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転生先は悪妻~旦那様はお呼びじゃないの~

作者: 有木珠乃

ブックマーク・評価・いいね、誤字報告をありがとうございますm(_ _)m

投稿初日に、タイトルを誤字るというミスを犯してしまいましたが、日間異世界転生/転移 恋愛位4(2023/6/20)日間総合55位(2023/6/20)まで。

感謝しかありません.˚‧º·(ฅдฅ。)‧º·˚.


因みに誤字った時のタイトル『転生前』だと、社畜か仕事人間のような主人公です。強気な女性を目指して書きましたので、どうぞよろしくお願いいたします。

 転生先を選べるのなら選びたいし、時間軸もまた然り。


「エミリア。しばらく不便をかけるが、分かってほしい」


 目の前の男が何を言っているのか、さっぱり理解できなかった。

 重苦しい空気。いかにも執務室といった感じだ。


「君はザイーリ公爵夫人なのだから」


 夫人?


 思わず辺りを見渡した。が、他に夫人と呼べるような人物はいない。つまり、私のことを指しているらしい。

 さらに言うと、目の前に座っている、この男は誰なのだろう。


 まさか旦那ってことはないわよね? もしかして私、怒られている最中?


「申し訳ありませんが、もう一度言ってもらえませんか?」


 怒鳴られる覚悟で聞くと、男は勢いよく顔を上げた。驚いた表情なのは残念だが、なかなかのイケメン。

 けれど、魅力には欠けた。たとえるなら、そうだなぁ。なよなよした男。あからさまに気が弱そうだと思った。


 うん。私のタイプじゃない。


 それが態度にも表れていたのだろう。目の前の金髪男は一瞬、(ひる)んだ表情をした。


「だからその、彼女が無事に子を産むまで、この屋敷で世話をしたいんだ」

「彼女って? それに誰の子なんですか?」

「それは勿論、俺の子で……」

「で?」

「彼女は…………」


 金髪男はそういうと、(うつむ)いたまま何か言っている。


「はっきりしろ!」


 思わず机を叩いた。


「俺の愛人です」

「私は?」

「へ?」


 もう一度叩いてやろうか、と思ったが、やる方も手が痛くなる。今もじんじんしている手の代わりに睨んだ。


「お、俺の奥さんです」

「なるほど。ありがとう。状況は分かったわ」

「は?」


 私は間抜けな声を出している、旦那と思われる金髪男に背を向けた。


 なにせ、今はそれどころではない。詰まるところ私は、旦那に浮気された挙句、身籠った愛人がやってくる、という修羅場に挑もうとしているのだ。


 マジか……。面倒臭いなぁ。正直、こんな男に興味なんてないし。愛人さんが来るならいっそう、引き取ってくれた方がマシ。


 あぁ、でもそしたら私は? こういう場合って実家に帰るんだっけ? それはそれで面倒だなぁ。


 愛人に旦那を取られて、出戻りました。なんて娘を快く迎えるかしら。

 下手をすると、恥さらしとか言われて追い出されるか。もしくは、再び嫁がされるか。その場合、決まってロクな相手じゃなさそうね。

 なにせ、出戻り女を引き取ってくれるなんて、そんなできた男、物語の中だけよ。


 ここは、ザイーリ公爵だったっけ? 私が快適に過ごせるように、ちょっと利用させてもらおうかしら。

 そうね、例えば仕事、とか。させてもらえると有り難いんだけど。


 私は一つ頷くと、再び金髪男と向き合った。案の定、驚いた顔をしている。


「先ほど、私のことを夫人と言ったわよね。貴方のお仕事は?」

「な、何を言っているんだ!」

「妻が旦那の仕事を聞いて何が悪いことでも?」


 怒鳴れば黙るとでも思っているのかしら、この男。私は笑顔で尋ねた。


「……いえ、ありません」

「じゃ、答えて」

「はい。まずは国の仕事で――……」

「あー、国は良いわ。それは貴方がやって。他は?」


 状況は分かっても、ここがどこだか分からない以上、国の仕事を聞いたところで、私に出来ることはないと思う。

 そもそも、愛人が身籠ったという理由で、屋敷に引き取りたいと言える国だ。

 男尊女卑とまではいかなくても、それに近い環境なのだろう。一応、妻である私に了解を取るのだから。


 ならば、やはりここは見知らぬ“ザイーリ公爵夫人”の実家よりかは、ここにいる方がいいのかもしれない。


「あとは、領地と商会を幾つか経営して……います」

「そっちは私がやるわ」

「やるって、君がか?」

「えぇ。その代わり、貴方は愛人さんについていてあげて。そこまで仕事をしていたら、時間が取れないでしょう。向こうは妊婦さんなのだから、色々と不安だと思うのよ。さらに慣れない環境。さぞ心細く思うでしょうね」


 私は目を閉じ、手を口元に持っていった。俯くように見せれば、それらしくも見えるだろう。

 本音は、「目障りだから、彼女さんのところにさっさと行けば」である。けれどここは、相手の神経を逆なでしてはいけない。


「い、いいのか、君は。俺が向こうに行っても」

「行きたくないのなら、止めないけど?」

「いや、行きます。行かせてもらいます!」


 そうよね。奥さん(?)の私がいいと言っているのに、断るわけがないわよね。


「だが、どうやって領地や商会を経営するつもりだ? 今までそんなことをしていなかったじゃないか。この屋敷にやって来た時、君は『そんなことをするために、嫁いできたのではありません!』と言っていたと思うんだが」


 何それ……。始めから印象が悪かったの? この“ザイーリ公爵夫人”は。


「年月が変われば、人も変わるものよ。貴方だって、そうでしょう。私が屋敷にやって来た時は、愛人さんとよろし……ではなく……ここに連れて来ようと企んでいたの?」

「ひ、人聞きが悪いことを言うな! 俺は一応、誠実に対応していたつもりだ。だけど君は……」


 なるほど。この“ザイーリ公爵夫人”の対応が悪かったのね。まぁ、真相はあとで他の者に聞くとして。この金髪男をどうにかしなければならない。


「悪かったと思っているから、領地から商会まで、経営を受け持つと言っているのよ。貴方にとっても、悪い提案ではないと思うんだけど、違う?」

「……分かった。執事に話は通しておく」


 金髪男は観念したように、承諾してくれた。



 ***



「はぁ、部屋の場所を忘れるとか、いつにも増して冗談が過ぎますよ、奥様」


 金髪男に部屋に戻るよう言われても、私にはその記憶がない。“ザイーリ公爵夫人”になったのは、ついさっきのことなんだから仕方ないんだけど……。


 何? このメイド。奥様、と言っているのだから、私をどこの誰だか認識していて、これか。なるほど。


「そうかもね。貴女の態度ほどではないわ」


 私は目の前を歩くメイドの腕を、目一杯引っ張った。油断し切ったメイドは、そのまま後ろに。気がついた時には、廊下に寝っ転がっていた。


 薄紫色の髪が降りかかるように、私はメイドを見下ろす。


「どう? 己の立場は分かって?」

「旦那様が愛人を連れて来るからって、気でも触れたんですか!」

「まぁ怖い! 私は旦那様の愛人が、この屋敷に来ていただいてもいいと言ったのよ! その愛人との時間を作りたいから、領地と商会の経営を、私に任せてくださったのに! 気が触れただなんて、そんな悲しいことを言うの!」


 私はわざとらしく大声で言った。すると案の定、わらわらと使用人たちが集まり出した。


「なんですって! 悪妻のあんたが経営?」

「奥様。今の話は本当ですか?」


 メイドの『悪妻』という言葉に引っかかったが、それを無視するように、老齢の男性が姿を現した。


「えっと、どちらの話について?」

「両方です。が、そうですね。まずは旦那様が愛人を連れて来るお話を伺いたいのですが」


 普通、連れて来るなら、前もって使用人たちに言うべきじゃないの? 誰が世話をすると思っているのよ。金髪男じゃなかった、旦那様は!

 でも、おかしいわね。


「あら、なぜ貴方は知らないの? そこのメイドは知っていたようだけど。確か言っていたわよね。旦那様が愛人を連れて来るから、気でも触れたのかって」

「それは……」

「コリー! お前はまた! 申し訳ありません、奥様。今後気をつけるように言いますので」

「いいえ。これから私は、領地と商会の経営をするのよ。傍に置いておくのは危険だし、貴方の話しぶりからすると、常習のようだから、解雇してちょうだい。また重要な話を盗み聞きされるのは困るから。そうでしょう」


 厳密に困るのは、雇われている側である使用人の立場だ。領地はともかく、商会の情報を他に売るような使用人は危険でしかない。

 私は念を押すように言うと、老齢の男性は心得たように頷いた。


「奥様の仰る通りです。コリーを連れて行け」


 その一言で従える、ということは、この男性は執事かしら。


「とんだお目汚しを。以後、目を光らせますのでご安心ください」

「いいえ。それよりも、あのメイドみたいに反対しないの? 悪妻である私が領地と商会を経営するなんて、気でも触れたのかって」

「そ、そのようなことは。間違っても、このロルフは致しません」


 しかし、他の使用人たちはどうだろうか。あのメイド、コリーが言っていた『悪妻』が経営など。さらに愛人がやってくるという事態だ。

 どちらにつこうか判断しているのだろう。


 まぁ、私は追い出されないようにするだけ。子供が生まれるまでには時間がかかる。それまでに次の算段をしておかないと……。


「ありがとう。詳細は旦那様が話してくれると思うわ。その愛人さんのことについてもね。もうそういうことになっているから」

「心得ました。今後のこともあるので、旦那様のところへ行ってもよろしいでしょうか」

「えぇ。構わないわ。それから、本当にありがとう。助かったわ」

「いえ、執事として当然のことをしたまでのこと」


 ロルフはそういうと、一礼をして立ち去ろうとした。


 うん。やっぱり執事で合っていた。これが間違っていたら、大変なことになっていたわ。


 ふぅ~と一つ息を吐いたところで、肝心なことを忘れていた。


「あっ、待って。コリーの代わりを用意してもらわないと困るわ」


 そう、私はまだ自分の部屋の場所を知らないのだ。



 ***



 新しいメイドが言うには、私はエミリア・ザイーリというらしい。そういえば、初めて旦那様を見た時に、そう言われたような気がする。

 その後に聞いた『夫人』という単語で忘れてしまったけれど。手前についていた『ザイーリ公爵』の名前を憶えていたことは、褒めて欲しい。


 状況を再び整理すると、私は旦那様こと、ザイーリ公爵から愛人の妊娠と屋敷への滞在を聞かされた直後に、前世の記憶が蘇ったってことだ。

 それ以前の記憶が吹っ飛ぶほどのショックだったのかしら。


 いや、ほんの少しだけなら記憶はある。今世と前世の記憶が混濁して、脳が処理できていないのだ。

 時間が経てば経つほど、ザイーリ公爵邸で過ごした記憶が蘇る。


「どれも酷いものばかりね」


 旦那様ではない。エミリアだ。


 私は横になっていたベッドから起き上がり、脇にあるサイドテーブルに手を伸ばす。引き出しを開けると、輝かんばかりの宝石。宝石、宝石の数々だ。


 そう、エミリアが悪妻と呼ばれた要因の一つ、浪費癖。


 屋敷に宝石商や仕立て屋を呼ばず、直接買いに行っているため、止めるものがいないのだ。勿論、侍女や護衛はいる。

 けれど、主人の機嫌を損ねて職を失うくらいなら、目を(つむ)るだろう。


 次に、彼女は嫉妬深かった。今回、どうやってバレずに愛人を孕ませたのかは知らないが、裏の人間たちを使ってまで嫌がらせをする。

 さらにザイーリ公爵家という権力を使って、旦那様の浮気相手の家を潰すのだ。


 これを悪妻と言わずに何と言うのだろう。しかも、女主人の仕事をしないと言い張ったって?

 まず、これが許せない!


「働かざる者食うべからず、よ!」


 私は自分が何の原因で死んだのかも忘れて、決意した。


「見ていなさい。その性根を叩き直してやるんだから」


 いるのかどうかも分からない、エミリアに言い放った。



 ***



 それからは大変な騒ぎだった。何せ、悪妻という評判は、領地と商会にも知れ渡っていたからだ。


「今度はザイーリ公爵の悪妻が、経営にも手を出して、荒そうとしている!」


 そんな噂が瞬く間に広まり、屋敷にある人物がやってきた。旦那様の愛人ではない。


「経営に手を出すとはどういうことですか、義姉上(あねうえ)


 そう旦那様の弟、オリヴァー・ザイーリだ。因みに愛人さんは、その間にちゃっかりやって来ていた。

 私の騒動の方が大き過ぎて、皆、気にも留めていなかったけど……。


「おかしいことはないでしょう。女主人としての仕事をやり始めただけよ。今更だけど」

「今更だから、どういうことか聞いているんです!」


 オリヴァーの声が、執務室に響き渡る。気の弱い旦那様とは正反対。


「そうね。理由は二つ。まずは旦那様への罪滅ぼしね。今、身重の方がこの屋敷にいるのは知っている?」

「はい。義姉上が許可を出したと聞き、さらに驚かされました」

「第二に、無事に後継者が産まれたら、私の立場はどうなる?」

「そんなもの、決まっています。肩身が狭くなり、出て行かざるを得なくなるでしょう」


 本当に旦那様とは正反対だわ。私の問いに、戸惑わずにハッキリと受け答えする姿は、一層清々しい。だからなのか、敵意を向けられても、全く気にならなかった。


「分かっているじゃない。やることがないんなら、そこにあるのを宝石商に持って行ってくれない?」

「これって、義姉上が散財した宝石じゃないですか」

「えぇ。それを売ってきてほしいの。私は今、手が離せないから」

「こんなの使用人に任せれば……」

「何を言っているの!」


 私は机を叩き、その勢いで立ち上がった。


「これは元々、ザイーリ公爵家のお金で購入した宝石なのよ。ネコババをされてもいいって言うの!」

「お、俺がしないという保障もないぞ」

「あぁ、そこは大丈夫」

「どうして」

「だってオリヴァーは、ザイーリ公爵家の人間じゃない。元の持ち主に戻るだけよ」


 でも使用人はダメ。そもそも私に盾突いたり、バカにしたりしている連中の懐に入るのなら、オリヴァーの方がマシだわ。


「そういうわけだから、よろしくね」


 私は唖然としているオリヴァーを無視して、再び執務机に向き直った。



 ***



「義姉上。いつまでこのようなことをしているつもりですか?」


 オリヴァーが公爵邸にやって来て、三カ月が経った頃。神妙な顔つきで、執務室にやってきた。

 今日も今日とて、私は執務机にかじりついて、書類と格闘していた。


 なにせあのポンコツ旦那様。いくら前世を思い出す前の私に辟易(へきえき)していたからって、経営まで使用人に丸投げして遊び惚けていたなんて! 許すまじき!


 お陰で、横領と脱税の温床(おんしょう)となっていた。オリヴァーは私の代わりに現場に(おもむ)き、お灸を添えたり、酷い場合は憲兵に突き出したりしてくれた。


 本来なら私が行くべきなんだけど、悪い噂が消えていないとか、危ないからとか言って、結局叶わず。オリヴァーの手助けの下、経営が成り立っている状態だった。


 だから、彼が愚痴を言い出すのも無理はない。


「そうね。考えていなかったわ。子供が産まれてくるまでに、屋敷から出られる算段ができたら、と思っていたんだけど……これじゃぁねぇ」


 いつまでかかることやら、と思わず溜め息を吐いた。


「それならばいっそうのこと、残る算段をしてみませんか?」

「残る? オリヴァーが言ったんじゃない。『出て行かざるを得なくなる』って。忘れたの?」

「いいえ。憶えています。けれどあの時と今では状況が違います」


 そうね。今の旦那様は、愛人さんが住んでいる別棟に籠り、国の仕事。つまり、王城に登城していないと言う。まぁ、ラブラブなのは構わないんだけど……。


 まぁ杜撰な経営をしていたくらいだ。国の方も真面目に仕事をしていたとは思えない。


「自堕落な兄上の態度を、父上と母上に進言したところ、激怒されまして」

「無理もないわ」

「それで兄上を廃嫡し、俺に継ぐように言って来たんです」

「妥当な判断ね」


 オリヴァーはしっかりしているし、いい公爵になると思う。


「つきましては義姉上。俺と結婚していただけませんか?」

「うん。そうね。……って、え? 今、何て言ったの?」

「ですから、公爵を継いだ暁には、俺の妻になっていただきたいんです」

「私は既婚者よ」


 さらに言うと、貴方の義理の姉。悪妻と噂される私に求婚って、気でも触れたの?


「問題はありません。すでに兄上の噂は国王陛下の耳にも届いています。俺が進言したら、快く引き受けてくださいましたし」

「それはオリヴァーが公爵になる件でしょう」

「プラス義姉上の件もです。外の噂など耳に入って来ないくらい、仕事が忙しいのでお教えしますが、今の義姉上はこう呼ばれています。『賢妻』だと」

「三カ月よ? 『悪妻』が『賢妻』になるなんてあり得ないわ」


 人の噂も七十五日、というけれど、長年悪妻という評判だった私が、いきなり賢妻だなんて……。まさか……!


「旦那様の噂も流れているの?」


 愛人を別棟とはいえ、邸宅内に住まわせて自堕落な生活を送っている夫。彼に捨てられても尚、家を切り盛りする女主人、と世間が勘違いしていてもおかしくはなかった。


「えぇ。そういうわけで義姉上の評判がうなぎ登りなんです。故に、俺との婚姻も認めてくださいました。勿論、兄上が廃嫡になった瞬間、離婚が成立する手続きも、すでに済ませています」

「済ませているって、まさかっ!」

「はい。義姉上のご実家である、ユクントリー伯爵家の承諾を得たんです。黙ってやったことは謝ります」


 私は首を横に振った。

 エミリアの記憶が戻って来て知ったが、旦那様との婚姻は幼い頃、家同士が結んだもの。

 気が弱い旦那様を支えるのに強気な女性が必要、という理由で選ばれたらしい。


 強過ぎて悪妻になってしまったけどね。


 加えて子供の婚姻は、親が決めることが多い。たとえ、私が二十歳を超えていても、それは変わらないようなのだ。

 だから、オリヴァーが取った手段は正規の手順を踏んでいた。私の承諾を得ていないことを除けば。


「でも、わざわざ私を選ぶのは、止めた方がいいわ。オリヴァーの評判に傷がつくし。貴方ほどの人物なら、引く手あまたでしょう」


 兄のおさがりを貰うのは、爵位だけにしなさい、と(あん)に言ってみせた。が、オリヴァーは引かなかった。

 椅子に座る私の真横までやって来て、跪いたのだ。


「義姉上が俺に興味がないのは分かっています。けれど、それでも俺は義姉上がいいんです」

「そこまで分かっていて私を選んでくれるのなら、お受けするわ」


 追い出されて、別の誰かと結婚させられるくらいなら、オリヴァーの方がいい。そう、私を大事にしてくれる人が。


 旦那様と同じ、金髪の奥に見える緑色の目が細くなる。初めて見た、オリヴァーの笑顔。

 彼は懐から小さい箱を出すと、私の方に向けて開けた。


「では、これを受け取って貰えませんか?」


 私の瞳の色と同じ青い宝石、アクアマリンの指輪を。どこまでも用意周到なオリヴァーに向かって、私も笑顔で答える。


「勿論よ」



 ***



 オリヴァーの求婚を受けてから、一週間後。それは起きた。


「なんだなんだ」


 別棟に押し寄せる人に、旦那様は驚きを露わにしていた。さらに私とオリヴァーの姿を見て青ざめる。


「何をしに来た! う、生まれるまでは、ここにいていいと言ったじゃないか」

「言いましたが、干渉しないとは言っていません。それに約束を違えたのは、そちらの方が先です」

「何だと!」


 旦那様が声を張り上げたのと同時に、後ろの扉が開く。

 豊かで美しい茶髪を揺らしながら、大きなお腹を両手で支える。彼女こそが、旦那様の愛人、ベリンダだった。


 使用人に支えられた彼女の姿は、とても儚げな少女に見える。が、身重な体がそれを否定する。


「ベリンダ。体に障るから、部屋に戻っていなさい」

「ですが、気になって休めません」

「けれど、ショックを受けて、子供が流れてしまっては大変です。どうか、ここは……」


 私がそう言うと、旦那様に向けられていた愛らしい顔が、凄まじい形相で睨んできた。

 無理もない。私とオリヴァーが来ただけでも、何事かと思うのに、憲兵まで引き連れてきたのだから。


「今更何よ! もうすぐ生まれるのに、ここから追い出すの!?」

「いいえ。そのつもりはありません。ただ、色々と手続きを終えたので、その報告と今後の身の振り方をお教えに来たんです」

「つまり、すぐには追い出されないの?」

「子供が生まれ、動けるようになるまでは」


 その言葉に、ベリンダが安堵するのが分かった。私と同じく、別棟から出ていなかったのだろう。未だに悪妻だと思われているようだった。


「だが、許可できるのは、そこまでだ。子供を連れて出て行ってもらう。勿論、兄上も一緒に」

「お前にそんな権限は――……」

「あるよ、ここに。兄上が登城していない間に、評判はガタ落ち。それを憂いた父上と母上が国王陛下に頼んで、俺に爵位を譲るように仰ったんだ」


 その証拠、と言わんばかりに、オリヴァーは旦那様の目の前に証書を突き出す。


「経営も酷いものだったよ。エミリアが手を出さなかったら、今頃どうなっていたか」

「つまりこれは、オリヴァーとエミリアが仕組んだことなんだな」

「お言葉ですが、先に仕掛けてきたのはそちらです。私は言いましたよね。『国は良いわ。それは貴方がやって』と。けれど、それを疎かにしたのは、貴方です!」


 前世の記憶が戻る前、悪妻だったエミリアの所業は、もうどうすることもできない。それによって、とった旦那様の行動も。私には言及する資格がない。


 けれど、本来の仕事を疎かにしていい理由にはならなかった。


「まぁ、他の案件については、エミリアが原因だとは一概に言えないけどね。元々兄上は、サボり癖があったから。それを差し引いても、今回の件は酷い」

「俺はベリンダが心細い思いをしないために……」

「その女の世話は、全部メイドがしている。兄上はただ、傍にいるだけだ。十分、登城できたと思うけど?」

「……こんな状態で登城できると、本気で思っているのか?」


 突然、近づいて来る旦那様。


「俺はな。この女を追い出したかったんだ。ベリンダを連れてくれば、いつものように怒り狂い、殺してくれると予想していたのに。なかなかやって来ない。現場を掴めなければ、いつものようにもみ消される。だから――……」


 ここから離れられなかった。そう旦那様は自白した。


「私を追い出したかった気持ちは、まぁ分かりますが、そちらの方は? 私には、ベリンダ嬢の殺害も、望んでいるように聞こえたのですが」

「その通りだよ。この女も君と同じさ。俺にあれこれ指図する目障りな女。腹の子だって、本当に俺の子なのかも怪しい。二人まとめて処分できるのなら、ちょうどいいと思ったんだ」


 オリヴァーが旦那様に掴みかかろうとするのを、私は止めた。


「では、いかがしますか? 爵位はすでにオリヴァーが継いでいます。貴方の居場所は、この屋敷にはありません」

「本当に変わったんだな、エミリアは。オリヴァーのお陰か?」

「違いますが、どう捉えられても構いません。私の地位は変わらないので」

「そうか。ならば連れて行ってくれ。そこの憲兵は、俺を裁くために連れてきたんだろう」


 何の罪か言わなくても、旦那様は分かっているようだった。そう、愛人の殺害を企てたのは、これが初めてではないのだ。


「連れて行け」


 オリヴァーが静かに言うと、部屋の中にはベリンダの泣き声が響き渡った。



 ***



「大丈夫か、エミリア」


 別棟から出ると、オリヴァーが私の手を取る。傍目(はため)からはエスコートをしているように見えるだろう。

 本当は私の肩を掴みたいのに、それができないからしている仕草だった。そう、私はまだオリヴァーに気持ちを伝えていないのだ。


「えぇ。むしろ、肩の荷が下りたような気分だわ」


 前世の記憶が戻っても、旦那様と会話をしたのが、たった二回だったけど。愛人が邸宅内にいるというのは、思った以上に負担だったらしい。


 紛らわすように仕事をしていたのにな。私もまだまだね。それとも、私の中のエミリアがそうしているのかしら。

 ならばちゃんと言わないと。


 憲兵に連行される、金髪の男に向かって私は言った。


「さようなら、カルム。もう二度と会わないことを祈るわ」


 初めて口にした旦那様の名前。だってもう、彼は旦那様ではなくなるのだから、いい加減、名前で呼んであげないとね。

 私の隣にいる、オリヴァーに申し訳ない。これからは、彼が私の旦那様だ。


「大丈夫。俺がそうしないから」

「ふふふっ。ありがとう。オリヴァー。いえ、旦那様」

「エミリア!」


 まだちゃんと好きだとは言えないけれど、それだけで喜んでくれるオリヴァーが可愛く見えた。


あらすじにも書きましたが、この本作は「ざまぁ企画」の参加作品です。

Twitterのフォロワー様が素敵な企画をしているのを見て、拙作ですが書きました。

まだまだざまぁについては、未熟で。

今作を書き上げた直後は、ざまぁになっているのか悩んだほどです。

けれど、企画に参加してみたい、という意欲で書き上げた作品になります。


面白かった。ざまぁになっていた、と思われましたら、ブックマーク・評価・いいねをよろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「ざまぁ企画」から拝読させていただきました。 非常に条件の良くない転生でしたが、ヒロイン、冷静に頑張りました。 カルムは最後までエミリアが変わったことを理解できず、甘い観測のまま行っちゃっ…
[良い点] とても面白かったです! いい感じにさっぱりきっちりザマァを楽しめました。 たかが三ヶ月、されど三ヶ月。 エミリアのがんばりでしたね。思ったよりも旦那様自体にも問題があったようで、ベリンダも…
[良い点] 旦那様、いくら娶ったのが悪妻だったからって羽目を外し過ぎでしたね。ちゃんと仕事をしていれば地位を追われることはなかったのに。 ざまぁが爽快でスカッとしました♪ 面白かったです! [一言] …
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