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彷徨える貴方  作者: 黒井基治
第一章 東の大陸【シャマシュ大陸 編】
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第十話 誰かの為に 下

残酷ですね。

宿の中、ウラドはぬくぬくっと目を覚ました。どうやらもう昼だ。なんだか、この頃眠る時間が伸びていっている気がする。


「昼夜逆転になると、戻るのが大変だ。」


そう呟き、昼は何にしようかティナ、と声を出したが彼は彼女が居ないことに気がついた。彼は、溜め息を吐き、神経を尖らせる。すると、辺りにモヤモヤのようなものが見える。これは魔力だ。人によってそのムラや性質が異なる。ティナの魔力は滑らかに揺れ、暖かな陽光のような肌触りのある魔力だ。他の人間にはあまり見られない。

じっくりと回っていくと、街の外れの方で何か素早い速度で森の方向へ向かうのが見えた。あの速度を考えると、同行者がいるな。彼はそう直感した。彼女のことだ。また面倒なことに首を突っ込んだに違いない。彼は彼女の膨らんだ布団をはぎ取る。なんて子だ。杖と軽い荷物だけで行ってしまったのか。呆れながら二人分のパスポートと自身の荷物を持って出て行った。


彼女が通った麦束の道を、彼も追いかけた。彼は足元を見て、すぐに前を見ての繰り返し。彼の目には、彼女の足跡が淡い陽光の色に光って見えた。そしてその先には、人影すらない寂しそうな母屋が見えた。あの子の足跡が、あそこに入り、そして、出て行ったのがわかった。ひとまず、中に入る。左手には暖炉があり、火が燻っている。奥の部屋には、誰かが起き上がっているようだ。


「失礼、少女を見なかったでしょうか?」


ベットにもたれ掛け、窓の外を眺めるのは、女性だった。小皺があり、少し潤いのなくなっ庵神をしている。恐らく五十代ごろだろう。だが、腕の細さは少女のように細い。


「いいえ、貴方も、息子を見なかったかしら?黄色の目で、茶色の髪をした子なの」


虚であるものの、かろうじて生命を感じるその声色を見て、ウラドはベットの近くの椅子に座る。


「いや、見てないですね。」


「そうですか––––すみません。後ろの引き出しに薬があるので、取っていただけませんか?」


女性は礼儀正しくそう言い、引き出しの方を指差す。ウラドはその薬を飲ませたら、すぐに出て行こうと考えていた。そして、檜の引き出しを開ける。中には、白い紙袋が適当に詰め込まれていた。くしゃくしゃになっていたので広げた。だが、中は何も入っていなかった。


「中は何もないようです。」


「あら、お医者様を呼ばなくちゃ」


ゴホゴホと痰の絡まった咳を出しながら、ヨロヨロと立ちあがろうとする女性を、ウラドは反射的に押さえ、そのまま寝かせた。


「僕が呼びますよ。」


そう言うと、ウラドは杖をトンっと床に軽く叩く。

そして、何かブツブツと唱えた後、ハッキリと詠唱した。


       【フェルミエーレ】


すると、まるで水面に一滴の水滴が落ちた時のような波が小さか起こる。そして、辺りが晴れ渡ったように、何も遮る物なく際限なく景色が広がる。その景色で、彼は医者を探した。だが、彼は探知できなかった。森の方へ走っていくティナしか見えない。ウラドは横を向き、女性に居ないと告げた。そして、またサイドテーブルに座り込み、愛想のこもった笑みを浮かべた。


「僕、こう見えても薬師何ですよ。少し、診察しますね。」


彼は荷物を召喚した。それは木箱といっても良く、長方形で開けると沢山の引き出しが詰まっていた。木箱なんて召喚せず、医者なんていないとだけ告げて、あとはティナを追えばよかったのに、彼自身、そう感じていた。パスポートに薬師と書いているとはいえ、それは嘘に近い。医学を齧っていても真っ当な田舎の医者の方が最新の知識がある。だが、何故か、手を出したら終わりまでやりたいと言う根っからの真面目さが出てしまっていた。それに、ティナも家から入って、また出たところを見るに、この女性を助ける気なのだろう。ならここで待つついでに診察も済ませるのが効率が良いと半ば割り切った。


彼は念の為にと口を布で覆い、彼女を診察した。腕の脈は少し弱く、呼吸も掠れている。喉の奥はどうだろうか。痰が絡んでいたので、炎症によるものなのかと思った。棒を取り出し、喉の奥を見た。すると、喉の奥、丁度軌道になっているあたりに、白い繭のようなものがあるのが見えた。あれは、『胞子』だった。

大きさは口蓋垂を覆うほどだった。彼はため息を吐く。


「これは、【胞子症】ですね。」


【胞子症】

名の通り、汚染された水やあまり害虫対策のされていない麦から作られた食料などから感染する病気で、貧困層ではありふれたものだ。肺炎の一種ともされ、肺の奥で徐々に蝕み、最終的には肺が壊死し窒息死する。


ここの喉の、ましてや口蓋垂まで来てしまっては、もう、待つものは決まっている。ウラドは慎重な面持ちで、隠すことなく、話す。


「このままでは、もって一ヶ月かそこらでしょう。処方されている薬は、鉱石などもありますね?」


「えぇ。」


女性は掠れた声で頷く。この病気は、胞子が関連している。その為、そいつらが繁殖できないように、水分は極限まで少なくするように医者から推奨される。鉱石や水をよく吸う漢方などが主な処方箋だ。だが、現在の医療技術では、この病気を治せる確率は低い。ましてや、ここまで来てはもう無理だ。

ウラドはまっすぐ、虚になりつつある彼女の眼を見て言う。


「道は二つです。一つは、処方箋を飲み続けることです。医者が帰ってくるまでの間、僕が、処方箋の材料を集め、処方し続けます。ですが、副作用として、常に脱水症状になります。そして、運動などはできないでしょう。対して、もう一つは、処方箋を断つという事です。そうなれば、それなりに生活は出来ますですが、もって余命は一ヶ月です。その間も僕は定期診察します。最後まで−−––」


「それは結構です」


女性ははっきりと、命を込めてそう言った。彼女の山吹の目が、驚きで身を凍らす彼を見つめた。ウラドは言うか否かを迷ったが、ひとまず、言葉に絞り出した。


「良いのですか?」


女性は大きく頷いた。だが、その目には、涙は浮かんでいた。悲しみと、申し訳ないと懺悔する目だった。


「––––息子は、幼くして父を失いました。そして、肝心な母親は仕事ばかりで目もくれない。不憫な子です。せめて、面と向かってそそげなかった愛を、今、死ぬまで注ぎます。」


ウラドは言ってやりたかった。充分だと。面と向かっているではないかと。だが、そう言って彼女の決断を捻じ曲げる権利は、持っていなかった。


「一つ、お聞きしても良いですか?」


女性は優しい眼差しで彼に尋ねた。彼は思わず、小さな声を聞き取ろうと、前屈みになる。


「貴方、ご家族が居たでしょう?それも、奥さんやお子さんなど」


ウラドは内心ギョッと驚いた。


「–––––何故、そう思ったんです?」


「––––そうやって前屈みになって心の底から心配する眼差しは、親がよくするもので、お医者様はあまりなさらないので。」


ウラドは、ニコリと笑い、荷物をまとめて家を出た。痰が絡まった咳が聞こえても、彼は聞こえぬフリをした。


暫く、暫く時が経った。


ティナ達は、やっとの気持ちで薬草を集め、家に戻った。すると、そこにはウラドがいた。横の畑にある丸太に座り込んで、西へ傾く陽光を避けているようだ。彼の目は、虚を通り越して、生命を取り入れないようにしているようにすら思えた。


「ウラドさん?」


ティナが呼ぶと、ウラドはゆっくりとこちらを振り返り、日傘を召喚した。そこで、ティナは場違いながらも、そういえば、ベリアールさんから傘をもらっていたんだった。と今更思い出していた。ウラドは二人の正面に立つと、少年が持っていた薬草の籠を奪ってしまった。少年は急な事であったが、重要な使命の為に、背伸びをして、取り返そうと躍起になった。


「返せよ!母さんに飲ませてやんねぇと!!」


「その必要はない。」


そう言った瞬間、少年は、え、と小さな声を漏らし、その場に膝から崩れ落ちた。ティナは思わずしゃがみ込み、彼の肩に触れる。だが、少年は彼女の温もりを知る事はできなかった。

それを見下ろすように、ウラドは言う。


「君の母親は、処方箋を断った。残りの時間、君と過ごすそうだ。」


「––––なんだよ、それ。俺のためなら、生きててくれよ!」


「–––––––薬を絶ったのは、君のためじゃない。」


少年は顔を上げる。見上げて見えるウラドの面持ちは、非常に重く、悲しみはあるが、それを背負い込もうとしているようにすら感じられる。そして、弁解するように早々と付け加えた。


「–––––一部ね。僕は、そう思う。」


そう告げた後、ウラドは家を立ち去った。ティナは行こうかと迷ったが、少年は先に立ち上がり、涙を溜め込みながら、畑の方へ行った。ティナはポツリ


「ごめんね」


とだけ言い、立ち去った。


一ヶ月、どころか、二週間と経たぬうちに、母は死んでしまった。

墓のそばで、少年は俯いていた。花束はあったが、葬式なぞなく、村のものがひっそりと埋葬した程度であった。その時の村の静けさと言ったら、流石のウラドも悲しみが湧くほどであった。村人からの話では、働き者で、二言目には「息子の為に」だったらしい。それを聞いた時、ティナは思わず声を漏らして泣き、ウラドも俯くことしかできなかった。やはり、少年の通り、薬だけでも渡すべきだったかとも思い返す。


俯き、墓の前で泣く少年の側に、ウラドは来ていた。


「何だよ、おっさん。」


少年は袖で目元を拭く。おっさん、などと言うが、本心では、そう言っておかないと精神的に保てないのだろう。二人とも、墓の前で離そうとせず、ウラドは墓の斜め前、少年は目の前で静かに、語り合う。


「二週間–––––もったのか。」


「––––うん」


「お前は、どうするんだ?」


「–––––友達の親父さんが、俺を雇ってくれるんだ。あの家で住みながら、精一杯やっていくよ。そんで、いつか有名人になるんだ。そしたら−−−ちょっとは親孝行だろ」


少しニカっと笑う少年を横目に、見る。


「そうか。」


「おっさん達は?あの姉ちゃんも居ないじゃん」


「あの子は泣きすぎて外に出られないほどになってしまった。だから居ない。–––––僕達は、もう行くよ。」


そう言い残し、背を向けた。少年は哀しみに満ちた男の背を見て、また墓を見て、また涙したのだった。



宿に戻ると、まだティナは目を腫らして泣いていた。ウラドは、はぁ、と溜め息を吐き、濡れて湿った汚いハンカチを回収して、また水桶で洗った。


「もう、泣くのはやめてくれ。」


「だって、死んでしまうだなんて、悲しいの他に感情が湧きませんよぉぉ!しかも、亡くなってすぐにお医者が帰ってくるだなんて!あんまりですよぉ……」


鼻水を出しながら、ティナはまた泣いた。ウラドは紙で彼女の鼻をかませると、ウラドは隣に座る。


「僕達は、泣いてはいけないんだ。泣いて良いのは、身内だけだよ。」


「––––あい」


ティナは鼻詰まりした声で、そう返事をした。


翌日、二人は旅立った。

ティナは一度振り向いた。街は黄金の麦を刈るのに必死で、活気のある声が響いていた。その中に、悲しみを乗り越えんとするより大きな少年の声が聞こえてきた。

後日、少年は墓参りに行った。その時、彼は驚いた。いつもは寂れて色も無いのに、一面花で満ちていた。そして、彼の母の墓跡の前には、榊の小枝が供えられていた。

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