第四十九話 エピローグ
大規模依頼の後日……俺とルーチェはカロスに招かれ、宿の一室へと訪れていた。
前回以上に外部に漏らしたくない話になるということで、こうした形になった。
どうやらこのためだけに広い部屋を取ってくれたそうだ。
「大規模依頼では本当にありがとうね。君達のお陰で災害騒動の輪郭がようやく掴めてきた。それに……君達がいなければ、レイドメンバーは全滅し……戦力を欠いたラコリナが、スカルロードの討伐に当たらなければならなくなるところだった」
カロスが申し訳なさそうにそう口にする。
自分が率いて行った大規模依頼だったため、順当に進めば全滅していたかもしれないことに責任を感じているのだろう。
「災害の原因の方や……それから地図の件に関しては、何かわかったのか?」
〈哀哭するトラペゾヘドロン〉の発見や、〈嘆きの墓所〉の地図の不備についても、既にカロスを通じてギルドに報告されている。
地図の不備は、明らかにギルドの怠慢や、小銭稼ぎに虚偽の報告をした冒険者の仕業ではない。
あの地図は、各パーティーに委託された正規ルートのみ、大きな誤りがなかったのだ。
もし正規ルートが誤りだらけであれば、早々に引き返したり、他のパーティーとの合流を試みたりする冒険者が続出していたはずだ。
あの地図は正規ルート以外の道が出鱈目になっていた。
あれのせいで、スカルロードの出現に気が付いても引き返して〈夢の穴〉の外まで逃げるという選択肢が断たれてしまったのだ。
明らかに冒険者を一人でも多く殺そうという悪意を持って組み込まれたものであった。
もう一つ根拠がある。
それは〈哀哭するトラペゾヘドロン〉が、正規ルートから離れた位置に埋められていた、という点である。
ケルトが好き勝手に動かなければ、そして〈第六感〉で感知しなければ、あのアイテムを見つけることはできなかった。
あの地図は〈哀哭するトラペゾヘドロン〉が発見されることを防ぐ意味合いもあったのではないかと考えている。
「ラコリナの冒険者ギルドには、ギルド付きの冒険者から職員になった男がいた。彼は優秀で、冒険者の立場や事情を知っている職員だったため、多くの仕事を任されていたようだ。〈嘆きの墓所〉攻略の大規模依頼についても、必要性を上司に説き、報酬額や細かい手順の決定をほぼ単独で行っていてくれたそうだが……現在、行方不明とのことだ」
「なるほど……そうなったか」
俺は溜め息を吐いた。
あの地図改竄は、一連の事件を暴くための大きな鍵になるはずだった。
「私はずっとこの異変を追って、このノルスン王国中を旅していたんだ。ようやく決定的な手掛かりを得たと思ったら、こんな逃げ方をされて歯痒い想いだよ。ただ……この尻尾切りの犯人は、私はハウルロッド侯爵家、或いは彼らの中の一派であると確信している。こんな手際のいい怪事件を幾つも引き起こせる組織は、この王国の中でそう多くない」
カロスが〈嘆きの墓所〉攻略直後にも口にしていたことだ。
ハウルロッド侯爵家が怪しい、と。
「順当に考えれば、そうなるな」
王国各地で〈哀哭するトラペゾヘドロン〉をばら撒いて〈夢の穴〉を活性化させるなど、大掛かりな組織でなければできることではない。
戦力と金銭、人手を持った組織となれば、この世界では貴族が筆頭となる。
ハウルロッド侯爵家は最有力候補の容疑者だ。
ただ問題は、その動機の方だ。
こんな重大な〈夢の穴〉災害を何度も引き起こしていれば、下手すればこの領地自体が吹っ飛びかねない。
〈夢の穴〉の仕様確認が目的だったとしても明らかにやり過ぎだ。
こんな真似をして得する人間がいるのか疑問だった。
「ラコリナでここまで派手に動いた以上……必ずまた、何かしらの行動を起こすと思う。ただ、そうなれば私一人では力不足なことは既に証明されている。かといって……協力関係にあるハウルロッド侯爵家も手放しに信用はできない。君達にはそのときが訪れたら……ハウルロッド侯爵家ではなく、私に協力して欲しい」
ここが本題だったのだろう。
今回の騒動はかなり胡散臭い。
手出しをするのは危ないとはわかっているが、放置をするのもまた危険な気がしていた。
〈嘆きの墓所〉だって、俺が向かわなければレイドメンバーは全滅し、都市ラコリナの危機へと発展していた可能性が高い。
俺は貴族として……そして、この世界の裏側の仕組みを知る者として、この事件に挑む責任があると、そう考えていた。
「わかった。俺なんかでよければ、快く協力させてもらう」
「ア、アタシも! アタシにできることでしたら必ず……!」
ルーチェがぎゅっと握り拳を作り、そう口にした。
「ありがとう……。このラコリナで、君達に会えてよかった」
カロスは温和な笑みを浮かべた。
話し合いが終わった後、俺とルーチェは席を立ち、部屋の扉へと手を掛けた。
「エルマ、ルーチェ」
カロスが声を掛けてきた。
俺達は彼を振り返る。
「この広大なノルスン王国の地は、貴族や騎士、そして各地の上級冒険者……たった数百人ぽっちの、上澄みの実力者が守っているのが実情なんだ。君達には本当に期待しているよ」
俺達はカロスへと頷き、部屋を後にした。
俺はルーチェと並び、ラコリナの街を歩く。
この後すぐに、また別件で人と会う約束があった。
「なんだか難しいお話でしたけれど……魔物を強化して、ラコリナに嗾けようとしている人達がいるんですよね……? いいんでしょうか? アタシ達、こんな悠長に構えていて……」
「相手が大きすぎる。決定的な証拠もない間から迂闊には動けない」
怪しんでいることを相手に知られれば、こちらの動きが制限されるだけだ。
強引な手を使って排除に出てくるかもしれない。
こっちは相手の目的も、規模も、全くわかっていない。
後手に回っていくしかないのだ。
「しかし、あの状況……まるで夢壊を引き起こすのが目的だったようだ」
「夢壊……ですか?」
ルーチェが不思議そうに首を傾げる。
「〈夢の主〉の二段目の存在進化だ」
高レベル冒険者を多く狩った〈夢の主〉は、次の進化条件を満たして暴走を起こす。
〈夢の穴〉は崩れ去り……〈夢の主〉は魔物の軍勢を率いて悪夢の行進を始める。
本当に街一つ消し飛んでもおかしくない、最悪の〈夢の穴〉だ。
もしもそれが目的だとすれば、高レベル冒険者を〈夢の穴〉内に閉じ込めたのは……ラコリナの上級冒険者の数を減らすためではなく、夢壊の生贄にするつもりだった、という考え方もできる。
さすがに夢壊なんて引き起こして得をする人間がいるとは思えないが……。
ひとまず、今回は〈嘆きの墓所〉で起こされかけていた惨劇を回避することができ、存在さえ不確かであった『敵』の存在を明らかにすることができた。
大勝利といっても過言ではないだろう。
「お、来たかよエルマにルーチェ! 待ちくたびれてたぜ。陰険女がまたネチネチ俺を責めて来てやがって、十分が一時間にも感じる想いだったぜ」
ケルトが俺達へと手を振る。
その横にはメアベルも並んでいた。
大規模依頼の報酬は既に分配したのだが、その打ち上げのようなものである。
明らかに俺がラストアタックで稼ぎすぎていたので、その埋め合わせ……というにはあまりにも不釣り合いではあるのだが、ケルト達に食事を奢ることになったのだ。
鍛冶師のベルガは、ラコリナの冒険者業が栄え過ぎた結果、そこに乗っかって甘い汁を啜るだけの小狡い者ばかりになってしまった、と苦言を口にしていた。
実際、そうした側面もあるのかもしれない。
ただ、一見そうした狡猾な冒険者に見えたケルトもメアベルも、彼らのことを知っていく内に、ラコリナで冒険者としてやっていくためにはそうならざるを得なかったのだろうと気が付いた。
果たしてそれは、人間が先なのか、環境が先なのか。
「ウチはもうちょっと待たせてくれててもよかったんよ。結構楽しかったから」
「お前な……」
メアベルがあっけらかんとそう口にし、ケルトが溜め息を吐きながら顔を押さえていた。
「ケルトさんとメアベルさん、なんだか仲良くなりましたね……」
ルーチェが苦笑いを浮かべ、そう言った。
これにて転生重騎士、第二章完結です!
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