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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

拷問部屋の保身

作者: 芥川一刀

「先生、お時間です」


 聞き覚えの無い男の声が私の意識を覚醒に導いた。

 生憎、先生などと呼ばれる職に就いた覚えなどないのだが、彼が先生と呼ぶ以上、私は先生なのだろう。

 私が漫然とした意識で揺蕩っていたのは如何にも昭和的なスチールデスクで、その傍らには小さなブラウン管が設置されていた。


 私を先生と呼ぶにしては随分とおざなりな場所に連れてこられたものだと思ったが、それを口にすることは出来なかった。

 この男が顔に付けたファントムマスクから覗く双眸に宿る暴力性が理由だ。

 正気とは言い難い暴力性が、眼だけでは無く、全身から溢れ出している。そういう風に感じた。

 今この瞬間にでも猟奇的な殺人事件が起こったとしても、私はきっと驚かないだろうという確信があった。

 酷く恐ろしくて、酷く悪いことが起こるに違いない。


 ――いや、すでに起こっているのだろう。


「御覧下さい。こちらが今日の素材です」


 怪人気取りの男が画質の悪いブラウン管を見るように促してきた。

 そこには髪を金色に染めた少女がパイプ椅子に縛り付けられていた。歳は10代半ば程といったところだ。

 自分が何故このような目に遭っているのか見当もつかないといった様子で、今にも泣きだしそうな顔で周囲を見回している。


 ――酷く嫌な予感がする。


 私は先生で、彼女は素材。だとすれば彼はなんだ?


「お気に召しましたでしょうか? 先生の芸術的な拷問を一身に受け、少女の心と身体が壊れ。崩れていく様をお客様方はご所望です。特に今日は先生の大ファンばかりが集まっていますから、きっと盛り上がりますよ」


 とんだ人違いだ。


『私はお前達が思っている先生などではない』


 口が裂けてもそんな事を言うわけにはいかない。

 真実を知られてみろ。たちどころに私もあの娘と同じように素材にされてしまう。


 私とよく似た拷問官にだ。


 怪人気取りの男は言った。大ファンばかりが集まっていると。

 この狂った催しは今に始まったことではない。ついた顧客から熱狂的なファンが現れる程度には繰り返されている。

 尊厳を人から奪い取り、取り返しのつかない程に破壊されていく過程をエンターテイメントとして楽しんでいる悪党の巣窟に放り込まれてしまったのだ。

 この意味の分からない状況をやり過ごし、逃げ切るには怜悧な暴力性を持った怪人たちを満足させるしかない。


 だが、それは――もしも私が結婚していたら、素材呼ばわりされている少女と同じ年頃の子供がいたかも知れない。そんな子供を拷問にかけて苦しませ、場合によっては殺すことを意味する。

 俺が死ぬくらいならお前が死ねとはよく言ったものだが、いざその場に立たされると簡単に決断できるものではなかった。

 殺すどころか、何の因縁も、恨みも、怒りも、理由も無く単純に暴力を振るうという行為その物に対する強烈な忌避感が私を苛む。


 ――今、私は、酷く愚かなことを考えている。


 あの少女を助け出すことは出来ないだろうかと考えた。考えてしまったのだ。

 モニターに映る彼女が何処にいるのか、そもそも私自身が今何処にいるのかさえも分かっていないと言うのに。

 しかし、もう駄目だ。所詮は私の薄っぺらい正義感でしか無いとしても、ただの後ろめたさでしか無いのだとしてもだ。

 私の心の内にある矜持が叫ぶのだ。頭が痛くなる程に、立っていられなくなる程に、正気を失う程にだ。

 一度意識してしまったら捨て去ることが出来なかった。


 ――最早、これは欲望だ。


 この少女を助け出し、私もこの場から逃げ出すという荒唐無稽な欲望が無視できない程に肥大化している。


 ――これは酷い欺瞞だ。


「この少女の歳は?」


「15歳。この春、高校生になったばかりだそうです」


「そうか。本格的に始める前に、この少女を犯してみたいのだが可能だろうか?」


「犯したい、ですか」


 私の言葉を反芻する男の声色からは何かを吟味しているように感じられた。


「そうだ。若い頃、平成生まれの女を犯してみたい。2000年以降に生まれた女を犯してみたい。そんなことをいつも考えていた。所謂、JKブランドみたいなものさ。平成に生まれた。2000年代に生まれた。そういった区切りや境ごとに産まれた女を犯すことがある種の……そうだ、記念になる」


 我ながら下種な物言いだし、途轍もない自己保身だと思った。

 恐らくだが、彼女はこの近くにいない。モニター越しに私が拷問官に彼女に何をするか命じる。

 私は一切手を下さないし、下せない。リモートで拷問するという一風変わったやり口が評価されているからだ。


 何はともあれ、彼女を救い出せる手段が無いどころか何処にいるのかすら分からないのなら諦めるしかない。

 そうである以上、怪人気取りの男の口から、彼女と会わせることが出来ないと断ってくれさえすれば良いのだ。

 そうすれば心の中で肥大化し続ける実現不可能な欲望を、彼女の救出を諦めることが出来る。


 だと言うのに――


「そう、ですね。先生にしては俗な提案ですが、偶には基本に立ち返るのも良いかも知れませんね。あまりマニアックにし過ぎると新参者が入り辛くなって、業界を先細らせてしまうことですしね」


 怪人気取りの男は真から得心がいったかのように頷いた。

 表情や声色の変化こそ無いものの、気が緩んでいると言うか、こちらに気を許すかのような気安さを感じた。

 一体、何が彼の琴線に触れたのか分からないが、彼の言う先生に相応しい言動が出来ていたということのだろう。

 それ自体は良い。それは不安定な私の身の安全を強固な物へと転じてくれるからだ。

 しかし彼の口ぶりは、私の無理難題とも言える要望が、さしたる労力も無く叶えられるといった様子だった。


「素材はこの下のフロアです。先生のショーが始まるまで、まだ猶予があります。早速行きましょう」


 近い。あまりにも近過ぎる。

 私は、ただ救出を諦めるに足る理由が欲しかっただけなのに。

 レイプという要望も先生を演じる上での口実であって、私はそんなこと望んでいない。


 ――どうする? どうすれば良い?


 こんな事ならば私一人で逃げ出す算段を企てるか、仕方のないことだと素材の少女を拷問して一時の平穏を得れば良かった。

 素材の少女と接触する。接触出来てしまうのだ。

 怪人気取りの男が先導する。私に素材の少女を犯させるために。


 だが、同時にこれで彼女が何処にいるのか分からないのだから救出は不可能という自己弁護が封じられた。

 それは私の勇気と決断と実行力次第で素材の少女を救出することが出来てしまうことを意味する。


 しかしだ。彼女を見殺しにする場合、する必要の無かった筈のレイプをしなければならなくなった。

 無駄な罪を犯す必要など無かったのだ。これでは彼等に拷問を強要されたという口実を使うことが出来ないではないか。


 彼に促され、一歩また一歩と、センスが周回遅れになった昭和臭のする階段を下りていく。

 何故、此処はこうも心地良い古臭さを感じさせてくれるのか。まるで私のために誂えられたようだ。

 こんな時でも無ければ、何とも言い知れぬ懐かしさを楽しめただろうに。

 今は断頭台に向かって歩いている。歩かされている気分だ。


「先生、こちらです」


 最悪だ。覚悟を決める暇すらない。

 私はまだ彼女を救うべきか、犯して拷問にかけて心身を滅茶苦茶に破壊すべきか決断出来ていないというのに。

 どちらを選ぶにしても躊躇いこそが強大な敵であり、一瞬の躊躇は怪人気取りの男に気取られ、私は命を失うことになるに違いないのだ。

 一歩、また一歩踏みしめるようにして部屋の中に踏み込む。

 遅々とした進みだが、それでも前進には変わりない。万感の思いを込めて床を踏み締める。

 懊悩も葛藤も悟らせてはいない筈だ。


「先生、マスクをお召しにならないのですか?」


 怪人気取りの男が少し慌てた様子で言った。可愛いところもあるものだと少し彼に好印象を抱いた。

 それはさておき、彼の言う通りかも知れない。うっかりしていた。

 だが、ここで慌てるのは先生像を著しく崩すことになり兼ねず、私の身が危険に晒される。


「マスクを付けたら彼女を舐め、吸い、啜り、しゃぶり、味わい尽くすことが出来なくなってしまうじゃないか」


 最低だ。私の言葉がでは無く、お為ごかしで放った言葉をリアルに想像してしまい思春期の時よりも硬く、鋭く屹立している事がだ。

 その状態を隠すことなく、素材の少女が拘束されている部屋に入り込む。

 期待しているのだ。彼女の尊厳と命を諦めた場合、言葉通りに、若くて未熟な身体を味わい尽くすことが出来るという事実を。


 ――少女と目が合った。


 今、私はどのような顔をしているのだろう。鏡があれば是が非でも見たくなかった。

 きっと悍ましい顔をしているのだろう。少女の顔がそれを雄弁に語っていた。


 嗚呼、そんな顔をしないで欲しい。

 私は君を救いたいと思っているのだから。/君を滅茶苦茶に犯してしまいたくなるから。


 彼女と接触出来た。出来てしまった。

 ここからどうする。どうすれば良い。

 怪人気取りの男は扉の前で立ち塞がっている。

 私の脱出を阻もうとしていると言うよりは、私が彼女をどのようにして犯すのか絶望的な凌辱を期待している気配を感じた。


 この少女を救える可能性はあるのか。

 この期に及んで私の矜持は素材の少女の救出をまだ諦め切れていなかった。


 上目遣いをする少女の表情は恐怖に満ち溢れ、パイプ椅子に縛り付けられ身動き取れない身体で何とかして私から距離を離そうと背もたれに身体を押し付けている。


 ――正直、滾るものがある。違う、そうじゃない。


 このまま勿体ぶっていたら時間を稼ぐことは出来ないだろうか。

 何だかんだ言って日本の警察は優秀だ。

 私や、この少女が行方不明になったのだとしたら事件として動いているのではないだろうか。

 人を人とも思わぬ所業を繰り返す怪人たちの存在を警察が気付いていないとは到底思えないのだ。

 警察がこの場に現れるまで、のらりくらりと時間を稼ぐというのはどうだろうか。


 私には此処が何処か分からない。

 この建物の外がどうなっているのかさえもだ。


 例えば、今から私がなけなしの勇気を振り絞って、怪人気取りの男に襲い掛かって奇跡的に無力化に成功して、素材の少女を連れて外に出たとしよう。

 外が知らない街どころか、何処に人里があるのかすら定かでない山奥だとしたらどうすれば良い?


 山奥を彷徨っている内に力尽きたら?


 怪人気取りの男が復活して私を殺すために追跡を始めたら?


 先生の大ファンたちが殺到して私を襲うかも知れない。


 失敗は許されない。失敗して私の身が危険に晒されるのだとしたら、最初から上のフロアで彼女に如何様な拷問にかけるべきか思案し、実行していた方がずっとマシだったということになる。


 しかし――しかしだ。私は素材の少女と接触を果たした。

 善良な一人の大人として彼女を救出する機を得てしまったのだ。

 不意を突いて、あの怪人気取りの男を無力化してこの場から脱出することが出来る可能性もある。

 もしかしたら……もしかしたら、この建物の外は私にとって見慣れた、歩き慣れた光景が広がっているかも知れないのだ。


 そうであるなら、彼女を連れて警察に駆け込み、この悪逆非道の者達を逮捕するまでの間、保護してもらえば良い。それで話は丸く収まる。

 だからと言って、普通の人間に当たり前のように備わった正義感を行使するには不確定要素があまりにも多すぎる。


 ――それでも、今こうしている瞬間にも警察がこの場に向かっているとしたら?


 少女をレイプしている最中に踏み込まれたら私はどうなる。

 自らの身の安全を守るために彼女をレイプするしかなかったと説明して、その証言を警察は信じるだろうか。

 考えるまでも無く否だ。断じて否だ。

 間違いなく、私もこのサバト染みた狂人たちの仲間だと思われる。

 それどころか先生と呼ばれる私こそが主犯格であると判断されるに違いない。

 少なくとも、それを否定する証拠を私は持ち合わせていない。


 ――警察が踏み込む前に、彼女から信用を得なければ。私に救出の意思があることを示さなくてはならない。


 怪人気取りの男は言った。今日は私の大ファンが集まっていると。

 警察がこの場に踏み込むのと、私が先生ではないことに気付いて怒り狂って私を殺そうとするのでは、どちらが早いだろうか。

 少なくとも怪人気取りの男と大ファンは私に不審な所があれば即座に殺すだろう。


 警察は事件に気付いているのか。それとも気付いていないのか。

 この場に向かってきているのか。それとも向かってきていないのか。

 分からない。分からない分からない分からない。


 私は追い詰められている。

 それにも関わらず、股間の一物は未だに目の前の女になり切れていない子供を貫く瞬間に期待を寄せたままでいる。

 それが怪人気取りの男の期待を煽り、少女の恐怖を掻き立てているのが否応なしに分からされた。


 私に与えられた選択肢は多いが、取るべき選択が分からない。

 いっそのこと、後先考えずに彼女を守ってみようか。

 そうしたら黒幕が現れて、「実はドッキリでした~!!」なんて言い出してくれやしないだろうか。

 今なら憤慨することなく、ただただ安堵するだけで終わるのに――尤も、一番有り得ない妄想だが。


 少女の肩に触れる。怯えて身体を硬くする姿が私の性的興奮を煽った。

 このまま彼女を抱きかかえて、入口に立ち塞がる怪人気取りの男を無力化することが可能であるかを検討する。

 私がもっと若くて、荒事に慣れた屈強な男であれば無力化の可能性もあっただろうし、こうなる前に無力化している。

 非常に残念だが私は非力な中高年で、若い男を無力化するどころか高校生になったばかりの少女をレイプするのだって拘束されているからどうにか可能という程度でしかない。


 私はどうするべきだろう。私が納得できる答えが欲しい。

 答えが見つからないまま、怪人気取りの男の視線を背に受けながら、素材の少女の肩に乗せた手を滑らせた。


「それでは先生お願いします」


 誰か、誰でも良い。私に答えを――

-解説-


 怪人気取りの男は先生の信奉者である。

 彼は幼少の頃から、フィクションでは無い実在する人間が何の理由も無く、不幸な偶然で唐突に、気まぐれに振ったダイスの目で決めた程度のどうでもいい理由で人が破滅する光景にある種の快楽を感じる破綻者だ。

 しかしその一方で、己の欲望が許されないことを理解しており、社会常識と自らの歪んだ欲望の間で揺れ動き、苦しんでいた。

 葛藤に苦しむ彼を肯定し、その心を救ったのが先生だ。


 素材の少女は少し背伸びをしたかっただけの子供である。

 派手な見た目とは裏腹に中学時代は地味で印象にも残らず、真面目という言葉でお茶を濁される程度の存在だった。

 高校デビューした後も変わったのは見た目だけで両親や教師に従順で三歳年下の弟を可愛がっている。

 恋愛経験は無いが興味は人並みにあるし、出来れば早めに恋人を作りたいと思ってはいる。

 そんな普通の女子高生である彼女には何の背景も無ければ心疚しいことも無い。

 ただ何となく大きな不幸にも、大きな幸福にも無縁そうだというだけの直感的理由で怪人気取りの男から先生への捧げ物に選ばれた。


 先生と呼ばれた私

 ただの中年だ。語るべきことは何もない。

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