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Episode55・(Misaki.Waka.Ren..mother Side)

すみません。

新たに書き下ろしの美岬と祥子のエピソードを追加しました。

前半が美岬、祥子、後半が廉、杏子の視点となります。




 「____お母様?」


 美岬が自室に入ると、

祥子は美岬のウォークインクローゼットを開けていて

どんどん娘の服を一目するとそのまま、ベッドに投げ捨てゆく。


「___これも駄目、これもアウトだわ」



___それはまるで、用済みと言わんばかり。



「お母様!!」


 最初こそ祥子が何をしているのか、傍観的に見ていたが

警戒心が募った刹那、美岬は祥子に駆け寄り、その手を止めた。

そのまま、祥子の肩に手を置いていた。

彼女は不思議そうに、そして怪訝な面持ちをしている。


 美岬は、背中に冷や水を浴びせられた様な焦りを覚え

心の焦りと肩で呼吸していた。

__表向きのお嬢様スタイルの衣装なら

どれほど手を取られても平気なのだが、

夜遊びのコーディネイトの服を見られては一巻の終わりだからだ。


 幸いまだ、

夜遊びの時だけ袖を通す服は、見つかっていない。

美岬の焦りを(つゆ)知らず、祥子は眉を潜めている。



「美岬。貴女の服装は何処か子供っぽいわ。

名家の妻になるのならそれに相応しい、そして夫の好みにそぐわないとね。

この服は全部、無しになさい。


 メイクもナチュラルに。

それに髪は毛先を軽くウェーブをかけるだけでいいわ」


 祥子は美岬の姿を頭から爪先から、一瞥(いちべつ)してそう告げた。

今までは柄が可愛いらしい柄のワンピースやシースルを

混ぜた大人めなワンピースを好んで着用していた。

祥子が持ってきたのは、無地の淡いカラーシャツやロングスカートにカーディガン。



 気乗りしないのを象徴する様に、美岬は浮かない顔をしている。

祥子はそれが癪に触った。祥子にとって、嫁入りは嫁ぎ先に、伴侶となる人物の好みに染まるものだと思い込んでいるから。


「そうだわ。良い事を教えてあげる」


 祥子は愉しげにそう呟くと、そのまま美岬に耳打ちする。

 


「____真之介様は、清純な方がお好きよ」



 貴女の方が、樹神真之介という人物をリスペクトしているではないか。


 最初は何を言っているのか分かなかったが、哀しみを覚える。

………清純な人が好き、というのは和歌に当てはまっている事を連想したから。

和歌が相応しい、果たす役目だと思うのに、

何故それを、自分自身が担わないと駄目なのだろうか。


 (貴女が、担ってくれたらいいのに)


 自身に対しては悲哀。

和歌には、嫉妬と恨めしさ。


 

 けれども婚姻に向けて着々と準備か施されている事を

ひしひしと感じては心に冷水が染み込んでくる。

そして気付いた。____自身はもう誰かの色に染められようとしているのだと。


 誰かの為だけ生きる事は、自分自身に出来るのだろうか。 

それは性に合っていないという事は、(もっと)も美岬は自覚している。



 「どうして____そんな浮かない顔をしているの?」

「_____え?」


 美岬は首を傾けた。祥子は機嫌が悪いと直感で、察知する。

大人の顔色はすぐに察知しては不機嫌に成らぬように努めてきたつもりだ。



 

「それは………」


 美岬は目を泳がせる。

適する言葉が見付からない、という意味合いだ。

その煮え切らない態度は祥子の心に、火に油を注いだ様なものだった。


 (心の中でずっと不倫される程に、卑怯で惨めな事はない。

だから貴女がまだ傷付かない内に、早く清純潔白な青年の元に継がせたいのに)


 なのに誰も褒めてくれない。

娘の嫁入りに敏腕な腕を振るう妻、母として頑張っているのに。

周りは軽蔑にも似た眼差しと困惑を見せるばかりだ。


(全部、あの女のせいよ…………わたくしが、どんどん惨めになる)


「わたくしがここまでしてあげているのに。

嫁入りの心得を教えて上げているのに。貴女は親の心子知らずね!!」

 


___祥子の怒号が部屋に残響した。


 その刹那に、視線を落として美岬は悟った眼差しを向ける。

抗っても仕方がない。

 

 (和歌が選ばれれば良かったのに。今は貴女が酷く憎らしい。

 千歳家の)からの責任から逃げて、自由に息が出来る貴女が____)








 娘の姿がない。

明かりの一つもなく、部屋は無人駅の如く、無慈悲にとても冷たい。

携帯端末を一通り確認した後に杏子は、和歌の部屋にノックをした後で足を踏み入れる。

_____其処は無人の部屋。






 もう眠ってしまったのだろうか。

と思っても、最愛の娘の存在は何処にもいない。

何の形跡も残されていなかった。














 血の始末をして、

そろそろ眠ってしまおうか、と思っていた頃。

廉の携帯端末に着信が入った。


“伯母”と簡素に入力された着信に、廉は飛び付いた。




「はい」

『廉君? ………和歌、今、廉君と一緒かしら?』

「…………いえ、今日は会っていません……」




 電話口の向こう側から、杏子の声が、弱々しく震えている。

何故だろうと思いながらも、“和歌がいない”と

言われた瞬間に廉の背筋は凍り付いた。


 今日はアルバイトのない日。

品行方正で勉学以外に興味のない和歌ならば、

大学の講義が終われば真っ直ぐ家に直帰するに決まっている。


(………和歌が、寄り道する筈ないのに)



 9年前、

和歌が失踪、誘拐された時、廉は聞いた事があった。

『警察は』というと、杏子は良い顔をしなかった。


静かに(しゃが)み込むと、廉と目線を合わせ呟く。



___そしてまだ幼い廉に告げたのだ。




「………警察には言えないの。

もしね。和歌の存在が警察に知られてしまったら、

和歌は、もうお家には戻って来られないのよ。だから


廉がもしお巡りさんに会っても、

和歌の事は、この事は絶対に言っては駄目。………秘密ね。


……絶対に言ったら駄目よ」




 それは娘を思う心配そうな面持ちながも、

廉への眼差しは真剣で、そのものだった。

否。冷静な声音な中で、それは少し威圧感のある様にも感じた。




(………どうして、警察は駄目なんだろうか)




警察、と言っても、杏子は絶対に良い顔をしない。

何故、杏子が『警察』を介して娘を巻き込みたくないのか。

それに『警察に知られたら、和歌は帰ってこない』という言葉も廉にはそれが分からない。






 和歌の行動範囲内の、辺りを回り廉は夜道を走る。

和歌が通う、大学や大学に着くまでの道程。






アルバイト先、繁華街。

ネオンの光りは眩しく、人通りの多い周りの

ガヤガヤとした雰囲気はまるで断末魔のノイズの様に聞こえた。




 酔いを佇ませながら、歩くサラリーマン。

身なりをバッチリと決めたホストにギャバ嬢、それに貢ぐお客様は着飾りそれに付いていく。




 けれど、和歌の姿は何処にもいない。

携帯端末から連絡をしても、何度も電話は繋がらず、

チャット型アプリにメッセージを送信しても既読すら付かない。




こまめで几帳面で

真面目な和歌の連絡は素早く繋がる筈なのに。






 和歌自身、

行動範囲内から羽ばたく事はない事は知っている。

良い意味で今の繋がる世界だけを浅く狭く大切にしている、

悪い意味では、自分自身の殻に籠ったままだ。




 和歌が、

自ら意思でまだ新しい世界に歩いていく等まだない。

それは和歌が突然消えた事は、廉は不自然と思っている。




 見上げても夜空には星等、一つもない。

厳冬の厳しさがから逃れた繁華街は、ぬるく暖かい。

けれどその暖かい首を絞められている、居心地の感覚を覚えた。








“和歌、大丈夫?”


“お母さん、待ってるからね“




 杏子はメッセージアプリに

時々、時折に送ってみるがメッセージは既読は付かない。

杏子は固く両手を組み合わせながら、頬杖を着きながら、項垂れた。


常に気配りを忘れず心優しい和歌ならば、すぐに返信する筈なのに。




『___僕は外で捜して来ます。

杏子さんは、家に居て待っていて下さい』




 甥は、娘を捜し回っている。

甥に申し訳なくて、自分自身も居ても立っても

居られなかったが、甥の言葉を信じて、娘の帰りを待っている。




 暗闇の中でここ数日の娘の様子を、回想する。

特に変わった様子は何処にも見当たらなかった。

大きなフラッシュバックや、PTSDの発作に見舞われる事もない。

____娘にとっては、平穏な日々を送っていた、そう思いたいのだが。








「娘が、いないんです………」






 フラッシュバックするのは、9年前のあの出来事。

あの時もそうだった。甥と共に娘の姿を捜し回り見付からず、

定年退職した元警察官のおじいさんの頼んだのだ。




 和歌はまだ、“回復段階”だ。


 完全に回復した訳ではない。




 娘の行動範囲は、大学だけ。

何度も何度も外界に慣れされてから、大学生の頃には回復しつつあった。




 桜が舞う季節。

あれは、和歌が第一志望だった大学に入学した頃だった。




 過去の事もあり

杏子は心配で和歌が大学を入学してというもの数日。

和歌に付き添い大学まで見送っていた。

だが、ある日を突然にして和歌は、告げた。




「お母さん、もう私、大丈夫」

「………え?」


「一人で通学出来る。自分で行きたいの」

「………そう? でも……」

「大丈夫よ。お外ももう慣れたから………」


 微笑んで朗らかに告げた娘のあの時の表情を

そう胸を張って呟いた娘の晴れ晴れした顔は、今でも忘れない。










(…………もし、また和歌が誘拐されていたら?)




 不意に思考に霞む記憶。

またあの悲劇が、繰り返されるのだろうか。

そうなるとまた娘は心に深い傷を負う事になるだろう。


そう思うと胸が張り裂けそうな気持ちになり、杏子は思わず奥歯を噛み締めた。


 項垂れた中で

闇の中でぐるぐると回想を巡らしながら、杏子はある事に気付いた。




(………そう言えば前に、お友達に、お茶に誘われたと言っていたわね)




 大学4回生になって、

席が隣同士になった仲良しの女の子の母親に声をかけられたと。


娘は、この年から転入してきた女の子に色々と教えていたらしい。

その子の事はよく杏子は和歌から耳にしていた。




 その縁から、

母親からお茶に誘われて、ご馳走になった、と。

けれどその話をする和歌は今一つ、何処か浮かない顔をしていた。


 人見知りだから、なんて理由なんて片付けられない。

和歌は拐われた経験から、初対面の人には強い警戒心を抱いている。

それが喜びではなく恐怖心が勝っていたのは、娘の顔色が示していた。




 しかし。

和歌が言うには、その女の子は、とあるご令嬢らしい。

リムジンで運ばれた先は、お城の様なアンティークの館。

お母様も気品に溢れた雰囲気を伏せ持ち、和歌を歓迎していたという。


『………でもまだ、私は素直になれなかった。

また何かされるんじゃないかって、せっかく

用意して下さった紅茶も飲めなかったの』


 何処かに潜む心の闇。

そのまま、娘は変わらず帰宅したらしい。

未だに残っている深い傷は、癒えないのだと思い知らされた。




だが杏子は、其処で思考が止まり、はっとする。






(……………アンティークの館?)




 娘は、“女の子”の事だけを言うけれど、素性は口にしていない。

ご令嬢だとは解っているが、それを思い出したが刹那

杏子を疑心暗鬼に襲われる。

大学からあまり離れていない都内の大きな屋敷だったらしい。










 アンティークの館____もしかしたら、

娘は、自分自身と全く同じ光景を見たのかも知れない。




(…………まさか)




 信じたくたくない。

けれど異世界のお城のようだった、という言葉が引っ掛かる。


『大きなお屋敷だったの、ほら、

ウィーンに住んでいたお母さんのお仕事先の借家に似てた』



(____そんな筈はない)




 娘の、和歌の存在は、誰も知らない。

自分自身は娘の素性だけは決して

明らかに成らぬ様にと、娘の存在は厳重にしていた筈だ。




だが____。








(まさか、和歌は…………)




疑心暗鬼の先を疑った瞬間、杏子は絶句した。










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