Episode26・(Misaki Side)
『ごめん、今日は急用が出来た。今日は、会えない』
携帯端末のチャット型アプリに浮かんだ言葉。
無機質的に浮かんだ言葉は、美岬にとってナイフのようだった。
実業家と別れを告げた後
美岬の新たな相手は年上の大手IT企業に勤める青年だった。
しかしこの相手は、誤算だった。
IT企業勤務というのは女性の気を引く為で、
本来は『俺の器には見合わない』が口癖の、職を転々とするフリーターである。
彼は、ドタキャンは当たり前、約束のキャンセルも多い。
新しい恋人同士になったというのに、会えたのは一度だけ。
しかも約束の直前で連絡を寄越す、というのだからたちが悪い。
その度に美岬の期待は
打ち砕かれ、何とも言えない感情に包まれる。
その証拠に上半身は項垂れていた。
会える機会よりも、
会えない機会の方がめっきり多いのではないか。
ドレスもメイクもばっちり計算した上で決めていた。
何よりも温もりを求めていた美岬にとってはショックを
感じ得ざる終えない。
温もりを感じて安心感を得られると思っていたのに。
_______それに。
(嘘でもいいから、言葉が欲しい)
愛してる、までは望まない。
例え、好きだ、の一言だけでもいい。
実際会った彼は温かみのある人間だと思っていたけれど
こんなにも簡単に素っ気なくあしらわれるのは、
美岬にとっては初めてで、何処か物足りなさを感じていた。
自分自身は愛されているのだろうか。
相手は本当に自分自身の事が好きなのだろうか。
そう思うとどうしようもない焦燥感と不安に駈られてしまう。
温もりだけ貰えればいい、と割り切っていながらも、何処かで
愛情の言葉を求めている。
(安心したい。安堵したい)
愛情依存症の美岬は、
愛情を確かめ感じないと
どうしようもない衝動と不安に駈られ始めている。
相手の真意が読めない。
自分自身を愛してくれるだろうか、その温もりをくれるだろうか。
何時しか美岬にとって、
男性は居てはいられない、いなければならない存在となった。
心の隙間を埋めてくれるもの、美岬が見つけた不器用な、
唯一無二の方法だ。
底無しの泥沼の様に
包容力のある男性に、飢えた愛情に、嵌まっていく。
(お願い。裏切らないで)
落胆の感情を覚えながら、携帯端末を置いた。
愛されたい。
美岬の心の中にあるのは、それだけ。
東京ドーム程の広い
敷地内パーティー会場には、熱気が帯びていた。
大物政治家達が集い、厳粛かつ神聖なパーティーは、
礼節に溢れ、何処か厳格で偉大な雰囲気を漂わせている。
淡いボルドーのワンピースドレス。
セミウェットのかかったヘアアレンジは編み込みのアップスタイルに纏められている。
シンプルだが、何処か皇女のような
緩やかな色気のある雰囲気を漂わせる。
そんな服装や気品溢れる振る舞いとは
正反対に何処かあどけなさを感じさせる。
千歳家の専属のスタイリストは、
それぞれの個性や特徴をリスペクトしており
令嬢の麗しさ、美しさを見事に引き立たせてている。
ナチュラルメイクと服装は、
彼女の美貌を引き立たせる引き立て役の飾りとなっていた。
千歳家というだけで人目を引くのに、
今日は千歳家の令嬢が来ているのだから
会場は厳粛になりつつも、桜の季節の様に和らいでいる。
千歳家の令嬢・美岬の実力を試される場所というべきか。
幼い頃から叩き込まれた社交界の場のマナーや礼節は
令嬢として相応しい気品と威厳を備えた存在感を示す時だ。
千歳の名誉の為に下手な真似は出来ない。
千歳美岬、という人間の存在感と価値を見定められている事も忘れない。
それらを試す場なのだから。
許されないというべきか。
今は気品溢れる、千歳家の令嬢、
国会議員・千歳賢一の子女、千歳美岬でいなければならない。
始終、淡い微笑を浮かべながら、周りには愛想よく接する。
『千歳家の御令嬢様、立派に成長なられて』
『ああ、美しい御方だ』
美岬を見た政治家、議員達は、
美岬が現れるなり、その成長した姿に驚いていた。
幼い頃から集いには現れ姿を見てはいるが、
年々、美岬の美貌は輝きを増していく。
あどけなさと無邪気さを持ち合わせた顔立ちと雰囲気は、
まるで優雅な妖精のようだ。
美岬は父親の隣に居た。
父親である賢一の元には様々な人物がわざわざ足を運ばせてきた。
蟻の大群の如く誠実な雰囲気を纏う紳士的は、
常に国会議員の威厳ある仮面を外したりはしない。
そんな彼の周りには、
ビジネスパートナーである母親、事務所関係者、
支援者等が集まり、偶然を装いながら、媚を売ってくる。
新人議員、
千歳家の偉大な家系を知って、気に入られようとする者。
誰だって自分が可愛い。何としても、千歳賢一に気に入られたいらしい。
そんな魂胆が心内では隠しきれていない。
大人の闇を、小さい頃を嫌と言う程に見てきた。
美岬は相手がどれだけ父親に媚びへつらっているのかは分かる。
(反吐が出そうだ。
皆、千歳家というブランド、目当て)
淡いシャンパンを口にしながら、美岬はそう思った。
高価なワインとは違い淡く口当たりが、
抱いてしまった黒い感情を和らげたまでで
千歳家の人間に気に入られようと皆、必死だ。
そんな中で賢一は、
会釈し手を振って輪から抜け出すと
「美岬」
「はい」
父親に呼ばれて、美岬は視線を向けた。
「実は今日は美岬に会わせたい人が居てね」
「………私に、ですか?」
「ああ。別室を用意して貰っている。
先方も到着していてお待ちだ。今から行こうか」
「美岬、行きましょう」
母親は美岬の肩に手を置いて、微笑んだ。
両親に挟まれる様な形で、誘われる様に自然と足が進んでいた。
ホールから離れた別室の前には、
一人の女性コンシェルジュが凛然とした佇まいで立っていた。
賢一達の存在に気付くと、静かに律儀にお辞儀をする。
「樹神様は」
「既にご到着なさっています。中でお待ちです」
(……樹神様?)
美岬は不思議そうに目を見開いた。
樹神家、千歳家に匹敵する程の由緒正しい政治家の家だ。
その家柄と何の用だろうか。
コンシェルジュに中に通されると、
長細く広い部屋に調度な高級家具と共に
会食の如く鮮やかな料理たちが並び置かれていた。
ローテーブルに携えられた先には、
樹神家の当主であり尊厳と気品溢れ
上品なスーツ姿にかき上げられ、白髪混じりの整えられた髪。
官僚を務めている樹神 清治郎が威厳ある面持ちで立っていた。
そしてその隣には、美岬と同い年くらいの青年が立っている。
視線が絡んだ刹那、互いに頭を下げる。
「初めまして。遅くなりました」
「いえお気に為さらず、此方も今、来たところですから」
「私の倅です」
「樹神真之助と申します」
やや緊張の色が伺える中で、深々と頭を下げた。
その端正な顔立ちには、聡明さと誠実さが滲み出ている。
美岬は大人しく周りの空気に馴染みながら、私の娘です、と微笑ましく言う父親に従う。
「初めてお目にかかります。私は、千歳美岬と申します」
静粛な空気の中、彼女の存在は
ぶわ、と豪華絢爛な花が咲いた様だった。
「美岬様、とてもお美しい娘様ですね」
「………いえ。勿体ないお言葉です」
何故、樹神家の当主とご子息に出会っているのだろう。
そう思った刹那、父親から告げられた言葉に唖然とする。
「美岬。
近々、婚約を結ぶ。そのお相手が、真之助様なのだよ」
「…………………」
茫然自失と佇む美岬は、絶句した。




