016
「ここね。」
梓ねーちゃんに連れられてやって来たのは、とあるビルだった。
さすがに多少は有名になったからか、たまたま場所的に電車では都合が悪かったのかは分からないが、移動が車に変わったのは正直助かった。
「入るわよ。」
「は~い。」
入口の自動ドアをくぐると受付が有って、一人の受付嬢が座っていた。
「本日、歌のレッスンを予約している斉藤です。」
「斉藤様ですね。お話は承っております。
3階のAスタジオがレッスン場となっておりますので、そちらへ向かってください。」
「わかりました。」
俺達は、言われた場所へと移動することにした。
3階へエレベータで上がり、廊下を進むと、目的の部屋まで到着した。
部屋の中からはピアノを弾く音が聞こえていた。
「失礼します。」
「失礼します。」
梓ねーちゃんに続いて俺も挨拶をして中に入る。
人が入って来たことに気が付いたからか、ピアノの演奏は終了した。
「本日、レッスンを受けさせていただく斉藤です。私はマネージャーの梓で、こっちが妹の千秋です。」
「千秋です。宜しくお願いします。」
俺は頭を下げて挨拶した。
「僕は、『長谷川 樹』だ。宜しくね、千秋ちゃん。」
「はい。」
「申し訳無いが、マネージャーは外で待っててくれないかな。」
「分かりました。それでは失礼致します。千秋、頑張るのよ。」
「はい。」
梓ねーちゃんは、レッスン場から出て行った。
「さて、これからレッスンを始めるのだけど、千秋ちゃんは歌の経験は?」
「学校の音楽の授業で歌ったくらいです。」
「完全な初心者って訳か。
よし! まずは、千秋ちゃんがどのくらい歌えるのか確認してみよう。」
「わかりました。」
「歌ってみたい曲は有るかな?」
「どんな曲でも良いんですか?」
「構わないよ。」
「でしたら、『勇者戦隊 イセカイジャー』のオープニングが良いです!」
俺がそう言うと、長谷川さんは唖然とした顔でこっちを見てた。
良いじゃないか。小学生の時に滅茶苦茶好きだったヒーローなんだぞ。今でもソロで歌えるくらい覚えてるしな。
「ち、千秋ちゃんって、ずいぶんと面白い子なんだねぇ~
ん~まあ良いか。それを歌ってみようか。アカペラになるけど大丈夫かい?」
「はい。もちろんです!」
俺は一度大きく深呼吸をした後、歌い出した。
「ほぅ?」
歌っている途中で、長谷川さんの声が聞えた気がしたが、今、サビで一番良いところなんだ! 邪魔しないでくれ!
そして、俺は最後までハイテンションで歌い切ったのだった。
パチパチパチ……
「いやぁ、思ってた以上に良かったよ。正直ビックリした。
最初にこの曲を選曲をしたときは、どうしようかと思ったけどね。」
「はぁ。」
「基礎は、まぁ、これから頑張れば良いとして、才能は十分有ると感じたよ。これなら問題無さそうだ。」
「ありがとうございます。」
「千秋ちゃんはアルトかな。高い声は少し苦手じゃないのかな?」
「高い声は……確かに苦手かもしれません。」
男だからね。こればっかりは仕方がない。
「練習すれば大丈夫さ。じゃあ発声の練習をしようか。ピアノの音に合わせて『あ』を言ってくれ。」
「はい。」
俺が返事をすると、長谷川さんはピアノを弾き始めた。
『ドレミレドー』
「あああああー」
『ド#レ#ファレ#ド#ー』
「あああああー」
『レミファ#ミレー』
「あああああー」
こんな感じでレッスンは進んでいくのだった。
・・・・
「よし、今日はここまでにしようか。」
「あ、ありがとうございました。」
随分と長い時間レッスンをしていたみたいだで、外はもうすっかり真っ暗だ。
「千秋ちゃん。初心者とは思えないほど上手だったよ。これなら次の段階に進んでも良さそうだ。」
「はぁ。分かりました。」
「次のレッスンは日程が決まり次第マネージャーに伝えておくので、それに従ってくれ。」
「はい。」
「今日はお疲れさん。またな。」
「はい。お疲れ様でした。」
俺は長谷川さんに挨拶をすると、レッスン場を後にした。
「終わったの?」
「うん。結構疲れたよ。」
「そっ、なら明日も学校が有るし、さっさと帰って休みましょうか。」
「そだね。」
こうして俺のアイドルとしての第一歩が始まったのだった。