危ういものの、それなりの実力者が多いので、一瞬一瞬を防御していった。


あと少しで勝てる。その時だった。


ボォォォォォォォォ–––––


何やら、羊飼いの笛の音のような鳴き声を発し出した。痛みでなのか、怒りでなのかは、この場にいる全員が判断できずに緊張を持って立っていた。すると、奴はモゾモゾと身体を縮こませたまま震え、刹那、弾き飛んだ。


「何だ!?」


思わず茹でて顔を覆う。飛んできた黒い粒のようなものは––––これは、虫か?ごく小さな蜘蛛や蝿がこちらを貫かんと飛びかかってくる。だが、特に攻撃性がないのか、時折体に当たって少々痛い程度だ。


「あぁ–––––ぁぁぁぉぁあぁぁぉぁぁぁ!!!」


突然、皆が叫び出した。ウラドは思わず駆け寄って肩を揺らす。


「おい!しっかりしろ!」


「あぁぁ、嫌だ。殺さないでくれ–––ぁぁぁ!」


瞳孔が開き、唾液が垂れ流しになっている。これは、幻覚作用なのか。まさか、霧状のものかと思われていたものは、微細な虫の集合体だったと言うのか。ウラドは仲間の一人を担ぎ上げ、辺りを見渡す。だが、暗くてあまり見えない。


「ハインケル!居るかぁ!?」


返事がない。奴もやられたのか。


ウラドはひたすら叫んだ。だが、一人は舌を噛んで自死しており、もう一人は失神していた。


「ハインケル!ハイン––––」


ウラドは店主の名前を呼びながら、振り返った。その時、口の中に何かが入り込む感覚がした。

彼は思わず咳き込んで吐き出そうとしたが、それは身体中を駆けずり回る感覚が押し寄せてきた。節足動物、特に団子虫が腕に乗っかって、その上を歩く時のような少し嫌な感覚だ。

ウラドは思わずその場にひれ伏せ、呻き声を上げる。極度の恐怖心が込み上げてくる。ティナから貰った御守りが垂れて、彼の視界に入る


「–––––貴方」


薄れゆく現実の最中、黒い虫の羽音の中で、微かに、そう声をかける声がした。

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