Episode57・(Misaki uncle Side)
賢一と、賢一の弟の話です。
諸事情によりSide表記は伯父とさせて頂きます。
水瀬杏子は生きている。彼女には、一人娘がいる”
それを総司が知ったのは、
兄が政略結婚し、娘である美岬が生まれた頃だった。
懇意にしている支社の会社に杏子らしき人物を見た。
最初は他人の空似だと思っていた。
水瀬杏子は、身体が弱く病により亡くなっている筈だ。
そうして実は病死した事、それは嘘で、
決別時には既に兄の子供を身籠っていた。
賢一は全く知らず、唯一の肉親である兄だけがその秘密を知っており
水瀬杏子は密かに、初恋相手だった千歳賢一の娘を産んだという。
その子は
美岬より年上で賢一と別れた時期が妙に一致している。
それを不審に思い、総司は密かに水面下で見張っていた。
それは公務員として勤めながら、探偵としても働いていた総司には、誰かを見張り素性を調べる事は簡単だったからだ。
事実は、時計を逆戻りにさせた様に違った。
亡くなったと思っていた水瀬杏子は実は生きており、
彼女に似ていた娘もこの目で確認したのだ。
杏子は娘の名前は『ワカ』と言っていた。
清楚さと大人しさの雰囲気を兼ね備えながら、母親に似ていたが
長年、千歳家で共に育ってきた総司には、
その娘が賢一を連想させる仕草や顔立ちも感じ取り確信した。
(あの子は、間違いなく、お兄様の娘だ)
誰にも事実を隠し、
初恋相手だった男性の娘を、女手一人で、娘を育てている。
誰も口を割らないその限り、
水瀬和歌が、本当は、千歳家の血を引く人間であり、
千歳賢一という事実は闇に葬られたままになる。
____それでいいのか。
異母とは言え、美岬の姉。兄の娘。千歳家の娘。
この娘の存在を千歳家が知らないまま、
たった一人の女の思惑で葬られてしまうのは、エゴイストな気がする。
千歳家の血筋は偉大だ。
政治家や、官僚が存在する旧家でもある。
されど千歳家の血を引く人間が存在するのだから、
千歳家の人間が知らないままだなんて、千歳家の人間は腑に落ちないだろう。
それに、これは最も水瀬和歌の父親である兄が報われない。
水瀬和歌、兄のもう一人の娘が
この世に存在していると知ってからの総司の感情は、複雑化していく。
そして、迷った末に。
(父親である以上、お兄様にはこの娘の存在を知る権利がある。
この娘は千歳家の娘だ。千歳家にいるべきではないのか)
そう思う様になった。
何より兄は初恋相手を最も愛し大切にしていた。
まだ野心に駈られる前の、きっと結ばれない純粋な恋だったとしても、あの頃の見るからに兄は生き生きとしていたのだから。
初恋相手が亡くなったと知らされてから、
憔悴仕切り、落ち込みただ脱け殻の千歳家の家柄のレールを
歩んでいる兄が総司は不憫で成らなかった。
(お兄様だけに、あの子の存在を知らせよう。
後はお兄様次第であの子の行く末を決めればいいだろう)
きっと驚くだろう。
初恋相手は生きていて、娘も居るとなれば。
けれども名の通り、賢い兄の事だから、喜んでくれるであろう。
そして千歳家の人間としての在り方を
娘の行く末を考え定めてくれる筈だ。
それに娘である水瀬和歌も、
千歳賢一も互いにどちらの存在を知る権利がある。
そう思った総司は、早々と計画を練り、
水瀬和歌を兄の元に連れていく計画を進めた。
_____そして、兄のもう一人の娘である少女を連れ去ってしまった。
最も、徐々に親しくなり千歳家に招く、という方法もあったのだが、
この頃の総司は
杏子に対しては憎しみめいた感情を抱いていたのだ。
(あの女め。
身勝手に誇り高い偉大な千歳家の宝を、隠しているとは)
手下を雇い、慎重に計画を練り、娘を拐うくらい
簡単だった。けれども、それは、総司の独り善がりで
水瀬和歌を兄に出会わせる事もなく失敗に終わってしまった。
『___千歳家の名に、泥を塗った者等だ。要らぬ。
お前とは今日を持って絶縁とする』
あの怒りに狂った父親の鬼の形相と声音は、今でも忘れられない。
結果、千歳家からは追放。総司は兄から軽蔑され
警察には未成年誘拐、略取等罪、強姦未遂という罪名が化され、17年の刑期に服す事になった。
_____千歳家、客室間。
客間には
なんとも言えない不穏な空気と、重い沈黙が佇んでいる。
弟から突き付けられた現実に、賢一は驚きを隠せなかった。
「………嘘だろう?」
「お兄様、驚くのは分かります。
認めたくないのも分かります。
………でも全て事実なんです。
僕が逮捕された理由は、この子が要因でした」
冷静沈着に告げる総司に、賢一は眉を潜める。
「何かが可笑しいと思っていました。
美岬ちゃんが生まれてから、
水瀬杏子さんが生きていると知ってこの子の存在を知りました。
顔は杏子さんに似ているけれど、
時折、見せる仕草や顔立ちはお兄様に似ていますよ。
千歳家の人間が、世の中に埋もれ、
普通の子として育っている。____千歳家は偉大な旧家です。
そんな血を引く人間が、千歳家の外の居ていい筈がない。
水瀬杏子は、
兄さんを欺いて千歳家の子女を隠した。___それこそが非道的だ。
そして、なりよりもこの娘は、お兄様の血を分けた娘です。
美岬ちゃんにとっては、母親は違えど姉になるでしょう。
9年前のあの日、
僕は純粋に、兄さんにこの娘の存在を伝える為に拐いました。
父親なのに、母親の身勝手な理由で、
このまま闇に葬られてお兄様が娘の存在を知らないのは、酷すぎます」
「だったら何故、今まで言わなかった」
「公[おおやけ)には出来ない事ですからね。
それに祥子さんや美岬ちゃんの精神的なショックもある。
だからこそ
仮出所出来る、この日を待っていました。
ですが、これだけは信じて欲しいのです。
僕はあの日、この娘を拐ったのはお兄様に会わせる為。
この娘の父親であるお兄様に______。
……………それだけは信じて下さい」
「____だから、拐った?
だから傷付けていい? 冗談は止めてくれ。
「お前は俺にこの娘を見せる為に」と言ったが所詮は杏子を悲しませる為だったのだろう?
それに自由恋愛は認められない。
俺だって父親なれるものならば、なりたかった。でも許されない。
父親と明かす事も。千歳家にこの娘を認めさせる事も。
分かるだろう。
これは単なるお前の身勝手な行動だ」
解っている。
政略結婚が当たり前で、自由恋愛等、認められない。
けれども千歳の血を引く娘を秘密裏に子供を産んでおいて、
世の中に紛れさせ普通の子として育てている等、言語道断だ。
賢一は拳を握り絞めながら、わなわなと震わす。
水瀬杏子に対して盲愛なのか、千歳への反発なのか
「でも兄さん!!」
「煩い。触るな」
内線電話を素早く取ると、
使用人に警察を呼んでほしいと頼む。
待ってと縋る弟は警察官に取り押さえられ、連れて行かれた。
最後に見た、悲哀に満ちた表情は、忘れる事はないだろう。
だんだんと本来のお話の内容から違って参りましたが
物語の構成上、新エピソードに繋げる為、と決定しましたので
ご理解頂けますと幸いです。




