第二話 〈幻夢の穴〉
「レアな〈夢の穴〉……ですか?」
ルーチェが聞き返すと、ケルトは楽しげに、ニヤニヤと笑っていた。
「ああ、そうだ。上手くいきゃ、ちょっとした財産になるだろうよ」
レアな〈夢の穴〉……か。
基本的に一度攻略された〈夢の穴〉も、また時間を経て、同じ名前を冠するものが別の座標に現れるものだ。
ランダム生成であるため細かい地形は変わっているが、基本的に出没する魔物や〈夢の主〉は変わらない。
そのため〈夢の穴〉がこの世界からなくなることはない。
だが、〈夢の穴〉の出現率には偏りがあり、頻繁に出てくるものもあれば、滅多に出てこないものもある。
中には超低確率の〈幻夢の穴〉と呼ばれるものも……いわゆるボーナスステージがある。
この類のものはドロップアイテムや経験値が美味しい代わりに、〈夢の主〉が討伐されなくとも魔物が一定数討伐された時点で崩壊を始めることが多い。
「とは言っても……俺達は所詮、B級冒険者だからな……。その手の〈幻夢の穴〉は、A級冒険者以上でなければまともに攻略はできないだろう」
「なんだよ……冷めた奴だな。まぁ、それは正しいが。お前なら上手くやるんじゃねぇかと思って一応声掛けてみたいんだが……さすがに苦しいわな」
ケルトがポリポリと頭を掻く。
まぁ……〈夢の穴〉のレベルによっては行っていけないわけではないだろうが、リスクがさすがに大きすぎる。
その手の〈幻夢の穴〉で存在進化やら魔物溜まりに巻き込まれては、さすがに無事では済まないだろう。
「因みになんてところなんだ? レアアイテムが落ちるところなら、騒ぎが落ち着いた頃に店で破格の値段で出回ってくれるかもしれないな」
「又聞きなんだが……〈幻獣の塔〉ってところらしい」
「〈幻獣の塔〉だと!?」
俺は大声でケルトの言葉を返し、思わずその場で立ち上がった。
疎らにいた他の客達も、何事かと俺の方を見ていた。
「エルマさん、エルマさん、一応内緒話ですから……!」
ルーチェが声を潜め、俺へと言う。
「あ、ああ、悪い、つい……」
「まぁ、俺はどうせ潜る気なんざなかったからいいんだが……そこまで驚くところだったのか?」
「正直……〈幻獣の塔〉だと話が変わって来る」
〈幻獣の塔〉には、他の〈夢の穴〉の稀少な魔物が大量に出没するのだ。
稀少な魔物は大抵、高価なドロップアイテムを抱えている。
欲しいアイテムを抱えている魔物を探し出し、アイテムドロップに賭けて討伐しまくるというのが〈幻獣の塔〉の基本戦略である。
魔物を倒せば〈幻夢の穴〉の消滅が早まるので目当ての魔物が狩りにくくなるが、目当ての魔物ばかり狩っていても他の冒険者に先を越される。
ゲームではいつも〈幻夢の穴〉内部は、上級冒険者達の泥沼の争いになっていた。
「欲しいアイテムがあるんですか、エルマさん?」
「……出てくる魔物はランダムで五種類なんだが、高確率でこの中にグリムリーパーが入って来るんだ」
「グリムリーパー……ですか?」
ルーチェの言葉に、俺は大きく頷いた。
「奴からは〈死神の凶手〉の〈技能の書〉がそれなりの確率でドロップする。あれさえあれば、道化師クラスのルーチェの攻撃性能が一気に跳ね上がるはずだ」
〈豪運〉持ちの道化師にとって〈死神の凶手〉は外せないスキルツリーである。
いわば重騎士の〈燻り狂う牙〉のようなものであり、手に入れるまでがチュートリアルだといっても過言ではない。
〈死神の凶手〉自体がかなりのぶっ壊れスキルツリーであり、近接クラスであればほぼ採用候補に入る。
とはいえ大きな弱点があって、候補には入るものの、実際に〈死神の凶手〉を習得するプレイヤーは少ない。
運否天賦の割合が大きいスキルツリーであり、肝心な場面で機能せずにデスペナルティを受けるリスクが付き纏うためだ。
だが、ルーチェの桁外れに高い幸運力の前では、そんなリスクも無いに等しい。
この世界ではスキルブックは貴族が牛耳っている。
ここを逃せば、次の入手機会がいつになるのかわかったものではない。
「〈幻獣の塔〉はそこまでレベルが高いわけでもない……。奥に入らず、浅いところでグリムリーパーを探して回るのは充分可能だな」
ここで〈死神の凶手〉が手に入れば、一気にルーチェを強化することができる。
〈燻り狂う牙〉のようにスキルの発動条件が厳しいわけではないため、しばらくは俺よりルーチェの方が圧倒的に強くなるかもしれないくらいだ。
基本的に〈技能の書〉は低確率ドロップなのだが、何せ俺には幸運力に長けたルーチェが付いている。
全く狙ってもいなかったのにエンブリオから〈技能の書〉を入手したこともある。
グリムリーパーに絞って狩り続ければ、いずれは〈死神の凶手〉が落ちるはずだ。
「やりましょう、エルマさん! きっとここは踏ん張りどころですよ! ここで行かないなら、冒険者になった甲斐がありませんもん!」
ルーチェがぎゅっと握り拳を作る。
「次の〈夢の穴〉はここで決まりだな」
俺はそれから、ちらりとケルトを見た。
「それで……腕利きで性格面に信頼が置ける、B級以上の冒険者ができれば欲しいんだが……」
「悪いが俺はパスだぜ。誘いは嬉しいが、別の用事があってな。それにみみっちく、堅実に……が俺のモットー。美味しそうな話ではあるから乗っかってはやりてぇところなんだが、リスクを侵すのは性分じゃねぇ」
「うぐ……」
「ま、軽い気持ちで行けよ。駄目で元々……くらいのな。あんま躍起になっちまったら、引き際を見誤るぜ」
「そうだな……」
B級以上の冒険者はそう多くない。
特にソロで活動しているのは、ケルトみたいな特殊なタイプを除けばかなりのレアケースだ。
メアベルも回復クラスの報酬面が安定しているため単騎で大規模依頼に潜り込むことが多いだけで、普段は固定でパーティーを組んでいるそうだった。
一匹狼を気取っているケルトとは違うのだ。
固定パーティーを持っている冒険者に協力を頼んでも、断られた挙句、固定で組んでいるいつもの仲間と一緒に〈幻獣の塔〉へと向かわれるだけだ。
不用意にライバルを増やす結果になりかねない。
なにせ〈幻夢の穴〉は、魔物が狩られれば狩られるほど消滅が近づくのだ。
かといって、ずっとソロで活動しているのは特殊なタイプのクラスを除けば、性格面に難のある冒険者ばかりだろう。
今回もルーチェと二人で回った方がよさそうだな……。




