第四十五話 作戦会議
「今の状態でここの〈夢の主〉と戦うなんて無茶だ! ナイトボーンは【Lv:70】だぞ! 戦うのは無謀だ! 合流が絶望的なら、逃げるしか……!」
そこまで言って、ケルトは表情を歪めた。
気が付いたようだ。
「……逃げられないんだよ。地図の道筋が不規則な上に、間違ったルートが記載されているせいでな。来たときの回り道だらけのルートで、なんて悠長なことをやっていたら絶対に追い付かれる。おまけに〈王の彷徨〉中の〈夢の主〉は、人間のマナを追い掛けてくるんだ。こっちに来てるってことは、目を付けられている」
これも黒幕が仕組んだことだとすれば、なんと準備のいいことか。
「ぐっ! ギルドめ……生きて戻ったら、たっぷり報酬金をせしめてやるからな!」
ケルトが頭を抱えた。
「もう一つ懸念点がある。ケルトが聞いたのは速い足音だと言ったが、ナイトボーンの移動速度はそこまで速くないはずだ。攻撃力が売りの、巨大骸骨だからな」
「あ……? た、確かに、俺の聞いた足音じゃ、まるで四足獣みてぇだ。しかし、じゃあこれは、なんだって……」
「恐らくナイトボーンは存在進化している。こうなると、俺にも敵の情報はわからん」
「はぁっ!?」
ケルトが悲鳴とも驚きともつかぬ声を上げた。
デスアームドのときと同じだ。
〈夢の主〉の存在進化が発生している。
存在進化はさせないのが最適解なのだ。
ゲーム時代でも人為的に引き起こしてもコストが嵩むばかりで旨味がない上に、再現性が取りにくいことから攻略法が確立されていなかった。
俺も細かい〈夢の主〉の存在進化先なんて把握していない。
「た、ただでさえ【Lv:70】の〈夢の主〉が存在進化なんて起こしてたら、とてもじゃないけどウチらのどうにかできる相手じゃないんよ!」
……恐らく【Lv:85】になっているはずだ。
俺でようやく【Lv:66】だ。
普通に考えればどうにかなる相手ではない。
だが、俺には〈不惜身命〉と〈死線の暴竜〉がある。
「幸いにもケルトのお陰で、早期に奴の存在を知ることができた。俺とルーチェの手の内を全て明かす。だから、ケルトとメアベルも〈ステータス〉を開示してくれ。その上で作戦を立てて〈夢の主〉との戦いを指揮させてくれ」
ルーチェへ目で合図を送る。
ルーチェはこくりと頷いてくれた。
「なっ……! 冒険者にとって〈ステータス〉は生命線だぞ! 何がどこまでできて、何ができねぇのか、それが詳細に筒抜けになったら、パーティーなんざまともに組めなくなっちまう! いいようにこき使われて終わりだ! パーティーメンバーは仲良しごっこであって、仲間じゃねぇんだよ! んなもん、ラコリナじゃ常識……!」
ゲーム時代じゃ仲間の情報共有が禁忌だなんて有り得ないことだったが、この世界は出回っている情報が不完全すぎるのだろう。
中途半端な情報共有はむしろ誤解を生みかねない。
それにデスペナルティが死そのものであるため、負けるかもしれない戦いへ挑むというのがそもそもタブーなのだ。
綺麗ごとが通用しない。
最悪の場面が訪れれば、自分一人でも必ず生き残ることが優先される。
パーティーメンバー全員のパフォーマンスを、最大まで発揮して戦おうという発想が薄いのだ。
それが必要とされる場面には最初から挑んではいけない。
「そ、そもそも、勝てるわけがない! パッチワークとは次元が違うぞ! ダメージだって絶対にまともに与えられねぇ!」
「俺にダメージを与えられるスキルがある。隙さえ作ってくれれば、俺が必ず〈夢の主〉を倒してみせる」
重騎士は遥かに格上相手にも大ダメージを与えることができる。
だからこそ〈マジックワールド〉最強のクラスだといわれていたのだから。
「それに、ケルト。お前は借りを返すためだとは言っていたが、それでも命懸けでルーチェを庇ってくれたんだ。俺はお前を仲間だと思っていたが、俺の思い上がりか?」
「……チッ、とんだ甘ちゃんだな。だが……わかったよ。お前の甘さと……そんで強さに関しては、信じてやってもいい。腹括るぜ、エルマ、お前の指揮に従ってやる」
ついにケルトが折れてくれた。
「ウチは当然、ケルトの馬鹿みたいに駄々捏ねるつもりはないんよ!」
メアベルの了承もあり、全員の〈ステータス〉を見せ合い、情報共有を行った。
互いの戦い方、使い方についても簡単に説明し合う。
「スキルでHPをコントロールして、攻撃力実質六倍って……滅茶苦茶だな。んなスキル構成、初めて聞いたぜ」
「幸運系統のスキルツリーの存在は知ってたけど、そこまで活かしてるのは初めて聞いたんよ……。そっちにポイントを割いたら、攻撃方面が弱くなって、結局まともにレベルを上げられないから伸びしろがなくなるっていうのは聞いたことあるけど」
俺とルーチェの所有スキルを聞いて、二人共驚いているようだった。
「有名な落とし穴なんですね……アタシ、見事に一回陥り掛けてました」
ルーチェがぺろりと舌を出す。
「それで……エルマ、勝てる見込みはありそうなのかよ?」
「分は悪いが、全力でやるしかないな」
俺は〈ステータス〉を開いた。
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【スキルツリー】
[残りスキルポイント:16]
〈重鎧の誓い〉[34/100]
〈初級剣術〉[5/50]
〈燻り狂う牙〉[15/70]
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ケルトとメアベルの〈ステータス〉を確認したところで、取得するべきスキルが決まったのだ。
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【スキルツリー】
[残りスキルポイント:9]
〈重鎧の誓い〉[41/100]【+7】
〈初級剣術〉[5/50]
〈燻り狂う牙〉[15/70]
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【〈重鎧の誓い〉が[41/100]になったため、通常スキル〈プロテクト〉を取得しました。】
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〈プロテクト〉【通常スキル】
対象に一定時間の間、次のダメージを30%減少させるバリアを生じさせる。
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一定時間と記載されているスキルの効果持続は基本的に三分間であり、このスキルも例外ではない。
頼り甲斐があるようで、発動時に隙を晒す上にMPも消耗し、おまけに気が付いたら切れているため、考えなしに使っても足を引っ張られることの方が多い。
ただ、格上の攻撃を一撃凌げるようになるのは大きい。
そうした面ではこのスキルも〈燻り狂う牙〉と相性がいい。
様子見を安全に熟したり、〈死線の暴竜〉の発動条件を整えるのに活用することができる。
「先にHP回復させておいてあげたいけど、残りMP的に全員は厳しいんよ。エルマさん、ルーチェさんの二人に一回ずつ掛けておこうと思うんよ」
「いや、俺はむしろ、今のHPが丁度いい。ルーチェと……それから、ケルトを〈ヒール〉してやってくれ」
「お、俺を……?」
ケルトが訝し気に俺を見た。
この戦い、ケルトにかなり前に出て戦ってもらう必要がある。




