第二十六話 決闘の準備
あまり人目に付いて見世物になるのもごめんだということで、決闘は鍛冶屋の前で行うことになった。
得にならない注目を無駄に集めるのも、手の内を不用意に広めるのも避けたいところだ。
その点では俺もヒルデも考えは一致していた。
ヒルデは決闘の立会人としてギルド職員を呼ぶため、意気揚々と冒険者ギルドへと向かっていった。
その間、俺は鍛冶屋の中で決闘の準備をしていた。
「〈ライフシールド〉!」
剣を突き上げて叫ぶ。
俺の生命力が光となり、そのまま壁となって俺の周囲に展開される。
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〈ライフシールド〉【通常スキル】
HPを最大値の20%支払って発動する。
支払ったHPと同じ耐久値を持つシールドで全身を覆う。
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お馴染みの重騎士のスキルである。
「小僧、さっきからちょくちょくと何をしておるのだ? 今無暗にスキルを使っても、MPの無駄になるとしか思えんのだが……」
ベルガが不安げに俺に問う。
「ふっ!」
俺が力を入れると、〈ライフシールド〉の光の壁に亀裂が入り、バラバラになって消えていった。
「またせっかく発動したスキルを解除するのか……。何がしたいのかさっぱりわからんわい」
「HP管理だ」
「余計にわからん。若い者の考えることは未知数じゃわい」
ベルガが諦めたように溜め息を吐く。
重騎士の素早さのなさは決闘ではネックになる。
開幕からHP20%以下で発動できる〈死線の暴竜〉を発動し、素早さの不利を埋めるのが一番だ。
また、〈ライフシールド〉は連続発動のためには少し時間をおかなければならず、HPを調整する際には余裕を以て行っておく必要があるのだ。
「……あ、あのう、勝てるんですか、エルマさん? 今回って正直、〈死線の暴竜〉頼みになるんですよね? 〈不惜身命〉は……さすがに使う利点がありませんし……」
「そうだな。魔剣士が剣聖より厄介なのは、大味なスキルが多い分、瞬間的な火力が桁外れに高いことだ。おまけに攻撃力と魔力が両方高いため、剣技に加えて実用的な魔法スキルも持っていることが多い」
〈死線の暴竜〉込みで、魔剣士と重騎士の素早さは同程度。
恐らくレベル差分で俺がやや遅れる。
ここに中距離で魔法攻撃が飛んでくるため、一瞬たりとも気の抜けない戦いになる。
そして普通の決闘において〈不惜身命〉は役に立たない。
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〈不惜身命〉【通常スキル】
残りHPが50%以下の場合のみ発動できる。
防御力を【0】にし、減少させた値だけ攻撃力を上昇させる。
発動中はMPを継続的に消耗する。
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そう、このスキル、決闘で使っても自身と相手の死亡リスクを引き上げるだけなのだ。
〈死線の暴竜〉と組み合わせて六倍攻撃力を引き出しても、完全にただの過剰ダメージにしかならない。
遠距離持ち相手にこっちの防御力もゼロになるので事故死しかねない。
「正直マリスを倒せたのは、まだ【Lv:40】程度で、本人も不完全な〈金剛連撃〉頼みの戦い方しか知らなかったところが大きいからな。どうしても機動力に欠く重騎士だと、魔法スキルを併せ持つ魔剣士の相手は相性的にかなり苦しい」
〈夢の主〉戦では、相方であるルーチェがトリッキー型であることもあり、戦術にかなり幅を持たせる余地があった。
ただ、一対一となると、取れる手段もどうしても限られてくる。
「やっぱり無謀だったんじゃないのか、小僧? 今からでも謝るか、逃げちまった方が……」
「無論、勝算はある。なかったらあんな奴からの決闘なんて、わざわざ引き受けたりしないさ。スキル構成と戦術はだいたいわかっているからな。向こうが約束を守るかは不安だったが、この大都市のギルドが立会人を出してくれるって手筈なんだし、きっちり取り立ててくれるだろ。一応ギルド長とのコネもある」
「エ、エルマさんが悪い顔してる……」
「鍛冶屋にも今後迷惑掛けないように、あの悪ガキに灸を据えておいてやるとしよう」
「……あの人、小さかったけど一応年上ですよぅ?」
ただ、勝ち筋は既にいくつか想定しているとはいえ、B級の魔剣士は侮っていい相手ではない。
少し想定外の動きを取られれば、それだけで一気に追い込まれることも考えられる。
何より上級冒険者同士での戦いでは、躍起になりすぎれば死亡事故が起きることも充分有り得る。
「ちょっと卑怯っぽくて嫌だったんだが……やはり、あの手で行くか」
何度か考え直したが、これが一番確実で、俺にとっても相手にとっても安全な戦法だろう。
決闘が終わってから相手が文句を言って有耶無耶にしようとするのを牽制できる上に、もし失敗してもすぐに別の作戦へ切り替えることもできる。
「あの手ってなんですか? あ、あんまり危ないことはしないでくださいね……?」
「大したことじゃないんだが……魔剣士には隙というか、思考の偏りがあるんだよ。弱点ってわけじゃなくて、必要に駆られてって感じでな」
「思考の……偏り?」
ルーチェが瞬きをする。
俺は頷いた。
「全員が全員ってわけじゃないが、ヒルデの言動を見るに、あいつも抱えてるのはほぼ間違いない」
「それって……」
扉が開けられたのは、丁度そのときだった。
「連れてきてやったぜ、重騎士。オレ様の剣に余計な真似はしてないだろうな?」
ヒルデだった。
その背後には、引き攣った愛想笑いを浮かべるギルド職員の顔があった。
「生意気な重騎士がいるから付き合えと言われて引っ張って来られましたが、やっぱり貴方方でしたか……エルマさんに、ルーチェさん」
以前の受付嬢のマルチダであった。
彼女が決闘の立会人を担当してくれるらしい。
 




