転生先は悪妻~旦那様はお呼びじゃないの~
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投稿初日に、タイトルを誤字るというミスを犯してしまいましたが、日間異世界転生/転移 恋愛位4(2023/6/20)日間総合55位(2023/6/20)まで。
感謝しかありません.˚‧º·(ฅдฅ。)‧º·˚.
因みに誤字った時のタイトル『転生前』だと、社畜か仕事人間のような主人公です。強気な女性を目指して書きましたので、どうぞよろしくお願いいたします。
転生先を選べるのなら選びたいし、時間軸もまた然り。
「エミリア。しばらく不便をかけるが、分かってほしい」
目の前の男が何を言っているのか、さっぱり理解できなかった。
重苦しい空気。いかにも執務室といった感じだ。
「君はザイーリ公爵夫人なのだから」
夫人?
思わず辺りを見渡した。が、他に夫人と呼べるような人物はいない。つまり、私のことを指しているらしい。
さらに言うと、目の前に座っている、この男は誰なのだろう。
まさか旦那ってことはないわよね? もしかして私、怒られている最中?
「申し訳ありませんが、もう一度言ってもらえませんか?」
怒鳴られる覚悟で聞くと、男は勢いよく顔を上げた。驚いた表情なのは残念だが、なかなかのイケメン。
けれど、魅力には欠けた。たとえるなら、そうだなぁ。なよなよした男。あからさまに気が弱そうだと思った。
うん。私のタイプじゃない。
それが態度にも表れていたのだろう。目の前の金髪男は一瞬、怯んだ表情をした。
「だからその、彼女が無事に子を産むまで、この屋敷で世話をしたいんだ」
「彼女って? それに誰の子なんですか?」
「それは勿論、俺の子で……」
「で?」
「彼女は…………」
金髪男はそういうと、俯いたまま何か言っている。
「はっきりしろ!」
思わず机を叩いた。
「俺の愛人です」
「私は?」
「へ?」
もう一度叩いてやろうか、と思ったが、やる方も手が痛くなる。今もじんじんしている手の代わりに睨んだ。
「お、俺の奥さんです」
「なるほど。ありがとう。状況は分かったわ」
「は?」
私は間抜けな声を出している、旦那と思われる金髪男に背を向けた。
なにせ、今はそれどころではない。詰まるところ私は、旦那に浮気された挙句、身籠った愛人がやってくる、という修羅場に挑もうとしているのだ。
マジか……。面倒臭いなぁ。正直、こんな男に興味なんてないし。愛人さんが来るならいっそう、引き取ってくれた方がマシ。
あぁ、でもそしたら私は? こういう場合って実家に帰るんだっけ? それはそれで面倒だなぁ。
愛人に旦那を取られて、出戻りました。なんて娘を快く迎えるかしら。
下手をすると、恥さらしとか言われて追い出されるか。もしくは、再び嫁がされるか。その場合、決まってロクな相手じゃなさそうね。
なにせ、出戻り女を引き取ってくれるなんて、そんなできた男、物語の中だけよ。
ここは、ザイーリ公爵だったっけ? 私が快適に過ごせるように、ちょっと利用させてもらおうかしら。
そうね、例えば仕事、とか。させてもらえると有り難いんだけど。
私は一つ頷くと、再び金髪男と向き合った。案の定、驚いた顔をしている。
「先ほど、私のことを夫人と言ったわよね。貴方のお仕事は?」
「な、何を言っているんだ!」
「妻が旦那の仕事を聞いて何が悪いことでも?」
怒鳴れば黙るとでも思っているのかしら、この男。私は笑顔で尋ねた。
「……いえ、ありません」
「じゃ、答えて」
「はい。まずは国の仕事で――……」
「あー、国は良いわ。それは貴方がやって。他は?」
状況は分かっても、ここがどこだか分からない以上、国の仕事を聞いたところで、私に出来ることはないと思う。
そもそも、愛人が身籠ったという理由で、屋敷に引き取りたいと言える国だ。
男尊女卑とまではいかなくても、それに近い環境なのだろう。一応、妻である私に了解を取るのだから。
ならば、やはりここは見知らぬ“ザイーリ公爵夫人”の実家よりかは、ここにいる方がいいのかもしれない。
「あとは、領地と商会を幾つか経営して……います」
「そっちは私がやるわ」
「やるって、君がか?」
「えぇ。その代わり、貴方は愛人さんについていてあげて。そこまで仕事をしていたら、時間が取れないでしょう。向こうは妊婦さんなのだから、色々と不安だと思うのよ。さらに慣れない環境。さぞ心細く思うでしょうね」
私は目を閉じ、手を口元に持っていった。俯くように見せれば、それらしくも見えるだろう。
本音は、「目障りだから、彼女さんのところにさっさと行けば」である。けれどここは、相手の神経を逆なでしてはいけない。
「い、いいのか、君は。俺が向こうに行っても」
「行きたくないのなら、止めないけど?」
「いや、行きます。行かせてもらいます!」
そうよね。奥さん(?)の私がいいと言っているのに、断るわけがないわよね。
「だが、どうやって領地や商会を経営するつもりだ? 今までそんなことをしていなかったじゃないか。この屋敷にやって来た時、君は『そんなことをするために、嫁いできたのではありません!』と言っていたと思うんだが」
何それ……。始めから印象が悪かったの? この“ザイーリ公爵夫人”は。
「年月が変われば、人も変わるものよ。貴方だって、そうでしょう。私が屋敷にやって来た時は、愛人さんとよろし……ではなく……ここに連れて来ようと企んでいたの?」
「ひ、人聞きが悪いことを言うな! 俺は一応、誠実に対応していたつもりだ。だけど君は……」
なるほど。この“ザイーリ公爵夫人”の対応が悪かったのね。まぁ、真相はあとで他の者に聞くとして。この金髪男をどうにかしなければならない。
「悪かったと思っているから、領地から商会まで、経営を受け持つと言っているのよ。貴方にとっても、悪い提案ではないと思うんだけど、違う?」
「……分かった。執事に話は通しておく」
金髪男は観念したように、承諾してくれた。
***
「はぁ、部屋の場所を忘れるとか、いつにも増して冗談が過ぎますよ、奥様」
金髪男に部屋に戻るよう言われても、私にはその記憶がない。“ザイーリ公爵夫人”になったのは、ついさっきのことなんだから仕方ないんだけど……。
何? このメイド。奥様、と言っているのだから、私をどこの誰だか認識していて、これか。なるほど。
「そうかもね。貴女の態度ほどではないわ」
私は目の前を歩くメイドの腕を、目一杯引っ張った。油断し切ったメイドは、そのまま後ろに。気がついた時には、廊下に寝っ転がっていた。
薄紫色の髪が降りかかるように、私はメイドを見下ろす。
「どう? 己の立場は分かって?」
「旦那様が愛人を連れて来るからって、気でも触れたんですか!」
「まぁ怖い! 私は旦那様の愛人が、この屋敷に来ていただいてもいいと言ったのよ! その愛人との時間を作りたいから、領地と商会の経営を、私に任せてくださったのに! 気が触れただなんて、そんな悲しいことを言うの!」
私はわざとらしく大声で言った。すると案の定、わらわらと使用人たちが集まり出した。
「なんですって! 悪妻のあんたが経営?」
「奥様。今の話は本当ですか?」
メイドの『悪妻』という言葉に引っかかったが、それを無視するように、老齢の男性が姿を現した。
「えっと、どちらの話について?」
「両方です。が、そうですね。まずは旦那様が愛人を連れて来るお話を伺いたいのですが」
普通、連れて来るなら、前もって使用人たちに言うべきじゃないの? 誰が世話をすると思っているのよ。金髪男じゃなかった、旦那様は!
でも、おかしいわね。
「あら、なぜ貴方は知らないの? そこのメイドは知っていたようだけど。確か言っていたわよね。旦那様が愛人を連れて来るから、気でも触れたのかって」
「それは……」
「コリー! お前はまた! 申し訳ありません、奥様。今後気をつけるように言いますので」
「いいえ。これから私は、領地と商会の経営をするのよ。傍に置いておくのは危険だし、貴方の話しぶりからすると、常習のようだから、解雇してちょうだい。また重要な話を盗み聞きされるのは困るから。そうでしょう」
厳密に困るのは、雇われている側である使用人の立場だ。領地はともかく、商会の情報を他に売るような使用人は危険でしかない。
私は念を押すように言うと、老齢の男性は心得たように頷いた。
「奥様の仰る通りです。コリーを連れて行け」
その一言で従える、ということは、この男性は執事かしら。
「とんだお目汚しを。以後、目を光らせますのでご安心ください」
「いいえ。それよりも、あのメイドみたいに反対しないの? 悪妻である私が領地と商会を経営するなんて、気でも触れたのかって」
「そ、そのようなことは。間違っても、このロルフは致しません」
しかし、他の使用人たちはどうだろうか。あのメイド、コリーが言っていた『悪妻』が経営など。さらに愛人がやってくるという事態だ。
どちらにつこうか判断しているのだろう。
まぁ、私は追い出されないようにするだけ。子供が生まれるまでには時間がかかる。それまでに次の算段をしておかないと……。
「ありがとう。詳細は旦那様が話してくれると思うわ。その愛人さんのことについてもね。もうそういうことになっているから」
「心得ました。今後のこともあるので、旦那様のところへ行ってもよろしいでしょうか」
「えぇ。構わないわ。それから、本当にありがとう。助かったわ」
「いえ、執事として当然のことをしたまでのこと」
ロルフはそういうと、一礼をして立ち去ろうとした。
うん。やっぱり執事で合っていた。これが間違っていたら、大変なことになっていたわ。
ふぅ~と一つ息を吐いたところで、肝心なことを忘れていた。
「あっ、待って。コリーの代わりを用意してもらわないと困るわ」
そう、私はまだ自分の部屋の場所を知らないのだ。
***
新しいメイドが言うには、私はエミリア・ザイーリというらしい。そういえば、初めて旦那様を見た時に、そう言われたような気がする。
その後に聞いた『夫人』という単語で忘れてしまったけれど。手前についていた『ザイーリ公爵』の名前を憶えていたことは、褒めて欲しい。
状況を再び整理すると、私は旦那様こと、ザイーリ公爵から愛人の妊娠と屋敷への滞在を聞かされた直後に、前世の記憶が蘇ったってことだ。
それ以前の記憶が吹っ飛ぶほどのショックだったのかしら。
いや、ほんの少しだけなら記憶はある。今世と前世の記憶が混濁して、脳が処理できていないのだ。
時間が経てば経つほど、ザイーリ公爵邸で過ごした記憶が蘇る。
「どれも酷いものばかりね」
旦那様ではない。エミリアだ。
私は横になっていたベッドから起き上がり、脇にあるサイドテーブルに手を伸ばす。引き出しを開けると、輝かんばかりの宝石。宝石、宝石の数々だ。
そう、エミリアが悪妻と呼ばれた要因の一つ、浪費癖。
屋敷に宝石商や仕立て屋を呼ばず、直接買いに行っているため、止めるものがいないのだ。勿論、侍女や護衛はいる。
けれど、主人の機嫌を損ねて職を失うくらいなら、目を瞑るだろう。
次に、彼女は嫉妬深かった。今回、どうやってバレずに愛人を孕ませたのかは知らないが、裏の人間たちを使ってまで嫌がらせをする。
さらにザイーリ公爵家という権力を使って、旦那様の浮気相手の家を潰すのだ。
これを悪妻と言わずに何と言うのだろう。しかも、女主人の仕事をしないと言い張ったって?
まず、これが許せない!
「働かざる者食うべからず、よ!」
私は自分が何の原因で死んだのかも忘れて、決意した。
「見ていなさい。その性根を叩き直してやるんだから」
いるのかどうかも分からない、エミリアに言い放った。
***
それからは大変な騒ぎだった。何せ、悪妻という評判は、領地と商会にも知れ渡っていたからだ。
「今度はザイーリ公爵の悪妻が、経営にも手を出して、荒そうとしている!」
そんな噂が瞬く間に広まり、屋敷にある人物がやってきた。旦那様の愛人ではない。
「経営に手を出すとはどういうことですか、義姉上」
そう旦那様の弟、オリヴァー・ザイーリだ。因みに愛人さんは、その間にちゃっかりやって来ていた。
私の騒動の方が大き過ぎて、皆、気にも留めていなかったけど……。
「おかしいことはないでしょう。女主人としての仕事をやり始めただけよ。今更だけど」
「今更だから、どういうことか聞いているんです!」
オリヴァーの声が、執務室に響き渡る。気の弱い旦那様とは正反対。
「そうね。理由は二つ。まずは旦那様への罪滅ぼしね。今、身重の方がこの屋敷にいるのは知っている?」
「はい。義姉上が許可を出したと聞き、さらに驚かされました」
「第二に、無事に後継者が産まれたら、私の立場はどうなる?」
「そんなもの、決まっています。肩身が狭くなり、出て行かざるを得なくなるでしょう」
本当に旦那様とは正反対だわ。私の問いに、戸惑わずにハッキリと受け答えする姿は、一層清々しい。だからなのか、敵意を向けられても、全く気にならなかった。
「分かっているじゃない。やることがないんなら、そこにあるのを宝石商に持って行ってくれない?」
「これって、義姉上が散財した宝石じゃないですか」
「えぇ。それを売ってきてほしいの。私は今、手が離せないから」
「こんなの使用人に任せれば……」
「何を言っているの!」
私は机を叩き、その勢いで立ち上がった。
「これは元々、ザイーリ公爵家のお金で購入した宝石なのよ。ネコババをされてもいいって言うの!」
「お、俺がしないという保障もないぞ」
「あぁ、そこは大丈夫」
「どうして」
「だってオリヴァーは、ザイーリ公爵家の人間じゃない。元の持ち主に戻るだけよ」
でも使用人はダメ。そもそも私に盾突いたり、バカにしたりしている連中の懐に入るのなら、オリヴァーの方がマシだわ。
「そういうわけだから、よろしくね」
私は唖然としているオリヴァーを無視して、再び執務机に向き直った。
***
「義姉上。いつまでこのようなことをしているつもりですか?」
オリヴァーが公爵邸にやって来て、三カ月が経った頃。神妙な顔つきで、執務室にやってきた。
今日も今日とて、私は執務机にかじりついて、書類と格闘していた。
なにせあのポンコツ旦那様。いくら前世を思い出す前の私に辟易していたからって、経営まで使用人に丸投げして遊び惚けていたなんて! 許すまじき!
お陰で、横領と脱税の温床となっていた。オリヴァーは私の代わりに現場に赴き、お灸を添えたり、酷い場合は憲兵に突き出したりしてくれた。
本来なら私が行くべきなんだけど、悪い噂が消えていないとか、危ないからとか言って、結局叶わず。オリヴァーの手助けの下、経営が成り立っている状態だった。
だから、彼が愚痴を言い出すのも無理はない。
「そうね。考えていなかったわ。子供が産まれてくるまでに、屋敷から出られる算段ができたら、と思っていたんだけど……これじゃぁねぇ」
いつまでかかることやら、と思わず溜め息を吐いた。
「それならばいっそうのこと、残る算段をしてみませんか?」
「残る? オリヴァーが言ったんじゃない。『出て行かざるを得なくなる』って。忘れたの?」
「いいえ。憶えています。けれどあの時と今では状況が違います」
そうね。今の旦那様は、愛人さんが住んでいる別棟に籠り、国の仕事。つまり、王城に登城していないと言う。まぁ、ラブラブなのは構わないんだけど……。
まぁ杜撰な経営をしていたくらいだ。国の方も真面目に仕事をしていたとは思えない。
「自堕落な兄上の態度を、父上と母上に進言したところ、激怒されまして」
「無理もないわ」
「それで兄上を廃嫡し、俺に継ぐように言って来たんです」
「妥当な判断ね」
オリヴァーはしっかりしているし、いい公爵になると思う。
「つきましては義姉上。俺と結婚していただけませんか?」
「うん。そうね。……って、え? 今、何て言ったの?」
「ですから、公爵を継いだ暁には、俺の妻になっていただきたいんです」
「私は既婚者よ」
さらに言うと、貴方の義理の姉。悪妻と噂される私に求婚って、気でも触れたの?
「問題はありません。すでに兄上の噂は国王陛下の耳にも届いています。俺が進言したら、快く引き受けてくださいましたし」
「それはオリヴァーが公爵になる件でしょう」
「プラス義姉上の件もです。外の噂など耳に入って来ないくらい、仕事が忙しいのでお教えしますが、今の義姉上はこう呼ばれています。『賢妻』だと」
「三カ月よ? 『悪妻』が『賢妻』になるなんてあり得ないわ」
人の噂も七十五日、というけれど、長年悪妻という評判だった私が、いきなり賢妻だなんて……。まさか……!
「旦那様の噂も流れているの?」
愛人を別棟とはいえ、邸宅内に住まわせて自堕落な生活を送っている夫。彼に捨てられても尚、家を切り盛りする女主人、と世間が勘違いしていてもおかしくはなかった。
「えぇ。そういうわけで義姉上の評判がうなぎ登りなんです。故に、俺との婚姻も認めてくださいました。勿論、兄上が廃嫡になった瞬間、離婚が成立する手続きも、すでに済ませています」
「済ませているって、まさかっ!」
「はい。義姉上のご実家である、ユクントリー伯爵家の承諾を得たんです。黙ってやったことは謝ります」
私は首を横に振った。
エミリアの記憶が戻って来て知ったが、旦那様との婚姻は幼い頃、家同士が結んだもの。
気が弱い旦那様を支えるのに強気な女性が必要、という理由で選ばれたらしい。
強過ぎて悪妻になってしまったけどね。
加えて子供の婚姻は、親が決めることが多い。たとえ、私が二十歳を超えていても、それは変わらないようなのだ。
だから、オリヴァーが取った手段は正規の手順を踏んでいた。私の承諾を得ていないことを除けば。
「でも、わざわざ私を選ぶのは、止めた方がいいわ。オリヴァーの評判に傷がつくし。貴方ほどの人物なら、引く手あまたでしょう」
兄のおさがりを貰うのは、爵位だけにしなさい、と暗に言ってみせた。が、オリヴァーは引かなかった。
椅子に座る私の真横までやって来て、跪いたのだ。
「義姉上が俺に興味がないのは分かっています。けれど、それでも俺は義姉上がいいんです」
「そこまで分かっていて私を選んでくれるのなら、お受けするわ」
追い出されて、別の誰かと結婚させられるくらいなら、オリヴァーの方がいい。そう、私を大事にしてくれる人が。
旦那様と同じ、金髪の奥に見える緑色の目が細くなる。初めて見た、オリヴァーの笑顔。
彼は懐から小さい箱を出すと、私の方に向けて開けた。
「では、これを受け取って貰えませんか?」
私の瞳の色と同じ青い宝石、アクアマリンの指輪を。どこまでも用意周到なオリヴァーに向かって、私も笑顔で答える。
「勿論よ」
***
オリヴァーの求婚を受けてから、一週間後。それは起きた。
「なんだなんだ」
別棟に押し寄せる人に、旦那様は驚きを露わにしていた。さらに私とオリヴァーの姿を見て青ざめる。
「何をしに来た! う、生まれるまでは、ここにいていいと言ったじゃないか」
「言いましたが、干渉しないとは言っていません。それに約束を違えたのは、そちらの方が先です」
「何だと!」
旦那様が声を張り上げたのと同時に、後ろの扉が開く。
豊かで美しい茶髪を揺らしながら、大きなお腹を両手で支える。彼女こそが、旦那様の愛人、ベリンダだった。
使用人に支えられた彼女の姿は、とても儚げな少女に見える。が、身重な体がそれを否定する。
「ベリンダ。体に障るから、部屋に戻っていなさい」
「ですが、気になって休めません」
「けれど、ショックを受けて、子供が流れてしまっては大変です。どうか、ここは……」
私がそう言うと、旦那様に向けられていた愛らしい顔が、凄まじい形相で睨んできた。
無理もない。私とオリヴァーが来ただけでも、何事かと思うのに、憲兵まで引き連れてきたのだから。
「今更何よ! もうすぐ生まれるのに、ここから追い出すの!?」
「いいえ。そのつもりはありません。ただ、色々と手続きを終えたので、その報告と今後の身の振り方をお教えに来たんです」
「つまり、すぐには追い出されないの?」
「子供が生まれ、動けるようになるまでは」
その言葉に、ベリンダが安堵するのが分かった。私と同じく、別棟から出ていなかったのだろう。未だに悪妻だと思われているようだった。
「だが、許可できるのは、そこまでだ。子供を連れて出て行ってもらう。勿論、兄上も一緒に」
「お前にそんな権限は――……」
「あるよ、ここに。兄上が登城していない間に、評判はガタ落ち。それを憂いた父上と母上が国王陛下に頼んで、俺に爵位を譲るように仰ったんだ」
その証拠、と言わんばかりに、オリヴァーは旦那様の目の前に証書を突き出す。
「経営も酷いものだったよ。エミリアが手を出さなかったら、今頃どうなっていたか」
「つまりこれは、オリヴァーとエミリアが仕組んだことなんだな」
「お言葉ですが、先に仕掛けてきたのはそちらです。私は言いましたよね。『国は良いわ。それは貴方がやって』と。けれど、それを疎かにしたのは、貴方です!」
前世の記憶が戻る前、悪妻だったエミリアの所業は、もうどうすることもできない。それによって、とった旦那様の行動も。私には言及する資格がない。
けれど、本来の仕事を疎かにしていい理由にはならなかった。
「まぁ、他の案件については、エミリアが原因だとは一概に言えないけどね。元々兄上は、サボり癖があったから。それを差し引いても、今回の件は酷い」
「俺はベリンダが心細い思いをしないために……」
「その女の世話は、全部メイドがしている。兄上はただ、傍にいるだけだ。十分、登城できたと思うけど?」
「……こんな状態で登城できると、本気で思っているのか?」
突然、近づいて来る旦那様。
「俺はな。この女を追い出したかったんだ。ベリンダを連れてくれば、いつものように怒り狂い、殺してくれると予想していたのに。なかなかやって来ない。現場を掴めなければ、いつものようにもみ消される。だから――……」
ここから離れられなかった。そう旦那様は自白した。
「私を追い出したかった気持ちは、まぁ分かりますが、そちらの方は? 私には、ベリンダ嬢の殺害も、望んでいるように聞こえたのですが」
「その通りだよ。この女も君と同じさ。俺にあれこれ指図する目障りな女。腹の子だって、本当に俺の子なのかも怪しい。二人まとめて処分できるのなら、ちょうどいいと思ったんだ」
オリヴァーが旦那様に掴みかかろうとするのを、私は止めた。
「では、いかがしますか? 爵位はすでにオリヴァーが継いでいます。貴方の居場所は、この屋敷にはありません」
「本当に変わったんだな、エミリアは。オリヴァーのお陰か?」
「違いますが、どう捉えられても構いません。私の地位は変わらないので」
「そうか。ならば連れて行ってくれ。そこの憲兵は、俺を裁くために連れてきたんだろう」
何の罪か言わなくても、旦那様は分かっているようだった。そう、愛人の殺害を企てたのは、これが初めてではないのだ。
「連れて行け」
オリヴァーが静かに言うと、部屋の中にはベリンダの泣き声が響き渡った。
***
「大丈夫か、エミリア」
別棟から出ると、オリヴァーが私の手を取る。傍目からはエスコートをしているように見えるだろう。
本当は私の肩を掴みたいのに、それができないからしている仕草だった。そう、私はまだオリヴァーに気持ちを伝えていないのだ。
「えぇ。むしろ、肩の荷が下りたような気分だわ」
前世の記憶が戻っても、旦那様と会話をしたのが、たった二回だったけど。愛人が邸宅内にいるというのは、思った以上に負担だったらしい。
紛らわすように仕事をしていたのにな。私もまだまだね。それとも、私の中のエミリアがそうしているのかしら。
ならばちゃんと言わないと。
憲兵に連行される、金髪の男に向かって私は言った。
「さようなら、カルム。もう二度と会わないことを祈るわ」
初めて口にした旦那様の名前。だってもう、彼は旦那様ではなくなるのだから、いい加減、名前で呼んであげないとね。
私の隣にいる、オリヴァーに申し訳ない。これからは、彼が私の旦那様だ。
「大丈夫。俺がそうしないから」
「ふふふっ。ありがとう。オリヴァー。いえ、旦那様」
「エミリア!」
まだちゃんと好きだとは言えないけれど、それだけで喜んでくれるオリヴァーが可愛く見えた。
あらすじにも書きましたが、この本作は「ざまぁ企画」の参加作品です。
Twitterのフォロワー様が素敵な企画をしているのを見て、拙作ですが書きました。
まだまだざまぁについては、未熟で。
今作を書き上げた直後は、ざまぁになっているのか悩んだほどです。
けれど、企画に参加してみたい、という意欲で書き上げた作品になります。
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