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おっとり令嬢に乙女ゲーは効きません。

作者: 瑞恋

ゆるーいお話です。

「きゃあぁ!!」



ここは魔法学園の中にある庭園広場。

ベンチや屋根付きのテラスなどが設置してあるため、休み時間や放課後はここで過ごす生徒は多い。


そんなみんなの憩いの場に突然女性の叫び声が響き渡る。


周りにいた人々は驚いた表情で声がした方に顔を向けると、あぁまたか。と呆れたように溜め息をついていた。






「ひどいです!ロゼリーナ様!」


「………。」



そう嘆くのは先刻、悲鳴を上げた女だ。

ブラウン色のセミロングに、くりっとした色素の薄いオレンジ色の瞳と白い透明な肌。

彼女の名はサラ。平民出身であり、魔法の才能を買われ、特別枠でこの学園に1年前から通っている……という設定だ。


何故なら、ここは乙女ゲームの世界。

5人のイケメン達との恋模様を描くそのヒロインに転生したサラは、大いに物語を無視して暮らしていたのである。



学園に来た頃は、可愛い。愛嬌がある。ハキハキと話す。と良い印象ではあった。

しかし、彼女は自分は転生者である事とこれは前世にやっていた大好きな乙女ゲームであることを思い出したのである。

そして、前世も今世も平民育ちな為、話し方や立ち振る舞いなどある意味目立っていた。教師やクラスメイトから注意を受けても、なんで?とでも言う様に首を傾げるだけ。本人的には、私はヒロインなんだから大丈夫!と何の根拠もない自信を持っているだけなのだが…。




そんなサラは地面に蹲り、目の前の女に悲愴な表情を見せる。



「……?」


その女は本を片手にベンチに座っていた。


彼女の名はロゼリーナ・ガルシア。

ガルシア辺境伯の令嬢だ。背中まであるストレートヘアは透明感あるミルクティー色。

切り揃えた前髪から覗く星空色の瞳は垂れ目のせいか少しばかり眠たげにみえる。

小顔で白桃色のスベスベのお肌にプクッとした小さな唇。

そして、この物語の悪役令嬢である。



……のはずが、



ロゼリーナは首を傾げ、不思議そうな表情で、


「サラさん?地面に座ったままでは制服が汚れてしまいますわ。」


「なっ、ひ、ひどい!ロゼリーナ様が私のことを…!」



彼女はゲームの中の様な悪役感がまったくないのだ。




「サラっ!?」



その時、第三者の声がサラの名を呼んだ。

振り向くと、そこには金髪の男が。彼はこの国の第一王子のライアスであり、攻略対象者だ。彼の後ろにいる側近達3人も同じく対象者である。




「ライアスっ!」


「サラ!一体どうしたんだ!」


サラは何の戸惑いもなく第一王子の名を呼び捨てで呼ぶ。やはりヒロインである彼女はあっという間に彼らを攻略し、逆ハーレムを楽しんでいた。



涙目の彼女の姿にライアスは目を丸くし、すぐさまサラを抱き起こすと、



「ロゼリーナ・ガルシア。貴様、サラに何をしたんだ。」


凄む様な目付きでロゼリーナを睨むと、側近達はライアスとサラの前に立ち、守る体勢を取った。


警戒心剥き出しの彼らにロゼリーナは、きょとんと目を瞬かせ、



「……?ライアス王子殿下にご挨拶申し上げます。」


そう言って、スッと立ち上がるとスカートの裾を摘み、優雅にカーテシーをした。



「お前!自分のした事が分かっているのか!?」


暢気に挨拶をする彼女に1人の側近は声を荒げた。



「わたくしがした事…ですか?」


再び首を傾げ、うーん。と考え始めるロゼリーナ。


そんな彼女の態度に彼らはさらに苛立ち、



「お前がサラを地面に倒したのだろう!!」


「サラ…。怖がらなくていい。何が起きたのか話してごらん。」



そう言い放つ側近の後ろでライアスはサラの頭を撫で、安心させるような声で言うと、



「はい……。庭園で散歩をしていたら、ロゼリーナ様に足を引っ掛けられて……っ」


はらはらと涙を流すサラは上目遣いでライアスを見上げる。その姿は小動物の様で庇護欲を掻き立てられる。




「あぁ可哀想に。私がサラを気に入ってるからこんな事をしたのだなロゼリーナ。婚約者であろう者が。」


「……婚約者?」



そう。ゲームの中ではロゼリーナはライアスの婚約者だ。ライアスルートだとヒロインをいじめ、彼女を陥れる為に罪を犯し、幽閉されるというシナリオになっている。



「大丈夫かい?サラ。」


「ライアス……。」


公共の場であるというのにサラを宥めるためか抱き寄せ、身体を密着させる2人。


傍観する他の生徒はヒソヒソと怪訝な表情で会話をしていた。



そんな2人を目の当たりにするロゼリーナだが、特に表情は変わらず、先程のライアスの言葉に疑問を持ち、



「婚約者、だからですか?」


「あぁ、そうだ。この国の上に立つ者なら相応の品格を持ったらどうだ?」


「………。」



 うーん。まぁ、後で考えよう。



ライアスの言葉を理解出来なかったロゼリーナはスッと顔を上げる。その表情はいつもの変わらず、ぽやんとした可愛らしいお顔で、ライアス達は内心動揺する。


 感情を表に出さないとは流石、辺境伯の

令嬢といったところか。


などと勘違いする彼ら。


すると、ロゼリーナは突如ベンチに腰掛けた。




「なっ!?おい!殿下の前だぞ!?」


「わたくしが足を引っ掛けた、と仰るのですね?」


再度、聞き返す彼女に皆、頷くと、



「サラさん、貴女はどこで倒れましたか?」


「な、なによいきなり。此処に決まってるじゃない。」


「えぇ、丁度、殿下とご一緒に立ってる位置ですわね。……ですが、」



「「!?」」



なんと話の途中でロゼリーナは右足が前に伸ばした。ふくらはぎまでとはいかないが、足首より上が見えてしまい、その姿は貴族がするものではない。実際に……、




「なんてはしたない。」


「よくそんな卑しいことが出来る。」


そう罵倒するが本人は飄々と、



「えぇもちろん、はしたないことですわ。」


「さっきから何が言いたいんだ。」


「気付きませんか?わたくしの座ってる位置からサラさんを転ばすことなんて出来ないんですよ?」



ロゼリーナに言葉が詰まる彼ら。

確かにどれだけ伸ばしても、サラの位置まで数十センチ足りないのだ。




「そっ、そんな!私が嘘を言ってるというの?」


「そうだ。サラが嘘をつくわけない。魔法を得意とするお前が何かを仕掛けたのだろう!」


そう叫ぶ2人に、ふぅと息を吐き、



「とはいっても、わたくしは防御と回復が少しばかり出来るだけで、そんな瑣末な事は致しませんわ。」


「お前っ!?殿下に不敬だぞ!!

ーーーおい!誰か見た者がいるだろう!」



側近は顔を赤くし、激怒すると他の生徒に向かって声をかけた。


ビクッと皆、肩を震わすけれど誰一人名乗り上げる者はいなかったが、




「はい。私が見ました。」


男爵の子息が手を上げ、彼らに答える。



「おぉ!よくぞ言ってくれた。やはりこの女がやったのだな。」


「えぇ、本当に酷い事をします。」


劣勢から優勢に変わった事に表情が明るくなったライアス。



「早く殿下に謝罪をした方がいいぞ。」


「………。」



男爵の子息はそう急かす様に言うが、ロゼリーナは疲れたのか思わず溜め息をついた。



「まだ、そんな顔ができるとはな。さっさと白状しろ!!」


先程、激怒していた側近はさらに声を荒上げ、彼女の肩を掴もうとした。




その時ーー、






「何してるの?」



パシッと男の手を掴み、ロゼリーナの身を守る別の男の声が響いた。

その時、サラが密かに歓喜していることなど誰も気付かない。



ロゼリーナは誰なのかすぐ分かり、隣の男を見上げる。




「アイザック。」


彼はアイザック・ランベール。

ランベール侯爵家の子息。シルバー色の癖毛に切り目なエメラルド色の瞳。長身ですらっとした体型だがこれでも騎士志望なので、身体はしっかり鍛えている。


そして、ロゼリーナの幼馴染だ。



「ロゼ。大丈夫?」


「えぇ、ありがとう。」


「どういたしまして。」


にこっと笑うアイザックにつられて微笑むロゼリーナ。それはそれは可愛く、男爵の子息は赤くなった。


それに気付いたアイザックはスッと目を細める。




「おい、いきなりなんだアイザック!」


「そっちこそ、ロゼに乱暴なことをしようとしたね。」



側近の1人は彼と同じ騎士志望。しかし、アイザックの方が実力は上であり、それが気に食わない様だ。




「ガルシア辺境伯の令嬢はサラに虐げる行為をしたんだ!」


「そんなことロゼがするわけないだろ。」


そう呆れた表情で溜め息をつくアイザックに彼は乾いた笑いで、



「証言者がいるんだ。何よりも動かぬ証拠じゃないか。」


「……それがそこの男?」


ちらっと男爵の男に視線を向けると、



「アイザック様。本当なんです。ロゼリーナ様はいつも私に嫌がらせを……、」


「彼はついさっきまで教師に怒られていたよ。課題の提出を疎かにするとね。」


サラの言葉など鮮やかに流したアイザック。

サラ以外の人々は彼の発した内容に目を丸くすると、




「なっ!?」


「おい!本当なのか!」


「えっ、い、いや、あの……っ」



慌てふためく男は目を泳がせると、不意にアイザックと視線が重なる。宝石の様に輝くエメラルド色の瞳が冷たく射抜くそれに、ひいぃ!と心の中で叫んだ。



「わ、私はてっきり彼女が殿下に失礼なことをしたと思って……、す、すみませんでした!!」


「あっ、おい!」


彼はそう謝罪を口にすると逃げるように走り去ってしまった。本人的には、殿下らに恩を売って、いざと言う時に助けて貰おうという浅はかな考えだったようだけど。


もちろん逃すわけにはいかないので、追いかける側近達。




「なっ、今日の所は見逃してやる。」


そう言って舌打ちをすると、ライアスもサラを連れて、この場を後にした。

サラはキッとロゼリーナを睨みつける。


しかし、ロゼリーナはこんなのが跡取りでこの国は大丈夫なのだろうかと思い、溜め息をついている為、視線には気付かなかった。




「大丈夫?」


「うん、平気よ。サラさんはよく勘違いをされる方よね。」


よく周りを見ないと危ないわ。なんて真面目な表情で言う彼女にアイザックはクスクスと小さく笑った。



「アイザック?わたくし何か変な事を言いまして?」


「いや。そうだなって俺も思っただけだよ。」



ロゼリーナは少々マイペースで周りに流されないおっとりとした性格。だからなのか、こうしたサラからの嫌がらせに気付いておらず、


 まぁ、本当の事を教えて、それで気を揉むよりかはいいか。


と思うアイザックなのだった。






 ーーーまたダメだった…!



ライアスに連れられながら、サラは悔しそうに顔を歪めた。



 シナリオ通りに進めてないけど、それでもライアス達は攻略出来たのに、どうしてアイザック様の好感度が上がらないの!?



そう、実はアイザックもこのゲームの攻略対象者であり、サラにとってライアスと同じぐらい好きな推しメンの1人でもあった。しかし、何故か彼だけ攻略が出来ずにいた。



 アイザックルートでのロゼリーナの出番は少なかったけど、きっとあのまま生かしてるからいけないんだわ…!


 それにそろそろアイザック様は学園(ここ)を離れるはず…。



クスッと企む様に笑う彼女の表情はまるで悪女に見えるのであった。





ーーーーーーーーー



「それで何かお話があるのでは?」


疲れただろうから休憩にしない?とアイザックに誘われ、テラスでティータイムをしていた。

楽しく雑談した後、ロゼリーナはそう問いかけると、



「あれ、気付いてたの?」


「はい。わたくしの好きな紅茶とチョコレートが用意されているのを見れば…、最初からお誘いくださるおつもりだったのでしょう?」



と言いながら、チョコレートを食べる手は止まらない。その中でもストロベリーチョコレートは彼女のお気に入りだ。



「ならさっそく本題を話すよ。


ギアトリスが国境を越えようとしていてね。少しの間、領地に戻る事になったんだ。」


「……確か、ギアトリスは王家に反抗している集団の名前でしたわね。ここ何年か大人しくなったと聞きましたが……、」


 国境を越えるなんてやる事はひとつ。


瞬時に察したロゼリーナにアイザックは紅茶を口に含んだ後、



「恐らく国境を越えた先の小国と手を組むつもりなんだろうね。丁度その国は気性が荒いらしいし。」


「そうなる前にランベール家率いる騎士団が捕獲しにいくわけね。」


「あぁ、うちの方にある国境から行くみたいだし。」



ランベール侯爵家は国境付近含めた広大な領地を所有している。

また一族代々、武術に長けているゆえ、軍事的指揮官も担っているのだ。


そして、ガルシア辺境伯家も真逆に位置する国境付近に領地を持っている。こちらは多くの魔術師を輩出している秀逸な一族だ。



5歳の時、王都に移り住んだ2人。家が近所であり、親同士仲が良く、よく互いの家を行き来していた。




「………、」


ちらっと先程まで読んでいた本を見つめたロゼリーナ。



「アイザック。腕輪はしてる?」


「うん。いつもしてるよ。」


そう言って左袖を捲り、金色の腕輪を見せるとロゼリーナは両手をかざし集中する為、目を閉じた。


すると、中央にある藍色の魔法石が光り輝き、すぐさま元に戻る。



「ロゼ、何をしたの?」


「少し魔法付与を。」


「……もしかして、さっきの話知ってた?それにその本、魔法付与関連のだし。」


「ううん、内容は知らなかったわ。でも昨日、侯爵様が(うち)にいらっしゃって、」


「父上が?」


「お父様とお話をされてて、その時に“暫くアイザック(息子)を借りるね。”と仰っていたからこの事かと。」


そう言うと、なるほどね。とアイザックは納得すると、


「それで何の付与をしてくれたのかな?」


「防御と反射を加えました。」


「2つも…、さすがだね。」


と腕輪を撫でた彼はロゼリーナにお礼を言う。



「気をつけて。……ちゃんと帰ってきてね。」


「もちろん。」


不安な表情で見つめる彼女をアイザックは安心させる様に笑うのであった。





ーーーーーーーーー



それから半年が経ち、今日は学園の卒業パーティー。

卒業後は皆、各々決めた道に進むのだ。

ロゼリーナも魔術師団の入団が決まっている。



ロゼリーナが入場すると周りが一瞬静まり返る。花やパールが装飾されたホワイトピンクのプリンセスラインドレス。艶やかなミルクティーストレートヘアにも鮮やかな花飾りが施されており、誰もが見惚れていた。


だが、彼女はエスコートを付けず、1人で入場をしてきたのだ。その表情はいつもより憂いを帯びているようにも見える。


みんなが驚きと同情をする中、パーティーは始まった。




代表の挨拶として、ライアス殿下が壇上に登場した。後ろには側近達を引き連れ、何故か隣にはサラが……。




「挨拶の前に、この場を借りて断罪したい者がいる。」


唐突にそう言い放つライアスに会場は騒めいた。すると、1人の側近が前に出て、



「サラに対して様々な卑劣な行為を行った者がいる。


 ーーロゼリーナ・ガルシア、前に出ろ。」



呼ばれたロゼリーナはコツ、コツ、とヒールの音を立て、前に出るとゆっくりとカーテシーをする。



「ライアス王子殿下にご挨拶、」


「黙れ。白々しい。」


そう言って、ライアスは一歩前に出ると、ロゼリーナを見下ろし、



「サラが編入してからお前はずっと彼女を虐めていたな。そんな者に次期王妃などあってはならぬ。


 ーーよって、お前には婚約破棄、そして永久幽閉となす!」



と高々に宣言するライアスに周囲は驚いた表情をしているが、どこか困惑していた。


その中、ロゼリーナは、


「殿下。何をもって決定したのですか?」


「サラ本人が教えてくれた。」


「ラ、ライアス…、」


ライアスはそう言って、怯えるサラを守る様に抱き寄せる。



「サラさんの証言のみですか?殿下は裏付をされなかったのでしょうか?」


「そんなものは不要だ。」


「……それで陛下は何と?」


「父上にはこの後に言う。」


その返しの様子だと陛下や上層部には知らせていないと悟ったロゼリーナは、


「事後報告とは。余りにも身勝手すぎますわ。」


「口を慎め!」


呆れた様な口調で話す彼女に側近は咎める。

すると、ライアスは彼の肩に手を置き、落ち着かせると、



「さっさと認めたらどうだ?ここにいる皆、そう思っているのだから。」


「前から何度も申し上げてますが、わたくしはサラさんに何も危害を加えておりません。」



何故、そう思い込むのか。と内心溜め息をつく。




「お前を庇う者などいない。唯一の味方であろうアイザック・ランベールは不在なのだからな。」


ハッ、と嘲笑うライアスはこう言い放った。




「何せ、ギアトリスが既に小国と繋がっており、国境の境目で争いが起きている。もはや戦争だ。アイツも無事に帰還するか分からないな。」



彼の言葉に会場にいる者は耳を疑った。王族が国のために身を削る思いで戦う主従らを侮辱したのだ。


ましてその内容は代々的に公表はしておらず、風の噂で流れていたものがライアスの発言によって確信へと変わった。




「………。」


「もう何も言えないだろう。」


「…………りません。」


「?」


俯いたままロゼリーナは何をボソッと言った。訝しげな表情をするライアス。


すると、



「下の者を見下す様な事しか言えない殿下に後継者は向いておりません。」


顔を上げたロゼリーナは怒りに満ちていた。

彼女の纏うオーラはピリッとしており、怒る姿など誰も見た事がなかった。



「なっ、ふ、不敬罪だ!捕らえよ!!」


たじろいつつも大声を上げるライアスに側近は慌てて彼女に近づこうとしたその時だったーーー、






「ロゼ。」



「っ!!」


「なっ、」


「なぜ、お前がここにいるんだっ」



ロゼリーナは目を丸くし、何度も瞬きをする。


彼女を背で庇う様に立つ彼。

半年間、見ないうちに逞しくなったその背中に鼓動がひとつずれた。




「アイザック……?」


「うん。そうだよ。」



くるっと振り返った彼はやはり正真正銘のアイザックであり、肩の力が抜けていくのを感じた。



「どうしてここにいる!誰からも報告など受けていないぞ!」


「敵は全て征伐済です。それで私だけ先に戻りました。他の者達は来週中には帰ってきますよ。


それより、ロゼに何をしようとしました?」


アイザックは、にこっと笑みを浮かべると、



「ふんっ、私を罵ったからだ。」


「彼女は正論を言ったまでです。人の悪口は誰しも漏らしたくなりますが、場所を考えたらどうです。パーティー中にしかも大勢の人の前で堂々と…。貴方は王族なのですから自分の発言で、その人の印象が変わってしまうんですよ。」


 まぁ、発言者によっては影響を受けない事もありますけどね。


クスッと鼻で笑うアイザックに、わなわなと怒りで身体を震わせるライアスは、



「騎士団どもランベールらを捕らえよ!!」


怒鳴る様にして言い放つが、微動だしない王宮の騎士達。



「何をしている!早く動け!」


「ライアス王子殿下。我々は殿下の命令には従わぬ様、陛下からそう指示を受けております。」


「なっ、なに!?」



まさかの返しにライアスは驚くとアイザックはさらに話を続ける。




「何故、ギアトリスの件が殿下の耳に入らなかったのか分かりませんか?殿下らが犯した罪が判明したからですよ。

私が不在の間、ロゼに危害を加えるだろうと思いましてね。ランベール家の影を数人、ロゼに付けさせました。」



「………はい?」


 いつの間に?


ロゼリーナは首を傾げていると、



「この半年間、貴方達の影が3度も彼女を襲いましたね。


しかも失敗したら、誰にも気付かれずに自害する様にとも命令したようではありませんか。」



「な、何を言っている!!」



「まだ、白を切りますか。貴方方の影はこちらで捕獲し、証言が取れてるんですよ。

陛下達に報告をし、調査もして頂きました。」



後はお願いします。アイザックがそう言うと、王宮の騎士達が次々と会場に入り、殿下らを拘束する。



「は、離せっ!!私は王子だぞ!こんな事をしていいと思っているのか!!」


「ちょっと!私は関係ないわよ!!」


振り払おうとするライアスの隣でサラも同様に拘束されていた。



「元はといえば貴女が殿下達に懇願したからだ。それに常日頃、無実であるロゼに色々と言い掛かりをつけて…、ロゼと貴女は何も接点がないはずなのにどうしてそこまでして、」


「だってあの女は悪役令嬢で私はヒロインよ!アイザック様は騙されてるわ!」


「何だかおかしな事を言うね。さっさと連れて行って下さい。」



アイザックは怪訝そうな顔でサラを見た後、騎士らに指示をした。



「おい!ロゼリーナ!お前、私の婚約者ならなんとかしろ!!」


サラが騒ぐ中、ライアスも声を上げる。

はぁ…、と重い溜め息を吐いたアイザックは、



「あんたもおかしな事を言ってるけど、ロゼは8歳の頃から俺の婚約者だ。何勘違いしているわけ。」


「なっ、」


口をパクパクさせ、呆然とするライアス。

それはロゼリーナが元々婚約者ではなかったからなのか、アイザックが敬語を使わなかったからなのか、はたまた両方か。兎に角、彼がこれ以上突っ掛かることはなく、騎士達に連れてかれるのであった。



それ以前にアイザックとロゼリーナは婚約者同士であるのは余程無知な人でなければ、貴族の間では有名な話だ。なのに何故、ライアスは自分の婚約者であると言っていたのか周囲は内心疑問視していた。

アイザックはそんな馬鹿な事を思ってるのはライアスとサラ、側近達だけだと知り、無視をしていた。ロゼリーナも殿下との会話で噛み合わない事があったが、高貴な貴族なら身を弁えろ。と言われていると思い、聞き流していたのであった。


ゲームの強制修正のせいで、そう思い込まされてしまった攻略対象者達。

ゲームとしてはシナリオにないバッドエンドで終わりを迎えたのである…。






ーーーーーーーーー



「ロゼ、……怒ってる?」


「………。」



パーティーは中止となり、ロゼリーナとアイザックは学園内にある庭園広場の中を歩いていた。


というよりかは先を行くロゼリーナをアイザックが追う(さま)なのだが……。



ツカツカ、といつもはゆっくりと歩くロゼリーナにしてはキビキビとしていて、彼女に何一つも伝えなかったからご立腹なのではと思想するアイザックは、



「ごめんね。あいつらにバレない様にしたかったからさ。……勝手に影を付けたことは謝るよ。」


すると、ロゼリーナはピタッと歩みを止め、振り返ると、



「アイザックはさっきから見当違いなことを言ってます。」


「うん?」


そう言う彼女の表情はいつもと変わらず、ぽやんとしており、予想とは違う反応にアイザックは戸惑う。



「影を付けることぐらい問題ございません。」


「でも、ほぼ四六時中、監視されてたんだよ?」


「着替えてる姿や入浴中もですか?」


「そこまでさせてないよ。」


 むしろ俺が許さない。


と顔を顰める彼にロゼリーナはクスッと可笑しそうに笑った。


彼女の笑みにアイザックはホッと胸を撫で下ろす。



「やっと笑ってくれた。」


「?」


「時々届く影からの報告だと、ロゼは表情を殆ど変えないって言うから心配で。」


そう言って、ロゼリーナの目線に合わせる様にして屈み、彼女の頬を撫でた。


アイザックの手は体温が高く、心地良いせいか、つい擦り寄ってしまう。


そんな彼女の甘えに抑えが効かなくなったアイザックはもう片方の手で彼女の腰を抱き寄せると、そのままキスを落とした。


何度も繰り返すようにして、彼女の唇を堪能したアイザックはこれ以上はマズイと必死に理性を掻き集め、身体を離す。


すると、息を切らし力が抜けてしまったロゼリーナは彼に凭れかかる。そんな姿も可愛いなんて思いながら彼女の頭にまた一つ口付けをすると、





「……わたくしはただ心配だったの。」


「うん…」


ぽつりと喋り出した彼女の言葉に相槌をうつ。


「争い事が大きくなったとお父様から聞いて、アイザックなら大丈夫。ってずっと言い聞かせていたの。だから、今日のパーティーだって、エスコートは付けなかったわ。」


「うん」


「殿下に言われた言葉に怒りを覚えたけど、でも心の中で、もしも…って思ったら怖くもなってきてしまって、」


「ロゼーー、」


「でも、貴方は帰ってきてくれたわ。だからすごく安心したの。


 ーーーおかえりアイザック。」



「ただいま。ロゼ。」


ロゼリーナの本心を聞けたアイザックはそっと目尻を下げ、そう呟くのであった。




2人はそのままテラスに移動し、お茶をすることに。するとアイザックは思い出したかの様に声を上げた。



「そういえば、ロゼの魔法付与が役に立ったよ。」


「えっ?まさかどこか怪我でもしてーー」


「いや。不意をつかれそうになった瞬間、反射の付与が反応したから大丈夫だよ。」



むしろ相手の方が悲惨な姿になったけどな。



と頭の片隅であの時の状況を思い出し、引き攣りそうになる口をなんとか抑える。



「本当に魔法付与が得意だな。この腕輪をくれた時から使えてたんだろ?」


「いいえ。出来る様になったのは10歳になってからですわ。」


「でも、これをくれる時、お守りだからって言ってなかったか?」


婚約を結んだ時には2人が8歳になったばかり。アイザックがネックレスをプレゼントした数日後、ロゼリーナは腕輪をプレゼントしたのだ。




「そうよ。だってそれ魔除けのお守りだもの。」


「は……、魔除け?」


何故魔除けなんだ?と心底不思議そうな表情をするアイザックに彼女は、



「婚約が決まったその日に不思議な夢を見たの。顔は覚えてないのだけれど、女性に大切な人が奪われないように気をつけるのよ。って…。」


可笑しな夢だったから、その頃遊びに来てくれた祖父母にそれを伝えると、何かの前触れかもしれないからって、一緒に魔除けの腕輪を作ってくれたのだ。


その効果はあったのかどうなのかは分からないが、アイザックとは昔と変わらず一緒にいるので効き目はあったのかもしれない。




「へぇ…なんか不思議だな。」


「ふふっ、そうね。」


と自分の腕輪を触るが特に気にしてないアイザックの口調にロゼリーナは楽しそうに笑うのだった。





 ーーーそういえば、夢の中の女性って何となく今の私の容姿に似てた様な…。



ふと、そう思うロゼリーナ。…だが、



ーーまっ、いっか。



と優雅に紅茶を飲むのであった。

おまけ



ロゼ「どこからかしら?こんなにも魔法操作が苦手な方がいるのね。一歩も動けないわ。」


影「(殿下の影の攻撃をいとも簡単に塞いでる…。アイザック様の婚約者って何者…。)」


気付いてないロゼリーナにもある意味強者だと思いながら、確保するランベール家の影達なのでした。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 互いに助け合っての仲良しファンタジーカップルだと思い込んでたらオチに笑いました、ダメージは0じゃ! こんな不沈令嬢相手に仕事させられた挙げ句、どうあがいても処刑される暗殺者さん不憫すぎる …
[一言] というかなんでヒロインは何故逆ハー狙った ゲーム期間中は強制力とやらで無事かもしれないけどゲームが終わったら確実に修羅場だろうに まあこのお話はそこまでたどり着けなかったけど
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